レッツ媚薬くっきんぐ!
「名付けてっ! 出さぬなら、出させてみせようホトトギス作戦っ!」
「ネーミングセンス最悪ですわお嬢様……」
「それは言わないでっ」
夜も更け、しんと静まり返った調理場に私達のひそひそ声が響く。
唇なんてちょっと震えてる。
だって寒いんだもの。
あれですよ。
どうしてこう、異世界っていうか中世風の世界だと台所……じゃない調理場が基本石造りになってるんですかね。
おかげで夏は涼しいけど、冬なんてほぼ冷蔵庫ですよ。
いくら春めいてきたっていっても、日本じゃまだ三月初めくらいだからね?
朝晩超冷え込む時期ですよ。お昼はまあ大分マシだけど。
お母様なんて張り切ってピンクのデコデコドレス着ちゃってましたし。
ちなみに、この世界の暦は大体四つに区切られている。
まず春が『エルフの月(3月~4月)』。夏が『セイレーンの月(5月~8月)』、秋が『ノームの月(9月~10月)』、冬が『ユニコーンの月(11月~2月)』といった感じだ。
名前からもわかるように、この世界には幻獣、つまりファンタジーな生物がれっきとして存在している。
妖精やら精霊やら、もーどっちがどっちだが見分けが付かないのも様々。
私からすればまあ、日本の妖怪が目に見えるような感じなので、意外にもなるほどそうかとすんなり受け入れられた。元々彼らが人に姿を見せることは滅多にないというのもある。
以前一回だけエルフを見た事があるけど、めっちゃ綺麗な耳尖った人って位の感想しか無かったし。
それに、生きてるものって意味じゃあ幻獣も人間も似たようなもんよ。んな珍しがることないない。
今回使う材料だってほとんどその幻獣さん達の一部だし。
(なんでも幻獣素材ハンターさんがいらっしゃるのだとか○ンハンかよ)
っとと、この世界の説明はそれくらいにして。
「お嬢様の仰るホトトギスというのが、どういったものか私は存じませんが、これは中々の妙案かと思いますわ」
ごそごそ、と麻袋から本日の食材……ならぬ薬材を取り出しながらエブリンが言う。
顔がめっちゃ悪いよエブリン。
すごく似合うけど。
「とっても引っかかる言い方ありがとうエブリン! それはそれとして、いざ! さんぷん……じゃない媚薬くっきんぐの始まり始まりーっ♪」
「お嬢様のネーミングセンスはこの際置いておきましょう……」
私が「たららったらったった♪」と某素っ裸の赤子が踊り出すオープニングテーマを口ずさんでいるのを横目に、エブリンはなぜか長い指先でこめかみをとんとん弾いていた。
「何、エブリン頭痛いの? ミーミナの脇毛食べる? 良く効くらしいけど」
「お断りしますわお嬢様。そんなことより、はいお鍋どうぞ。手はもう洗いましたか? 流しに洗い桶設置完了しておりますよ。ザルとボウルはこちらに。クラッド様に飲んでいただくお薬なのですから衛生面には慎重になりませんと。食中毒は怖いですからね」
「それもそうね!」
シルバーのバットにお料理番組よろしく妖しげな材料を並べている私に、エブリンが戸棚から取り出した調理道具を渡してくれた。(大丈夫手は洗った)
ぴっかぴかに磨かれた、鏡面みたいなお鍋とボウルを受け取る。
おお、アーノルドってば相変わらず良い仕事してますなぁ。
アルシュタッド邸の料理長、アーノルド=フィネガンは某SF映画に出てくるマッチョアンドロイドさんにそっくりな筋肉おじさまだ。
しかし、作る料理は実に繊細で勿論道具の手入れにもぬかりがない。
その為お鍋もボウルも、私の顔が映るくらい見事に磨き込まれている。
ごめんねアーノルド。
ちゃんとお鍋もボウルも綺麗にしてI'll be backするからね!
(意味違っても突っ込まないで)
内心で料理長のアーノルドに頭を下げつつ、流し台で材料を一つずつ洗ってザルに上げた。
そして骨と皮を取り除いたり細かく刻んだりしている間に、エブリンに鍋に水を入れて火にかけてもらう。
ぼこぼこと泡が立ち水が沸騰してきたところで……私はコンロの前に立ち、ふう、と息をついた。
視界にすっと黄ばんだ羊皮紙が差し出される。エブリンが調合レシピです、と告げた。
「いいですかお嬢様。調合は慎重かつ大胆に、が鉄則です。こちらの説明書を見ながら確実にこなして下さいませ」
「了解よエブリン」
私とて、調合を失敗してどんな効果が出るかわからないような代物をクラッド様に飲ませるつもりはない。
あくまで、手を出されないなら出すように仕向ける、というのが目的なのだ。
その為ならば、料理の鉄人でも調合の鉄人でも何でもなってみせようではないか!
湯気立ち上る鍋を見据え―――そして私は、調合を開始した。
というわけで!
私のお話を読んでくれているそこの貴女にも、せっかくなので一緒に媚薬の調合法をお勉強して貰いましょう!
え? 急に何だって?
まあまあ、人生なんでも経験だよ?
覚えといて損は無いって!
大丈夫!
○ックパッド読んでるんだと思えばいいから!
それじゃあいくよ!
さて!
『旦那様の貞操を奪え』計画……じゃないホトトギス作戦第一弾!
まずはこれ!
皆さまご存知その名もバイ○グラ!
心臓の弱い人にはご注意だけど、そうじゃないならすべからくお勧めしたいこの一品!
作り置きにも最適!
☆これで貴女も一姫二太郎☆ 超強力催淫剤のご紹介です!
最近マンネリだなー……と思ってるソコの貴女!
旦那様の夕食にこれをほんのちょこっと仕込んでみれば……あ~ら不思議、お世継ぎ問題も即解決!
……って、私別に世界バイ○グラ協会の回し者じゃないですよ。
ついでに言えばエブリン、貴女いつの間に白衣に着替えたの?
それ侍女っていうよりマッドサイエンティストにしか見えないんだけど。
何その白衣。自前? え、自作なの?
オールハンドメイド白衣ってどういう事……?
あ、フラスコのアップリケ可愛いわね。今度私にも作ってくれない?
ええー……駄目なの? エブリンのケチ。
ってああごめんなさいすいません二度と言いませんっ!
あ、えーっと……ごめんなさいくっきんぐに戻りますね。
さあ、まず最初にお鍋にドボンするのはー?
聞いて驚け見てドン引け!
ぱっと見は人食い合成獣のマンティコア! アルモグラの尻尾です!
はい活きがいいですねー。尻尾だけなのにピクピク動いてますねー!
ぬらっとした新鮮さは魚市場で見たタコの足に似てますね!
キモカワイイかもしれない! けどはいどぼん!
うん綺麗に赤くなりましたー!
さて続きまして!
お次はお空を漂う巨大な眼球! なのに消化器官があるという奇々怪々な生物デボラの腸!
綺麗なピンクが豚さんの腸詰めみたいで美味しそうですー♪ はいこれもお鍋にどぼーん!
ああらまるで○ャウエッセン!
フォークで折ったらパキって言いそうですね!
私は食べたくないですが!
さて、それではそろそろ主役のご登場!
タランチュラぽい大蜘蛛、キレネイナから取った胃液と、ちっさいおっさんにしか見えないミーミナの脇毛を少々鍋に入れましてー?
後は味を誤魔化す為のお塩とにんにくを少々!
はーいそこから煮込むこと四十分! あら不思議、ここにもう煮込んである物が!
ってのは無理なので普通に待ちましたよエブリンとお茶してたけど!
文章じゃ省いときますめんどいので。
よし話を戻しましょう!
コンロのお鍋がぐつぐつ言ってますよ、ああいいですねー!
良い感じのヘドロ具合ですねー!
あとはお鍋が焦げ付かないようにゆっくり回しながら強火で三分!
それから火を消して、ラストにじっくり冷まします!
調理場全体が凄まじく臭いですが後で消臭剤吹いておきましょー!
っていつの間にエブリン貴女マスクしてたの自分だけずるい!
私なんてノーガードですよめちゃ臭い。
おっとごめんね冷ましてる間もエブリンとお茶してたよ省くね!
では、最後にレシピのご紹介―!
~これで貴女も一姫二太郎♪ 異世界バイ○グラ~
アルモグラの尻尾……100g
デボラの腸……300g
キレネイナの胃液……2分の1カップ
ミーミナの脇毛……5g
塩……小さじ1
にんにく……1かけ
しめてエネルギーは240カロリー!
塩分は3gなので一食としては丁度良い塩分量ですね!
入手先はちょっと危ない庶民の味方、ブラックマーケット!
ご購入の際は自己責任でどうぞよろしく!
というわけで、ぜひぜひ、ご自宅でもお試しあれ♪
◆◆◆
「お嬢様……」
「エブリン……」
「できましたね……」
「ええ、できたわ……これも貴女のおかげよエブリン!」
と、ワイン用のグラスにヘドロ状の液体を入れ冷めたのを確認してから、私とエブリンはひしっと固い抱擁を交わした。
(というか一方的に私がエブリンに抱きついただけなんだけど。彼女ツンデレだから)
「あとはこれをどうやってクラッド様に飲ませるかって事なんだけど……クラッド様ってば中々屋敷に帰ってこないし、どうすればいいかしら」
「毎日の商談先については私が把握しておりますので、偶然を装ってお会いになられたらいかがですか。差し入れとでも称して飲んでいただけば良いかと。お嬢様は以前からビスコッティやムース、ボネットなど差し入れされておりましたし、不審がられる事も無いでしょう」
「だったらいいけど……これどう見ても不味そうだし、会えたとしても飲んでくれるかどうかは疑問が」
「大丈夫ですわ。クラッド様なら飲みます。絶対に」
「なぜに断言」
やけに自信ありげなエブリンの様子に首を傾げるが、彼女は艶のある褐色の肌を笑みで彩るだけで答えをくれはしなかった。
んもー。エブリンったら昔から不思議ちゃんなんだから。
私が子供の頃から見た目年齢変わらないし。
それはまあお母さんのエディナもだけどエルダー家ってみんな年齢不詳なのかしら。
下手すりゃ転生者の私より謎が多いかもしれない。
とかそんな事を思っている間に、エブリンが青い瞳をすっと眇めた。
私を庇うように身を乗り出して、調理場の中心、出入り口の方をじっと見据えている。
扉は誰か来ても気づけるようにと少し隙間を開けていた。僅かに開いた扉からは黒い縦長の空間しか見えないが、エブリンは夜の漆黒に染まるそこへ静かに口を開く。
「―――いるのはわかっています。何者ですか、姿を現しなさい」
「え?」
凜とした声が調理場の石畳に反響した。
と同時に、カツン、と固い足音が聞こえて、調理場の扉が開き誰かが入ってくる。
さらりとした墨色の髪が、仄かに灯った明りに輝く。
最上級の商人の証である濃紫のローブが、ふわりと揺れた。
上品な金飾りと、彼の片側に流した髪を縛る留め紐の宝石がきらきら煌めいて。
目を見開く私の前に現れたのは、右目を分厚い眼帯で覆った―――まさにこの薬を飲ませたい張本人、クラッド様だった。