第51話 改めて繭居迷宮の景色を堪能した俺は、日本が少し恋しくなる
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以前、宝州を調査するためティメルは自らの体と全く同じ成分を使った魔造人間を精製し、その魔造人間に自らが持つ記憶を授けた。
魔力量こそティメルに劣るものの、その思考回路はティメルとほぼ一緒。 むしろずる賢いことは複製体の方が得意だ。
ティメルはこの魔造人間をもう一人の俺と称していたが、この日この魔造人間は正式に名を授かることになる。
「もう一人の会長、たった今会長が入口に侵入しました」
「ヴァブ、俺の名前はゲンガーだ。 もう一人の会長と呼ぶのはやめろ」
「それはそれは、申し訳ありません」
ゲンガーという名を授かった魔像人間は、真剣な表情で管制室のモニターを凝視する。
「ちくしょう、好き勝手やりやがって!」
現在、ティメルの思いつきでこのダンジョンの防衛機構を調査するという名目の元、ティメル自らがこの繭居迷宮に挑んでいる。 それを迎え撃つため、ティメルの複製体であるゲンガーは、このダンジョンの防衛に関する全権利を与えられているのだ。
五階層にある管制室には、ゲンガーとヴァブ、それに加え九階層の妖精小隊副頭取、れんれんが待機していた。
人型レルマレブであるれんれんは、精霊術を使用出来る。
精霊術は空気中に存在している精霊たちの力を借りるもののため、遠くにいる味方に自分の声を伝えることも可能。
風の精霊が伝えたい言葉を伝言ゲーム形式で教えてくれるのだ。 精霊と仲良くないと、この伝言ゲームは失敗することも多いが……
仕組みは少々幼稚なものだが、その利便性は携帯のない異世界では破格とも言える。
「一階層、ユーティ! 俺のオリジナルがダンジョンにはいったぞ、配置につけ!」
『牛乳』
「ぎゅうにゅう?」
「アニキ、ユーティの嬢さんは御意って言ってますぜ? 多分アニキはまだ精霊との親和性が低いから、伝言の途中でイタズラされただけっす」
このように、精霊と仲良くならないとイタズラされるのである。
ティメルが面倒だという理由でゲンガーの体に書いた構成式は必要最低限のため、ゲンガーは戦いにおいては足手まといになるという評価を受けている。
そのためゲンガーはレルマレブたちにお願いし、最近は精霊術を勉強中なのだ。
恥ずかしそうに顔を赤らめているゲンガーを、ヴァブは気まずそうな表情で盗み見る。
数瞬おいて、気を取り直すように咳払いを挟んだゲンガーは、通信の際はれんれんを中継するよう改めて指示を出した。
ちなみに、ヴァブはあらかじめこの事態を想定してれんれんを呼んでいたが、それはまた別の話である。
そうこうしている間にティメルは余裕の足取りで一回層に足を踏み入れた。
横穴形式の通路を超えると、月光と共に舞い散る桜が目に写ってくる。
天井には虚像幻影が展開されており、巨大な満月が不気味に光を放ち、階層の中央に建設された屋敷を照らしている。
第一階層、からくり屋敷。
ここの守護を担当するのはゲマトリアのユーティであり、彼女の部下である人型コッファー、蝙蝠大隊が待ち受けている。
入ってすぐ目の前に見える湖に、深紅の手すりと豪奢な装飾が施された太鼓橋。 美しいアーチを描いている太鼓橋をトコトコと進み、湖のほとりに咲いている桜をぼんやりと眺めるティメル。
「夜桜っていいなぁ。 花見したくなってきた」
満月の光を浴び、幻想的にも見える夜桜を眺め、間抜けな表情を浮かべるティメル。
これはあくまでぺぺが作成した実像幻影だが、やはり転生前は日本に住んでいたティメルにとって、この景色は実に美しく映ってしまう。
とまあ、そんな風にほっこりしてられるのもほんの一瞬。
音もなく接近する忍び装束が、ほっこりしているティメルの首筋に深紅のクナイを突き立てようとして……
「っ!?」
「さすが佐助さん。 音も殺気も気配も消して背後からの奇襲。 魔力の痕跡も消せてたら完璧だったよ」
蝙蝠大隊頭領、佐助。 コッファーは本来、超音波を放ったり自らの血液を自在に操ることが出来る。
モンスター時代は棘状にした血液を射出したり、超音波による状態異常などをかけてくるモンスターだったが、人型になった彼らの戦い方は大きく変わった。
血液をクナイの形に変え、超音波は索敵に使用。 そうしてユーティの指導により習得した特殊な歩法で、音を消して忍び寄り、急所を一撃の内に突き刺す。
蝙蝠大隊の中でもこの能力に秀でている頭領、佐助はティメルの首筋に見事にクナイを突きつけられたかと思ったが、
「魔術大全【第643頁】混合構成式:領域固定」
「う、ごけぬ」
混合構成式、領域固定。 この混合式は指定した相手の周囲の空間を固定し、完全に身動きが取れない状況にするという拘束魔術。
「俺じゃなかったら多分致命傷与えられてたと思うけど、まあ気づいちゃったら止めるよね?」
「バレていた、というわけですか」
驚くべきことは、ティメルの首に血液で生成したクナイが刺さる直前にこの魔術を発動させているということ。
本来この領域固定は発動までに時間がかかる。 こんな絶妙なタイミングで動きを止められるわけが無い。
ということは、この状況に至ることを予測した上で、数秒前から秘密裏に魔術を構成していたという事実が如実に伝わってくる。
「バケモンかよ」
管制室のゲンガーが、この光景を見て冷や汗をこぼす。
そんなこともつゆしらず、いつでも止められたとでも言わんばかりに、余裕の表情を浮かべているティメル。
「まあとりあえず、今回はこのダンジョンの防衛機構を確認するために来てるわけだから、遠慮せず全員ぶっ倒すから……怒るなよ?」
そう言って、ティメルは楽しそうに笑いながら魔術大全を開く。
「魔術は……爆発だぁぁぁぁぁ!」
混合式:豪爆砕。 これは単純な攻撃魔術で、大爆発が発生する。
身動きが取れない佐助はこの魔術を防ぐすべがない。
「オラァ、まずは一匹!」
あえて豪爆砕の魔術を使用した理由、それは超音波による索敵を妨害するため。 超音波の索敵は空気の振動を利用して相手の位置を探るというもの、そのため爆発した際の衝撃波はこの超音波の流れを妨害してしまう。
それだけではなく、コウモリ型モンスターであるコッファー達は音に敏感だ。 豪爆砕ほどの爆発が発生してしまえば、耳がやられて身動きが取れなくなる。
「領域鑑定があれば、コソコソ隠れててもバレバレだぜ!」
混乱しているコッファー達は動揺を示してしまう。
ティメルは楽しそうに笑いながら、湖の中に潜んでいたコッファーや、桜の木の上で息を潜めていたコッファー達に、鉄砲の形にした右手の人差し指を向けると、
「魔術大全【第453頁】空間創造構成式:宙穿」
銃弾サイズの空間を打ち出し、その銃弾に触れた場所は強制的に転移させられるという破壊力の高い攻撃魔術。
この魔術の厄介なところは、どんなに硬い防具で身を固めていたとしても、この銃弾に触れた場所は硬さに関係なく強制的に転移させられてしまう。
つまり、防ぎようのない弾丸である。
瞬く間に三体のコッファーが光の粒子に変えられ、管制室は顔をしかめてしまう。
「頭領が瞬殺されては……」
「蝙蝠大隊は瞬く間に崩されんな」
ゲンガーが腕を組みながら背もたれに体を投げてしまう。 彼の予想通り、隠れていたコッファー達は瞬く間に光の粒子に変えられてしまっていき。
蝙蝠大隊三十二名は、ほんの数分で壊滅させられてしまった。
最後の一体を撃ち抜いたティメルは、鉄砲の形に変えていた右手の人差し指に、かっこつけながらふっと息を吹きかける。
「まったく、宙穿だとオーバーキルだったか?」
つまらなそうに周囲を眺めるティメル。
「っていうか、まだからくり屋敷入ってないのに全滅するなよ」
桜が舞う中庭に立ち、残念そうに肩を落とすティメルは、小さくため息を付きながら天井に向かって人差し指を向ける。
「蝙蝠大隊は見つかったら弱すぎだ! 正面から戦うことも視野に入れて訓練し直せ! あと、相手が索敵してくることを想定したうえでそれを逆手に取った作戦も立てておけよ!」
まるでカメラの位置がどこにあるのかがわかっているような目線で、好き勝手吐き捨てるティメルに対し、ゲンガーはこめかみに青筋を浮かべながら呟いた。
「普通な、領域鑑定で数キロ先まで把握できるバケモンはいねーんだよ」
この世界における領域鑑定の平均範囲は、せいぜい五十メートルだということを、ティメルは失念しているようだ。




