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旦那様! ご返品は却下です! ~想い出話を異世界で~  作者: 樹田 樹冠


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お菓子な半裸登場!

「奥様。ただ今クラッド様は商談中ですので、恐れ入りますがこちらでお待ち下さい」


「わかりました。急に来てごめんなさいね、キリング」


 食事の時間も大幅に過ぎ、そろそろ午後のティータイムになろうかという頃。


 アルシュタッド商会事務所の来賓室へ案内してくれたのは、クラッド様腹心の部下であり右腕のキリング=ワズナーという男性だ。


 オールバックに流した灰色の髪に、少し垂れ目がちの笑い皺のある目元は上品なのに親しみやすい。日本風に言えば五十過ぎのロマンスグレー素敵紳士といった感じだが、着ているのは商会の秘書制服である。


 詰め襟の白いシャツに深緑色のジャケットとパンツ。そして商会関係者の証である肘までの簡易ローブを羽織っている。


 両腕に銀色のアームバンドをしているので、ローブを外せば銀行員とか郵便局員さんにも見えるだろう。


「いいえ奥様。奥様のお可愛らしいお顔が見えてキリングは嬉しゅうございます。特に今日は、いつもより一層お美しくおみえで」


「そ、そう?」


「ええ。クラッド様も大変お喜びになると思いますよ」


 キリングが微笑むと、彼の眦に優しい笑い皺が浮かび上がった。


 笑顔が素敵な紳士とは、まさに彼のような人の事を言うのだろう。


 相変わらずめちゃめちゃ格好良いですねキリングさん。

 渋いジェントルマンに褒めてもらえて私の心が幸せです。


 あいにくおじ専ではないですが、あと二十年後なら道を踏み外していたかもしれません。いや二十年後のクラッド様も相当格好良いと断言できます。実はめっちゃ楽しみです。


 それまで『妻』でいられたらだけど……。あらやだ自分で言ってて心にぶっ刺さりました。

 マイナス思考はやめましょう。


「エブリン嬢もお久し振りでございます。お母上も、その後お変わりはございませんか」


 キリングさんが私の後ろに控えていたエブリンに声をかける。


 一応屋敷以外では『ザ・侍女!』を貫き通している彼女も、キリングさんの前では少しだけ力が緩むようだ。


 エブリンは糸目の瞳を一度ふっと開いて髪と同じ新緑の虹彩を覗かせ笑顔を見せた。


 彼女がこうして普通に笑うのはとても珍しい事である。

 キリングさんは彼女の母であるエディナと幼馴染みの間柄だというから、きっと見知った仲故の気安さがあるのだろう。


「有り難うございますキリングさん。母も元気にしておりますわ。相変わらずロクシアナ様のお世話を楽しんでおります」


「左様ですか。それはようございました」


 キリングさんは満足げに頷いた後、私とエブリンに紅茶とお菓子を用意してくれた。


 来賓室に備えられた赤褐色のマホガニーテーブル上には、青い花絵に金彩が施されたカップ&ソーサーが並べられ、二段重ねで猫脚のケーキスタンドやデザート皿がとりどりの菓子を乗せて中央に置かれている。


 種類はざっと見ただけでも十数種類。


 元の世界知識で言えば、クッキーにケーキ類は勿論のこと、エクレアやブラウニー、ミルフィーユパイにゼリーに果物を挟んだバージョンのマカロンなどもある。

 さながらスイーツバイキングだ。


 うわお。

 これは本当に……!


 目が幸せ……! でもって今からお腹が幸せ……! 

 って、うわっ、エブリンの目、こわああああっ!


 思わずよだれを垂らしそうになった私の背後から、すっと顔を出したエブリンに見つめられて思考が停止した。


 理由は主に恐怖である。


 彼女の糸目の笑顔には「お嬢様? そんなボディラインぴったりくっきりなドレス着ておいて、まさかお腹いっぱい食べられるなんて思ってませんわよね?」という脅しが滲んでいる。


 おかげで脳内のデザート花畑気分が一瞬で吹き飛んでしまった。

 むしろ枯れた。


 心に荒野の風が吹きすさぶ。


 確かに、彼女が顔面で訴えている通り、今の私の装いはキリングにも褒めて貰えるほどの完璧淑女スタイルである。


 商会カラーに合わせた菫色のドレスはグラデーションになっており、スクエア型に開いた胸元は鎖骨と胸の谷間を強調し、腕から腰のラインに至るまでは生地がぴったり沿うようになっている。


 その為上半身はほっそりして見え、上品に広がったAラインのスカート部は手刺繍で金糸と銀糸の花模様が一面にあしらわれていた。


 この姿で思う存分食べたらお腹ぽっこりになることは容易に想像出来る。


 うう……お洒落に我慢はつきものって知っちゃあいるけど!

 お昼抜きで目の前にパラダイス(スイーツバイキング)があるのにほとんどお預けってこれ如何に……!

 何より勿体ないじゃんせっかく出してくれたのにいいいっ。


「リイナ様。こちらとこちら、とても美味しそうですわ。今お取りしますね(訳:カロリーも量も少なめに選んでおきますのでそれ以外は食べちゃ駄目です)」


「有り難うエブリン。本当、どれもとっても美味しそうだわ。あのクリームがたっぷりのったパイなんか特に(訳:そんなご無体な。せめてあと一個くらいおまけしてよこっちはお昼抜いてんだから。それに作ってくれた人に申し訳無いよ)」


「果実のゼリーもございますわお嬢様(訳:駄目です。ゼリーまでが限度です。屋敷の者にお持ち帰りするので大丈夫です)」


「そ、そうね、いただくわ……(訳:持ち帰り!? それってどうよっ!? そこまでして食べちゃ駄目とかエブリンのいけずっ!泣)」


「それでは奥様もエブリン嬢もどうぞごゆっくりおくつろぎ下さいませ」


 私とエブリンが無言の攻防をしている中、キリングさんは笑顔でそう告げて来賓室を出て行った。


 たぶんクラッド様の商談の様子を見に行ってくれたのだろう。

 パタンと扉が閉ると同時に、すかさずたこ焼きサイズのエクレアを口に放り込もうとしたが、エブリンの『必殺! 真剣白刃取り(フォーク版)』によって阻止されてしまった。


 キリングさんもいないので思わず舌打ちしたら、ギロリと糸目の侍女に睨まれる。


 あああごめんなさいつい。


「お嬢様。舌打ちは駄目です舌打ちは。それに無駄な抵抗はお辞め下さいませ。食欲に負けて当初の目的をお忘れでは?」


「っく……わ、わかってるわよ。そりゃ私もせっかくこれだけ化けた(主に化粧とドレスで)んだからクラッド様に見て欲しいって気持ちはあるわ。でも……お腹の虫が暴れ王蟲オウムなんだからしょうがないじゃないっ」


「暴れオウムの意味は存じ上げませんがもう暫しの辛抱ですから耐えてください。……女磨き、頑張ると仰ったでしょう」


「うう……はい」


 糸目のエキゾチック美人が開眼しながら怒る様は中々恐い。

 くわっと見開いた目はまるでモンスターのようだ。


 いや私の侍女なんだけど。

 あまり敬われている気はしないけど。


 しかしエブリンの言うとおり、旦那様の貞操を奪え計画……じゃない、鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス作戦第二弾として、自ら女磨きすることを決意したのだ。


 今日はひとまず拘ってこなかった化粧とドレスという形から入ったわけだけど、今食べたらせっかく綺麗に着付けてくれたマダム・アマゾアナの親切を無駄にすることになってしまう。

 それは流石にいかんだろう。


 というわけで、私はエブリンが選んでくれた三つのデザート(大分ちっちゃい)だけを食べて我慢した。


 うう……目の前にあるのにおあずけとか、大分拷問だよう……しかしそれも円満な夫婦生活の為!


 二兎を追う者は一兎をも得ず!

 忍耐あるのみである!


「……にしても、クラッド様商談中って、やっぱり急に来たのまずかったかな。連れてきてもらった事だってあんまりないのに、押しかけたりして……」


「お嬢様をここにお連れしない理由については大体察しはついておりますのでご心配無く。むしろ、旦那様が今のお嬢様を目にした時のお顔が見物ですわ」


「……? なんかよくわからないけど怒られることは無いってこと? だったらいいんだけど。はあ、クラッド様があ私を商会に連れてきてくれないのってやっぱりアレかな。ほとんど会いもしない形だけの妻だからかなぁ」


「お嬢様、お嬢様のその自己評価が異常なくらい低くいらして鈍感で無意識なところは美点だとは思いますが、過ぎると周りに迷惑かと」


 ぼやいていたら、なぜかエブリンに凄く呆れた顔をされてしまった。いや、ほんとうに、もの凄く呆れられてる。


 エブリンの顔の造形がピカソ状態になるくらい。ってナニ、その顔。


「え、ごめん意味分からない」


「お嬢様、商会に着いた時の、受付の青年を見てどう思われましたか?」


 頭を疑問符で埋め尽くしていたら、はあ~っと深く長い溜息を吐いたエブリンが唐突な話を始めてきょとんとする。


 また急に何の話?

 受付の青年……? ってああ、玄関入って直ぐのカウンターにいた男子二人組みのことね。


 一人は焦げ茶の髪で、もう一人は青い髪の。

 顔は……普通に綺麗系だったような。ちょっと朧気だけど。


 受付って日本じゃ女性が多いイメージだったから、男の子なんだなぁって少し意外だったんだよね。


 確か、むかーしここに来た時は綺麗な女の人だった気がしたんだけど。

 美人だったから寿退職でもしたのかな。


「受付の青年? って綺麗な子達だったよね。大分前に見たお姉さんじゃなくなって男の子になったんだなーって思った位だけど……それがどうしたの?」


「はあ。その程度の印象しか持たれなかったのですね。二人とも、熟した林檎のように真っ赤になってましたのに」


 振られた話に乗ったというのに、どうしてかエブリンには再び深~い溜息を吐かれてしまった。


 だから何なんですか一体。

 顔なんて赤かったっけ? 

 普通に元気にはきはき喋ってくれてたけど。ああ、若干緊張はしてたかな。

 クラッド様の妻だって名乗ったからだとは思うけど。


「顔赤かった? 風邪でも引いてたのかな。クラッド様に会ったらいっておいた方がいい?」


「色々と間違ってますわお嬢様。病ではありませんのでご安心を。ある意味間違いではないかもしれませんが今頃は元気にしてますわ。旦那様にお知らせすると彼らが路頭に迷いかねませんので、この件は口にされないことをお勧めいたします」


「そう? 全然意味分からないけど……エブリンがそう言うならそうする」


「はい。本当に、どこで育て方間違ったのでしょうかわたしは。まあお嬢様は前世持ちでいらっしゃいますから魂の問題という気もしますが……」


「エブリン何か言った?」


「いえ。それよりお嬢様、誰かこちらに来たようです。顔をお戻し下さい」


 よくわからないエブリンの話に首を傾げながら紅茶を飲んでいると、彼女の言った通り扉の向こうから人の足音が聞こえてきた。


 一瞬クラッド様かと思ったけれど、歩き方の音が彼では無い。クラッド様は静かに音も気配も無く歩く人なので、彼ではこんなどかどかした足音にはならない筈だ。

 それになんというか、音が重い。大柄な男性の足音、という感じだ。


 恐らくその人の声なのだろう豪快な笑い声が響いている。

 大きな声だからか、廊下から部屋の中まで内容が聞こえてきた。


「えらい別嬪さんが来てるって!? キリング水臭いじゃねえか! 俺にも会わせろっ!」


「ですからヴェルナー様、その方は……っ」


「勿体付けんじゃねえよ! こちとらもう二ヶ月もご無沙汰なんだぜ!」


 がははは、という笑い声と、キリングさんの焦ったような声がして、内容から恐らく商会関係者なのだとわかった。


 聞いた事の無い名前だけど、元々私は商会にほとんど顔を出したことがないので知らなくて当たり前だ。


 クラッド様にとってどういう人なのか不明だが、商会長の妻として下手なことはできないので、慌てて淑女スマイルを貼り付け、エブリンと一緒に来訪者が来るのを待つ。


 ちなみに、彼女は私の右後ろすぐ傍に控えている。

 いつもより少し前に出気味なのは、初対面の人間と接する時の基本位置だからだ。悲しいかな、出会う人間全てが好意的とは限らないので。


 ともあれ、足音と騒々しい声が部屋の前で止まった。

 素早く二回ノックされたかと思うと、案の定こちらが返事をする前に扉が開く。


「っな」


「へ?」


 ばあん、と両扉を押し開け入ってきたのは、身長百九十以上はあろうかという長身の、そして体格の良い男だった。


 その男を見た瞬間、エブリンと、私の声が順に飛び出た。

 滲んでいるのは怒りと驚きだ。


「アンタが噂の別嬪さんか? 二人も居るとは豪勢だなぁ! 商会にこんな美女が来るとは珍しい。クラッド目当てならアイツはもう妻帯者だぞ! 悪いこたぁ言わねえ! 既婚者なんてやめて俺にしとけ!」


「ヴェルナー様……!」


 キリングが慌ててがははと笑う男を止めようとするが、仁王立ちして宣言した男は我関せずだ。


 だけどあたしとエブリンは、男の言った台詞より男の容姿に呆気に取られていた。


 し……!


 ○ルベスター! スタローンだあああああっ!!


 つい元世界のハリウッドスターの名を内心で叫んでしまった。


 だって目の前にいるのは簡単に言えば筋肉もりもり。

 ごっつんごっつんのマッチョなのだ。


 髪は茶色で短く刈り上げられていて、無精髭を生やし、お世辞にも清潔的とは言い難い。

 が、こめかみにある傷と鋭い目がどこか北の国に住む大熊やかの有名スターを彷彿とさせた。


 しかも、一番気になったのは男のマッチョ具合でも流れの傭兵みたいな人相の悪さでも無く、その服装だった。


 き、筋肉が……! もりもりごつごつのマッチョなボディが……!

 いやああ視界が肌色おおおおっ!


「ヴェルナー様! せめて上着を羽織って下さいっ!」


「うっせーぞキリング。……ああ、そうだ。俺の名はヴェルナー・ストーンだ! よろしくな。お嬢さん方」


 ヴェルナーと呼ばれた男性は、にかっと笑って言って、私達にウインクをした。


 広い肩、厚い胸板と―――乳首を晒したままで。

 ボロボロで所々破れた黒いズボンにブーツだけの姿で。


 つまり、ヴェルナーは……半裸であった。


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