レティシアの片思い 3話 リオ編
リオ視点
レティシアを探してビアードの部屋を訪ねた。
ビアードの部屋をノックすると了承の声に中に入ると、目の前の光景に息を飲む。
「これ?当分起きないから気にするな」
俺の視線に気づいたビアードが書類仕事してる膝の上にはレティシアが・・。膝の上で気持ちよさそうに寝ている。
気にするなって無理だよ。ビアードは俺から視線を移して話すつもりはない空気を出して、真顔で書類と向き合い始めた。
「その書類引き受けてやるから状況教えてくれないか?」
ビアードが書類から顔を上げて、呆れた顔でため息をつく。
「お前の所為だよ」
「は?」
「お前、今までレティシアを甘やかしてただろ?人肌恋しいみたいで。お前がしてた行動を俺に求めてくるんだよ。もっと丁寧に撫でろだの、抱きしめろだの、我儘すぎる。」
シア?
確かに昔はよく抱きしめてたし俺の膝の上で寝てたけど、昔だ。
さすがに年頃のシアには嗜めてるから、頭を撫でるくらいしかしてないはず。
昔は不安定になるとよく抱きついて離れなかったよな…。
叔母上に怒られた時とか、懐かしいな。
一番知りたいのは、
「俺はお前がそこまでレティシアの我儘に付き合う理由を知りたい」
「妹分だからな。それに書類仕事も手伝ってくれるし、欲しい情報も調べてくれるし利害の一致だ」
うなりだしたシアの頭をビアードが撫でると静かになる。
昔、俺もよくやってた動作だけど、なぁ、シア、お前誰でも良かったの?
俺が好きで甘えてたんじゃないの?
今、何を思った?
シア、俺のこと好きだった…?
刷り込みじゃなくて?
頭が混乱するけど後だ。
シア、お前、ビアードにいいように使われすぎてないか?
ビアードの仕事を手伝って情報収集まで引き受けてんの?
シアは書類仕事は得意で俺も時々手伝ってもらってたけど、情報収集まで頼んだことない。
俺の口出すことじゃないけど、ビアードに使われてるシアはおもしろくない。
一番気になるのは、
「好きなのか?」
「まさか。猫みたいで時々可愛いけどな」
「軽率すぎないか。こんなに二人でいたら噂になるだろ?」
婚約者でもないのに二人っきりでいるって常識的にどうなんだよ。
そして従者もおかずに二人っきりの部屋で過ごすのは異性としても配慮にかける。あらぬ疑いも生む。すでに噂になっているが・・。
「別に構わない。こいつならビアード公爵夫人として申し分ない」
「シアを幸せにしてくれるのか?」
「まさか。俺はビアード公爵夫人に相応しい令嬢がほしいだけ。貴族の婚姻なんてそんなもんだろ?
家に不要なら容赦なく切り捨てて構いませんって言える令嬢なんて中々いないだろ?ちゃんと大事にはするよ。ただ俺は家と妻なら家を選ぶ」
サラリと容赦ない言葉を言うのは、さすがビアード公爵嫡男か。三男の俺とは覚悟が違う。
ただそれを聞いて嫁にくる令嬢はいるのか・・。
「それシアには?」
「言ったよ。マールを諦めるんなら俺が娶ってやるって。お前に婚約者ができたらたぶん外国に嫁ぐだろうって言ってたけど。お前に夢中の自分を望む人間は国内には少ないだろうってさ。外国で苦労するのは可哀想だから利害の一致で俺が娶るよ。なぁ、お前、本当に妹としか思ってないの?」
ビアードは俺の知らないレティシアのことをよく知ってる。なぜかイライラする。
レティシアは自分の立場をわかって俺を追いかけていたのか。
「それは・・・」
「俺に殺気を出してる自覚ある?可愛い妹が悪い男に引っかかって心配しているだけ?起きたか」
興味なさそうなビアードの問いかけに答えに、イライラする理由が頭に浮かびかけても否定する。
目の前ではレティシアがノロノロと起き上がりビアードの首に手を回して抱きついてる。
近くにクッションないから腕が寂しいのか。
いつもソファでクッション抱えて寝てるもんな。
だからって、クッションの代わりにビアードに抱きつくのおかしくないか!?
「うるさい。寒い」
「俺の部屋だから嫌なら寮に帰れ」
「嫌」
「起きるか?」
不機嫌な声のレティシアと素っ気ないビアードってこれもいつもの光景なのか!?
「うーん」
「この体勢で寝られると邪魔なんだけど」
「もう少しだけ。エイベル暖かい」
ビアードが苦笑しながら、抱きついているシアの頭を撫ではじめた。
「もっと優しく撫でてほしい」
「あんまり言うならやらないけど」
「嫌」
お前、扱い雑じゃないか!?
拗ねた声のシアがビアードにくっついているのは面白くない。
「なぁ、レティシア後ろ振り向いてみろよ」
「邪魔だからってひどい。ちゃんと仕事も手伝います」
「振り向いてからなら好きにしていい」
シアがゆっくり振り向く。
なんで?って聞かずに素直にビアードの言うことを聞くのがおもしろくない。
振り向いたシアが目を大きく開けて息を飲み固まっている。
「リ、オ?」
「久しぶり」
シアがビアードから離れて立ち上がって礼をする。
なんでこんなに二人が離れたことに安心してるんだろうか。
俺に会ってきちんと礼をするシアなんていつぶりだろう。
社交用の笑顔で笑いかけられた。
「お久しぶりです。リオ兄様。ご婚約おめでとうございます。お祝いが遅れて申しわけありません」
「いや、婚約なんて決まってないけど」
「失礼しました。まだ公表されてないんですね。エイベルここでの会話は内緒にしてくださいませ。リオ兄様はエイベルに御用ですか?」
「いや、用があるのはシアなんだけど」
「こちらでよければうかがいますわ。もう二人で話すわけにはいきませんもの」
「なんで?」
「察しが悪いですわね。公表できずともお相手のご令嬢に失礼ですよ」
「そんな相手いないから」
「私は確かにリオ兄様をお慕いしてましたわ。ですがお相手に危害を加えるようなことはいたしませんよ。お二人を祝福致しますのでご安心くださいませ」
社交用の顔で応対される日がくるとは思わなかった。いつも言い聞かせて、俺が望んでいたことなのに、心を抉られる。遠回しに拒絶され、俺の言葉全く耳に入れてない。
目の前にいるのはシアではなくルーン公爵令嬢だ。
「マール、この書類任せた。鍵は明日返せ。じゃあな」
「エイベル、私も」
ビアードが机の上に書類と鍵を置いて立ち上がるとシアが駆け寄り腕を掴んでいる。
「しっかり二人で話せ。泣き言なら明日聞いてやるよ」
ビアードがシアの手を解いて、颯爽と部屋を出る。
「待って」
追いかけようとする聞いたことのない頼りない声を出すシアの腕を慌てて掴む。
俺には社交の態度を崩さないのにビアードには素で頼るのにイライラする気持ちと不愉快な気持ちを押さえて笑う。
「なぁ、頼むから少しだけ話さないか?」
見つめるとシアの瞳が不安で揺れている。視線を逸らさず折れない俺に静かに頷いたので手を離すとソファに座った。
顔を上げたシアはルーン公爵令嬢が浮かべる淑やかな顔で静かに見てきた。
さっきまで心細げにビアードを見ていた顔とは別人のようだった。
「なんですか?」
「ビアード公爵夫人になるの?」
「マール様には関係ありませんわ。今までご迷惑をおかけして申しわけありませんでした」
シアにマール様なんて呼ばれる日がくるとはな。穏やかな声で頭を下げる声にはなんの感情も込められてない。
「迷惑なんて思ったことはないよ」
「さすが、ご令嬢に大人気の殿方ですわ」
「ビアードが好きなの?」
「関係ありませんわ」
「俺のことは?」
下を向いて無言を貫くシア。いつも即答していたのが遠い昔に感じる。
「幸せを願っていますわ」
ゆっくりと顔をあげ、泣きそうな笑いを浮かべた顔に、否定するのはやめた。サイラス、認めるよ。
虚勢をはって無理に笑ってるシアを抱きしめたくてたまらない。
もう刷り込みだろうと、俺の隣で笑ってくれるならなんでもいい。こんな顔をさせたくない。
「叔父上を説得するから俺と結婚してくれる?」
息を飲む音が聞こえて下を向いた。
喜んで抱きついてこないんだな。
ゆっくりと顔をあげ、目を吊り上げ、すごい形相で睨みつけられている。
長い付き合いだけど、初めて見る顔は、もしかして怒ってる?
シアが怒ってる記憶ないんだけど。
予想と全然違うけど社交用の顔よりマシか。
「バカにするのもいい加減にしてください。第二夫人も愛人もごめんですわ」
聞いたことのない冷たい声でこぼされた言葉に目を見張る。
「なんで、そうなんの!?誤解だから。本当に」
「留学生と結婚して侯爵になるんですよね?知ってますわよ。」
部屋の空気が下がり、目の前で冷笑を浮かべるのは俺の従兄妹だろうか。
お前こんな冷笑できんの?初めてレティシアが怖いと感じた。
「初耳なんだけど」
「ご令嬢ご本人から言われましたわ。1週間仲良く二人で愛を深められたんでしょう。卒業式を終えたらリオは旅立つんですよね?リオが待ち切れずにお相手の成人を待たずに婚姻したいってプロポーズしたって知ってます。おめでとうございます。」
「してない。校内を案内しただけ。婚姻の話は断った」
「抱きしめて、愛を囁いたのに、最低ですわ」
「誰に聞いたんだよ」
「ご令嬢とそのお兄様にですわ。マール様は情熱的って。」
「嘘だから。転んだのを支えただけだから。愛も囁いていない」
「私のことなんて今まで見向きもしなかったのに信じられませんわ。エイベルへの嫌がらせですか!?」
すごい発想だな。一気に話した所為かシアが息切れしてる。
こんなに勢いよく話すのもこんなに俺の言葉を聞かないのも、はじめてなんだけど。
シアの想いをずっと否定して向き合ってこなかった俺の所為か。
「悪かった。いつも傍にいたから気づかなかった。シアが俺以外の男といるところなんて見たことなかったから。シアが好きだよ。」
俺を睨みながら息を整えているシアが固まった。
何度か瞬きをして、きょとんとしてる。
「失礼しました。幻聴が聞こえましたわ。」
幻聴ってどんな発想だよ。もう一度言えば聞こえるだろうか。
「お前が好きだ。」
「申し訳ありません。やっぱり幻聴が聞こえるみたいです。」
「幻聴じゃない。レティシアが好きなんだよ。今まで気づかなくて悪かった」
首を傾げて見上げる顔は見覚えがある。
「好き?」
「ああ。お前が望むならいくらでも抱きしめるし愛を囁くよ」
「リオが?」
「お前がビアードに甘えてるの見るのきついんだよ。やめて、頼むから」
「リオ?」
「まだ俺のこと好きなんだろ?」
「それは」
「人恋しいなら幾らでも甘やかすよ。おいで、シア」
両手を広げるとフラフラと抱きついてくるレティシアを抱きしめる。
懐かしい温もりだ。
「リオ?」
「ん?」
「シアがいい」
「シア?」
「うん」
満足そうにコクンと頷いてる。
シアの頬に手を添えて見つめると、ふんわり笑う。そっと触れるだけの口づけをすると、頬を染めて、幸せそうに笑う。じっと見つめられ、もう一度口づける。とろけるような笑みを向けられ、潤んだ瞳で見つめられ、口づけを深くする。唇をはなすと、真っ赤な顔で俺の胸に顔を埋めるシアに笑みが零れる。駄目だ。愛しすぎる。俺なんで、自覚なかったんだろう。
「俺と結婚してくれる?」
「私でいいんですの?」
「シアがいい」
「愛人絶対に許しませんよ?」
「持たないよ。シアだけでいい」
「我儘ですよ?」
「知ってる」
「リオの外交ついていくかもしれませんよ?」
素直じゃないな。たぶん俺はもうお前を置いていけない。
「シアが望むなら連れて行くよ」
胸から顔を上げて満面の笑みを浮かべている。この顔、久しぶりだな。
「リオは私が幸せにしますわ」
「頼もしいな。俺はシアを幸せにできるように頑張らないとな」
「私はリオといられれば幸せですから傍において頂けるだけで十分です。リオ、本当にいいんですか?」
「なにが?」
「婚約したら絶対に破棄してあげませんよ」
「しないよ。シアが成人したら結婚しよう」
「離婚もしませんよ」
「俺はお前に夢中だよ。安心して」
シアの顔がさらに赤くなる。
シアが笑うのをこらえて真剣な顔をつくろうとしている。
昔っから変な所で素直じゃないな。
「突然すぎて信用できませんが私と結婚することに異存はないんですね?」
「ないよ。」
シアが綺麗に笑って俺の胸に手を当てて体を離した。
「わかりました。私、用があるので失礼しますわ。戸締まりお願いしますね。」
綺麗な笑みを浮かべて離れようとするシアに嫌な予感がして、抱きよせて拘束する。
「待て、シア、どこ行くの?」
「伯父様達を説得してきますわ」
「俺がするよ」
「私にお任せくださいませ」
「それ、俺の役目だから」
「リオの気が変わらないうちに外堀を埋めてきます」
「必要ないから。気も変わらない」
「信用できません」
「わかったよ。今度の休養日に面会依頼を出すよ」
「今から行ってきます」
「父上いるかわからないだろ?」
「帰ってますよ。遊びにおいでってお手紙来ましたもの。わかりました。伯父様の説得は諦めます。お父様に会ってきますわ。リオは一筆書いていただければ結構ですわ」
駄目だ。この興奮している感じは止まらない。
なんで父上の予定知ってんの?
俺が折れるしかないか。年下のレティシアに説得されて婚姻許可なんて情けない。兄上に一生笑われ揶揄われるネタになる。
「わかった。一緒に行くよ」
「不要ですわ」
「俺がお前と一緒にいたいの。俺が許可をとるから側で大人しくしてて。なあ、その顔なに?」
シアが明らかにまずいって顔をしているけど、なにかやらかしたの?
「忘れてましたが、私、お父様にもうお手紙を送ってしまいました」
「手紙?」
「リオのことは諦めましたのでビアード公爵夫人になろうと思いますって」
「馬鹿、先に言え。いつ!?」
「今朝」
「叔父上は縁談のことなんて?」
「私が選んで信用できる方なら構わないそうですわ」
「俺が行ってくるから待ってて」
「私も行きます」
時間が惜しい。仕方ないか。
シエルに先触れを頼み、学園に外泊届けを出す。
馬でルーン公爵邸を目指す。
叔父上が帰られるまで待たせてもらうか。
色々準備不足だけど仕方ない。ルーンは決めたら行動が早い。
ルーン公爵邸に着くと叔父上の執務室に案内される。
「叔父上、突然の訪問申し訳ありません」
「構わない。」
「お父様、リオの了承を得ましたわ。婚約を許していただけませんか。」
にっこり笑うレティシアの言葉に息を飲む。
シア!?黙っててお願いだから。
「レティシア、諦めたんじゃなかったのか?」
「申し訳ありません。もう遅いですか?」
シアの上目遣いに叔父上は弱い。無表情で考え込んでいる顔は実は愛娘の可愛さに顔が緩むのを我慢しているだけだ。
「いや、お前の成人まで手続きする気がなかったから問題ない。まだ打診もしてないよ」
「ありがとうございます。お父様。」
シアの笑顔に、叔父上顔がニヤけるの我慢している。
叔父上がシアを溺愛してるのに気づいてないのは本人だけ。
「レティシア、リオを脅したり泣き落としたりしてないだろうな?」
「それは…」
「私は合意の上ならという約束をしただろう?違えてないか?」
シアが目をそらしてるけどなんで?
俺、合意したけど。うっかり傍観してたけど、シアに任せておくとまずいよな。
膝を折って跪く。
「叔父上、自分で決めました。情に流されたりしてません。ルーン公爵、私とレティシア・ルーン嬢との婚約を認めていただけませんか。幸せにできるように精一杯努力します。もちろん今後、外交官と働く上でルーン公爵家のお役に立てるように協力させていただきます」
「お父様、お願いします。」
シア、黙ってて。お前が話すと雰囲気崩れるんだよ。
「リオ、顔をあげなさい。レティシアを頼むよ。不出来な娘だが教育はしっかりしてある。リオの役に立つだろう」
「ありがとうございます。」
「ただ条件がある」
「条件とは?」
顔を上げると叔父上が気まずそうに瞳を閉じ、沈黙が続く。
シアさえも空気を読んで黙っている。
しばらくして叔父上が溜息をついて申しわけなさそうな顔をした。
「ローゼとエドワードが自分より弱い相手にはレティシアを任せたくないと。レティシアの成人までに勝ってくれ」
エドワードはともかく、叔母上!?
天才的な風使い!?
ターナー伯爵よりも強いのに?
「お父様、私、頑張って今年卒業しようかと思っていたんですが」
無理だ。三ヶ月じゃ敵わない。
猶予が欲しい。
「シア、ごめん。気持ちは嬉しいけど普通に卒業して。3年間でなんとかするから」
「気が変わるかもしれません」
不満そうな顔で見つめられるがどれだけ信用されてないんだろうか。
「変わらない。約束する。」
「リオ、外国への赴任が決まるかもしれません」
不安なのか?聞き分けが悪いのは珍しい。
「シアと婚姻するまでは仕事は王国を拠点にしてもらう。叔父上、婚約だけは認めていただけますか?」
「そうしないとうちの娘は追いかけていきそうだしな。レティシア、ちゃんと大人しく待ってられるか?」
「え…」
シアの行動力なら俺の赴任先を調べて会いに来そうだよな。
「シア、卒業しても定期的に会いに来るし手紙も書くよ。だから待ってて。」
「信用できません」
ここまで頑固だったっけ?いつも素直に従ってくれていた気がするんだけど。
「精霊の誓いをたててもいいよ。だから待ってて。ちゃんと成人までには婚姻の許可とるから」
「レティシア、あんまりリオを困らせると嫌われるよ」
「わかりました。」
不満そうに頷くシアとはゆっくり話が必要か。
叔父上の許可も取れたし父上に話しにいかないとか。
シアには明日迎えに来ると宥めてマールの屋敷に帰った。
先触れを忘れたけどまぁいいか。




