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十二話

 ふだんの百倍ほどいい絶妙な寝心地に、オレは逆に目を覚ましてしまう。


 体が沈みこむほど柔らかなベッド。

 かぶっていることすら忘れてしまうほど軽く、それでいて暖かい羽毛の布団。


「ここは……どこだ?」


 やたら広い室内を見回す。

 机にベッド、カーペット、上品な家具は見るからに高そうだ。


 しばらく、あたりを眺めながらぼーっとしていたが――突然、記憶が奔流のようによみがえった。


 ファラオ、魔術男、もう一体のコフィンとその使い手アヌビス。


 そして――。


(ネフィ! ネフィはどこだ!)


 オレは飛び起きた。布団をはねのけた。


「くっ……痛っ!」

 急な動作のせいで、痛んでいた全身の骨、筋肉、内臓が全力で悲鳴を上げた。

 それを意志の力で無理やり抑えこんで、オレは体を起こす。


「ネフィ! どこだっ!」

「あ……起きたのですネ、秋サン」


「ネフィ……良かった、無事だったんだ……」

 

 そこにはソファに腰かけるネフィの姿。オレは安心してため息をもらした。

 そこは寝室と続き部屋になっているらしい一間。

 こちらにも豪華な家具がセンス良く配置されている。


「ところでネフィ? ここ、いったいどこ?」

 オレはたずねた。

 こんな場所、記憶には無い。ネフィが魔術で作ったのかと思ったのだ。


「ハステ、トウコさんの家デス」


「トウコ……? まさか……塔子の家か!? でも、なんで……?!」

 混乱しているオレに、ネフィは事情を話してくれる。

 

 

 

 謎の大音響(ファラオの警報音)にあわてて飛び出したオレの形相を不審に思い、塔子が蓮手財閥の警備会社をアパート付近の見回りに送ってくれたらしい。

 そして巡回しにきた警備員さんが倒れている少年オレとネフィを発見したとのこと。


 オレの身柄は塔子の指示でこの屋敷に運ばれたのだそうだ。

 蓮手家専属・医療班により、オレは万全の治療を受け危険な状態から脱していた。

(ま、つくづく庶民の想像のななめ上を行くお金持ちっぷりでいらっしゃる)

 


「……ということ……でス……」


 そこまで語り終えたネフィは目をこする。

 そう言えば先ほどから眠たそうにしていた。

 おそらくオレが目を覚ますまで待ってくれてたのだろう。


「ネフィ……きみも少し休んだ方がいい。オレの体はもう大丈夫だし、先のことを考えるにしても疲れた頭じゃいい考えも浮かばない」


「……ハイ」 

 オレがすすめると素直に、ソファに横になるネフィ。 

 よほど疲れていたのだろう。すぐに寝息を立て始めた。


「さてと……」

 

 ネフィにそこらにあった毛布をかけ、オレは小さく一人ごとをつぶやく。

 やるべきこと(アヌビス達の計画を止める)、考えるべきこと(それをどうやってやるか)はあったけれど、それよりも……

 


 オレはトイレに向かった。

 現時点ではそれが最優先事項だったのだ。



            



「ふう……」

 やたらでかい屋敷でもんで、トイレを探すのに時間がかかってしまった。

 少々せっぱつまった後だけに、間に合った安堵感も大きい。


 だが――やたらラグジュアリーなトイレで手を洗って外に出ると、


「あれ……? 帰り道は……?」


 まさか本気で家の中で迷うとは。

 貧乏学生のオレはそんなデカイ家が本当にあるとは思いもしなかった。

 迷宮のような屋敷の中、同じところを二周、三周ぐるぐる回り、ようやく見覚えのある場所に出る。


 ようやくたどりついた部屋、ほっとしつつオレがドアを開けようとすると――。



「――あたしも、こんなこと言いたくないんだけどさ」

 中から響いたのは塔子の声。

 しかも、なぜか深刻な雰囲気だ。

 オレはドアを開けることができず、すき間からのぞき見する。



「あんたが来てから、押切は変なのよ……いや、最初からあいつは変なんだけど」


 あいつめ、失礼なことを……と思ったが、塔子の声にからかうような様子はなく、オレはとまどってしまう。


「あいつってときどき、とんでもなく自分の命を粗末にするの――たとえば高校に入ってすぐ、五月くらいのことなんだけどね」




「ウチの家業は他人から恨みを買うことが多いわ。そのときはウチの父親に融資を断られて頭に血を上らせた男がいたわけ。

 それで逆恨みしたそいつがね、こともあろうに学校に侵入して私を狙ってきたのよ。工事現場の作業員を装っていたから学校の警備も気づかなかったみたい。

 でさ、そいつが近寄ってきて急に包丁を出したの。突然のことだから、あたしも驚いて動けなくて……そんなとき、ちょうど近くにいたあいつ――押切が体を投げ出して、あたしをかばいに入ったのよ。

 もちろん、あたしの周囲にはボディガードがこっそりついてた。だから、男はすぐ取り押さえられたけど……でも、それが少しでも遅れていたら、あいつは刺されていたわ!」


 塔子はあのときのことを思い出したのか、身震いする。


「後で聞いたら、『体が勝手に動いた』なんて笑ってたわ! そんなわけないじゃない!

 おかしいのよ、あいつ……普段は情けないオタクのくせに、ああいうときだけは真剣な目になるしさ」

 

 塔子は激しく首を振る。


「少し前、事故でご家族が亡くなられたことと関係があるのかもしれないけど――。

 ともかく、何かワケありならあたしに任せて。たいがいのことはうまく解決してあげる。

 だから、あいつに頼るのはもう止めてちょうだい。そうじゃないと、あいつ……あんたのために命と体を張って、最後は死んでしまうもの……」


 ネフィは黙っていた――ただ、小さくうなずく。


 一方、オレはドアの前で怒りに震えていた。


(そんなことあるかよ! オレは……オレはネフィを守りきれる!)


 塔子を怒鳴りつけてやろうと、ドアノブに手をかけたそのとき――、



「……わかってくれてありがとう。ネフィさん」


 塔子は、なんと膝を折り、手を地につけて頭を下げる。

 プライドのむちゃくちゃ高い塔子がやるとは絶対に考えられないしぐさだ。


 なんで、あいつオレのためにあそこまで……! 


 その光景を見て、オレはなにも言えなくなった。 

 気持ちを落ち着けるため、オレは屋敷内を歩きまわることにする。


 十五分後――オレは部屋に戻った。すでに塔子の姿は消えていた。


「ネフィ?」

 声をかけるが、ネフィはソファで眠っていた――あるいは眠ったふりか?

 起こすわけにもいかない。


「ネフィ……オレは君の味方だから」

 一言だけつぶやき、オレは寝室のベッドに戻る。


 むしゃくしゃした気持ちを抑えるため、頭から布団をかぶった。


 だから、気づかなかった――知らなかった。

 毛布をかぶったネフィが涙を流していたことを……。



 翌朝、目を覚ましたとき、ネフィの姿はなかった。


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