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二十三話


「くッ……!? ファラオの反応が増えたダト? 

 追跡されているはずの奴らがナゼこちらへ近づいてくる?」


 森の中、狼狽したラムセスの声が響いた。


 一方、オレは木立の合間を縫い、ファラオを駆る。


 ラムセスとの会敵予想地点は学園中央の広い空地――通称オベリスク広場。

 ここまでラムセスの反応を見る限り、オレの思いつきは成功しているようだった。


 ほっと一息つき、オレは金色に輝く愛機、ファラオたちの姿を横目に見る。


「ネフィ、今のところはうまくいってるみたいだよ」

「エエ、そのようデス……けれド、まさかこんなコトができるなんテ」


 ネフィは驚くが無理もない。


 このアイディアを思いついたオレだって驚いている。


 オレらの願いどおり、ファラオは金色の大群になっていたのだから。

 

      

       ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 あれは数分前のこと――。


「ファラオを大量に……ですカ? 本当にそんなことが出来るのでしょうカ?」


 目を見開いたネフィにオレはうなずく。


「ていうか他に手はないんだ。どうせ隠れられないなら、どれが本物かわからないように数を増やしてやればいい。オレを信じてほしい」


 まっすぐ向けたオレの視線を受け、ネフィも覚悟を決めたらしい。


「分かりましタ。私も思考制御で手助けしてみまス」 


 こうしてオレらは数分の試行錯誤ののち、ファラオの幻像を大量に作り出した。

 

 だから今、オレは幻によって構成された大量のファラオを駆っている。 

 はたから見れば、悪夢のような光景だろう。

 

 そしてファラオを大群に変えた理由はもう一つ。

 それは……、


 いや、やめておこう。

 得意げに計画の内容を話すのは失敗フラグだし。


 とりあえず今のところ、オレの思いつきは一つ目の狙いで、予想通りの効果を上げていたし。




 最短距離、つまり学園の中を突っ切ってラムセスはオレらへと迫りつつあった。


 切り札を手に入れたオレも迎撃のため、ラムセスの方向へと向かう。

 金色の獣の群れは、疾風のごとく校内を駆け抜けた。


 決戦の地、会敵地点は学園中央の広場だ。

 オレの視界には巨大な尖塔、広場の目印であるオベリスクが近づいてくる。

 

「ネフィ、あと少しでお父さんとの戦いだよ、本当にだいじょうぶ?」

「エエ、わかっていマス」

 

 そうか。じゃあオレも覚悟を決めなきゃな。

 

 オレはラムセスとの決戦に備えて身構えた。

 

(居た!)


 広場にはバジリスクと操られたデシェレトの二体の姿。

 コフィン独特のフォルムが目に入る。

 さらに大量の魔術師たち。


(よし、主導権はこっちにある!)


 デシェレトを先に立たせるバジリスクの慎重な挙動から、ラムセスの動揺が見て取れた。

 だが、戦機を逃すほど愚かでも臆病でもないようだ。


「迎え撃てェイ!」


 ラムセスの号令一下、中世の戦闘のようにヘリオポリスの魔術師たちが突進してきた。

 

「引かぬ、媚びぬ、省みぬ!」 


 こちらも気合を入れ、大群のファラオで広場に突撃していく。


 そして接敵、たちまち周囲は乱戦・混戦へと変わった。



「くッ……どれが本物ダ? それに《邪眼》が通用せぬだト!?」


 ラムセスの声は明らかにいらだっていた。

 最凶と自負していたバジリスクの能力が効かないことが、よほど腹にすえかねたらしい。


 一方、オレは安心していた。


(よかった……やっぱりそうか。バジリスクの力じゃコフィン二体同時に支配下におけないんだ。

 さっきデシェレトを操ってるときも、ファラオの動きを止めるのがせいいっぱいだったしな。

 ファラオの幻像は実体じゃないから、バジリスクでは制御できないだろうし)


 重すぎて逆に実感が湧かないが、世界の命運なんてもんがオレの両肩にかかっている。

 予想が外れたらどうしようかと思っていただけに、正直ほっとしたのだ。


 実際、オレの作戦は思った以上にうまくいっていた。

 敵の魔術師たちは実体のないファラオに攻撃をしかけ、同士討ちにあったりして混乱の極みにいる。


 幻像たちが舞い躍る悪夢のようなダンスパーティの中、ファラオは駆け抜ける。

 幻にまぎれ、本体であるファラオが雷を放ち、魔術師たちを徹底的に痛めつけ、


 そして――。


「今だっ! くらえッ《禁域の雷》!」


 好機とばかりにオレは全力全開の攻撃を放った。

 敵の魔術師たちは紫電を喰らい、次々に倒れていく。


 広場には立っている魔術師はもういない。

 とりあえずラムセス配下の魔術師たちは全て無力化したようだ。

 

 しかし――。


「防御せよッ! 我がしもべよッ」


 敵の親玉であるラムセスは従えたデシェレトの力で土の防壁を生み出し、雷を全部防ぎきっていた。


(逃したか……一撃で片付けようなんて、都合が良すぎたかな?)


 最大の獲物を逃したことをオレは悔やむ。そのツケはかなり大きかった。


「どれが本物か分らんのならバ、全て攻撃して破壊すればヨイ!」

 

 やけになったようなラムセスの発言だが、悔しいけど理にかなっている。

 すでに敵の魔術師たちは全て倒れているから、誤射を気にする必要もない。



 喝ッ 喝 喝 喝 喝ッ――!



 命を受けたデシェレトが薙ぎ払うように、連続して光条《マグネシアの石》を吐き出し続けた。

 流れ弾が襲いかかり、背後の木々は音を立てて倒れる。


 幻のファラオたちに実害はないが、それでもオレの乗る実体のファラオにデシェレトの攻撃が迫った。


「アヌビス! ……デシェレトに乗ってるなら返事をしてくれ!」


 攻撃を何とかしてもらおうと、味方になってくれたネフィの義兄に声をかける。

 だが、気を失っているのか、それともデシェレトから下ろされてしまっているのか、

 アヌビスは反応しなかった。

 

 焦るオレの声に勝利を確信したのか、ラムセスは高らかに笑う。


「フハハハハ、呼びかけても無駄ダ。アヌビスは重傷。二度と起きることはあるまイ。

 先の思いつきは良かったがナ、しかしここまでダ少年! それだけの数の幻を作り上げたまま、ファラオに回避運動させることはできぬだろウ! さあ早く本体の姿を現わセ!」


「し、しかたない!」


 オレは幻像の大軍を消さざるを得なかった。

 デシェレトの光条を急回避するために……、


 だが、それはファラオ本体が遮るものなく、バジリスクの視界に入るということでもあった。



「……見つけたゾ」



 獲物をもてあそぶようなラムセスの声。

 同時にファラオは動きを止めた。


 バジリスクがゆっくりと、ファラオの正面に立つ。


「さテ……殺す前にもう一度だけ助かる機会をやろウ。大人しくオーブを渡セ。

 我が配下となりこの世界の支配に協力するのダ。そうすればネフィをお前の嫁にやろウ。

 合わせてこの世界の半分もくれてヤル。魔術を使えぬ身で我が配下たちを倒した知力、バジリスクの弱点を見抜いたその眼力をワシは評価しておるからナ」


 ラムセスは勝ち誇った余裕で降伏を勧めてきた。


(世界の半分って竜王かよ! 条件的には悪くないから、Aボタン連打してたら危なかったけど……)

 

 しかしオレの答えは決まっている。


「だが……断る」


 即座に断言したオレに、ラムセスは不思議そうに質問してきた。


「この世界を裏切れぬとでもいうのカ? ワシが支配すればこの地は大きく変わるゾ?

 ワシはここをただアルカディアへの反攻基地にしようとは考えておらン。

 この地の民にとって、より過ごしやすい国家にするつもりダ」


 ほほう。

 

「こちらに来てからワシはこの世界の社会のことを調べ、そして知っタ。

 この地にはびこる民主主義とやら思想はヒドいものだナ?

 己の利のため都合のイイ名分で民を踊らす指導者たちニ、目先の利益だけを考え、安易に代表を選ぶ愚民ドモ、その結果としテ抑えきれぬ利己心が招く醜い争いと悲劇」


 う、言い返せない。


「だが、それらは全てワシが断ち切ってヤル。オーブの力を使ってナ。そしてお前も含め、ワシの選んだ優秀なものたちがこの世界を統べるのダ。

 そこには口先だけの無益な指導者モ、口を開けて餌をねだる愚民もいなイ。まさに理想的な国家ダ」


 く、危険な思想ではあったけど、ちょっと心が揺れてしまった。

 

 怒り狂った復讐鬼としか考えていなかったが、さすが一国の王だっただけのことはある。

 今後、統治するだろう世界のことを考えるラムセスの言葉には、人を動かすだけの真情があった。

 

 だが、オレは従えない。


「あんたの言うことにも一理ある。でも、あんたがこの世界を仕切るってのが気に入らない!

 たった一人戦い続けた娘の真意も分からないバカ親父の言うことなんて信じられるワケないだろ!」


 そうだ。


 祖国の民とこの世界の平和を考え、父に敵対するしかなかったネフィの苦悩。

 それをただの裏切りと片付け、ネフィを道具のように扱うラムセスに従うわけにはいかなかった。


「そうカ、優秀なコフィンの使い手を失うのは惜しいガ、我に従えぬ戦士はむしろ有害ダ。

 我が作るより良き世界、理解せぬ愚かさを教えてやろウ――授業料はお前の命だがナ」


 ラムセスの命を受け、動けぬファラオに迫るデシェレト。

 外しようのない至近距離でデシェレトは口を発光させた。


「我が誘いを断ったコト。後悔しながら死ぬがイイ!」


 デシェレトの口がパカリと開いた。


 その名の通り冥府の番人たるコフィンが、ファラオを覚めること無き眠りに誘おうとする――。



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