十三話
ネフィの姿が消えた部屋、テーブルの上には置き手紙。
『わたしはちち とめにゆきます いままでありがとでした やきそば おいしかたです おふろ きもちよかたです しゅうさん だいすきでした』
ひらがなだらけの手紙。
ところどころにある丸いシミがなんなのか、考えるまでもない。オレの目がしらも思わず熱くなる。
ネフィは一人で行ってしまった……一人で行かせてしまった。
柔らかなじゅうたんに膝をつき、両手で顔をおおいかけ――しかし、絶望に染まりかけた心をオレは無理に奮い立たせる。
(いや、まだだ! まだ間に合う!)
オレは立って駆け出した。
顔の脇を熱い液体が流れ落ちることさえ気にかけないまま、ネフィの姿を探す。
広い屋敷の中、オレは右往左往しながら走り回った。だが彼女の姿はない。
(それなら……)
オレは外へ向かった。蓮手家の屋敷は金字塔学園のすぐ近くにある。
部屋の窓からは学園の巨大な敷地と校舎がよく見えた。
(学園のどこか、ネフィがいるはずだ!)
屋敷を出て正門へと急ぐ。そこが学園への最短距離だった。
だが、そこには――。
「……泣いたの? ひどい顔よ、押切……」
オレの行く手をふさぐように、腰に手を当てて立つ塔子の姿。
「ネフィちゃんは朝方に出かけたそうよ。守衛もちょっとした買い物に行くって言われて通してしまったらしいの。私もついさっき聞かされて、あわてて出てきたところ」
立ちはだかる塔子をオレはにらむ。
塔子がオレを心配してくれた結果だとわかっていても、こいつがよけいなことを言わなければネフィは出ていかなかった――と、恨みがましい目つきを向けてしまう。
「止めてもムダだぞ、塔子」
オレの悪意の視線を正面から受け止め、塔子は小さくため息をついた。
そしてオレに道を開ける。
「……学園の警備から来た数分前の情報よ。金字塔学園の敷地内、ここからすぐのとこにある『小ピラミッド』の近くで突然、大勢の外国人らしき集団があらわれたらしいわ。
ネフィちゃんはおそらくそこね。ちなみにそれ以降、警備との連絡は途絶えちゃったみたいよ」
「……塔子? なんでだ? 行かせてくれるのか?」
オレが見せた驚きの表情に、塔子は肩をすくめた。
「分かってる……ホントはあたしが一番よく分かってたのよ! あんたが困ってる女の子を放っておけない奴だってこと。
だけど、あたしはあんたに死んでほしくなかった!だから、ネフィちゃんにあんなひどいことまで言ったの!
でも……あたしが止めても、あんたは行くんでしょ? それがあんただから! 行かなかったら、あんたじゃなくなっちゃうから!」
塔子はオレを見つめる――その眼には涙があふれそうになっていた。
そのままオレにしがみついてくる塔子。
こんな塔子は今まで一度も見たことがない。頼りなげな姿にオレの心は揺れた。
「だから、ねえ……約束してちょうだい?ちゃんと生きて帰ってくるって……」
「……あ、ああ? 約束するよ」
オレは塔子の形良い頭をなでて、それからそっと押し返す。
「べ、別に、これはあたしが、あんたのことをどう思ってるかとか、そういう問題じゃなくて……そう! クラス委員としてのお願いなんだからね! あと、すぐに警護の人間も送るからムチャするんじゃないわよ!」
こっちを見上げた目はまだ赤かったけれど、いつもの塔子がそこにいた。
「……分かってる。でもオレは塔子のそういうとこが好きだよ」
「ばっ、バカっ! いきなり何を言うのよ!」
オレの言葉に塔子は顔を真っ赤にする。
「あははっ、じゃあ行って来るよ塔子」
からかったつもりが、あるいは本音が出たのかもしれない。
どっちつかずの気持ちを笑顔に隠して、オレは走り出した。
目指すは母校・金字塔学園。
ただ一人、父王を止めに行った亡国の王女――ネフィの元へ。
学長・亜門雷蔵が集めたエジプト物産が、金字塔学園のあちこちに転がる――その最大の名物といえば、学園北端にある『小ピラミッド』だった。
エジプトにある本家・クフ王のピラミッドに比べれば、模造品のそれはたしかに規模が小さい。
だが、それでも一辺五十メートル強、高さ三十メートル弱の『小ピラミッド』は『小』の字を付けることがためらわれるほど、特大の存在感をあたりにまき散らしている。
ふだんならば観光名所にまでなっていて、平日でも人の姿が絶えない一帯。
だが、今日は違った。
観光客の姿は一切見えない。
かわりに異国風――ネフィが着ているのと同じような装束の男たちが『小ピラミッド』の前に集う。
場違いといえば場違いな集団だったけど、エジプト風味満載のこの学園では意外にしっくりきていた。
しかし――。
(ここまで大々的に姿を現すってことは、『オーブ』を手に入れる確信があるってことなんだろうな)
枝と枝の間、密集する葉の間から彼らをのぞき見しつつ、オレは危機感を抱く。
ネフィの姿を探すうち、異国風の男たちを発見したオレはピラミッド近くにある森の茂みに隠れて近づき、様子をうかがっていたのだ。
と――。
異国の男たち(おそらく反アルカディア組織、ヘリオポリス王国の残党)の間に緊張が走った。
全員の背がピンと伸びる。
彼らの視線の集う先、空間が一瞬ゆらめいたかと思うと、そこにいくつかの人影が現れた。
(あれは……?)
見覚えのあるチョビヒゲ男はトート、黒衣に身を包んだ長身の美形はアヌビス。
そして彼らの真ん中に妙に貫録のあるガタイのいい壮年の男。
男が片手に引きずるのは――。
(ネフィ!)
危うく大声を出すところだった。そこには縛りあげられ、意識を失っているネフィの姿。
阻止しようと戦って敗れたのか、少なくともネフィの言葉は父親には届かなかったらしい。
オレは哀れに思い、ネフィをいたぶる父親に腹の底から怒りを覚える。
(待て……落ち着け、今出ていってもネフィを救えない。チャンスまで待つんだ)
自分に言い聞かせ、飛び出していこうとする衝動を必死で押さえた。
拳を握りしめ歯を食いしばり、オレはやつらの行動を見守る。




