吸収の左鎧
キメラは自分の手が人間によって引きちぎられたことで大きな悲鳴を上げる。
相馬は千切ったキメラの腕を掲げるようにして持ち上げた。
「ほら、喰え」
言葉を紡ぐと同時に掌から黒い風が吹き荒れて、キメラの腕が次々と分解され掌の中へと吸収される。
五分もしないうちにキメラの千切れた腕は相馬の左手の中へ消えてしまう。
その光景を見て、誰も言葉を発しない。
「ど、どういうことですか?あれ!」
「見てのとおり、アイツの左手は全てを分解する。破壊の腕だ」
「・・・・そうか、終焉具〈ラグナロク〉か!」
黒幕である源管理官は相馬の左手がおこした現象を見て息を呑んだ。
「ラグナ・・・・ロク?」
「最強、最悪、上位に君臨する十の古代具の話がある。それを手にしたものは神にも悪魔にもなれ、世界を己の色へ染め上げることができる。ただし、代償として人間としての死を迎えることができないといわれる。一説では眉唾物とされているから上の連中も知っているかどうか怪しいところの代物だ。しかぁし!そのうちの一つをアイツが所持してんだよ!」
「はいはい、遠くから解説どーも」
相馬は半眼で面倒そうに左手を動かしてキメラへ近づく。
キメラは片腕を千切られたことで理性が崩壊したのか口の端からぼたぼたとよだれを零しつつも相馬へ襲い掛かった。
「さっきので逃げてくれたら命なくさないですんだのに・・・・」
口をあけて飛び出す舌をみながら、相馬は左手を前に出す。
舌が掌へ当たった瞬間、相馬の足元が陥没する。
「ぐっ!?」
陥没する際に起こる衝撃で相馬の両足の神経が千切れた。
掌から黒い風が巻き起こって舌、頭、胴体へとキメラの体を分解する。
「ま、まぁ・・・・どちらにしてもキメラは根こそぎ殺さないといけないから慈悲は必要ないんだった」
両足に来る激痛に顔をゆがめながら左手を前へ出す。
それだけで巻き起こる風の勢いが増して、数分もしないうちにキメラの体が消滅した。
キメラを分解した黒い風は左手の中へ吸収される。
「っだぁ・・・・くそ、コイツ使うとき激痛があるから、いやなんだよなぁ」
「な、何が・・・・キメラはどこに!」
「あ?」
動揺した表情の源へ相馬が視線を向ける。
「簡単に言うと、分解、吸収して俺の力にした」
相馬の左手、十代終焉具の一つ、名を――。
「吸収の(メイル)左鎧、敵対するもの全てを吸収して自分の力に変える力だよ。こんな風に」
神経が切れて激痛が走るのを気にせず、相馬は地面を蹴る。
地面がさらに凹み、源の前へ相馬が姿を見せた。
源、砂原が息を飲む前で相馬は右手を握り締める。
「悪いけど、これ以上好き勝手させるわけにはいかない」
「殺すのか!」
「殺さないさ。ただ、あんたの滅茶苦茶な言い分に腹が立っているから」
淡々と語っていた相馬の言葉に熱が入る。
あまり感情を見せていなかった彼は怒りで顔を染めて、右手を握り締めた。
相馬は珍しく怒った。
金十字の娘だからといって砂原沙織を虫けらのように利用して殺そうとしたこと、そんなことを露と知らず、人を守るために捜査官になったと語る彼女の気持ちを踏みにじり、殺そうとしたこと、それらが赦せない。
たとえ、源が被害者だとしても、罰するのが当然というように被害者面して傷つけることが何より赦せなかった。
「これで勘弁してやるよ!」
ただの右ストレート。
左手で殴れば源の顔の形は変形したままだっただろう。だが、右手はただの人間のものだ。
どれだけ相馬が本気で殴ったとしても、所詮、スポーツもしてない、鍛えても居ない子どもの拳、いずれ回復する。
吸い込まれるように放たれた右ストレートを受けて源は地面へ頭から崩れ落ちた。
喧嘩の極意も、戦い方を知らない相馬だが、人を殴る時のコツぐらいは知っている。
「全身全力で殴るべし!」
源が倒されたことをスコープで確認した伊織はライフルの銃口を相馬ナイトの額へ向ける。
「おっと、待ちな」
後頭部に当たる感触に気づいてトリガーにかけている指の動きを止める。
「それ以上、トリガーを引けば、てめぇの頭が吹っ飛ぶぜ?」
「・・・・」
「いつからだ?」
背後に立つ、安部は静かに問う。
すぐ傍に砂原沙織の姿がある。
いつの間に、彼らが背後に回りこんだのか砂原はわからない。
だが、いくつかの予想はできる。
一つは安部彦馬の能力。
戦闘向きではないといっていたが、おそらく。
「嘘つき」
「お互い様だ。いつから、お前はあの野郎の手先になった?」
「ずぅっと」
ライフルのスコープから瞳を外さず、伊織は答える。
「ずぅっと、あの人のしてきたことについてきた」
「なぜだ?」
「簡単、あの人が私の父親だから」
父親だから伊織は協力した。
旧姓に戻っていたとしても自分にとって父親であることに代わりは無い。
父親のすることを娘なら協力すべきだ。
だから、今回の騒動に彼女は加担した。例え、父親が嫌いな能力者になっていたとしても。
一瞬、言葉を詰まらせながら安部は問う。
「・・・・だから、こんなことに手を染めると?」
「後悔はしていない」
淡々と、普通の会話のように伊織は喋る。
「そして、私は死んでもいい」
「っ!」
「ダメ!!」
伊織がトリガーに指をかけたことに気づいて、安部がハンドガンのトリガーを押した。
だが、それよりも早く、ライフルから弾丸が放たれた。
回転する弾丸はホワイト・セントラルの扉に設置されているパネルに直撃する。
小さな爆発を起こしてパネルが壊れた。
さび付いた音を立てて、ホワイト・セントラルの扉が開く。
「てめぇ、何しや」
「ダメです!」
安部の手を払いのけた砂原は無理やり伊織の肩を掴んで振り向かせる。
「父親のいうことだからって、犯罪に手を染めないでください」
「貴方に関係ない・・・・」
「犯罪者である父を持つ私だから、関係あります!」
砂原沙織、否、金十字三夜は訴える。
犯罪者の父を持つ娘として、犯罪者となった父を持つ娘へ。
「父親だから協力するとあなたはいいました。でも、それは間違っています!家族が犯罪に手を染めようとしているのなら止めるべきなんです。私はそれをしなくて後悔しました。私のやること全てに父の影がちらついて、誰にも信じてもらえない。それどころか同じ事をしでかすのではないかと疑惑を持たれ続けて・・・・何もかも嫌になる」
砂原の訴えを伊織は無言で聞き続ける。
彼女の言葉には力があった。
それは父親が犯罪者となったことにより課せられた犯罪者の娘という重たいレッテル。
地獄のような毎日を彼女は生きていた。
「こんなことしちゃ、ダメなんです!あなたはまだ間に合います」
「手遅れ、私は犯罪に」
「まだです!あなたはまだ、大丈夫です」
「何を根拠に」
「私は“観て”いました!」
砂原は叫ぶ。
「あなたは私たちを守るために発砲した。しかし、ミスショットして安部さんと相馬さんの肩を貫いて錯乱状態になっています!だから、今すぐライフルから手を離してください!」
「何を・・・・言っているの?」
伊織は激しく動揺していた。
錯乱?
ミスショット?
違う、と伊織は口に出さず否定する。
――あれは二人を狙って発砲したものであり錯乱などしていなかった。
砂原の言葉を否定しようと口に出そうとしたら安部が叫ぶ。
「なーるほど、それなら撃たれた俺の肩も本局へ申請すれば金がおりるだろうな。錯乱状態ならフレンドリーファイアもありうる」
「なに・・・・を」
「だから、てめぇはここで大人しくしていろってことだ」
「私、は」
「諦めな」
尚も否定しようとする伊織へ安部は告げた。
「どれだけ否定しようと、こいつは斜め上をいく滅茶苦茶な理由でお前のやったことを正当化してくるぜ?こういうタイプはとことんやる。お前の負けだ」
「しかし」
伊織は視線を外す。
どれだけ肯定しても、もう一人、相馬ナイトがなんというか。彼女がいおうとしていることを既に見抜いていた安部はため息を零した。
「安心しろ、アイツもそういうところは甘いからな。お前がどれだけ撃ち殺そうとしたと叫んでも俺達全員が錯乱だという。撃った一人と目撃していた三人、どっちを信じるかねぇ」
「・・・・なんで」
戸惑いで体を震わせながら伊織は尋ねる。
――殺そうとした相手を助けようとするのか?
「簡単だ。仲間だからだよ」
その問いに答えたのは離れていた相馬ナイトだ。
体のいたるところから血を流しながら彼は歩いてくる。
苦痛に顔をゆがませながらも伊織の前へたち、当たり前のように彼は告げた。
「仲間を信じるのは当然だろ?たとえ、どういう秘密を抱えていようとしても俺は仲間を信じる。砂原がそういったんだ。お前は錯乱していたんだ」
「・・・・お人よしすぎる」
「お人よし結構、そういう人間が少しでも居るなら世の中、すてたもんじゃねぇだろ?」
伊織の頭は真っ白になってしまう。
「私を・・・・赦すの?」
「赦すわけがねぇーだろ。てめぇは俺らを裏切った。だが、そこの小娘が赦すっていったんだ。これからもお前で判断する」
ぷぃっ、と顔を背けて安部は離れる。
これ以上、会話するつもりは無いという意思表示だろう。
伊織は何も言えずに俯く。
「さて、とっとと帰る」
「・・・・おい、源の野郎どうした?」
「そういえば・・・・殴って」
思い出したように安部が相馬へ尋ねる。
相馬は源が倒れていた方向を見た。
しかし、そこに彼の姿が無い。
「あ!」
砂原が指をさす。
二人が見ると、源がホワイト・セントラルの扉を少し開けて中に入ろうとしていた。
「よせ!」
相馬が顔を青くして叫び、走る。
走ろうとして足の神経がさらに千切れて地面へ倒れた。
「そこへ入るな!死ぬぞ!!」
匍匐前進するように手だけで進みながら相馬は叫ぶ。
叫び声が聞こえたのか源が振り返る。
振り返った彼の顔に狂気の表情が浮かんでいた。
血走った目、口端を歪めながら扉の向こうへ消える。
直後、源の悲鳴が扉の中から響く。




