二十二話
全力で逃走した先、森の奥深くでオレとネフィは一息ついていた。
「なんか逃げてばっかりだな。でも、ここまで来れば、とりあえず大丈夫……なはずなんだけど」
いや、敵は厳重に秘匿されたオーブを捜し当てたバジリスクだ。
長い時間は隠れていられない。
「アヌビス義兄サマ……私たちを助けるためニ……」
背後のネフィがつぶやく。背中に熱い雫を感じた。
(ネフィ……泣いてるのか?)
放たれようとしていた『マグネシアの石』を止めるため、アヌビスは自らのコフィンを攻撃して強引に止めた。
狭いコフィンの中、無理に魔術を使えばどうなる?
深く考えなくても分かる。あのときのアヌビスの荒い呼吸が物語っていた。
「ネフィ。アヌビスはオレたちを絶対に逃したかったんだよ。今、君の父さんを止められるのはファラオと君の言葉だけだから」
アヌビスの真意は分からない。
ただ死に場所を求めただけの行動だったかもしれない。
でもオレはネフィに泣きやんでもらいたかった。
「……そうですネ。お義兄さまのためにも父を止めなけれバ」
オレの言葉にネフィは顔を上げる。
涙はこぼれたままだが、決意に満ちた目がそこにあった。
しかし――、
(とはいったものの……どうやってアイツを倒せばいいんだ?)
正直なところ手詰まりだった。
バジリスクの視界に入れば勝手に操られてしまう。
かといって遠くから攻撃を仕掛けたとしても《邪眼》が打ち消してしまうだろう。
(奇襲なら……どうかな?)
いや、だめだ。索敵能力に長けてるらしいバジリスクに気付かれず、どうやって近づける?
今でさえ必死で隠れてるのはこっちだというのに。
かといって、いつまでも隠れていることもできない。
いつ見つかってもおかしくない状況なのだ。
オレは悩む。
とはいえクラスでも中の下クラスの頭脳が都合よく応えてくれるはずもなく。
「くそっ! こういうとき知恵を貸すのが、あの手のジイさんの出番だろうに……」
イラ立ちのあまりオレは学長に八つ当たりした。
パワーアップしたファラオの使い方を教えてくれた学長ならあるいは――と思ったのだ。
だが、どうやれば学長と連絡を取れるか分からない。
(あのジイさんなら、このタイミングで姿を現してきそうなんだけどな……ん?)
その瞬間――。
キーワードがオレの脳内を駆けめぐる。追いこまれた脳にひらめきが訪れた。
(姿……現す?)
そして、ひらめきはオレに一つの答えを示す。
「そうかっ! オーブの力があれば……よしっ、これならいけるかも!」
「秋サン……? 大丈夫ですカ?」
ぶつぶつ言ってたオレが急に叫んだので、ネフィは心配になったようだった。
「うん、おかしくなったわけじゃないよ。君の父さんのコフィンに対処する方法があるかもしれない。
全てがうまくいけば、君の思いをお父さんにちゃんと伝えられるかも……」
「本当ですカ!? 秋サン! ありがとうございマス!」
ネフィの目から今度は嬉し泣きの涙がこぼれ、オレの背にそのまま強く抱きついてきた。
こんなときだったけど――いや、こんなときだからこそなのだろうか。
背中から伝わるネフィの感触を愛おしく思う。
肩越しに後ろを見ると、こちらを見つめていたネフィと視線が絡みあう。
彼女の色違いの瞳が閉じられた。黒髪から芳香を漂わせつつ小さな顔が近づいてくる。
言葉はいらない。
オレはネフィのみずみずしい唇に自分のそれを重ねようとした。
――が。
「――っ!」
背筋に冷気――鋭い殺気を含んだ視線がオレたちを襲う。
警戒したネフィとオレはとっさに顔を離した。
「……見つけたゾ」
森の中、どこからともなくラムセスの声が響く。
「バジリスクの制御を強引に振り切るとハ。なんという大出力! さすがオーブだ!
秘宝と言われるだけのことはアル。我が大いなる計画を推し進めてくれるダロウ」
すでにオーブを手に入れた気でいるらしい。ラムセスの声に隠しきれない興奮があった。
「たとえオレを殺してオーブを奪っても、世界征服なんか簡単には出来ないぞ!
ほめられたことじゃないけど、この世界にもコフィンに対抗できる強力な兵器があるんだ!」
オレは言い返した。反撃の糸口をつかんだことを知られぬよう必死な口調を心がける。
「かまわン……むしろ兵器は強力であった方がありがたい。我らの戦力もそれだけ上がるというもの――オーブの力でバジリスクの視界を広げ、この世界の兵器とやらも全て我が支配下に置いてくれル」
オレたちを追いつめた余裕からか、ラムセスは自慢げに計画を語った。
(……世界征服なんて妄想や狂気の産物だと思っていたけど、けっこう実現可能じゃないか?)
演技だった焦りが本物になっていた。
そうだ――バジリスクは『意志を持たない物体』の制御ができる。
ということは現代兵器、たとえばヘリ、戦車、戦闘機も好き放題に使える。
ミサイルや空母、潜水艦だって操れるのだ。
他にも衛星やコンピュータを支配下におけば……?
いや、そちらの方が厄介か。
軍事、政治、経済は現代では完全に電子機器に依存している。
オーブの出力でバジリスクの《邪眼》の効果範囲を広げ、世界の兵器と統治システムを手中にすれば?
――それは世界征服への最短距離だ。
ラムセスの計画を知ってしまった以上、もはや絶対にオーブを渡すことはできない。
時間はなかった。
居場所がつかまれた以上、こちらを視界に収められる距離まで近付いてくることは明らかだ。
「ぶっつけ本番だけど仕方ない! ネフィ、言うとおりにしてくれ!」
思いつきが最後の手段になる。
頼りないことこの上ないけれど、他に手段もなかった。
「ハイ! 秋サン!」
ネフィの返事は力強い。オレへの信頼を示すように。
「ありがとう。ネフィ。それじゃ……」
勇気を得たオレは何を祈り願うべきかをネフィに告げる。




