レティシア3年生 レティシアのトラウマ
リオ視点
廊下から聞き慣れた声がする。
図書室に行く途中だろうな。
「ルーン嬢、もう一度考えていただけませんか?」
「何度、お誘い頂いてもお受け取りできません。ルーン公爵家に送ってください」
「ルーン嬢のご判断は」
「申し訳ありません。私の出席する社交会はルーン公爵に一任しておりますの」
「そろそろご自分のご判断で動かれても。格式ばったものでもありません」
珍しく手こずってるな。
弱々しく笑って断ってるな。
弱気な令嬢の振りうまくなったよな。
保護するか。
「レティシア、何事?」
困った顔をして笑ってるな。
この顔はここでは事情を話せないってことか。
男子生徒に圧をかける。
「彼女をかりても?」
「ええ。ではルーン嬢また。失礼しますね。」
公爵家の俺には逆らえないよな。
伯爵家の人間だよな。たしか。
レティシアも公爵令嬢なんだけど。
一度断られたのに強引に誘える立場じゃないしな。
足早に去っていったな。
「大丈夫か?」
「ありがとうございました」
シアを俺の部屋に連れて行く。
ソファに倒れ込んだな。
「なんだったの?」
「社交のお誘いです。内輪で舞踏会を開くので是非と。何度お断りしてもしつこいんです」
「伯爵家の内輪の舞踏会に?」
「あの家は今、跡取り争いしてるみたいですわ。たぶん、うちの後ろ盾が欲しいのかと。ただ後妻の子供なのでお兄様より不利なんでしょう。ルーン公爵家に正式に招待状を送らない時点で怪しいですよね。」
内輪の社交は親しいものしか呼ばない。
公爵家から伯爵家を誘うことはあっても逆はほぼない。
普通は能力に問題ない限りは長男か跡をつぐことがほとんどだしな。
家督争いなんて家の醜聞だよ。
「公爵家の令嬢を伯爵家が強引に舞踏会に誘う時点でありえませんよね。どうすればわかってもらえるんでしょう。」
非常識極まりない。
シアを舞踏会に、招待したいならルーン公爵家と婚約者の俺へのお伺いがマナーだ。
婚約者のいるルーン公爵令嬢をエスコートしようなんて、身の程知らずだよな。
「俺が動こうか?」
「いえ、これはルーン公爵家の問題ですから」
この事体を知ればエドワードが怒りそうだけど。
この感じは俺が何を言っても聞かないか。
ルーン公爵家絡みは譲らないもんな。
貴族やめたいわりに生粋のルーン公爵令嬢だよな。
一応調べておくか。
「もし困ったら相談して」
「ええ。」
廊下に聞き慣れた声が。
またやってるんだな。
シアもよく付き合うよな。
図書室に向かうっていうシアの行動が読まれて待ち伏せされてんの気づいてないよな。
「ルーン嬢」
「申し訳ありませんがうちは貴方の家のお家騒動には関与致しませんわ。」
「どうしてそれを」
「貴族社会は情報社会ですわ。」
「俺が継承しないと」
「後ろ盾が大事なのは間違っていませんがやり方が正しくありませんわ」
「やり方?」
「簡単なのは婚姻ですよね。お兄様より力のある有力な家の令嬢と婚姻する。あとはお兄様より自分が優秀だと認めさせる」
「婚姻、優秀」
「よく考えて行動なさいませ。失礼しますわ」
今回は大丈夫だったみたいだな。
シアはやっぱり図書室に向かった。
今度は何を調べたいんだろうな。
伯爵家のお家騒動。
前妻の子の長男、後妻の子の次男と長女。
伯爵も兄もそんなに悪い噂は聞かないんだよな。
シアに絡んでくる弟の噂も少ない。平凡でおとなしいはずなんだけど…。
ただ兄の方が弟よりは優秀みたいだしな。
まぁ、シアに被害がないならいいかと思った俺は甘かった。
シアが毎日絡まれてるのは予想外だったよ。
平凡でおとなしいし、悪い噂もない。
ただ弟は重度のシスコンだからシアへの邪な気持ちもないだろうと油断してた。
図書室に行く廊下でまたシアは伯爵令息に捕まっていた。
「ルーン嬢」
「なんですか?」
「俺より兄のほうが優秀でした」
それをシアにいってどうするんだよ。
「ではお兄様に譲ってはいかがですか?」
シア、お前、もう面倒になってきただろ。
それ、言ったらまずいから。お前、兄についたと思われるよ。
いつもの、社交用の笑顔だけど言動が公爵令嬢の仮面脱げかけてるよ。
「それは」
「では頑張ってくださいませ。失礼しますわ」
シアが立ち去ろうとしてるな。大丈夫そうだな。
「待って、ルーン嬢、俺と結婚しませんか?」
は?
シアも無視できなかったのか足を止めて振り返る。
「私はすでに婚約者がいますので。」
「俺、成人せずに婚姻できる方法を教わったんです。俺の話をこんなに親身に聞いてくれる人はじめてなんです。俺達運命だと思うんです」
は?既成事実をつくれば結婚できるけど、ありえないだろ。
シアが固まって震えだした。
顔が青い。
まずいな。
シアに伸びる伯爵令息の手を振り払ってシアの腰を抱き寄せる。シアが抱きついてくるので好きにさせる。
これはシアが生理的に受けつけない奴だよな。
伯爵令息に睨まれてるな。お前、妹が一番じゃないのか。シアに惚れてたの?
「へんたい」
シア、本気で怯えてるな。目がうつろだよ。公爵令嬢の仮面剥がれ落ちたな。頭を撫でるくらいじゃ戻ってこないか。
悪いな。シアは自分で対処しようとしてたけどやっぱり俺が引き受けるよ。
「自己紹介が必要ですか?彼女の婚約者のリオ・マールです。自分の発言の意味をお分かりですか?」
「お前、離せよ」
俺にお前呼ばわりもよくないよな。
俺、公爵家の人間なんだけど。
「命令される謂れもありませんし、怯えた婚約者を慰めるのは私の役目です。これ以上無礼を働くと跡取り争いなんてできなくしますよ?」
「なんで?」
「公爵家が伯爵家ごときに婚約者への無礼を許すと思っていますか?公爵令嬢の中で一番気が弱いから彼女を選んだんでしょう?ルーン公爵に彼女を任されている俺がそんなことは許しませんが。あと貴方が爵位を継いでも願いは叶いませんよ」
「え?」
「もし、貴方が伯爵位をついでも妹君の願いはかないません。兄を廃嫡にしても廃嫡された兄と妹との婚姻はできません。義理の兄妹での婚姻は王国では許されてません。妹の願いを叶えるために伯爵位を継いでも無駄ですよ。」
調べるのに手こずって時間がかかった。
俺は調べた結果に驚いたよ。
シアは深くは調べなかったようだから知らないだろうけど。
妹の初恋を叶えたいって理由で兄と伯爵位争いとかバカなの?誰も支持しないのは当たり前だよ。
伯爵は婿養子だからもともとお前には継承権がない。
前妻の子供である兄しか持ってない。
伯爵家の長男と義理の妹が婚姻ってありえないよ。妹の夢物語を信じるなよ。
本気で兄と結婚したいと思う妹もどうかと思うけど。
兄の婚約者に破棄してと泣きついたとかありえない。
婚約者は幼子のすることと流したみたいだけどな。
妹、社交会デビュー終わってるのに幼子呼ばわりとはな。
社交会デビューを許した夫妻に言葉が出ない。
他家のことはどうでもいいか。
後妻は自分の子供を伯爵にしたいみたいだけどな。
おめでたいよな。
まぁ俺も人のことは言えないか。
レティシアが欲しくて家の利よりも自分の欲望を選んでるし。
公爵家の三男の生まれで恵まれてたよな。
伯爵は前妻とは政略結婚。後妻は学園時代の恋人。後妻との子供を溺愛して教育を疎かにしたんだろうか。
兄は家臣達がしっかり教育したから優秀らしい。
面識ないから知らないし興味もないけど。
「嘘だろ?」
常識だから。
学園で習わないけど平民でも知ってることだ。
「これ、へんたい、かんきんされる」
「シア、落ち着いて、大丈夫だから。」
シアの頭を撫でる。俺にしがみついてるな。
相当パニック起こしてるな。シア、苦しいんだけど。
これは無理だな。
「事実です。彼女、俺に惚れ込んでるんで勘違いもやめてください。」
「でも、俺の話ちゃんと聞いて」
こいつ、友達いないんだよな。
確かに優秀な兄につくよな。
なんでこの弟、放っておけるの?
勝手に自滅するのわかってるからか。
せめて弟に監視くらい仕込んでおけよ。
「俺のレティシアは誰にでも優しいんです。ただ俺は優しくないんでもう彼女には近づかないでくださいね。」
放心状態のシアに口づける。
伯爵令息が固まってるな。
シアはたぶん気づいてないけど。
「お前、今、何を」
「彼女、俺のなんで。ご理解いただけましたか?」
髪の毛一本も渡さない。純情そうだからここまで見せつければ平気だろうな。
顔を赤くして逃げていったな。
これで大丈夫かな。一応、伯爵に手紙を一筆書いておくか。
バカの監視は親の努めだから。
伯爵で平気か?。もしも駄目ならとり潰せばいいだけか。
シアの顔を除きこんで瞳を合わせる。
「シア、シア、大丈夫?」
「りお?」
「うん。そうだよ」
「へんたい、こわい」
「もう追い払ったし近づいてこないよ。安心して」
「へんたい、かんきん」
「そんなことさせないよ。へんたいは、もういないよ」
「本当?」
「本当」
シアが俺の胸に体を預けてくる。
「リオ、邪魔しないので今日は一緒にいてくれますか?」
まだ怖がってるな。シアは昔の記憶関連だと不眠になるんだよな。
「もちろん。寝かせようか?」
シアがコクンとうなずいた。
俺はシアを部屋に連れていき、抱きついてくるシアの頭を撫でて宥める。さすがに今日は手をださない。相当怖かったみたいだな。
昔の幼いシアを思い出すな。
自覚してから恥ずかしがってここまで甘えてこないもんな。
今日はきっと眠れないというから、落ち着いたのを見計らって寝かしつける。
もう近づかないように手を打とう。
シアの言う変態はたちが悪いからな。
今回、動くのが遅くなったから反省しよう。
俺はこんなにシアが怯えるなんて思わなかったからごめんな。
寝ているシアの頭を撫でる。
なんでシアばっかり絡まれるんだろうな。
平穏に過ごさせてやりたいのにな。




