二十一話
月に照らされたピラミッドの前。
最終幕の舞台として、これほどふさわしい場所もないかもしれない。
コフィンに乗ったオレとネフィ、アヌビスはヘリオポリスの残党たちの真ん中、ラムセスと対峙していた。
「我が王ラムセス、反攻計画は終わりにしまショウ。こちらで平和に生きればよいではありませんカ?」
開口一番、アヌビスは言った。武人らしく短くて簡潔な言葉だった。
「そうデス、お父サマ。アルカディアの横暴、母さまや姉さまの死はワタシも怒りに思っていマス。
しかしアルカディアと戦えバ、二つの世界を巻きこんダ大戦になることは間違いありまセン。
こちらの戦力は少数。せっかく生き延びた仲間を、またも死地に追いやるつもりですカ? 父サマ」
ネフィは理と情に訴えて父に平和を説く。
彼女の真剣な表情と語る内容に、心が揺らいでいる魔術師もちらほら見られた。
だが――。
「……言いたいコトはソレだけカ?」
ラムセスは冷たく言い放つ。
「アヌビス……我が忠実なる剣であった男ヨ。わしは自分のコフィン《護王のバジリスク》で全て見ておっタ。そして失望させられたゾ。オーブを取り返してくるかと思えバ、小娘にたぶらかサレ、わしに牙をむくとハ……」
説得が通用するような雰囲気はまるでない。
ラムセスはすでに全てを決めてしまっているような態度だった。
「……王ヨ。我らの言うコトに聞き耳もたぬということですカ?」
不穏な空気をまといアヌビスは言う。覚悟を決めたようだった。
二人の間に殺気が飛び交う。
アヌビスのデシェレトの目に光が灯った。
ラムセスの隣にもコフィンが現れる。
鎌首を持ち上げたコブラの姿をしたそれにラムセスは姿を重ねた。
「王家のコフィンの中でもデシェレトこそ最強。それはアナタがもっとも良くご存じなハズ。それでも戦うト?」
「くどいゾ、アヌビス。言葉より行動で示すのダ」
ためらう義理の息子をラムセスは戦いへいざなう。
二人の間に余人の入るすきはなかった。オレは戦いをかたずを飲んで見守る。
「……分かりましタ。せめて苦しまぬよう、速やかに我がコフィンの守る冥府へと送らせていただク!」
デシェレトの口が開き、光が漏れる。
またしても最強の一撃《マグネシアの石》だった。
(主君で義理の父を討たなきゃいけないアヌビスもつらいんだ。だから早く終わらせたいのか――。)
最初から最大の攻撃を繰り出すアヌビスの気持ちが、オレは分かった気がした。
「魔力チャージ完了シタ。食らエッ!」
喝ッ――――!
デシェレトから光条が一閃、夜の闇を貫く。強烈な光にオレらは目をくらまされた。
オレとネフィの間のごとく、不発に終わることの多いアヌビスの必殺技ではある。
だが威力自体はパワーアップしたファラオですら防げないほど強力だ。
アヌビスは……確実にラムセスをしとめただろう。
「お父サマ……」
ネフィが目を背けた。肉親に思いが届かなかったツラさはオレにも分かる。
だから腰に回された彼女の腕にそっと手を重ねた。
しかし、夜の森に広がった光が消え失せ、また闇が周囲をおおいつくすと――。
「……ナゼ無傷なのダ?」
アヌビスがつぶやき、驚いてオレもそちらに視線を向けた。
デシェレトの前から一直線、衝撃波に削られ、高熱に焼かれた大地が続く。
だが、レールガンの弾丸はラムセスのコフィン・バジリスクの手前に着弾していた。
「外した……ダト?」
呆然としているアヌビスに嘲笑うような声が届く。
「アヌビスよ。たしかにお前のデシェレトは『最強』のコフィンと言えル。
……だがワシのバジリスクは『最凶』のコフィンなのダ」
ラムセスの低い声が闇の中、不気味に響いた。バジリスクの両眼も禍々しく輝く。
「たしかに攻撃力だけなら、バジリスクはファラオにすら及ばヌ。しかしバジリスクには攻撃力を補ってあまりある《邪眼》が装備されておるのダ」
バジリスクの光る目が色を変える。
同時にデシェレトが急に出力を低下させた。
「ッ! デシェレトが動かナイ!?」
驚愕するアヌビスをラムセスは冷たく笑う。
「フッ……部下にはバジリスクを単なる探索・索敵用コフィンと教えていたガ、実は違ウ。
バジリスクの真の能力は『事象の観測』ではなく、むしろ『対象の制御』なのダ」
ラムセスの言葉とともにバジリスクの目が点滅した。
同時にデシェレトがオレらの方へと向きなおる。
「デシェレト!? なぜオレの言うことを聞かナイ!」
反応からするとアヌビスの意図した動作ではないようだ。
――ということは、
「バジリスクの《邪眼》はその眼に映る全ての物体を操作できル。さすがに王家のコフィンの操作には時間がかかったガ、お前が呆けている間にデシェレトは我が制御下に入っタ」
なるほど、お言葉通り『最凶』のコフィンらしい。
バジリスクの視界に入ったものはすべてラムセスの意のままにされてしまう。タチの悪すぎる敵だ。
「アヌビスよ。お前のデシェレトが義妹を殺すさまを一番近くで見ているがイイ。
それが、ワシの信頼を裏切ったお前への最大の罰ダ」
「義父上ッ! あなたは恨みのあまり、人であることすらヤメられようとしていまス!
家族を殺すことまでして愛情や優しさを自分の中から消し去りたいのですカっ!?」
激怒するアヌビス。しかしラムセスは静かに応えた。
「そうダ。国が滅び妻と娘が死んだあの日から、ワシは悲劇を招いた甘さを捨てたいと願っていタ。
愛情だト? 形を持たぬ頼りなきものより、敵に恐れられる冷酷こそガ、今は必要なのダ。
さあデシェレト、目の前の敵を討つがイイ。オーブは残骸から探し出してヤル」
冷徹な視線の奥に狂気を秘め、ラムセスは支配下のコフィンに命じる。
「ち、義父上ェーっ!」
アヌビスは叫んだ。だが主を無視してデシェレトの口が開き発光する。
オレは避けようとするがファラオの出力が急に低下した。
「まさか! ファラオまで!?」
「それも『邪眼』ヨ。コフィンの動きを止める程度なら、たやすいコト」
バジリスクの視線を受け動きを止めたファラオ。
デシェレトから漏れだす光が強さを増す。
オレとネフィは絶望とともに見守るしかなくて――。
しかし、恐れた末路は訪れなかった。
「させるカぁっ!」
デシェレトの内部で爆発音。攻撃を止めるべくアヌビスがコックピット内で魔術を使ったようだ。
口からの発光も消えていた。
内部から攻撃を受けたせいで、デシェレトはダメージを受け一時的に活動を停止したらしい。
「くそッ……! 自身のコフィンを傷つけるとハ!」
悪態をつくラムセス。
一方、アヌビスが叫んだ。
「今だッ、ネフィを連れて早く逃げロッ!!」
逃走を命じるアヌビスの言葉、オレは反射的に従っていた。
ラムセスの注意がそれたせいなのか、ファラオの出力も回復している。
「秋サン! 待ってくだサイ! お義兄さまがマダ……!」
ネフィが止めるが無視して最短距離で森の中、ラムセスの視界の外へとオレは逃げ出す。
本当は尻尾をまいて逃げるなんて嫌だった。命を救ってくれたアヌビスを見捨ててまで――、
しかし、オレは世界の命運をかけてオーブとネフィを守らなければならない。
「早く引き返してくだサイッ! 秋サンっ! 秋サン!」
逆上してオレの背を叩くネフィ。
その痛みを唇をかみしめて甘受しつつ、オレはファラオを森の奥へと駆っていく。




