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八話

 

 校内の人通りの少なさそうなところ――物影に隠れてからオレはファラオを降りた。


 空気はいまだ熱を残していたが、夕方の風は心地いい。オレは大きく伸びをする。

『オーブ』探索は失敗したもの、オレは意外に落ち込んでいない。それは部屋で待っているネフィのおかげだ。


 今まで、学園内や近くの公園で寝泊まりしていたというネフィを、オレは仕方なく部屋に泊めた。

(ホームレスファラオというシュールな存在には笑ってしまったけれど……)


 困っているネフィを放ってはおけない。人助け的なノリで始めたことだったが、今ではオレの方が救われていた。


 家に帰れば待っている人がいる。

 数年前、旅行に出かけた家族が帰ってこなくなったときから、忘れかけていた生活――これほどワクワクするものだとは思わなかった。


(べ、別に美少女と同居生活したかったわけじゃないんだからね!)

 浮かれた心をしずめようと内心で無理やりツンツンしてみたが、表情はすぐにデレデレしてしまう。



「……何をニヤニヤしてるのよ? 押切」


 と、背伸びをしていたオレに横から声がかかった。聞き覚えのある声の主は蓮手塔子。

 しまった、と、そう思った――今日は『鈴木ファラオ』として登校しているため、学校にはカゼをひいて休むとだけ連絡してあったのだ。


 そのオレが、こんなところでウロウロしていてイイわけがない――いやそれ以前にネフィと二人、オレの部屋で絡み合っていた理由についても塔子には弁明していなかった。


「ねえ、なんでこんなところにいるの? カゼの方は大丈夫なの?」

 しかし、塔子の声に怒りはない。本当に心配しているような声に、オレは思わず罪悪感を覚える。


「そうだぞ押切、お嬢はお前が来ないと聞いたときから、一日中、ずっとそわそわしてたんだからな。さっきも遠くからお前の姿を見つけて……」


「ちょっと堀須! よけいなこと言わないでよっ!」

 口を挟んで塔子に怒られたのは堀須(ほりす)隼人(はやと)――蓮手家に仕える家系の生まれ、将来は塔子の執事になる男らしい。オレらと同じ年で隣のクラス1―Cに所属している。


 塔子と話すようになってからコイツとも知り合った。主にあたる塔子にも遠慮ない発言をするやつだったけど、心の底から塔子のことを考えてもいるイイ奴だった。

 大柄で高校一年とは思えないくらい大人びた外見、塔子と並ぶと主従や友人というより、保護者と娘に見える。


「そうなのか塔子? 心配かけて……悪かったな」


 まさか塔子にそこまで心配をかけていたとは、オレは後ろめたさを感じながらきいた。、


「べ、別にそんなんじゃないわよ! ただクラス委員として同級生の心配をしただけなんだからね! あんた、昨日は変な言動もしていたし――でも、その調子だと体の方はもうよさそうね?」

「あ、ああ……午後になって体調が良くなったからな。外の空気を浴びたくなって、学校まで出て来ちゃったんだよ」


 冷や汗をかきながらオレは苦しい言いわけをする。だが塔子はそれを信じたようだ。


「そうなの、それはよかったわ……でさ、押切――」


 塔子は堀須にちらりと視線を送った。

 それだけで堀須は心得たようにうなずき、オレらの話が聞こえないところまで離れていく。


「……ねえ、押切、本当のことを教えて? もちろん――あの子のことよ」


 塔子はオレに顔をよせ、低く押さえた声でたずねて来た。

 有無を言わせぬ口調――蓮手財閥の令嬢として育った塔子にしかできないそれに、一般庶民のオレは従うしかなかった。


             



「へえ……そうなの。たしかによく考えたら、アンタみたいに冴えないヤツが、あんなにキレイな子とくっつくワケないわよね」


 ヒドイことを言うのはこの口かい……ってくらい塔子の感想には容赦がなかった。

 それでも、どこか安心したような口調なのはオレの気のせいだろうか? 


 もちろん、塔子には全てを話したわけではない。

 行き倒れていたネフィを助けたこと、彼女にご飯を食べさせたら貧血で倒れ(本当は足がシビれただけなのだが)支えたオレも一緒に床に転んだこと。そこに運悪く塔子が来てしまったこと。 

 ネフィがワケありで、誰かに狙われているらしいという風に話をすり替え、塔子に話しておいた。


 当然、異世界や魔術――目のあたりにしたオレでさえ信じられないようなことは省いて説明してある。


「ふうん……なるほどね」

 財閥令嬢である塔子はワケありな事態に慣れっこらしい。小さくうなずいただけだった。


「……そうね、アンタってば、困っている人を放ってはおけない奴だもんね」


 塔子はクスッと笑った。


「高校に入ったばかりのころ、あたしがなれないクラスで一人、心細くしていたときも、あんたが話しかけてくれた。おかげで緊張が解けたからね。借りもあるわ、だからその女の子――ネフィちゃんとやらのことも、このあたしに任せなさい!」


 塔子はポンと胸を叩き、ボリュームのあるバストを揺らした。


「ああ、頼むよ塔子……ありがとう」


 蓮手財閥の力があれば、ネフィの探し物も見つかりやすくなるかもしれない。

 オレは塔子の目をまっすぐ見つめ、礼を言った。


「そ、そんな、別に礼を言われるようなことじゃないわ……ええと、それよりも今日からでも、そのネフィちゃんをウチにつれてきなさい。それに……もしよ、もしよければだけど、あんたもまとめて引き取ってあげてもいいし……」


 オレの視線に照れたのか、塔子はそっぽを向きながら提案してきた。、


「……そうだな、じゃあ、そうさせてもらおっか――」

 と、オレが塔子に同意しかけたとき――。

 


 ファッオ―――――――――ン!



 あたりに響き渡るファラオの叫び――それはネフィからの緊急呼び出しを意味していた。


「何!? 今の音は……いったい!」


 突然の大音響に塔子は周囲を見回す。いつの間にか堀須も戻ってきて、将来の主人の身を守るように近くに立っていた。


 一方、オレは――。


「ごめん、塔子、後で連絡する!」


 隠しておいたファラオの元へ走る。そんなオレに塔子は怒鳴った。


「ちょっと押切っ! どこへ行くのよ!」

「トイレだ、大至急でトイレだよっ!」

「なっ……! トイレ!? そっちにはトイレはないはずじゃ……」


 塔子をけむに巻いておいて、オレは曲がり角の先の物影へ、置いていたファラオに急いで乗りこむ。


「音声操作――『虚ろなる屍衣』全開っ!」


 搭乗と同時に『認識阻害』の魔術を最高レベルで発動させ、オレはファラオをいきなり最大出力で稼働させた。 


「きゃあっ……何なの今の風っ!? それに押切はッ!?」


 オレを探す塔子の声が背後から響いた。

 そんな彼女に内心であやまりつつ、オレは最高速度でネフィの元へと向かう。


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