↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
72/147

月光、瞬く

『《黒葬光》を使う』



ウルの宣言と同時に。


砦から円筒形の補給容器が射出された。



蒼い軌跡を引いて飛来した容器が。


術式によって落下の勢いを殺し。


黒墓標の近くへ着地する。



クルドの糸が伸びた。



容器の留め具を外し。


内部に収められていた大型魔道バッテリーを引き出す。



ウルは。


熱を帯びた使用済みのバッテリーを排出した。



白煙を上げる金属塊が。


重い音を立てて地面へ落ちる。



新しいバッテリーを装填する。



接続部が閉じ。



黒墓標の内部から。


低く重い駆動音が響き始めた。




ウルは。


巨大な十字架を大地へ突き立てる。



下部から展開した固定杭が。


一本ずつ地面の奥深くへ食い込んでいった。



装甲板が左右へ開く。



内部に格納されていた変換機構と。


高出力照射用の収束器が姿を現した。



長大な銃身を巡る魔導回路へ。



青い光が。


順番に灯っていく。



足元の小石が震え。



黒墓標を中心に。


乾いた風が渦を巻き始めた。




遠く離れた馬上で。



第七皇子ガルドスは。


その様子を見つめていた。



仲間の糸に拘束されるまで。


帝国兵を追い続けた女。



ガルドスには。


完全に狂ったようにしか見えなかった。



そのベルンが今は。



先ほどのことなどなかったかのように。


二振りの刃を携えて立っている。



彼女を止めた二人も。


怯えてはいない。



責めてもいない。



まるで。



あの異常な追撃すら。



三人にとっては。


僅かな乱れにすぎなかったかのように。



「あれだけのことがあって……」



ガルドスの唇が震える。



「何故」


「平然としていられる……」




クルドが。


両手の指を開いた。



「アラクネ・コード」



青紫色に輝く糸が放たれる。



一本はウルへ。



一本はベルンへ。



もう一本は。


黒墓標の内部へ。



クルド自身を含めた四つが。



一つの巨大な魔力回路として結ばれた。



三人の魔力を黒墓標へ送り。



同時に。



発射時に生じる膨大な負荷を。


三人と三つの装備へ分散するための外部回路。



「接続完了」



クルドが告げる。




ベルンは。


双月偃刃を握ったまま。



胸元へ。


そっと指を触れた。



騎士服の装飾に見える。


小さな鏡状の魔導具。



エミリアから下賜された。


青薔薇の証。



「黒姫月鏡――展開」



胸元の魔導具が。


静かな光を放った。



ベルンの周囲へ。



薄い鏡面状の魔力板が。


一枚。



二枚。



次々と展開されていく。



物理的な鏡ではない。



魔導光を反射し。


その進路を操るために形成された魔力の鏡面。



複数の鏡面板が。



開放された黒墓標の機構へ向けて回転する。



そして。



蒼い光の粒子となり。


黒墓標の内部へ流れ込んでいった。



変換機構。



収束器。



銃身。



高出力の魔導光が通過する内部回路へ。



一時的な反射層が。


幾重にも形成されていく。



光を反射し。



進む方向を整え。



収束効率を高める。



同時に。



一箇所へ集中しようとする熱と魔力負荷を。


複数の回路へ分散させる。



この鏡面加工がなければ。



黒墓標は。


自ら生み出した光によって内部から焼き切れる。



『内部鏡面を確認』



ウルが。


黒墓標の状態を読み取る。



『収束効率、許容値』


『クルド』


『伝達を開始しろ』



「了解!」



アラクネ・コードが。


一斉に輝きを増した。



三人の魔力が。


糸を通じて黒墓標へ流れ込んでいく。



一人では生み出せない出力。



黒墓標単独では。


受け止めることのできない負荷。



それを。



三人と三つの装備へ分散しながら。



膨大な魔力を。


光と熱へ変換していく。



変換機構が。


獣の唸りに似た音を上げた。



魔力が圧縮される。



黒姫月鏡によって形成された内部鏡面へ。


幾度も反射される。



不要な拡散を削られ。



一本の射線へ。


強引に束ねられていく。



黒墓標の銃口へ。



針の先ほどの光が生まれた。



三人の魔力を呑み込むたび。



その光は。


密度を増していく。



青白い輝きの中央へ。



光さえ沈み込むような。


黒い核が形成された。



銃口付近の空気が歪む。



周囲の草が。


炎に触れてもいないのに乾いていく。



地面から。


細い白煙が立ち昇った。




逃げていた帝国兵の一人が。


その異変に気づいた。



足を止め。


背後を振り返る。



大地へ突き立てられた黒い十字架。



その周囲に立つ。


三人の女。



そして。



銃口へ集まる。


不吉な光。



兵士の顔から。


血の気が引いていった。



「何だ……」



震える声が漏れる。



「何なんだ、あれは……」




ウルの魔導ソナーは。



崩壊した帝国軍の全てを捉えていた。



街道を北へ逃げる兵士達。



武器を投げ捨て。


ただ砦から遠ざかろうとする者。



地面へ膝をつき。


降伏の意思を示す者。



それらを追う必要はない。



だが。



横転した荷車や攻城兵器の陰へ集まり。



再び隊列を組もうとする部隊。



旗を掲げ直そうとする者。



伝令を走らせる指揮官。



撤退を援護するため。



砦へ弓を向ける兵士達。



帝国軍を。



再び一つの軍勢へ戻そうとする者達がいる。



『座標固定』



黒墓標の銃口が。


僅かに下がった。



『収束型』



クルドの糸が。


限界まで張り詰める。



ベルンが。


黒姫月鏡へ魔力を注いだ。



黒墓標内部の鏡面が。



魔導光を。


一本の軸へ集中させていく。



黒い核を内包した光が。



銃口の奥で。


限界まで圧縮された。



『三重術式――起動』



ウルの指が。


引き金を引いた。



三重術式。



《黒葬光》。



光が放たれた。




発射音が届いたのは。


一瞬後だった。



黒い核を内包した。



太く青白い光柱。



それが。



北へ続く街道を。


一直線に貫いた。



盾を積み上げた陣地が。


蒼白い光へ呑まれる。



攻城兵器が。


中央から溶断された。



補給用の荷車が。


積み荷ごと弾け飛ぶ。



掲げ直された帝国旗が。


一瞬で焼け落ちる。



再編のために集まっていた兵士達が。



衝撃に巻き込まれ。


まとめて地面へ投げ出された。



大地へ。



赤く焼けた一本の溝が刻まれる。



「う、わああああっ!」



帝国兵達が。


悲鳴を上げた。



だが。



照射は終わらない。



『右へ』



ウルが。


黒墓標を僅かに旋回させる。



青白い光柱が。


再編地点を横へ薙いだ。



盾。



武器。



荷車。



伝令。



ようやく繋ぎ直されようとしていた戦列が。



光の通過と共に。


再び寸断されていく。



兵士達は。


旗を捨てた。



命令を捨てた。



互いを押し退け。



ただ黒い十字架から遠ざかるために。



街道の左右へ散っていく。



林へ。



斜面へ。



山中へ続く獣道へ。




「敵が散った!」



クルドが叫ぶ。



『捕捉している』



ウルの意識には。



逃げる帝国兵達の位置が。



今も一人ずつ。


明確な座標として映っている。



出陣前。



エミリアから与えられた命令があった。



帝国兵が北へ退くなら。


街道を使わせること。



降伏した者や。



武器を捨てた者まで追う必要はない。



だが。



山中へ逃げ込もうとする兵だけは。


決して通してはならない。



理由は。


告げられていなかった。



三人も。


尋ねてはいない。



エミリアが。


山へ入れるなと命じた。



それだけで十分だった。



『ベルン』


『拡散型へ移行する』



「承知した」



ベルンが。



胸元の黒姫月鏡へ。


再び魔力を流した。



「内部鏡面――分割」



黒墓標内部へ形成されていた鏡面が。



一つの収束路から。



無数の反射路へ組み替えられていく。



クルドも。



アラクネ・コードを細かく分岐させた。



ウルが捕捉した標的座標が。



それぞれの魔力経路へ。


一つずつ割り当てられていく。



太い光柱が。


急速に細くなった。



攻撃が終わったのではない。



一つだった光が。



黒墓標の内部で。


無数の光条へ分解されていた。




『標的を選別』



ウルの意識から。



武器を捨てた兵士達の座標が外される。



街道へ戻り。



北へ逃げるだけの者も同じだった。



だが。



武器を持ったまま林へ入る者。



斜面を駆け上がり。



山中へ入り込もうとする者。



獣道へ部下を誘導する指揮官。



木々の陰から。



未だ砦へ弓を向ける兵士。



再び集まり。



戦列を作ろうとする部隊。



それらには。



一つずつ。


標識が与えられていく。



北へ退くことは許す。



だが。



山へは入れない。




クルドが。


ウルの捉えた無数の標識へ目を向けた。



「これだけ散ってて」


「本当に当てられるの?」



『扱いづらい』



ウルは。


黒墓標の状態を確かめる。



収束型で消費した魔力。



内部回路へ蓄積した熱。



分岐によって複雑化した照射経路。



容易な射撃ではない。



『だが』


『外しはしない』




黒墓標の内部で。



残された魔力が。


激しく脈動した。



魔導光の奔流が。



銃身から逆巻くように吹き上がる。



強い風が生まれた。



ウルの髪が揺れる。



目元を覆っていた薄いヴェールが。



魔力を孕んだ風に煽られ。



ゆっくりと捲れ上がった。



その下には。



固く閉じられた両目があった。




ガルドスは。


馬上からその姿を見ていた。



あの女は。



これまで一度も。


目を開いていなかった。



帝国兵を撃ち抜いた時も。



森へ回り込んだ部隊を仕留めた時も。



戦場全体を支配していた時でさえ。



目を閉じたままだった。



見えていないのではない。



見る必要すらなかったのだ。



その事実に気づいた瞬間。



ガルドスの背筋を。


冷たいものが走った。



ウルの瞼が。



ゆっくりと持ち上がる。



現れた瞳が。



散り散りに逃げる帝国兵達を。


直接見据えた。



座標は。


既に定まっている。



誰を撃ち。



誰を撃たないのか。



光がどの道を辿るのかも。



全て決まっている。



それでも。



ウルは最後の瞬間だけ。



自らの目で。


獲物を見た。



林を走る武装兵。



山道へ駆け上がる騎兵。



伝令。



指揮官。



弓兵。



ウルの視線が通り過ぎるたび。



黒墓標内部の魔導回路が。


一段ずつ鋭い音を響かせた。



照準を定めているのではない。



照準は。


既に終わっている。



猟師が。



仕留める獲物を。


最後に確かめているだけだった。




そして。



ガルドスと。


ウルの視線が重なった。



本当に。



ウルが彼を見たのかは分からない。



無数の標的を確認する途中で。



偶然。


顔がこちらへ向いただけかもしれない。



だが。



ガルドスには。



確かに目が合ったように感じられた。



息が止まる。



心臓が。



胸の内側を強く打った。



見つかった。



自分がここにいることを。



あの女は。



最初から知っている。



「見るな……」



ガルドスの唇が震える。



「俺を見るな……!」



ウルの表情は変わらない。



怒りも。



憎しみも。



獲物を弄ぶ喜びもない。



ただ。



狩りの終わりを見定める。



静かな猟師の眼差し。



『逃げ道は潰した』



黒墓標の銃口が。



眩い蒼白へ染まった。



『……仕留める』




次の瞬間。



無数の光条が。


一斉に撃ち出された。



一本の光ではない。



銃口から扇状に広がった。



蒼白い光の奔流。



巨大な一発の砲撃が。



発射された瞬間に。


幾十もの光へ砕け散ったかのようだった。



光条は。



銃口から放たれた直後。



戦場全体へ向かって。


大きく拡散した。



空へ。



林へ。



街道へ。



斜面へ。



それぞれ異なる方向へ。


一直線に飛び出していく。



一見すれば。



無秩序にばら撒かれた。


光の散弾。



だが。



次の瞬間。



光条が。


空中で軌道を変えた。



ある光は。



大きな弧を描いて。


木々の間へ潜り込む。



別の光は。



地面すれすれまで高度を下げ。


岩陰へ回り込む。



上空へ昇った光が。



盾の裏側へ向かって。


急角度で降下する。



逃げる騎兵が進路を変えれば。



光条もまた。



生き物のように身を翻し。


その背を追った。



放たれた時には。


広大な扇。



飛び始めれば。



その一条一条が。


ただ一つの標的を追う魔導光。



ウルが与えた座標。



クルドの糸が繋ぐ魔力経路。



ベルンの黒姫月鏡が。


崩れかける光を反射し。



軌道を支え。



それぞれの標的へと導いていく。



木の陰へ隠れても。



岩陰へ伏せても。



一度座標を与えられた光からは。


逃れられない。



一方で。



武器を捨てた兵士達の脇を。



光条は。


何事もなかったように通り過ぎた。



街道へ戻り。


両手を上げた者の頭上を。



蒼白い光が。


風だけを残して飛び越えていく。



そして。



山中へ続く斜面を駆け上がった兵士達へ。



光条が。


次々と追いついた。



武器が砕ける。



弓が弾け飛ぶ。



騎兵が地面へ倒れる。



部下を率いて獣道へ入ろうとしていた指揮官も。



境界へ辿り着く前に。


蒼白い光へ呑まれた。



山中へ逃げ込もうとした部隊は。



一つとして。


その奥へ進むことができなかった。



林。



街道。



斜面。



倒木の陰。



蒼白い光条が。



異なる軌道を描きながら。


戦場の各所へ降り注ぐ。



再び集まり始めていた部隊が。



瞬く間に切り崩されていく。



指揮官を失い。



武器を失い。



進むべき道を失った帝国兵達は。



今度こそ。


完全な恐慌へ陥った。



ある者は。



その場へ武器を投げ捨てた。



ある者は。



両手を上げ。


地面へ伏した。



ある者は。



一度も振り返ることなく。


街道を北へ走り続けた。



もはや。



帝国軍として動く者はいない。



一万の軍勢は。



ただ生き残ろうとする。



無数の個人へ。


完全に分解されていた。




最後の光条が。


戦場の彼方へ消える。



それと同時に。



ウルは。


静かに目を閉じた。



魔力の風が弱まる。



捲れ上がっていたヴェールが。



再び。


その目元へ降りていく。



まるで。



もう見る必要はないと。


告げるように。




ガルドスは。


馬上で震えていた。



目の前で。



自分の軍が。



軍ではなくなっていく。



一万の兵士。



帝国が誇る白銀騎兵団。



千人殺しのオルグレン。



勝利を疑わなかった軍勢が。



僅か三人の女によって。



完全に崩された。



近づけば。



双月を持つ女に斬り伏せられる。



逃げても。



目を閉じた女に見つけられる。



離れれば。



黒い十字架から放たれた光が。



どこまでも追ってくる。



しかも。



あの光は。


無差別に撃たれているのではない。



武器を捨てた者を避け。



逃げる方向まで選別し。



未だ抗おうとする者だけを。



一人ずつ。


正確に仕留めている。



偶然ではない。



三人は。



一万の軍勢を。



一人ずつ見分けている。



「いやだ……」



ガルドスの口から。



か細い声が漏れた。



ベルンは。



静かな顔で。


黒姫月鏡を収めようとしている。



だが。



ガルドスの目には。



熱に浮かされ。



楽しげに兵士を斬っていた女の笑みが。



今も消えずに残っているように見えた。



クルドの指が動く。



そのたびに。



自分の身体へ。



見えない糸が絡みつくような錯覚を覚える。



ウルは。



再びヴェールの奥へ。


目を隠している。



だが。



閉じたはずの瞳が。



今も。


自分だけを見つめている。



「来るな……」



三人は。



ガルドスへ近づいていない。



光も。



彼を狙ってはいない。



それでも。



「来るな!」


「俺を見るな!」



ガルドスが叫んだ。



剣を握っていた手から。


力が抜ける。



帝国皇族の紋章を刻んだ剣が。



地面へ落ちた。



乾いた金属音。



ガルドスは。



その音へ反応することすらできなかった。




最後に残った光条の一本が。



遠くを逃げる帝国旗手へ迫る。



光は。



旗手の身体ではなく。



掲げられた帝国旗の中央を貫いた。



金糸で描かれた紋章が。



蒼白い炎に包まれる。



帝国の旗が。



黒い灰となって崩れ落ちた。



それを見た瞬間。



ガルドスの中へ。



辛うじて残っていたものが。



完全に折れた。



「ひ……ぃ……!」



押し殺すことのできない悲鳴が漏れる。



「殿下!」



生き残っていた白銀騎兵が。



ガルドスの馬へ駆け寄った。



「撤退を!」


「ここはもう保ちません!」



「違う……」



ガルドスは。



何度も首を振る。



「俺は逃げない……」


「俺は、帝国の皇子だ……」



口では。


そう言っている。



だが。



馬を前へ進めることはできない。



地面へ落ちた剣を。


拾おうともしない。



白銀騎兵は。



ガルドスの返答を待たなかった。



皇子の軍馬の尻を。



剣の腹で強く叩く。



馬が。


高く嘶いた。



光と爆音に怯えていた軍馬が。



北へ向かって走り出す。



「待て!」



ガルドスが叫ぶ。



だが。



手綱を引くことはできなかった。



残った白銀騎兵達が。



皇子の周囲へ集まる。



逃げ惑う歩兵を押し退け。



横転した荷車を避け。



北へ続く街道へ。


強引に道を開いていく。



ガルドスは。



何度も背後を振り返った。



三人は。


追ってきていない。



それでも。



木々の間へ。


ベルンの笑顔が見える。



風に揺れる草が。


クルドの糸に見える。



遠くで響く金属音が。



黒墓標の駆動音に聞こえる。



そして。



目を閉じたはずのウルが。



今もヴェールの奥から。


自分だけを見ている。



「速くしろ……」



声が震える。



「もっと速く走れ!」



ガルドスは。



自らが率いてきた兵士達を。



オルグレンを。



白銀騎兵団の大半を。



戦場へ置き去りにした。



一度も速度を落とすことなく。



北へ向かって逃げ続けた。




その背後で。



黒葬光の最後の光が消えた。



黒墓標の内部から。


激しい排熱音が響く。



収束器の隙間から。


白い蒸気が噴き出した。



黒墓標の内部へ施されていた鏡面加工が。



蒼い粒子となって剥がれ落ちていく。



胸元へ戻った黒姫月鏡の表面にも。



細い亀裂が走っていた。



アラクネ・コードの輝きも。



次第に弱まっていく。



ベルンが。


黒姫月鏡の状態を確認する。



「これは」


「続けて使うものではないな」



「俺も……」



クルドが。


痺れの残る指を軽く振る。



「しばらく細かい作業はしたくないかも」



ウルは。



排熱を続ける黒墓標の状態を確認した。



変換機構。



収束器。



内部回路。



いずれも。



限界に近い負荷を受けている。



『発射機構を停止する』



黒墓標を巡っていた青い光が。



一本ずつ消えていく。



『帰還後』


『クロエの点検が必要だ』



ベルンが。



北の街道へ目を向けた。



白銀騎兵に囲まれたガルドスが。



小さくなっていく。



「敵指揮官が離脱する」



『把握している』



「追うか?」



『不要だ』



ウルは。



迷わず答えた。



『逃げる一人より』


『ここに残る数千を崩す』



クルドの装甲脚部から。



高熱を知らせる警告音が鳴っている。



ベルンにも。



先ほどの追撃と。


三重術式による疲労が残っていた。



そして。



三人へ与えられた任務は。



砦を守ること。



皇子を捕らえることではない。



『あれは』


『もう軍を率いられない』



ウルは。



遠ざかるガルドスへ興味を失い。



戦場へ意識を戻した。




砦の城門が。



ゆっくりと開き始める。



王国兵達が。



降伏した兵士の拘束と。


負傷者の収容へ動き出した。



武器を捨てた帝国兵達は。



抵抗することなく。


次々と地面へ膝をついていく。



まだ。



戦いの後始末は残っている。



だが。



勝敗は。



既に決していた。




北砦へ進軍した帝国軍。



総勢。



およそ一万。



後に。



帝国領へ無事に戻り。


軍の点呼を受けることができた兵は。



僅か二千余りだった。



残る八千近い兵は。



戦死。



重傷。



捕虜。



降伏。



あるいは。



敗走の混乱によって消息を失った。



山中へ逃げ込もうとした部隊も。



エミリアが定めた境界を。


越えることはできなかった。



帰還。



およそ二割。



それは。



撤退と呼ぶには。



あまりにも凄惨な敗北。



帝国軍一万は。



僅か三人のイミタートによって。



軍として。


ほぼ完全に壊滅した。


感想いただけると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。