レティシア3年生 昔話
リオ視点
「リオ兄様!!」
シアが俺の部屋に駆け込んできた。
立ち上がると抱きついてくるシアを抱きとめる。
今日は令嬢達とお茶会するって言ってたよな。
「どうした?」
「思い出せませんの」
「なにを?」
「ブレア様にリオとの出会いを聞かれましたの。私、どんなに考えても全く、初めましてとご挨拶をした記憶がありませんの」
シアの話に俺は笑いが堪えきれなかった。
俺のシアは可愛いすぎる。
「リオ?」
「悪い。シアが覚えているわけないよ。シアはまだ赤子だったし。母上と一緒に赤子のシアに会いにいったのが俺達の出会いだよ」
「それは出会いと言っていいんでしょうか?」
「俺もあんまり覚えてないんだよ。記憶の中のシアはリオ兄様って抱きついてくるのしか…。」
「世の婚約者には、胸が踊るような出会いがあるそうですが…。」
ないだろ…。
お見合いに胸が踊るなら別だけど。
「人それぞれだろ。」
「わかりました。ありがとうございました。」
俺から離れていくシアの腕を掴む。
「せっかくだからゆっくりしていけば?」
「お茶会を退席してきましたので」
侍従に命じる。
「俺の名で差し入れとシアを借りると謝罪を」
侍従は頷いて退室していった。
「リオ?」
「これで戻らなくて平気だよ」
「あの方、話せますの?」
「話せるよ。普段は面倒で話さないだけ。静かでいいだろう」
「リオは変わってますわね。」
「否定はしない。」
シアが笑いだした。
ソファに座ったシアの隣に座る。
シエルがお茶を淹れてシアに渡したな。
お茶を飲んで、ぼんやりしはじめたシアが呟いた。
「リオ、ブレア様たち満足してくれますか?」
「俺達の出会いに?」
「はい」
「彼女達は母上経由で俺達の話をほとんど知ってるからなぁ」「リオ?」
「シアは彼女たちを満足させる話をしたいの?」
「目をキラキラとさせて詰め寄られると…。」
期待に答えたくなるか。喜びそうな話か。
彼女達は茶会から退席したシアを俺が返さなかったってだけで満足しそうだけどな。
まぁ、いいか。
「シアさ、兄上達と過ごしたの覚えてる?」
「はい。カナ兄様やレイ兄様に時々遊んでいただきましたわ」
「シアはさ、怖いことや悲しいことがあるといつも俺の所に来たんだよ。その時に兄上達に呼ばれても絶対に俺から離れなかった。覚えてる?」
首を横にふるシアの頭を撫でる。
懐かしいな。
いつもは兄上達の膝の上でご機嫌だったシア。
ルーン公爵家にはシアを膝に乗せる人間はいなかったから余計かな。
兄上の友人とシアと俺で過ごすこともあったな。
兄上の友人がシアにむかって企んだ顔をした。
今思うとシアを使って兄上を困らせたかったんだろうか…。
「レティシア嬢、知ってる?夜になると悪い子のもとにはオオカミが来て、連れ去るんだよ。オオカミに攫われると家には二度と帰れない。真っ暗のなか、」
話を聞いていたシアが震え出した。
「お前、黙れ。レティ、大丈夫?」
「オオカミ、わるい子…」
「レティ、大丈夫だから、オオカミなんて来ないよ」
兄上がシアを抱き上げても震えが止まらない。
「リオ兄さま」
兄上の腕からシアが降りて抱きついてくる。
シアの目から涙が溢れた。
「シア、大丈夫だよ」
「オオカミ、くる」
「来ないよ」
「お母様に怒られました」
「レティ、嘘だから、」
「嘘をついてはいけませんって」
「駄目だよな。オオカミはレティじゃなくて、こいつのところに来るから」
「カナト!?」
「レティを泣かせて覚悟は出来てるんだろうな」
「ごめんなさい。」
「レティじゃないから、リオ、レティちょっと出てくるよ」
「カナ兄様…。」
「すぐ戻ってくるから」
兄上がシアの頭を撫でて友人を連れて出ていった。
この時、俺はこの兄上の友人は二度と家でみることはないと思った。
兄上をなだめろという視線も無視した。
俺も兄様と慕ってくれるシアが可愛いかったし。
それに兄上を宥める方法があるなら俺も教えてほしかった。
「シア、オオカミ来ないよ」
「お母様に怒られてばかりです。悪い子」
「今日はうちに泊まって母上たちと寝る?」
「駄目です。私はお外で寝ます」
「危ないだろ!?」
「マールの皆様に迷惑はかけられません。それにルーンのお家にも帰れません」
「シア?」
「じぶんの行動の責任はじぶんでとらなければいけません。リオ兄様、今までお世話になりました」
今思うとシアの暴走癖ってこの時からか。
俺は戻ってきた兄上を頼るしかなかった。
「兄上…」
「カナ兄様、お世話になりました。私、いさぎよく食べられます」
シアが泣きながら兄上を見上げた。
「レティ、オオカミなんて来ないと思うけど離れで寝ようか。あそこならうちから離れているから」
「兄上!?」
「リオも一緒な。昨日怒られてたよな?オオカミも二人で一緒にいるほうが探し回らなくていいだろ?」
俺は怒られた記憶はないんだけど…。
「リオ兄様も食べられるんですか?」
「レティ、リオは悪い子だから。家でご飯を食べてお風呂に入って眠る支度をしたら離れに送ってあげるからね。」
シアが顔を真っ青にして頷いた。
兄上が母上達を説得し、俺達は離れで眠ることになった。
俺はシアのお守りか。
シアは俺の服から手を離さないしな。
顔色の悪いシアに母上達は心配そうに見ていた。
「リオ兄様、オオカミには私で我慢してくださいって言います」
シアはなにを言っても聞かないので俺はシアの手を握って二人で横になった。
震えるシアのお腹をゆっくり叩いているとシアは眠った。
今度から兄上の友人が来たら、シアは近づけさせないようにしよう。
翌朝、父上達が迎えにきた。
夜に様子を見に来ていたのも気づいていたけど寝たフリをしていた。
離れに護衛がついているのもオオカミが来ないのも知っていたから。
「レティ、おはよう。オオカミなんて来なかっただろう?」
父上の声で起きたシアが俺の顔を見て泣き出した。
「リオ兄様が食べられなくてよかった」
そっちなの!?
「レティ、二人とも良い子だからオオカミなんて来ないわ。ルーンのお家にもオオカミは出なかったって」
「よかった。お母様もご無事で」
「もう大丈夫だから食事にしましょう」
泣き止んだシアを父上が抱き上げて本邸に移動した。
シアが俺に手を伸ばすので手を握ると嬉しそうに笑った。
怖い話を聞いてから初めて笑ったシアに俺は安心したんだよな。
この頃からシアが可愛くて仕方なかったのか。
俺の話を聞いたシアが顔を真っ赤に染めていた。
「覚えていません」
「小さかったから。俺はこの頃からシアに夢中だったみたいだな」
「リオ兄様はずるいです」
「オオカミが来ても守ってやるから安心して」
「こんな話はブレア様たちにはできませんわ」
「昔も今もシアが可愛くてたまらない。」
シアの額に口づけるとふんわり笑った。
成人まで手を出せないのが辛すぎる。
でも、ようやくシアが俺のものか。
「私だって、リオ兄様が特別でしたわ。リオ兄様の腕以上に安心できる場所はないはずでしたのに」
抱きついてきたシアを抱きしめる。
「最近は恥ずかしくて?」
「どうしたらいいかわかりません。でもこの腕が一番好きなことは変わりません。」
「俺の腕はシアのものだから安心して」
真っ赤な顔で幸せそうに笑うシアが愛しすぎる。
久しぶりにセリアの邪魔も入らない。
俺とシアだけの世界になればいいのに…。




