先輩、ご乱心
なんでこうなったの?!
一つ言わせてほしい。何がこの事態を引き起こしたの?!
だってさ、どうしてこうなってるの?
私は昨日買った焼き菓子を渡すために千香ちゃんに会いに来ただけなのに!
混乱したままの私を放置して、葵先輩が私のことを腕の中に囲い込む。
別に抱きしめられるのは問題ないけどさ。
私、妹(仮)だし。先輩なりの家族とのスキンシップなんでしょ、コレ?
でも問題なのはこの誰が見るのか分からない場所で、私を抱きしめてるってこと。
ヒソヒソ声……っていうと控えめすぎるくらいの、ガヤガヤ声が聞こえるのは絶対に気のせいではない。
もう一度言ってもいいだろうか。
なんでこうなったの?!
思い出す。
私は千香ちゃんに言われた通りに学校の最寄りの駅前で待っていた。
昨日のうちに連絡を取ったら、千香ちゃんは午前中に葵先輩と行くところがあるから家にいないんだって教えてもらって。だからもし面倒じゃないなら学校の最寄り駅で待ち合わせにして、午後は一緒に出掛ける?と誘われたから飛びついたのだ。
珍しく千香ちゃんと先輩と三人で出かけられるんだーって、呑気に待ち合わせ時間ちょっと前から待っていた私。
待ち合わせちょうどくらいに姿を現した千香ちゃんと先輩。
一瞬驚いた顔をしてから、すぐに近寄って来た葵先輩は私の腕をがっちりホールドした。
先輩どうしたのかなって考えてるうちに、二つ三つ千香ちゃんと先輩が言葉を交わして、そのまま千香ちゃんはにこやかに手を振って帰ってしまった。
……どうしてよ!
千香ちゃんどうして行っちゃうの?!
千香ちゃんが途中で振り返った時にも笑顔で手を振ってたし。私、千香ちゃんに会いに来たのに!
戻ってきーてー!
千香ちゃんと葵先輩の会話の中にも全然千香ちゃんが帰る理由なんて説明されてないと思う
だってさ、
「千香、埋め合わせはするから譲って」
「仕方ないわね。前に言っていた、海外の珍しいクッキー型をいくつか買ってくれるなら手を打ってもいいわよ?」
「分かった。今日は先に帰っててほしい」
「ええ、そうするわ。さっき貰ったものも使ってきていいから、楽しんで来ていいわよ」
って言ってたはず。
全然ヒントにならない。
千香ちゃんがクッキー作りの道具を買ってもらえるってことしか分からないんだけど。
どこがどうなって、私と葵先輩だけが取り残される流れになったの?え、本当にどうして?!
混乱の中、葵先輩は私の顔を覗き込んで笑ったのだ。
「未希、映画を観よう?ちょうど映画のチケットを貰ったんだ」
ちなみにこの時、疑問詞はついていたけど私の拒否する権利はなかった。だって目が笑ってなかった。
私なにか怒らせるようなことしたっけ?
ブラック葵先輩の降臨に、背筋ピーンと直立して首を縦に振ったよ。私も命が惜しいもん。
そのまま従順に先輩につきしたがってドナドナされたのは映画館。
映画館の周囲には、色々な店が並んでいるからこの辺りに人は多い。比較的可愛い系のお店が多いから、人といっても女子が多いのである。
それだけじゃなく休日だから、ごった返しているっていう表現の方が正しいのかもしれない。人込みの中には先輩を見てワキャワキャ言ってる女の子だっていた。
そんな映画館の前で先輩は私を急に抱きしめたのだ。
乱心か?!先輩どうしたっていうんだ。
ガヤガヤする周囲の音は聞こえているし、人の視線が次第に増えている気もする。
ええーい。黙っててもどうにもならない。
そう判断した私は先輩に声をかけてみることにした。先輩との距離はこれ以上ないくらい近いから大きな声を出す必要はないだろう。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?おかしくなったんですか?」
「未希」
「なんですか?」
少しかすれた囁き声が私の耳元で響く。
「いいかい。俺以外の男に近づいちゃいけないよ?優しい人がいいって昔未希が言っていたから何もしないけど、どうにかしてしまいたくなってしまうからね」
「は、はい?」
どういうこと?
ちょっと意味が分からないです、って意味で出た言葉だったんだけど、先輩は私が肯定したように聞こえたらしい。
「ちゃんと言う通りにするんだよ?」
「えっ、あ、はあ」
一度先輩が私の頭に顔を寄せたら、周りにいたらしいギャラリーから小さく悲鳴が聞こえた。
え、なんなの?!
頭のてっぺんに何かが触った気がするけど、そんなことを構っている余裕はない。だって周囲の悲鳴の方に気を取られてギョッとするほうが優先だったから。
でも驚いたのは私だけだったのか、いつの間にか顔が離れた先輩はちょっとだけ機嫌良さそうに笑った。
私は先輩から解放された瞬間に周囲を見渡して、悲鳴の原因を探すけど見つからない。
一体なんだったんだろう。
私達の周りに出来上がってしまったちょっとした人だかりに目を向ける。そこにいるのは、麗しの女の子達だ、うへへ。
その時、一瞬だけ知っている人達の顔が見えて、その手には近くのショップの袋が見えた気がした。
ポカーンとしてたり私を睨んでいる人など様々いる中で、視線こそ交わらなかったけど確かにそこにいた気がするのだ。
あれは……。
もっとちゃんと見て確認しようとしたところで、先輩が私の手を握って意識を攫っていった。
「じゃあ行こうか」
「あ、はい」
手を離そうかと思ったけど、先輩の横顔を見上げて、やめた。
だって、なんだか楽しそうにしてたからまあいいかなと思って。きっと千香ちゃんとはそういうスキンシップが取れなくて葵先輩寂しいんだと思う。それなら私が代わりを務めるべきだよね。
それにしても、と私は思う。
私はよく忘れてしまうけど、葵先輩って王子様っぽいんだよ。つまりイケメンでモテるわけ。そんな人が私の手を握っているから一部の人から睨まれちゃっている。
さっきのガヤガヤ声だって、王子様が女の子(中の下)と抱き合っていたからでしょ?先輩は家族とのスキンシップのつもりでも、周囲はそんなこと知らないもんね。
そのことを理解して、私は小さく溜息を吐いた。
ちなみにこの日一日中葵先輩は私の手を離さなかった。映画の最中も、帰る時もだよ。
私の家の前に着くまでずっと握っていた。
……先輩、そんなに妹とのスキンシップに飢えていたんだな、って分かってちょっと不憫になった。
学校で千香ちゃんに、もっと先輩と触れ合ってあげてってお願いしようと心の中で決意したのだ。




