十四話
「やはり、なにかのワナが仕掛けられているようダ! 探索に行った同志たちが一人も帰ってこないとハ!」
ピラミッド前でトートがわめいた。
「ふム、彼らも精鋭であったのだがナ。探知機を狂わせられることとイイ、ここは、どうも我らには不利
な場所のようダ」
アヌビスが冷静にこたえる。
だが端正なその顔には憂いの色があった。
「無限の力を持つオーブさえ手に入れバ、量産型コフィン『数多なる屍衣』の動力問題は解決しまス。この世界を征服することもアルカディアに反抗することも容易になるのですガ」
「我らの祖国と同じく太陽の名を持つこの国で再起を図れるとハ、偶然ではなく必然だと思っていたのだガ、しかし最後の最後で障害に合うとはナ――」
(量産型コフィン!? そんなものができたら大変だ! 十年戦えるどころの騒ぎじゃないぞ!)
とんでもないことを聞いてしまった。自分で乗った経験、そしてアヌビスと戦った経験からオレはコフィンの実力を少しは知っている。
規格外の破壊力を誇る攻撃魔術、そして知らぬ間に忍びよる『認識阻害』。
世界征服はともかく、この二つが組み合わされば、世界にとってどれほど危険な兵器になるだろう?
要人暗殺? それとも軍事施設の奪取?
それを全世界規模で起こしたらどうなる?
オレはコフィンの使い方を考えただけで震えた。
一方、顔を見合わせたアヌビスとトートは視線を同時に動かし、一人の男に向ける。
二人の見せた結論を求めるような態度だけで、その男がこの集団のボスであることが分かった。
太い腕を組み、分厚いあごひげをなでる男。
このガタイのいいおっさんがネフィの父、ヘリオポリスの王ラムセスなのだろう。
「……ならバ、コレを使うとイイ……早く起きロ! ネフェルタリ!」
低く太い声が響き、同時にネフィの体が乱暴に揺らされた。
「……うぅ……父サマ?」
ネフィが目を覚ます。そして父親の険しい顔を見て怯えた。
「……ネフェルタリ。我が命に逆らう不幸、不忠、不肖の娘ヨ。
せめて一度、我の役に立ってもらおウ。おまえのコフィンでオーブを取ってくるのダ!
機能のほとんどが封印されてるとはイエ、それでもファラオは王家のコフィンのうちの一体、並の魔術師より使えようからナ」
(そんな! ネフィを……実の娘を危険な場所に行かせるなんて!)
アヌビスも同じことを思ったようだった。
「陛下、裏切り者など信用に値しまセン。そのように重要な任務ならバ、我にお任せくだサイ」
任務に志願することで、アヌビスはネフィを危険から逃がそうとする。
「ならン! オーブが手に入るまで『コフィン使い』は貴重な戦力ダ。
『王家のコフィン』を操れる味方は、今のところワシとお前だけなのだからナ」
ラムセス王は言下に却下する。アヌビスの思惑などお見通しのようだった。
そしてお見通しだったことはもう一つ――。
「……それとモ、お前が行くカ少年?」
オレはビクリと震えた。
王の視線は確実にオレを――オレが隠れている茂みをとらえている。
一瞬、逃げようと思ったが、すぐに不可能だと悟る。
となれば――、
オレは堂々と姿を現した。
驚く男たちの間をゆっくり歩き、ラムセス王の前に立つと正面から見上げる。
「ほほウ……なかなか勇敢な少年ヨ。お前がオシキリ・シュウだナ?
ほとんど機能を封印されたコフィン、しかも手動操縦でトートを撃退したという話は聞いておるゾ」
オレを見下ろし、ラムセスは感心したように言った。
「秋サン! 来てしまったのですネ?」
「ごめん、ネフィ……でも放ってはおけなかったんだ」
おれは悲しげなネフィにできるだけの笑顔を向ける。
ごまかし笑いではなく、絶対に彼女を一人では行かせないという決意の笑いだった。
ネフィもそれを理解したのか、小さく息をのみ目をうるませる。
視線を交わしあうオレとネフィ。もはや二人の間に言葉はいらなかった。
しかし、暖かい気持ちの交流はすぐに打ち破られる。
「デハ少年、オーブ探索に出発してもらおうカ? 反抗は許さン――断ればネフィを殺ス」
オレたちの間にくさびを打ち込んだのは冷静な口調、だが内容は非道なことこの上ないラムセスの発言だった。
「そんなっ、実の娘だろっ!? それを人質にして死なせるなんて!」
オレはラムセスに抗議した。いや、オレだけではなくアヌビスもなにか言いたげにしている。
だがネフィの父であるはずの人物は眉一つ動かさず、オレの発言を鼻で笑った。
「フン……それがどうしタ? 君臨する王が情に流され弱くなれバ、待っているのは亡国の道。
悲劇を大量に増やすだけ――国が滅ビ、冷たくなっタ妻の体を抱いたトキ、ワシはそれを知っタ……」
壮絶な経験からくるラムセスの信念は固く、オレは言い返す言葉が見つからない。
「行くのダ少年、もしオーブを見つけ出してきたならバ、この地に我らが作る新世界デ、ネフェルタリとともに生きることを許してやル」
断れなかった。断ればネフィの命が奪われる。
「ネフィ……もう一度ファラオを貸してくれ」
「いやデス、秋サンを危ないところへ行かせたくありませン! タトエうまくいったとして、この世界を父の手に渡すコトになってしまいマス!」
だがネフィは首をたてに振らない。無理もなかった。
それは今まで彼女が防ごうとしてきた計画に手を貸すことになるのだから。
それでも、ネフィを死なせたくなかったオレは彼女に小さく耳うちする。
「大丈夫だよネフィ、オレには考えがある。安心してくれ」
ホントは考えなんて無かった。
でも、こんなところでネフィを死なせるより、最後の最後まであがき続けたかったのだ。
そんなオレの見せた自信たっぷりの演技に、ネフィは迷いながらもファラオを召喚する。
「あっちゃあ……もう完全にボロボロだな」
戦闘の結果だろう。ファラオはオレがアヌビスに負けたときより損傷が激しくなっていた。
あごは無くなり、目は片方しか機能していない。金色の表面は無傷なところを見つける方が難しくなっている。
それでもオレは、ファラオにこれまでにないほどの愛情を抱いた。
このボロボロなありさまはコイツが体を張って主人を守った証拠なのだから。
(これが愛機や愛馬ってもんなのかな? ま、オレの愛馬は凶暴なんかじゃなく、これ以上ないくらい従順だけど)
滑り込むようにコックピットへ入る。この動作も長年やっているような気分だ。
見回したディスプレイの表示は、ほとんど赤く染まりきっている。
それでもファラオはけなげに動いていた。
「秋サン……」
不安げなネフィの声。オレは問題ないと機体を左右にふって見せる。
「……こっちダ、少年」
アヌビスが言葉少なにオレを招いた。王に対して何も言えない自分を恥じているのだろう。
「……危険を感じたならスグ帰レ。何が障害なのかさえ分かれバ、そこから先は俺がヤル」
小声でささやくアヌビス。彼なりの謝罪であり激励らしい。
オレは小さく機体を振ることで応えた。
「何をしていル! こちらはすでに準備ができているのだゾ!」
トートの声がオレを急かした。ヤツの足元では魔法陣が光っている。
同時にピラミッド前の空間が揺らめき、こちらもかすかに発光していた。その光景を見ればトートはちゃんと魔術師に見える。
「その揺らぎの中へ入ってイケ。重なっている異空間にオーブが隠されてイル」
アヌビスが空間を指さし、オレはその誘導に従う。
一度、ネフィのほうを見て、不安の中でも美しい顔を脳裏に焼きつけると。
揺らめきの中へ――オレは一気にファラオを飛びこませたのだった。




