二十話
喝ッ――!
アヌビスの駆るデシェレトは最初から最大出力で《マグネシアの石》を射出。
空気を揺るがす大威力のレールガンをオレは間一髪で回避する。
「くっ……あのときは手加減してたのか? 予想より早くて! それにウマい!」
思わず牛丼屋の売り文句みたいな感想を抱いてしまう。
実際、アヌビスの動きは巧妙で迅速だった。
大地から生える土の手《冥界の同胞》をときに目くらましに使い、あるいは直接攻撃に使って、オレとファラオに息つくヒマを与えてくれない。
アヌビスの駆るデシェレトも神出鬼没で思わぬとこから魔術レールガンによる攻撃を仕掛けてくる。
絶妙な連携を見せるコフィン本体と《冥界の同胞》。
敵ながら、オレはコンビネーションの美しさに驚きを禁じ得ない。
ただ、それはオレが彼の攻撃を落ち着いて観察する余裕がある……ということでもあった。
(……足りない。アヌビスのコフィンではオーブで出力の上がったファラオにかなわない。アヌビスほどの戦士なら分かっているはずなのに、なぜ戦い続けるんだ?)
アヌビスの苛烈な攻撃をよけつつ、オレは不思議に思う。
そして、ようやく気付いた。
(そうか……アヌビスはもしかして……)
「どうしタ少年? 避けてばかりでは勝てんゾ?」
アヌビスは荒い息を隠せない。
全力での連続攻撃は沈着冷静な彼にすら、多大な負荷をかけるらしい。
一方、その声を機にオレはアヌビスの方へ向き直る。
「ごめんネフィ……君のお義兄さんに、ちょっと乱暴なコトをするよ?」
背後のネフィにまず謝った。
ネフィは一瞬息をのんだが、小さく頭を縦に振る。
「……ヨシ、それでイイ。真っ向からの撃ち合いで勝負をつけよウ」
呼吸を整えたアヌビスもオレらにデシェレトの顔を向けた。
犬の顔を模した頭部、その眼が赤く光り口が大きく開く。
蓄積していく魔力が限界を超えたせいか機体がガタガタと不吉に揺れていた。
そして――。
「魔力チャージ百二十パーセント……食らえッ! 限界威力《マグネシアの石》!」
波〇砲かってくらい強力この上ない攻撃だ。あたればタダではすまないだろう。
だがオレは一切の回避動作を取らなかった。
そして闇の中、一条の光の軌跡が走った――少し遅れて爆音が響く。
太く輝く閃光の筋はファラオを貫通し飲みこんだ。
「な……なぜダ! なぜ避けなかっタ!? こんな……こんなハズではなかったのニ」
森に漂う焦げくさい空気の中、攻撃を仕掛けたはずのアヌビスは呆然としている。
のどから悲嘆にくれたような声が漏れた。
(やっぱり、そうだったのか……)
オレの推測は確信に変わった。だから――。
「アヌビス……オレはここだよ」
背後からオレはアヌビスに声をかける。
「ば……バカなッ! ぐあぁぁぁッ!」
轟っ――!。
あわてて振り返ろうとするアヌビスにオレは収束させた《禁域の雷》を叩きこんだ。
紫の稲光をまとい、アヌビスのデシェレトは活動を停止する。
その目から光が消えるとすぐ、アヌビスは機体から吐き出されて大地に転がった。
「あんたが撃ったのはファラオの幻――オレが最大出力の認識阻害魔法で造り出した偽物さ。
一つ確かめたいことがあったから、ワナにかけさせてもらった。……結果は予想通りだった」
一度負けた相手にオレは報復を果たした。だけど勝利の快感はない。
むしろ苦さを味わいながら、オレはさっき確信したことを口にする。
「アヌビス……あんた本当はオレらに殺されるつもりだったんだろ? 全力でオレらを攻撃して殺し合いに持ち込み、自分のコフィンよりはるかに強いファラオの攻撃で死のうとした。
だから撃ち合いに応じなかったオレにあれほど驚いたんだ」
「そうなのですカ?! アヌビス義兄さまッ!?」
つめよるネフィに、アヌビスはしばらく沈黙した。
「…………少年。なぜ分かっタ?」
立ち上がる気力もないらしい。寝ころんだまま、アヌビスはつぶやく。
オレは慎重に言葉を選び、アヌビスに応えた。
「あんたがネフィのかわりに危険に飛び込もうとしたり、あるいは勝てないはずのオレに挑んできた行動から……かな?
オレも生き延びてしまった人間だから分かるんだ。何か理由があるんだったら死んでもかまわないっていう気持ち……いや、何か理由を付けて死にたいって気持ちっていうべきかも知れない」
図星のようだった。アヌビスの顔には驚きと共感が浮かんでいる。
「……そうダ。王は計画を続けるつもりらしいガ、オレは少し前から疲れ切ってしまっていたのダ。
アルカディアに対する怒りは残っているが復讐を果たしたところでネフティスが……愛する妻が帰ってくるわけではナイ。
だから死に場所を求めていタ。妻も祖国も守れず無為に生き続けるこの命、意義ある死によって終わらせようと考えていたのダ」
力なくつぶやいたアヌビスに、ファラオを降りたネフィが無言で歩み寄る――そして。
パァンッ――!
ネフィのビンタ。思いのほか強烈な一撃がアヌビスの端正な顔に炸裂した。
「お義兄さまのバカッ! 姉さまが今のアナタを見たラ、どれほど悲しむことカ!」
アヌビスの肩をつかみ、ネフィは叩いたばかりの顔をのぞきこむ。
「ネフティス姉さまが愛したのハ、どんな状況でも勇気と希望を捨てズ、戦いへ挑んでいく戦士アヌビスでス。今の義兄さまは、ただ苦しみから逃げたいだけの臆病者ではありませんカ!」
ネフィの言葉は武人としてのアヌビスの心に届いたらしい。投げやりだった目に力が戻った。
「アヌビス義兄さまには、まだワタシと父がいるでしょウ? 家族を置いて一人で逝ってしまうなんテ、責任感にあふれていたアヌビス義兄さまらしくありまセン!」
ネフィは涙を浮かべていた。
それをアヌビスは指で優しくぬぐう。説得するはずのネフィが逆に慰められていた。
「……そうだナ。大切なものを亡くしたのはオレだけではナイ。
それなのに俺は自分の悲しみにかまけてばかりデ、お前や王の気持ちを考えようとしなかっタ……」
自省するアヌビスの言葉に、涙を拭いたネフィはうなずく。
「エエ……今の父サマは恨みと怒りで満たさレ、ただ復讐のために行動して周囲を傷つけていル。
他人を傷つければ本当は優しい父サマ自身も傷つく。娘だから分かりまス。
だから止めなければなりまセン。己の残酷な行為に心がすり切れてしまう前に、父サマの心を救わねばいけまセン。母サマや姉サマもそう望むことでショウ」
「そうか……ネフィ、お前、そこまで考えていたのカ……」
ネフィの真意を知り、アヌビスはため息をついた。
「……分かっタ。オレも協力しよウ。ネフティスを失った苦しみのあまり、王の暴走を止めなかっタ責任はオレにもある。王は話せば分かるお方ダ。
それでも王が聞き分けて下さらないなら、オレが王をお止めスル。お前が手を汚す必要はナイ」
「お義兄さま! それハ……!」
「ネフィ、止めちゃダメだよ」
アヌビスの顔に決意が満ちていた。
ようやく自分のなすべきことを見つけた戦士は誰にも止められないだろう。
だから、オレは異論を唱えようとしたネフィを抑えた。
「……行こウ。王はこちらにおいでダ」
オレに感謝の視線を送るとアヌビスは森の奥を指さす。
そして、ふらつきながらもデシェレトに乗りこんだ。
静けさを取り戻した森の中、デシェレトの後にオレらも続く。
ようやく顔を出した月が照らす道の先、この夜の最後の戦いが始まろうとしていた。