表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
64/84

双偃月のベルン

「後は任せたよ、ベル姉!」


「任された」


クルドの身体が、伸縮する糸に引かれて帝国兵達の頭上へ舞い上がる。


その影を潜るようにして、ベルンは帝国軍へ向かって歩き始めた。


駆けもしない。


腰を落として身構えることもない。


両肩から余計な力を抜き、まるで見慣れた街路を散策するような自然な足取りで、混乱する兵士達との距離を縮めていく。


その両手には、剣とも槍とも呼べない二振りの異形の武器が握られていた。


大きく湾曲した、厚みのある黒い刀身。


一見すれば、閉じた鉄扇を長く引き延ばしたようにも見える。


だが、扇を閉じた状態ではない。


これこそが、武器本来の姿だった。


ベルンは刀身の根元から下方へ突き出した持ち手を握り、その奇妙な形状のまま振るっている。


黒い表面に刻まれた魔力回路には、淡い青色の光が流れていた。


二振りが宙へ描く弧を月に見立て、与えられた名。


双偃月。


もっとも、その姿は偃月刀とは似ても似つかない。


「来るぞ!」


落馬した白銀騎士が立ち上がり、正面から斬りかかった。


長剣が、ベルンの頭上へ振り下ろされる。


ベルンは歩みを止めなかった。


左手の双偃月を僅かに持ち上げ、迫る刃の側面へ滑らせる。


金属同士が激しくぶつかる音はしなかった。


刃と刃が触れた瞬間、ベルンが手首を返す。


長剣の軌道が外へ逸れた。


力を受け止めたのではない。


騎士自身の振り下ろす力を利用し、刃先の向きを変えただけだった。


剣に引かれて騎士の上体が傾く。


その脇腹へ、右手の双偃月が滑り込んだ。


黒い刀身が鎧の継ぎ目を捉え、青い線を引きながら走り抜ける。


騎士は声を発することもできず、膝から崩れ落ちた。


その身体が地面へ倒れ切る前に、次の槍がベルンの胸元へ迫る。


ベルンは半歩だけ右へずれた。


穂先が衣服のすぐ脇を通過する。


同時に、右手の双偃月で槍の柄を下から打ち上げた。


槍兵の両腕が大きく持ち上がる。


無防備になった胸元を、左の刃が斜めに駆け抜けた。


右から剣。


背後から戦斧。


さらに正面から、盾を構えた兵士が押し込んでくる。


ベルンの左右の腕が、別々の意思を持つように動いた。


右の双偃月が剣を払い、そのまま戻る動きで盾の縁を叩く。


左の双偃月は背後へ回り込み、戦斧の柄を受け止めると、滑らせるように軌道を逸らした。


振り下ろされた戦斧が、隣にいた兵士の盾へ激突する。


盾兵の体勢が崩れた。


ベルンはその隙間へ、静かに足を踏み入れる。


右の刃が首筋を裂き。


左の刃が、戦斧を引き戻そうとした兵士の胸元へ突き込まれた。


一方が守り。


もう一方が命を奪う。


その役割は固定されていない。


右で斬った直後には左が守り。


左で敵の武器を絡め取れば、右が別の敵へ向かう。


攻撃を終えた動きが、そのまま防御の構えへ繋がる。


防御に使った刃は、力を流した直後には次の敵を斬っていた。


踏み込み。


重心の移動。


刀身の角度。


腕を戻す位置。


どの動きにも無駄がない。


まるで騎士の教本に描かれた模範動作を、実戦の中で途切れることなく繋げているようだった。


しかし、教本と決定的に違うものが一つある。


その動きの果てには。


必ず、一つの命が失われていた。


ベルンは歩みを止めない。


一人を斬れば一歩進み。


攻撃を受け流せば、さらに一歩進む。


帝国兵達が押し戻しているつもりでも、気づけばベルンの方が深く入り込んでいる。


いつしか彼女は乱戦の外縁ではなく、帝国軍の中央へと切り込んでいた。


「さすがに帝国兵だ」


横から突き出された槍を双偃月の湾曲部へ引っ掛け、外側へ巻き取る。


槍を奪われまいと兵士が力を込めた瞬間、ベルンは逆らわず、前へ一歩踏み出した。


兵士が自ら引く力によって引き寄せられる。


その喉元を、反対側の刃が横切った。


「侵略を常とする国だけあって、王国の兵士とは練度が違う」


倒れる兵士から槍を手放し、次の敵へ顔を向ける。


「だが」


剣を受け流し、柄頭で相手の顎を打ち上げる。


仰け反った身体へ、青い刃を走らせた。


「それは、十全であればの話だ」


長い行軍による疲労。


空腹と渇き。


山道で傷ついた軍馬。


クルドによって崩された陣形。


倒木と糸に塞がれた視界と足場。


兵士達は密集し、本来の間合いで武器を振るうことすらできない。


隣には敵ではなく味方が立ち。


後ろへ下がろうとしても、別の兵士に背中を押される。


一人一人が優れた兵士であることと。


優れた軍隊として戦えることは、同じではなかった。


「何をしている!」


ガルドスの怒声が戦場を突き抜けた。


女一人に中央を食い破られていく光景に、顔を怒りで歪めている。


「相手は一人だ!」


剣を高く掲げる。


「慌てるな!」


「囲め!」


「合図と同時に、四方から一斉に叩け!」


その声は、混乱する兵士達へ確かに届いた。


帝国兵は烏合の衆ではない。


幾度も戦場へ立ち、命令へ反応することを身体に叩き込まれた兵士達だった。


先走って攻撃していた者達が後退する。


乱れていた呼吸を整え。


互いの位置と武器を確認しながら、ベルンの周囲へ円を作っていく。


正面には盾と剣。


左右には長槍。


背後には斧と戦槌。


武器同士がぶつからない距離を保ち。


一人が避けられても、別の一人が逃げ先を狙えるよう立ち位置を変える。


「そうだ!」


ガルドスが笑みを取り戻す。


「一人ずつ向かう必要などない!」


「帝国兵の連携を見せてやれ!」


ベルンは包囲されても、構えを変えなかった。


二振りの双偃月を両脇へ下げたまま、静かに兵士達を見渡している。


兵士達が呼吸を合わせた。


正面の男が短く顎を引く。


それを合図に、全員が同時に地面を蹴った。


正面から剣。


左右から二本の槍。


背後から斧。


僅かに遅れて、戦槌が頭上へ振り下ろされる。


一つを避ければ、その先に別の武器がある。


どこへ逃げても、何かが身体へ届く。


混乱の中で組み立てたものとしては、見事な連携だった。


剣が肩口へ食い込み。


槍が脇腹と太腿を貫く。


斧が背中へ突き刺さり。


戦槌が頭上から叩きつけられた。


「やった!」


兵士の一人が叫ぶ。


その時。


包囲の外から、穏やかな声が届いた。


「どこを見ているんだね?」


兵士達の動きが止まる。


倒木の傍ら。


先ほどまで誰もいなかった場所に、ベルンが立っていた。


傷一つ負わず。


胸元から下げた、小さな鏡のペンダントへ指を添えている。


「それは鏡像だよ」


武器を突き立てられたベルンの姿へ。


細い亀裂が走った。


一筋。


続いて二筋。


透明な亀裂は瞬く間に全身へ広がり、甲高い音と共に砕け散る。


血も。


肉も。


そこにはなかった。


残ったのは、光を反射しながら宙を舞う無数の魔力片だけだった。


二振りの双偃月が放つ魔力を互いに照らし合わせ。


胸元の鏡を媒介として、ベルンと寸分違わぬ像を作り出す。


兵士達が包囲していたのは、初めから虚像だった。


誰もが砕け散る光へ意識を奪われる。


ほんの一瞬。


だが、ベルンにはそれで十分だった。


兵士達が再び倒木へ目を向けた時、そこにベルンの姿はなかった。


「どこへ行った!」


「包囲を崩すな!」


「周囲を探せ!」


怒号が飛び交う。


次の瞬間。


ベルンはガルドスの目前に立っていた。


「なっ……!」


馬上のガルドスが、思わず上体を仰け反らせる。


ベルンは双偃月を両脇へ下げたまま。


胸元の鏡へ指を添え、穏やかに微笑んだ。


「私は、双偃月のベルン」


二振りの黒い武器に刻まれた青い回路が、呼応するように明滅する。


「二つに分かれた月は、互いを照らし合い」


「その光から、虚像を作り出す」


ベルンはガルドスを見上げた。


「さて、皇子」


スカートの裾を摘み。


ルミナから徹底的に仕込まれた、優雅なカーテシーを披露する。


「今、貴方が見ている私は」


微かに首を傾げた。


「幻か?」


口元に愉快そうな笑みを浮かべる。


「それとも、悪夢かな?」


「貴様ぁ!」


ガルドスが怒りに任せて剣を振り下ろす。


刃がベルンの肩から胸元へ食い込んだ。


だが。


再び鏡の割れる音が響く。


ベルンの身体が、光の破片となってガルドスの目前で砕け散った。


「どこだ!」


ガルドスが馬上から周囲を見回す。


「出てこい!」


その様子を、少し離れた倒木の上からクルドが眺めていた。


飛び込んできた槍へ糸を絡ませ、軌道を捻る。


逸れた穂先が隣の兵士の盾へ突き刺さった。


「ベル姉、ノリノリだなぁ」


『女王からの指示だ』


ウルの声が耳元へ届く。


『初めに大仰な行動を見せ、敵の混乱を誘う』


「それは聞いてたけどさ」


クルドは伸ばした糸に身体を引かせ、兵士達の頭上へ跳び上がった。


追いすがった騎士の兜を、黒いハイブーツの踵で打ち抜く。


「今のベル姉、結構素な気もするんだよな」


別の倒木へ着地する。


「訓練の時も、ああやって俺のことよく馬鹿にするし」


『ハルトも同じことを言っていたな』


「やっぱり?」


クルドが楽しそうに笑った。


会話の最中にも、ウルの魔導銃が火を噴く。


クルドの死角から剣を振り上げていた兵士の肩が弾け、武器が地面へ落ちた。


『クルド。右から二人』


「了解」


細い糸が二人の足へ絡みつく。


クルドが指を引くと、互いに別方向へ進もうとしていた兵士達が引き寄せられ、正面から衝突した。


周囲には、なおも帝国兵が押し寄せている。


それでも。


二人の声にも。


動きにも。


焦りはなかった。


まるでベルンの芝居を、安全な観客席から眺めているかのような余裕を残しながら。


ウルとクルドは、目の前の敵を淡々と捌き続けていた。



帝国軍の中央では。


ベルンが、何事もなかったように再び姿を現していた。


先ほどのような、人一人を丸ごと再現する鏡像は使わない。


精巧な姿を作り、離れた場所で動かすには相応の魔力を消耗する。


あれは敵の注意と判断を乱すための、大掛かりな演出だった。


以降、ベルンが用いるのはもっと小さな幻。


立ち位置を半歩ずらし。


刀身の角度を僅かに違って見せ。


振るわれた刃の軌跡を二つへ分ける。


それだけだった。


だが。


一瞬の判断が生死を分ける戦場では、その僅かな違いこそ致命的だった。


「右だ!」


騎士が叫ぶ。


ベルンの右手が持ち上がり、青く光る双偃月が外側から迫る。


そう見えた。


騎士は盾を右へ向ける。


次の瞬間。


左肩へ、本物の刃が深く食い込んだ。


「なぜ……」


騎士が驚愕に目を見開く。


彼が防いだ青い軌跡は、刀身の動きを刃一枚分だけずらして映した幻に過ぎなかった。


本物の双偃月は、その僅かに内側を通っていた。


ベルンが刃を引き抜く。


騎士の身体が力を失い、盾の陰へ沈んでいった。


別の槍兵が、正面から穂先を突き出す。


槍はベルンの胸元へ吸い込まれた。


確かに身体を貫いた。


兵士には、そう見えた。


だが。


ベルンの輪郭が淡く揺らぐ。


穂先は衣服すら掠めず、空を貫いていた。


本物のベルンは。


兵士が見ていた位置から、僅か半歩左に立っている。


「大きな幻など必要ない」


ベルンは槍の柄を双偃月の湾曲へ引っ掛けた。


手首を捻る。


槍兵の両腕が交差し、体勢が前へ崩れる。


「半歩」


反対の刃が、鎧の隙間へ差し込まれた。


「刃一枚」


ベルンが横へ引く。


兵士が崩れ落ちた。


「それだけ違って見えれば」


倒れる身体の脇を通り抜ける。


「人は簡単に死ぬ」


正面から三人の槍兵が踏み込んだ。


一本は胸。


一本は腹。


もう一本は足を狙っている。


ベルンは左の双偃月を翻した。


黒い刀身が、三本の槍へ順に触れていく。


最初の穂先を上へ弾き。


二本目を外側へ流す。


三本目は湾曲した刀身へ引っ掛け、そのまま隣の槍へ押しつけた。


三本の長柄が絡み合う。


兵士達が引き抜こうとした時には、右の双偃月が既に動いていた。


青い弧が、三人の前を横切る。


一拍遅れ。


三人の身体へ赤い線が浮かび上がった。


槍が手から落ちる。


兵士達はほとんど同時に膝をつき、そのまま倒れた。


その向こうから、盾を構えた騎士が突進する。


ベルンは振り抜いた右腕を戻さない。


左の双偃月を盾の縁へ引っ掛け、騎士の身体を僅かに横へ導いた。


受け止めない。


逆らわない。


前へ進む力を、そのまま隣へ流す。


騎士は止まることができず、味方の兵士へ肩から衝突した。


そこへ、戻ってきた右の双偃月が滑り込む。


黒い刃が兜と胸当ての間へ深く食い込んだ。


ベルンは刃を抜きながら、次の敵へ視線を向ける。


「次」


倒れる騎士を見送らず、さらに前へ進む。


右が剣を受け。


左が敵を斬る。


左が槍を巻き取り。


右が脇腹を薙ぐ。


防いだ刃がそのまま攻撃へ繋がり。


斬った刃は、戻る途中で別の武器を弾いた。


ベルンの歩みは止まらない。


歩く。


払う。


流す。


斬る。


また歩く。


帝国兵達が立ち塞がるたび。


その身体が左右へ分かれるように倒れていく。


ベルンの進む先にだけ。


血と倒れた兵士によって、一本の道が作られていた。


背後から、戦斧を振り上げた兵士が近づく。


しかし、踏み込んだ足首へ細い糸が絡みついた。


「ぐっ……!」


足を引かれ、戦斧の振り下ろしが僅かに遅れる。


ベルンは振り返らない。


右手の双偃月を、身体の脇から後方へ突き出す。


湾曲した先端が、兵士の鎧の隙間へ深く食い込んだ。


「助かる、クルド」


倒木の上から、クルドが軽く手を振る。


「どういたしまして」


その直後。


ベルンの死角で弓を引き絞っていた兵士の肩が弾けた。


乾いた銃声が、僅かに遅れて戦場へ届く。


弓兵の手から矢が落ちた。


『右後方、二人』


ウルの声が耳元へ響く。


「承知した」


ベルンは右足を軸に身体を回転させる。


二振りの双偃月が、異なる高さで円弧を描いた。


上を通る刃が剣を弾き。


低く走った刃が、もう一人の胴を斬り裂く。


クルドの糸が敵の一歩を遅らせ。


ウルの銃弾が死角を消す。


だが。


帝国軍の中央を押し潰しているのは、あくまでもベルンだった。


その時。


混乱を逃れていた一騎が、歩兵達を押し退けて姿を現した。


「道を開けろ!」


騎士が軍馬へ鞭を入れる。


本来の突撃に必要な距離はない。


速度も十分ではない。


それでも。


軍馬と重装騎士の質量が合わされば、人一人を踏み潰すには足りる。


歩兵達が慌てて左右へ退く。


できた狭い道を。


騎士がベルンへ向かって駆け抜ける。


ベルンは逃げなかった。


左手の双偃月へ、強く魔力を流し込む。


黒い刀身に刻まれた青い回路が、眩い光を放った。


内部で機械音が鳴る。


刀身の一部が幾つもの節へ分かれ、外側へ展開していく。


閉じた扇を開くように。


あるいは、月の欠片が連なって円を描くように。


湾曲した部品がベルンの前へ広がり、円形の盾を形作った。


軍馬が、真正面からそこへ突っ込む。


ベルンは踏ん張らない。


円状へ展開した刀身を斜めに傾け、衝突する馬体の肩へ滑らせる。


凄まじい重さが腕へ伝わった。


だが、その力はベルンを押し潰さない。


馬体の進む方向へ沿い。


円を描く刀身の表面を滑り。


横へと流されていく。


軍馬は標的を捉えられず、ベルンの脇を通り過ぎた。


前脚が地面を滑り、体勢が大きく傾く。


騎士が驚愕に目を見開き、振り返った。


その時には。


ベルンの右手にある双偃月が、青白い光を放っていた。


黒い刀身の周囲で、空気が歪む。


魔力によって生み出された高熱が、刃の輪郭を覆っていた。


ベルンが一歩踏み込む。


右の双偃月を、低い位置から横薙ぎに振り抜いた。


青白い軌跡が。


傾いた軍馬と。


その背へ乗る騎士を。


まとめて通り抜ける。


一瞬、何も起こらなかったように見えた。


次の一歩を踏み出そうとした軍馬の身体が崩れる。


鎧がずれ。


鞍が落ち。


焼けた切断面から白い煙が立ち上った。


周囲の帝国兵達から、悲鳴が上がる。


「化け物だ!」


「勝てるわけがない!」


「逃げろ!」


一人が武器を捨てた。


それを合図にするように、数人の兵士が背を向けて走り出す。


ベルンはその背中を、静かに見つめた。


「すまんな」


右手の双偃月を腰の横へ引く。


「今回は主から」


黒い刀身へ、青い魔力が集まっていく。


「容赦はするなと言われている」


横薙ぎに振り抜いた。


刃から、月を思わせる青い斬撃が放たれる。


斬撃は地面すれすれを走り、倒木や味方の兵士の隙間を縫いながら、逃げる者達へ迫った。


だが。


兵士達の目には、斬撃が二つに分かれて見えていた。


右へ向かう青い弧。


左へ向かう淡い弧。


どちらが本物なのか。


見極める時間はない。


兵士達は互いに別の方向へ飛び退いた。


その結果。


誰もいないように見えた中央へ、身体が集まる。


本物の斬撃が、その中央を走り抜けた。


悲鳴が途中で途切れる。


複数の兵士が、ほとんど同時に地面へ崩れ落ちた。


一人だけ、倒木の陰へ逃げ込む。


ベルンは左手の双偃月を持ち上げた。


「逃がすわけにはいかんのでね」


腰を捻り。


武器を投擲する。


青い線を纏った双偃月が、高速で回転しながら飛んだ。


兵士が振り返る。


彼の目には、三つの武器が迫っていた。


一つは頭上から。


一つは右側から。


もう一つは正面から。


兵士は頭を庇い、地面へ伏せる。


だが、それらは幻だった。


本物の双偃月は倒木の横をかすめ。


低い位置から回り込む。


黒い刃が、逃げる兵士の背中を斜めに切り裂いた。


双偃月はそのまま大きな円を描く。


別の帝国兵が構えた槍を途中で断ち。


再びベルンのもとへ戻ってきた。


ベルンは振り返らない。


差し出した左手へ、回転を弱めた持ち手が正確に収まる。


帝国兵達は強い。


武器の扱いも。


集団戦の経験も。


ローゼンバーグ王国の兵士達より上だろう。


だが。


ここへ辿り着くまでに。


あまりにも多くのものを失っていた。


山道による疲労。


水と食料の不足。


傷ついた軍馬。


遅れた後続。


クルドによって破壊された隊列。


ウルに把握された位置と動き。


そして。


戦場そのものを奪われている。


「初めに」


ベルンは左右の双偃月を静かに構えた。


「一万の兵を、我ら三人で撃退しろと聞いた時は」


右の刀身へ、青白い熱が宿る。


左の刀身には、鏡のような淡い光が揺らめいていた。


「ここが死地になると思ったものだが……」


帝国兵達が、ベルンから距離を取る。


誰も先に踏み込もうとしない。


彼女が見えている場所に、本当にいるのか分からない。


二振りの武器が。


どの角度から迫るのか分からない。


飛ぶ斬撃も。


投擲された刃も。


目に映る軌道が真実とは限らない。


「戦う前から、結果は決まっている」


ベルンは、恐怖に染まった兵士達の顔を見渡した。


「そういうことか」


その声には、畏怖と僅かな愉悦が混じっていた。


「兵をここまで疲弊させ」


一歩、前へ進む。


その動きだけで。


正面の兵士達が、反射的に一歩後退した。


「戦場を完全に、我らのものとしている」


ベルンは二振りの双偃月を持ち上げた。


「我らが主は」


黒い刀身に刻まれた青い光が、帝国軍の中央を照らす。


「本当に恐ろしい御方だな」


次の瞬間。


二つの青い軌跡が、帝国兵達の中へ走った。


本物の刃。


それに重なる幻の刃。


僅かにずれたベルンの輪郭。


帝国兵達は、自分が何を見ているのかさえ分からないまま武器を振るう。


その間を。


ベルンは再び、悠然と歩き始めた。


斬り。


払い。


流し。


そして進む。


双偃月が青い月光のような軌跡を描くたび。


帝国軍の中央から、一人。


また一人と兵士が倒れていく。


中央戦線は。


双偃月のベルンただ一人によって。


完全に押し潰されようとしていた。


感想いただけると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ