十話
「あいつデス! あいつが卑怯にもコフィンを使ってワタシに手傷を負わせた男デス!」
出てきたオレの顔を確認し、大声を出したのは昨日の魔術男。
ということは昨日の報復に来たのか?――そして魔術男が話しかけている美形の青年が援軍なのか?
浅黒い肌に漆黒の長髪、その長身を満たすただならぬ雰囲気にオレは身構えた。
「フム、たしかに顔を見るかぎり、この世界の住人にみえるナ――我が名はアヌビス。王の剣ダ!
異界の少年、お主の名はなんとイウ?」
鋭い視線とともに話しかけてきた青年・アヌビスをオレはにらみ返す。
「押切……押切秋だ!」
「そうカ、押切カ。いい名前ダ。ならば少年、早くコフィンに乗るとイイ」
驚いた。
どうやって裏をかきファラオに乗り込もうか考えていたのに、向こうは早々に乗せてくれるという。
「お待ちくだサイ、アヌビス! みすみす敵がコフィンから離れた好機ヲ!」
案の定、魔術男は止めに入る――だがアヌビスは首を横に振った。
「黙れ、トート。こちらは二人だ。その上、相手はこの世界の人間、魔術の使えヌものをいたぶる気はナイ……それともお前ハ、このオレが異世界のコゾウに負けるとデモ言いたいのカ?」
騎士道精神に満ちあふれた美青年の言葉、だがそれは自信の裏返しでもある。アヌビスの言葉にこめられた気迫に、魔術男(トートという名前らしい)は押し黙った。
そんな二人はさておき、オレはファラオに駆け寄り、シルエットを重ねるようにファラオに乗りこんだ。今日一日で見慣れた光景が広がり、オレとファラオは戦闘モードに入る。
だが、向かい合うアヌビスは自然体のままだった、
「フフフ、少年、なかなか手慣れたものだナ? だがコフィン使いはお前だけではナイ。
――出でヨ、《冥府の守り手》デシェレト!」
「まさかっ……!?」
アヌビスが叫ぶ――と、ファラオとよく似たシルエットのコフィンが現れた。
犬のような頭部を持つそれにアヌビスは姿を重ねる。
「クックック、異世界の少年ヨ、アヌビスさまは本物の《コフィン使い》ダ。
そしてデシェレトは最強のコフィン、この時点でキサマの負けは確定していル!」
新たなコフィンの登場に驚くオレへ、魔術男・トートが勝ち誇ったように言う。
「くっ……!」
向こうもコフィンを使うのならば、こっちの有利はすでにない。
けれど、オレの後ろにはネフィがいる――負けるわけにはいかなかった。オレは先制攻撃を決意する。
「食らえっ! 《ギリシアの火》!」
最初からクライマックス。最大威力でファラオ唯一にして最大の攻撃を放った。
指が痛くなるほどコマンドを連続入力する。
ゴ、ゴ、ゴゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴゥ、轟、轟――。
夕刻から夜に移る時刻、夕焼けに照らされた世界をさらに赤く染め、不気味な地響きを立て、巨大な火柱がアヌビスに迫った。
「これで、どうだぁ――――っ!」
オレの想いを乗せた会心の一撃。
――だが。
「ほほう? ためらいなき攻撃ダナ、良い判断だゾ少年、魔術の威力もなかなかにヤル。
だが簡単に食らってやるわけにもイカンのでナ……《永遠なる墳墓》」
微動だにしないアヌビスのデシェレト、その周囲を半透明の幕が包みこむ。
その姿はまるで光の四角錘。
「そんな……!?」
最大威力の《ギリシアの火》ですら薄い半透明の幕をどうしても通過できない。
数秒間、炎はデシェレトに手をのばしつづけたが、やがて力尽きたように消失してしまう。
「さテ……次はこちらの番だナ? 行くゾ! 《冥界の同胞》!」
あっけにとられるオレにアヌビスの反撃が始まった。一瞬、デシェレトが光ると――。
「うわっ!?」
アスファルトを突き破り、巨大な手が現れた。ファラオを取り押さえようとしてくる。
かつてオレを失神させた自動迎撃システム《帯びる雷》が発動するが、通用していないようだ。
「この手っ?! 土でできているのか!?」
ファラオを強引に左右へ動かし、オレは巨大な手をふり払った。
だが、そこへもう次々と巨大な手が迫る。
気づけば周囲は巨大な手で埋め尽くされていた。
なんだこの数!? 戦いは数――とはいっても、いくらなんでも多すぎだろ!?
右に左に巨大な手をかわしつつ、オレは必死でファラオを動かす。もはや反撃など考えてもいられなかった。
圧倒的劣勢に立たされたオレに余裕たっぷりのアヌビスが声をかける。
「ふむ、その動き? まさか手動操縦カ? 扱いづらい手動でよくもここまでヤル――しかし、やはり動きが直線的だナ。ほら、ソコダッ!」
オレが回避した先、予測していたアヌビスが複数の手を集結させた。
「しまった!」
ガツッ――!
慣性制御装置でも殺しきれぬほど大きな衝撃。
一瞬にしてコックピット内の表示が赤く染まりきる。続けて二本、三本と巨大な手につかまれ、もはや一切の身動きが取れなくなった。
アヌビスはオレの乗るファラオををとらえた動物のようにぶら下げ、自分の正面に持っていき――そして言う。
「……よくやったゾ、少年」
敗者として受ける敵からの称賛。これほどの屈辱はなかった。
目まい、頭痛、吐き気、衝撃が起こした不調の中、オレは歯ぎしりして言い返す。
「殺す……なら、さっさと……殺せ!」
ネフィを――守ると決めた女の子を守れないなら、死んだ方がマシだった。
「なるほど。異世界の民ながら少年は誇りを持った戦士らしいナ? 分かっタ――ならばその勇気に敬意を表しテ、我が最大威力の攻撃で葬ってやろウ!」
デシェレトの頭部――犬の口が大きく開き、光を発しはじめた。
「我が愛機デシェレトは土と金属を支配スル。その最強の攻撃は《マグネシアの石》。
高めた磁力で金属弾を高速射出するのダ!」
(な、レールガンってことか……これもある意味、とある魔術なのかな?)
この期に及んで、趣味の話を考えてられる自分の平静さにオレは笑った。
(まあ、レールガンの威力なら痛みなしに、一瞬で逝けるか……ごめんよ、ネフィ)
オレが笑いながら目をつぶったそのとき――。




