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イケ女の道はヒールから!

「っく……ぁあっ!!」


「おほほほほほっ! その程度で根を上げるとは! やはり小娘には土台無理な話だったのよっっ!!」


「ま……負けてたまるものですかっ!」


「はっ! 悪あがきも大概にする事ねっ! にわか仕込みの戦法で、この最終兵器に勝てるとお思いっ!?」


「くううっ!!」


 がくん、と膝から崩れ落ちると同時に、私の頬を脂汗が伝い落ちる。


 顎先からぽたり、ぽたりと流れた雫が、真っ赤な絨毯に濃く染みこんだ。


 震える膝は壊れた人形が笑うようにカタカタ小刻みに揺れ、足首の靱帯からふくらはぎ、ももの付け根にいたるまでが激痛に襲われている。


 せっかくのドレスなど、全身汗でびっしょり張り付いていた。


 な、なんのこれしき……っ!


 昔のスポ根漫画のように、気合いと根性だけで立ち上がろうとするが身体がそれを許さない。


 汗を吸ったドレスが鎖帷子の如く重い。幼い頃、何かの漫画で全身に鉄のバネをつけ筋肉増強をはかる話を見たが、今のこれだって絶対負けてない気がする。


 し、死ぬ……! 


 足がああああ折れるううううっ!!


 私はぎりぎり歯を噛み締めながら、悔しさに溢れそうな涙を堪えた。


 敵わない。


 今はまだ。


 私の本能が、それを悟っていた。


「マ……マダム……!」


「あぁら、何かしら? リイナお嬢ちゃん?」


 淑女会の帝王、ならぬ女帝マダム・アマゾアナの紫シャドーアイを見つめ、私は悔し紛れに言葉をついだ。


 それは―――自らの敗北宣言であった。


***


「ってえええ! 何これ十五センチヒールとか絶対無理に決まってんじゃないですかっ! バンビか! 私は生まれたてのバンビかっ!」


「もおおおっう♪ ナニはこっちの台詞よリイナちゃぁ~ん? この程度のルルベ、出来なきゃ完璧な淑女なんてほど遠いわよぉう~♪」


「いやルルベってそれバレエ用語じゃないですか。つま先立ちってあれ踵さんほぼ用なしですよね。ヒール履くならせめてもう少し踵に仕事させたいんですけどあたしはっ」


 敗北宣言してからどうりゃっと馬鹿みたいに高いヒールを脱ぎ捨て、その場に座り込んだ私はぜえはあ息をしながらマダムにキレた。いやもう、本当に切れた。


 なんだこれ。なんだこのヒール。

 最早靴じゃ無いでしょ、これ!


 誰じゃこんなもん作ったやつは!

 お洒落と奇天烈の意味間違ってんじゃないのか! 百科事典見ろ!


 マダム・アマゾアナのサロンである「ラ・ミュリエット」には、淑女教育を受ける女性用の服飾品が大量に用意されている。


 彼女の教えを受けるレディ自身の年齢幅が広い(それこそ一桁から三十路過ぎまで)ので、彼女らの年代に合わせた、かつ流行に則ったドレスや靴、アクセサリーなどが一揃い揃えられているのだ。


 そしてサロンで最も難関だとされている「どんな紳士も落とせる上級女性コース」では、必ず恐ろしいほど高いヒールを着用し、歩けるようにならねばいけないのである。


 マダム曰く、淑女は常に「白鳥のバタ足」であるべきなのだとか。

 優雅にすいすい泳いでいても、その見えない水の中では努力と根性でバタ足をすべきだと。


 わかるような、わからんような。


 しかしまあ、イケ女は一日にしてならずというのはなんとなくわかる。わかるがそれとこれとは話は別だ。


 私は十五センチヒールで紳士を追い詰めたいのでは無く、イケてるレディ感でクラッド様を虜にしたいのだ。


 その為に、この「しんどい・辛い・めちゃ大変」で有名なマダムのサロンに押しかけたのだから。


 元々十歳の時にエブリン(にそそのかされたお母様)の手でこのサロンに突っ込まれ、一般の淑女が身に着けるべき教養をたたき込まれたのだけど、二度と戻って来たくないと思っていたこの場所に、まさか舞い戻ることになるとは。


 私だって予想だにしなかった。


 しゃーない。だってクラッド様にちょっとでも見てもらいたいんだもの!


 気を引くためなら何でもしますよあたしは!

 少しくらいいじらしいと思ってくれたっていいじゃないか!


 ……ん? 無駄な努力って? 

 はあん? 今なんか言ったかねそこの君。


「んもぉ~う♪ しょうがないんだからリイナちゃんってばてば♪ でもワタシ、アナタのそういうドライなところ結構好きよぉ~ん♪ だから今日は特別に、このマダム・アマゾアナの秘技、魅力増強♪色気倍増♪殿方陥落地獄メイク♪」を手ほどきしてあげるわん♪」


「なんですかその仏語か宝具必殺みたいな名前。若干どころか、かなり恐いんですけど……私まだ現世にいたいデス」


 十五センチヒールにぶう垂れる私に呆れたのか面倒くさくなったのか、ど根性マダムが新たな提案を口にしていた。


 が、エブリンでは無いがネーミングセンスが悪すぎる。身の危険しか感じないってどういうことだ。

 まるで変なドーピング剤の宣伝文句みたいだ。


 地獄を見せてどうする、とか色々な感想を抱くが、勿論口にはしない。


 下手すりゃ『恐ろしい子……!』的なメイクをされかねない。

 実際マダムもそんな感じだし。


 これはこれで綺麗だとは思うが、私の顔が転生して多少マシになったとはいえ合わない気がした。


 ……だというのに。


「―――まあ。それは良いアイデアですわマダム」


 私の不満を余所に、突如サロン内に凜とした声が響く。


 絨毯の上に座り込んだままぱっと声の方向に目をやれば、ニシャアッと猫のゴジラ版みたいに笑う糸目の侍女がいた。


「エ、エブリン……?」


「お嬢様は元は悪くないのですから、技術次第でどうとでもなりますわ。基礎を磨くのも大切ですが、まずは形から。ご自分がお化粧だけでどこまで変わるのか、お嬢様ご自身にご理解いただく事も、長い目で見れば重要です」


「そぉよねぇ~♪ さすがエブリンったらわかってるわぁ~♪ リイナは自己評価が低いから、まずはそれをわからせてあげないとねぇ~♪」


「仰る通りです」


「いや、あの、意味が全くわかりませ……」


 まるでソーラーパワーでかくかく首振る人形みたいに頷き合う二人を前に、私の声が空しく響く。

僅かに上げた反論は、どうやら流されてしまったらしい。


 いやまて。

 何しれっと主人を裏切ってるのかそこの侍女。


「そうと決まれば。善は急げですわマダム。今日のところはフルメイクとセットをお願いします。その足でアルシュタッド商会の旦那様の元に参りますので、どうか念入りに。いつものお力より120%増し増しでお願いいたします」


「毎度ありぃ~♪ 主人のお金なのに糸目を付けない貴女の裁量、いつも惚れ惚れするわエブリン♪」


「糸目なのは元からですので。旦那様からは、リイナ様に関する支払いについてご指示をいただいております。このくらい屁でもありませんわ」


「うふふふふふっ♪ 了解よ! ならワタシも精一杯応えさせて貰うわっ♪ さあリイナ! いらっしゃあ~い♪」


「え、ちょ、まっ……!」


 慌てて逃げだそうとした私のドレスをむんずっと鷲掴みにしたマダムは、女帝の微笑みそのままに、サロンの奥にあるいわゆるVIPルームへと、あたしを連行……もとい引きずっていったのである。


「いってらっしゃいませお嬢様」


と見送るエブリンの顔が、やけに楽しそうだったのは……きっと私の気のせいでは無い。


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