王国学院一日体験
「・・・・安心しろ、命に別状は無いってことだ」
ホテルの個室に戻ってすぐ、俺は未来病院の緊急治療室の前にいた。
デバイスに届いていた一通のメール。
送り主はミミズク、内容は烏丸が手術中だということ。
やってきた俺へミミズクは開口一番、無事だということを伝える。
彼女も服の裾から覗いている包帯からして、怪我をおっているようだ。
「何が、あったんだ?」
口から出た俺の声は震えていた。
仲間が重傷、知り合いが怪我をしている。それを考えるだけで何かがこみ上げてくる。
内側から噴出そうとしてくるものを押さえ込んでいるとミミズクが心配した声を漏らす。
「大丈夫か?殺人鬼みたいな顔をしているぞ」
「・・・・ぇ」
慌てて近くの鏡を見る。
誰だ、これ?と一瞬錯覚してしまいそうになるほど、恐ろしい顔。
ーーこれが、俺か?
「ごめん、落ち着いた」
「そうか」
「何が・・・・」
「悪いが、怖くて説明できない」
普段から淡々としているミミズクと比べると、どこか声が震えている。
まるで恐怖しているような。
「本当なら細かい説明をすべきなんだろう・・・・だが、思い出すのが怖いんだ。アイツは、ファントムの恐ろしさとはあれほどのものなのか?この世界では殺される危険は常にあった、だが、あれは違う。今もどこかに現れるのではないかと震えが落ち着かないんだ」
手で体を抱きしめるミミズクをみていると、余程恐ろしい体験をしたんだろう。
ミミズクは出会って日数は少ない、だが、こういう世界に“場慣れ”はしている感じはあった。
そんな彼女が恐怖するなんてことが異常に思える。
――ファントム、
おそらく、俺の前に姿を見せたヤツだろう。
アイツの強さを目撃しいてないがミミズクさんが恐怖するほどのものなら、注意するべき。
「相馬なんとか、警告しておくぞ。今回の依頼は手を引け・・・・安倍にも伝えるべきかもしれない。今回の相手はそこらの能力者とは桁違いだ。あんなもの、二度と関わりたくない」
――関わるべきでない。
彼女の言葉を本来なら聞き入れるべきだろう。
だが、
俺は不思議とこの件に手を引く気が起きない。
寧ろ、逆だ。
関わっていくべきだという想いが強くなった。
今までの敵と違う。
頭ではわかっている。
何故なのだろう。
白衣を着た医師が姿を見せるまで、俺は複雑な気持ちを抱いたままだ。
医師からの報告をきくと烏丸は一週間絶対安静、つまり今回の護衛任務は参加不可能になってしまった。
烏丸に加えてミミズクさんも精神的面から離脱となる。
安倍としては情報屋が使えなくなったことで舌打ちが多くなった。
砂原は烏丸が入院と聞いて心配そうな表情をしているが任務優先なのだろう、意識を切り替えている。
かくいう俺は。
「どうしたの?世界最強アイドル涼風ミウの隣だと緊張するかしら?」
何故か、アイドルのお隣に座っております。
現在、王国学院へ向かうリムジンの中だ。
最大のイベント、アイドル涼風ミウ一日学生の護衛のため、リムジンを囲むように警護科のメンバーが運転している車が併走している。
頭を窓にぶつけていると隣の涼風ミウがグラスを差し出す。
「ジュースよ、喉渇いたでしょ?」
「どうも・・・・」
差し出されたグラスの中のジュースを飲む。
マンゴージュースだ。
俺の大好物。
「貴方の大好物でしょ?」
考えていたことを読まれた!?
驚いた表情を浮かべてしまった。
「くすっ」
「なん、だよ」
「別にぃ~、貴方が驚いた顔をするのは珍しいわ」
くすくすと涼風ミウが笑う。
なんだか優位に立たれている気がする。
「そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないか?」
「あら、私のスリーサイズかしら?」
「ちげぇよ・・・・少し興味あるけれど」
「上から」
フザけて答えようとした彼女だが、すぐに俺の目を見て表情を変える。
俺が本気だとわかったのだろう、彼女は小型冷蔵庫からグラスにジュースを注ぐ。
「何を知りたいのかしら?ファントムが私を狙っていることかしら」
「それもあるな・・・・そだなぁ、じゃあ何で俺のことを知っているか教えてもらっても」
「簡単、私は貴方と一度会ったことがあるから」
「・・・いつ?俺は」
「覚えていないんでしょ?能力に記憶を喰われて」
言葉が出てこない。
彼女は何で記憶を能力で失われることを知っているんだ。
もしかしたら、本当に出会っていたことがあるのか?
「そうだね、忘れているだろうから教えてあげる。数年前、貴方に一度、私は救われている」
涼風ミウ――否、氷菓の話によると駆け出しのアイドルだった頃、会場でコンサートを開かれた時にテロリストの襲撃を受けた。
テロリストは氷菓を狙っていた。どうして彼女が狙われたのか、それは受け継いだ遺産が原因だった。氷菓の祖父が持つ莫大な金額、それを活動資金とするべくテロリストが襲撃する。偶然にもそこへ相馬ナイトが現れる。
話によると左腕の力を用いてテロリストを一掃した。
その時から氷菓と親しくなったらしい。
うん、
「まるで記憶に無いな」
「アンタの話だと左腕の力はかなり強大だから当たり前のように思い出せないってハナシ」
「・・・・そう、かもな」
記憶を失うこと、それが当たり前になりつつある。
だから、覚えが無い人に対しては“本当に知らない人”のように接してしまう。
「わかっていたけれど、きっついなぁ」
「・・・・ご」
「謝らないで」
口を開こうとしたところでストップが入る。
鋭い視線は睨むように強い。
「謝るんならその左腕を今すぐ切り離して」
「・・・・出来ない」
「言うと思った、聞きたいことはそれだけ?」
「最後に一つ、ファントムに狙われる覚えは?てか、何で俺を護衛に」
「二つじゃない」
ここで彼女はくすくすと笑う。
さっきまでの鋭い視線が嘘のようだ。
「ファントムに狙われる理由についてはわかんない、後・・・・アンタを護衛にした理由は簡単」
――過去に、アンタが何かあったら頼れといったからよ。
そういう彼女の表情はアイドルの笑顔ではなく一人の女の子の笑顔だった。
王国学院の入り口は驚くくらいの学生が詰め寄っている。
誰もが一目、あのアイドルを見てみたいという気持ちがあるのだろう。
車の席から安倍は学生って言うのはとため息を零す。
自身も学生だということを棚に上げての発言だが、捜査官として皹、危険な目にあっているとアイドルを眺めるという感覚すら麻痺するのだろう。
外で騒ぐ連中を横目で見てから隣を見る。
「そんなに気になるなら隣にいきゃいいだろう」
「べ、別に相馬さんの事なんか気になりません!」
このやり取りも何回目だ?
安倍はそんなことを思いながら車から降りる。
砂原沙織は昨日から機嫌が悪かった。
二日酔いというのもあるのだろう、しきりにミネラルウォーターを含んでいる。
最たる原因は前の車にいる相馬ナイトと涼風ミウ、その二人だ。
護衛として傍にいる彼と何故かぴったりと寄り添う形のアイドル。砂原からみれば我慢できないだろう。
だが、外に出れば流石はアイドル。
いちゃついていた涼風ミウは離れ、仕事の顔となり優雅な動作で学院の中へ足を向かわせる。
「(しっかし、どういう関係なんだろうな)」
安倍は二人の関係を勘ぐっていた。
どうも涼風ミウは彼のことを知っている様子、しかし、相馬ナイトは全く覚えが無い態度を取っている。
一体、どこであの二人は知り合ったのか。
そして、ファントムを名乗る男、
ヤツはどうして失われた英雄を語り、涼風ミウを狙うのか?
そもそもどうして涼風ミウなのか。
狙う相手は五万といる中からどうして国民的アイドルを選ぶ。
帝都にはアイドルよりも多くの要人がいる。
そいつらを狙えば、悪い意味でこの帝都は揺らぐ、簡単に崩壊できるだろう。
だが、涼風ミウは違う。
彼女は所詮、ただのアイドルだ。
いずれ時がくれば廃れてしまうだろう。
悪い言い方だがアイドルというのは時代の流れと共に消滅、もしくは記録されるかの二択しかない。
そんな存在を狙いにした理由が思いつかなかった。
涼風ミウの過去は調べてみても普通でしかない。
「(いや、一つだけ気になる点があったな)」
手に入れた情報の中で安倍が唯一、気にした違和感、涼風ミウがデビューした直後、ある会場で起きた能力者によるテロ。
当時はまだ帝都の警備も万全ではなく、全て後手に回っていた時、唯一、電撃解決を果たした案件。
内容は特殊な暗号で隠されていたことから気になっていた。
「(もしかしたら、あの事件はとんでもないモノだったのか?)」
「安倍さん、何しているんです?私達もいきますよ」
「おうよ、ったく」
悪態を突きながら王国学院へ足を踏み入れる。




