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盗み見、盗み聞き2


林と美鈴ちゃんを見ていられなくなった私はそっとその場から去る。

といっても、このまま教室に行こうとすると林と美鈴ちゃんに間違いなく見つかってしまうから、私は遠回りして教室に戻ることにした。今日は朝早く来ているから遠回りしても、十分時間に余裕をもって教室に着けると思う。


ただ、遠回りすると保健室の近くを通ることになるって問題がある。

保健室の前じゃなくて、あくまでも近く。

だからまあ大丈夫かな、と思って深く考えずにそっちに行ったよ。


まあ、全然大丈夫じゃなかったんだけどさ。



遠回りして、保健室とは全然違う場所を通った時に、言い争うような声が聞こえた。

この辺はよく人が来るような場所じゃないと記憶していたから、音を出さないように気を付けてそうっと様子を伺う。


「――っと見つけたんだろう?ずっと探していたんじゃないの?!」

「探しているのは変わらない。まあ、あいつを逃がすつもりもないけどな」


二つの人影。

聞こえる声は知っている人達のもの。

私は息を飲んだ。


「逃がさないということは、やっぱり彼女が探し人なんだろう?なんでそんなに悠長にしているんだよ」

「お前に何か言われる筋合いはねえよ」

「朔兄には幸せになってほしいんだよ!」


十和様と保健医である。

十和様は今まで見たことないくらい興奮しているようだし、保健医は機嫌が悪いのか声が恐ろしく低い。

こんな十和さまは誰も知らないだろう。私だって、こんな十和様知らない。

保健医が機嫌が悪いのはある意味いつも通りなのでノータッチ。まあ、ここまで機嫌悪そうなのは初めて見るけどさ。


「朔兄がこの場所から動かないのは探し人がいるからなんだろう?それくらい本気で探していたじゃないか。朔兄が本当は他県の学校で仕事をする話があったのに、蹴ったのは知っている。ここから動かないのはその人と会ったのがここだったからだろう?手がかりが遠ざかるのが嫌で地元から動けないくらい囚われているっていうのに――」

「黙れ!」


十和様が早口に捲し立てる中で、保健医が一言怒鳴った。

十和様の台詞が途切れる。だが、すぐに懇願するように十和様が声を抑えて囁く。


「わたしに出来ることがあるなら協力する。だから……」

「お前には関係ない!お前に何かを頼むことなんてねえ。大きなお世話だよ」

「けど!」

「お前との付き合いは長いが、踏み込んでいい領域を弁えろ。この話はお前には関係ない!」


話は終わりだと言わんばかりに、保健医が捨て台詞を吐いて、足音が遠ざかっていく。


私は息を潜めた。だって、これ絶対に聞いちゃいけない現場だったよね?

この瞬間浮かんだ気持ちは、居心地の悪い罪悪感。


言い争った現場の後に残されたのは、十和様だけ。

保健医の足音が聞こえなくなるくらいの時間をおいてから、十和さまが小さく呟いた。人のいなくなった空間に、その呟きは大きく響いて、私の耳にも入ってきた。


「関係ないわけないだろう。わたしは……」


そこで途切れた台詞を最後に、十和様も保健医のようにこの場を去って行く。足音が遠ざかって、私は安心から一つ息を吐きだす。


そっと十和様を見るために頭を物陰から出すと、その背中が消えてしまいそうなくらい儚い気がした。


その背中を見て次第に私は勝手にふつふつとした怒りが湧いてきた。だって、あんな言い方ってなくない?十和様があんなに悲しそうにしなくちゃいけない理由なんてどこにもないのだ。

保健医はもともと気に入らなかったけど、もっと気に入らなくなった。あの男は何も分かっていない。


何か一言言ってやらないと、なんだか気が済まない。

イライラ、いらいら苛々、あいつのせいで朝から気分が悪い。


だから私は教室に戻る前に、保健室に行くことにした。

絶対に何か言ってやるのである。



ピンポンダッシュのように、行動は速やかに。

私がやることは一つ。


保健室のドアを勢いよく開ける。中には予想通り保健医がいる。

だから私は思い切り息を吸い込んで。


「この、節穴男がー!」


吸い込んだ息を全て使い切り、叫んだ。

そして、すぐに扉を閉めてダッシュ。

力の限り廊下を走る。私は逃げなくてはならない。だって、あの男怖いもん。


なけなしの勇気を振り絞って、私は保健医に文句を言うだけ言って、逃げてみせたのである。



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