第3話 暗転
ジリリリリリ
「うるさい。」
目覚まし時計を止め、文字盤を見る。7時15分。
「いってぇ~」
薄っぺらい毛布を投げ飛ばし、ソファから痛い腰を上げる。そして顔をテキトーに洗う。仕上げにコーヒーをゆっくり淹れる。これが北のここ数日のモーニングルーティンだ。コーヒーが冷めるまでの間に少年を起こしに行く。つい最近まで自分の物だったベッドに上下反対で寝ている少年を一瞥する。
「おーい朝だぞ」
カーテンを開ける。
「眩しっ」
少年───鈴木 信春がゆっくり目を開ける。そしてふくれっ面で
「急にカーテン開けるの止めろよな」
と言う。朝から元気だ。少年が北の家に来てすぐは北よりも早く起きて小さく分厚い青い本で『エイタンゴ』なる物を勉強していたが、三日も続かず辞めた。
こういう状態を異世界の方言で『ミッカボーズ』と言うらしい。
『ミッカボーズ』は朝ごはんを食べながら、北が拾った異世界産物を見ていた。
「興味あるのか?」
「うん、変な物持ってるなーって」
「変な物?」
「録音機だよ、それ」
(向こうの録音機はこんな形なのか、リモコンみたいだな)
北はカルチャーショック(?)を受けた。
ピリリリリリ
業務用携帯の着信音。今日は非番の為、北は不思議に思いながら液晶を見る。北尾さんからであった。
「はい、北です。」
「どーだぁしっかり休めているかぁ?」
「おかげさまで何とか」
「そうかぁそれは良かった」
「なぁ唐突で悪いんだが、お前、異界生物家にいないか?」
「いえいえ、そんなまさか」
マジトーン。北尾さんは真剣なとき、いつもの明るい声から一変し静かで低い声になる。
「そうだよな、いや、なんかGEOがそう言ってたから一応な」
GEO───異世界物鑑定士の必要性を提言し、急速に発達した科学者集団だ。異世界産物が漂流してくる理由を探している。
(いつバれた?)
ここ最近GEOには全く会っていないはずである。異界生物の飼育は違法ではないが、バれると面倒くさい。
「恐らくGEOの間違いです。今、里親になっているので」
「へぇ、まあ頑張れよ。いい父親になれよな!」
ツーツー
(父親か、まぁそうだな)
北はそう思いながら鈴木を見る。
(しっかり守ってやらねばな)
♢
ガシャン
ガラスの割れる音で北は目を覚ます。人生で4番目に最悪な起き方だ。時計を見ると丁度深夜1時を回った所だ。
北は半開きの目をこすり、周りを見回す。
(何も変わって無いな)
そして飛び起き、別の部屋を確認しに急ぐ。物音がするのに、何も変わっていないということは、見えない範囲で何か起こっている事であり、考えられる限り最悪だ。
北は各部屋を順番に回りながら、考える。最悪起こりうる事。
(まさか)
北は即座に寝室へ向かう。そして扉を蹴破る。
「大丈夫k」
パンチが飛んできた。ギリギリで避ける。
「誰だあんた等」
部屋の中には鈴木の他に2人居る。重武装だ。二人は即座にナイフを抜く。
(よく訓練されているな)
北は武器を持っていない。であれば
タックル
そのまま突っ込んで行き、押し倒す。
もう一人がナイフを振る。
(危ねぇぇ)
北の頬をかすめる。
ナイフを振り伸びきった腕を掴み、足をかける。そしてそのまま
「ふんっ」
投げ飛ばす。重武装兵は起き上がる途中のもう一人に当たり鈍い音をたてた。
「チェックメイト」
二人とも伸びた。
(こう言うのをイッセキニチョウっていうんだっけ?)
そんなことよりも鈴木だ。幸い鈴木に目立った傷もない。北はホッと一安心した。
その時だった。
いつ起き上がったか分からないが、二人の内一人が起きて狂気の目で自分に刃を向けていた。
「バカッ、やめろ!」
北は飛び出して止めようとしたが、遠い。
(クソッ)
北は目の前の悲惨な光景から鈴木の目を隠す事しかできなかった。
♢
後日の捜査で2人はG特捜隊───GEO特別捜査隊の隊員であったことが判明した。
「大丈夫です。貴方は何も悪く無いです。」
見舞いに来てくれた東洲がコーヒーを持ってきてくれる。
北は今、2ヶ月間の療養期間中だ。
ピンポーン
「悪い、際、出てくれ」
東洲はドアを開ける。
暫くの沈黙の後、東洲の言い争う声が聞こえた。そして数分後渋々という様子で東洲は来た。
「北さん、来て下さい警察です。」
(また事情聴取ね)
北はここ数日幾度となく事情聴取を受けてきた。もう飽き飽きだ。
(面倒くさくなってきたな、いい加減)
先程、東洲が言い争っていたことに違和感を覚えながら玄関に行く。
玄関では警察官が待機していた。
「事情聴取ですね」
「北いつきさん、貴方を殺人容疑で逮捕します。」
「え?」
殺人?
「さあ、礼状も出ていますので」
北の手に手錠がかかる
「ちょっと待ってください」
東洲を見る
「貴方は何も悪くない。だからすぐ戻ってこれます。」
なんともいえない顔でこちらを見ていた。
「さあ、こちらへ」
警察官が呼びかける。
鈴木が心配そうな顔で東洲に隠れてこちらを見ている。
訳が全く分からなかったが言い争うのは法廷でやることなので、今は大人しく従っておくことにした。
北は鈴木のお気に入りのジャケットの襟を正し「すぐ戻ってくるからな」と告げ、頭を撫でた。
パトカーに乗り込む。
北は目の前が真っ暗になった気分だった。
♢
「51番、面会だ。出ろ。」
北は今、勾留中である。
北は面会室へ向かう。ドアを開けるとガラス越しに東洲が居る。
「久しぶり」
「北さん随分やつれましたね」
「まあな」
東洲は会話の記録をとっている警察官を見る。そして小声で
「大丈夫です。きっと勝てますから。」
訳が分からなかったが、今は信じるしかない。
「今、外の世界はどうなってる?」
北は聞いてみたが、あまり変わっていなかった。それもそうだ、考えてみればたかが1週間ではそこまで世界も変わらない。
「信春はどうなった。」
「鈴木なら今保護施設にいます。」
(良かった)
北は安心した。
「51番、面会終了だ。」
警察官が告げる。
去り際に一言、感謝の言葉を述べ北は面会室を後にした。
♢
北の手続きは円滑に進んでいき、勾留も10日で終わり、検察は起訴という形をとった。初公判は一ヶ月後である。保釈を求めたが受け入れられなかった。
そして一ヶ月あった時間もあっという間に過ぎ、今日は初公判である。
(本当に大丈夫かな)
この国の有罪判決率は8割を超える。それなのに東洲は自信満々だ。弁護士に挨拶し、入廷。裁判はそのままどこのものかも分からないような防犯カメラの映像や証言を検察が挙げ、終始検察の有利であった。
その時であった。
「証拠を提示します。」
そう言って東洲は異世界産録音機を取り出した。
「これは異世界産の録音機です。事件が起きたのは10月19日午前1時頃と検死より分かっています。そしてこの録音機では午前1時18分より、録音が開始されています。聞いてみましょう。」
そこには北の「止めろ」という声がはっきりと入っていた。
「このように被告は犯人の行動を制止する言動をしています。そしてこの録音はどういう技術か、後からデータを書き換えようとするとデータは自爆するようにできています。」
そういえば録音をしていたなと北は思い返す。
「そして検察の提示した隣家の防犯カメラの映像についてですが、そこでは北さ…被告が無言でナイフを突き立てた事になっていますが、それは先程の録音機が示すとおり、事実と乖離していると考えられます。」
(成る程)
絶対に勝つとはこのことだったのか。
その後裁判は進んでいった。北は応答をし、法律関連の難しい事は弁護士が答える。そんな物が淡々と続いていった。そして判決になった。
「判決を言い渡します。」
北に緊張が走る。この判決次第で自分や東洲、鈴木の運命まで変えかねない。
(頼む、無罪であってくれ)
「主文被告人を───」




