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事務聖女は定時で帰ります。『善行通販』と『魔導Excel』でブラック部署を立て直したら、冷徹な人狼上官の極上溺愛が始まりました  作者: 月神世一


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第一章 ブラック部署の浄化と、最強バディの誕生

気合と根性のサビ残要求? ――いいえ、魔導マクロで0.2秒で終わらせますので定時で帰ります

「軍備とは気合だ! 闘気だ! 貴様ら、そんな軟弱な紙の束と睨めっこして戦に勝てると思っているのかァッ!!」

ルナミス帝国・国家財務総局、兵站へいたん管理部。

その広大なオフィスフロアに、本日の終業時刻をわずか15分後に控えた16時45分、局長の鼓膜を破らんばかりの怒声が響き渡った。

彼の名前はボルドー。恰幅の良い身体を帝国軍の立派な軍服に包み、顔を真っ赤にして部下たちを怒鳴り散らしているこの男こそ、天木桜あまき・さくらの直属の上司である。

(また始まった……。どうして異世界に転生してまで、昭和の体育会系ブラック上司のテンプレみたいな説教を聞かされているんでしょうか、私)

自分のデスクで静かに息を吐きながら、桜は手元の魔導端末の画面から一切視線を外さずにタイピングを続けていた。

彼女は地球からの転生者である。前世ではブラック企業で営業事務のOLとして5年間、無能な上司の尻拭いと理不尽なサビ残に耐え抜いてきた。過労の末に気づけばこのアナスタシア世界、ルナミス帝国に転生していたわけだが、彼女の根本的なマインドは変わっていない。

『起こってしまった最悪を憂うな。今できるタスクをこなせ』

愛読書であるデール・カーネギーの言葉を胸に、彼女は今日も異世界の理不尽を「単なる業務上のバグ」として処理している。

ルナミス帝国は、魔導戦車や魔導ライフルといった近代的な魔法技術が発展しているにもかかわらず、こと「お役所仕事」に関しては絶望的なまでにアナログだった。

書類はすべて羊皮紙。計算は手回しの魔導計算機か、最悪の場合はそろばんと暗算。

そんな非効率の極みとも言えるこの部署で、桜だけが地球の「Excel」の概念を魔導端末に落とし込み、独自の関数とマクロを組んで一人だけ異次元のスピードで業務を消化していた。

「おい、天木!」

不意に、怒声の矛先が桜に向けられた。

ボルドー局長が、どさりと音を立てて桜のデスクに巨大な羊皮紙の束を叩きつけた。ざっと見て数百枚はある。

「なんだその余裕の態度は! 貴様、またその得体の知れない魔導の箱をいじってサボっているな!」

「サボってなどおりません。本日のタスクである東部戦線への魔導弾薬の配備計画、およびタローマン製・戦闘服のサイズ別発注書の作成は、すでに15時の段階で完了しております。今は明日の業務のフォーマットを整えているところです」

桜はタイトスカートのシワを軽く手で伸ばし、完璧な営業スマイルで応じた。彼女が着ているのはタローマンで特注した防弾仕様のオフィスカジュアルだが、見た目は清楚な事務服そのものである。

「口答えをするな! いいか、気合の足りない貴様に新しい任務を与えてやる。ここにあるのは、北部の国境警備隊および、あの生意気な人狼部隊へ送るむこう一ヶ月分の補給物資の概算要求書だ」

「……概算要求書。それを、私が?」

「そうだ! 今すぐすべて再計算し、明日の朝イチの会議までに完璧な配備リストを作り上げろ! もちろん、予算の都合があるからな。数字の辻褄は『気合』で合わせろ!」

フロアにいた他の職員たちが、ヒッと息を呑んだ。

一ヶ月分の部隊の食料、魔導ライフルの弾丸、回復薬(陽薬草)、果てはシープピッグの背脂の量に至るまで、各部隊の要望を予算内に収まるように手計算で割り振る。

普通にやれば、熟練の事務官が5人がかりで徹夜して、ようやく3日後に終わるかどうかという絶望的な分量である。

「局長。現在時刻は16時48分です。明日の朝までにこれを終わらせるということは、私に徹夜での時間外労働(サービス残業)を命じるということでよろしいでしょうか?」

「当たり前だ! 帝国軍人としての誇りを持て! Excelだか何だか知らんが、そんな軟弱な魔法に頼るから魂が腐るのだ。徹夜の計算作業で闘気を練り上げろ!」

ボルドー局長は鼻息を荒くして言い放った。

彼は自分が提出を忘れていた書類の尻拭いを、最も有能(で、自分の古い価値観に馴染まない)桜に押し付けることで、彼女を屈服させようとしているのだ。

(なるほど。闘気と気合で数字の計算が合うなら、世界中から赤字企業は消え去っていますよ、局長)

桜は内心で冷たく切り捨てた。

怒る価値もない。ただの「処理すべきエラー」である。

「承知いたしました。明日の朝イチの会議までに、完璧なリストを提出すればよろしいのですね」

「ふんっ、せいぜい泣き言を言わずに励むことだな!」

満足そうに踵を返し、局長室へ戻ろうとするボルドー。

その背中を見送りながら、桜はデスクの上の羊皮紙の束にそっと手を触れた。

「……魔導スキャン、起動」

桜が指先から微小な魔力を流し込むと、デスクに組み込まれたスキャナー術式が起動し、数百枚の羊皮紙に書かれた文字情報が一瞬にしてデータ化され、目の前の魔導端末へと吸い込まれていく。

(前線の要求リストと、ゴルド商会の最新の卸売価格データ、および現在の帝国軍の予算残高データベースをリンク。条件付き書式で予算オーバーの項目を赤字で抽出。優先度ランク『A』の魔導弾薬と医療品を固定し、残りの予算を食料と嗜好品に『IF関数』と『VLOOKUP』で自動分配……よし)

彼女の頭脳には、前世で血を吐くような思いで叩き込まれた膨大な事務処理のロジックが刻み込まれている。

この異世界の住人たちが「気合」と「手作業」で何日もかけて解いているパズルなど、彼女があらかじめ構築しておいた『魔導Excel』の関数群にかかれば、数式を一行走らせるだけの単純作業に過ぎない。

「マクロ、実行ラン

カチッ、と。

桜が魔導端末のエンターキー(に相当する魔石)を叩いた。

直後、端末が微かに明滅したかと思うと、デスクの横に設置された魔導プリンターから、綺麗にフォーマット化された新しい羊皮紙が滑り出すように連続して出力され始めた。

シャッ、シャッ、シャッ、シャッ。

各部隊の名称、必要物資の正確な個数、ゴルド商会への発注金額、そして1同粒(1円)の狂いもなく予算内に収められた完璧な損益分岐表。

すべての計算と出力が完了するまでにかかった時間は、わずか『0.2秒』であった。

「……え?」

その異常な駆動音に気づき、ボルドー局長が振り返った。

彼が目にしたのは、先ほど自分が叩きつけた未処理の山の横で、美しくファイリングされた真新しい「完璧な配備リスト」を手に持つ桜の姿だった。

「局長。ご指示いただきました北部国境警備隊および人狼部隊への一ヶ月分の配備リスト、完成いたしました」

「は……? な、何を言っている? 貴様、適当な紙を……!」

「どうぞ、ご確認ください。すべての項目において最新の卸売価格を反映し、予算内に収まるよう自動最適化を行っております。なお、余剰予算が3%ほど出ましたので、人狼部隊の嗜好品である『ポポロ・コーヒー』の配備を規定より少し増やしておきました。彼らは嗅覚が鋭く、良質なカフェインが士気向上に直結しますので」

桜は立ち上がり、呆然と口を開けている局長の胸元へ、その完璧なリストをピシャリと押し付けた。

局長は震える手でリストに目を落とす。そこには、彼がそろばんを弾いても絶対に辿り着けない、一切の無駄を省いた完璧な数字の羅列が並んでいた。

「ば、ばかな……数百枚の計算だぞ!? これを、一瞬で……ッ!?」

「気合と闘気を使えば、この程度は造作もないことだと局長がおっしゃったのではありませんか?」

桜はにっこりと、100点満点の営業スマイルを浮かべた。

反論の余地を一切与えない、完璧なロジックと実務能力による暴力である。

キィン、コォン、カァン、コォン。

その時、ルナミス帝国の中央時計塔が、終業時刻である『17時』を告げる鐘の音を響かせた。

「おや、もうこんな時間ですね」

桜は手早く魔導端末の電源を落とし、デスクの引き出しに鍵をかけると、タローマンで購入した『OL用・走れる防弾ヒール』を鳴らして立ち上がった。

そして、未だにリストを握りしめて硬直しているブラック上司に向かって、優雅に一礼する。

「それでは局長、本日の私の業務時間は終了いたしました。もしこれ以上のご指示がある場合は、明日の朝9時以降に整理券を取って窓口までお越しください。……お先に失礼いたします」

カツッ、カツッ、カツッ。

ヒールの音を響かせながら、桜は一切の迷いなくオフィスを出ていく。

あとに残されたのは、圧倒的なスピードと完璧な仕事ぶりの前にぐうの音も出ないボルドー局長と、救世主を見たかのような顔で桜の後ろ姿を拝む同僚たちだけだった。

(さて、今日の夜ご飯はルナキンで納豆定食にしようかな。あ、ついでに『善行通販』の徳ポイントで、新しいブルーライトカットメガネでも買っておこう)

異世界のブラック部署の空気を一人で完全浄化しながら、天木桜は今日も定時退勤の道を悠然と歩いていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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