オールイン
バルディア帝国からの使者が、ローゼンバーグ王城を訪れたのは。
第七皇子ガルドスが帝都を発つ、少し前のことだった。
使者が携えていたのは。
バルディア帝国皇帝の名によって記された、一通の書状。
封蝋には。
帝国を象徴する、黄金の獅子が刻まれていた。
応接の間へ通された使者は。
ローゼンバーグ王国の女王を前にしても、頭を下げようとはしなかった。
それどころか。
既に滅びた国の支配者を見るかのような目で、玉座に座るエミリアを見下ろしている。
「バルディア帝国皇帝陛下より」
「ローゼンバーグ王国へ、最後の慈悲を賜る」
ことさらに尊大な声で告げながら。
使者は、帝国からの書状を差し出した。
慈悲。
その言葉を聞いた瞬間。
エミリアの口元が、僅かに歪んだ。
笑ったのか。
呆れたのか。
使者には判断できなかった。
エミリアは玉座に腰掛けたまま、書状を受け取った。
封を切り。
中身へ目を通す。
そこに記されていたのは。
交渉のための条件などではなかった。
ローゼンバーグ王国は。
帝国皇族に対する無礼を、正式に詫びること。
邪神ルミナへの信仰を、即刻停止すること。
帝国に対し、相応の賠償金を支払うこと。
王女エミリア・ローゼンバーグは帝都へ出頭し。
皇帝の裁きを受けること。
そして。
今後、ローゼンバーグ王国はバルディア帝国の監督下へ入ること。
期限までに返答がない場合。
ローゼンバーグ王国を。
秩序を乱す異端国家。
邪神に惑わされた危険な小国と認定し。
帝国は武力をもって、これを正す。
それが。
最後通牒の内容だった。
もっとも。
書状の中で、エミリアは女王とは記されていない。
王女エミリア・ローゼンバーグ。
帝国は。
彼女が女王として国を治めていることすら、正式には認めるつもりがないらしい。
エミリアは最後まで読み終えると。
書状を片手で持ち上げた。
そして。
何の感慨もなく。
くしゃりと握り潰した。
「……返答を、お聞かせ願いたい」
帝国の使者が眉をひそめる。
エミリアは。
手の中で丸めた書状を、傍らの卓上へ放り投げた。
「ないわ」
「は?」
「返す言葉はないと言ったの」
あまりにも軽い返答だった。
使者の顔に、怒りが浮かぶ。
「この書状は」
「皇帝陛下より与えられた、最後の慈悲であるぞ」
「そう」
エミリアは頬杖をついた。
「それで?」
「貴様……!」
使者の声が荒くなる。
だが。
エミリアは、もはや使者へ興味すら持っていなかった。
「用件は済んだのでしょう?」
「なら、帰りなさい」
「その選択を」
使者は唇を震わせる。
「必ず後悔することになるぞ」
エミリアは微笑んだ。
「その言葉」
「そっくりそのまま返しておくわ」
使者は顔を紅潮させながら踵を返した。
扉が乱暴に閉じられる。
応接の間へ。
静寂が戻った。
エミリアは。
卓上に転がる、丸められた書状へ視線を落とす。
交渉。
慈悲。
最後の機会。
随分と耳障りの良い言葉を並べている。
だが。
帝国が、王国からの返答を本気で待っているはずがない。
自分達は正式な手続きを踏んだ。
先に降伏する機会を与えた。
それでもローゼンバーグ王国が拒絶したため、やむを得ず武力を用いた。
帝国が欲しいのは。
その形だけだった。
この書状が王国へ届いた時点で。
帝国軍は、既に編成を終えている。
あるいは。
既に帝都を発っていてもおかしくない。
ここで慌てて兵を動かせば。
帝国へ、自分達の動向が知られていると教えることになる。
だから。
エミリアは表立って何もしなかった。
軍を集めることも。
帝国へ使者を送り返すことも。
国民へ危機を知らせることもしない。
ローゼンバーグ王国は。
帝国の最後通牒を前に。
何をすべきかも分からず、ただ怯えている。
少なくとも。
帝国からは、そう見えていればよかった。
エミリアは、丸められた最後通牒を指先で弾く。
帝国は。
自らを正義だと信じている。
秩序を乱す異端国家を正す。
邪神に惑わされた小国を救済する。
皇族へ無礼を働いた者を裁く。
だが。
その正義は。
最初から結論が決められていた。
服従すれば飲み込み。
拒めば討伐する。
ローゼンバーグ王国が何を答えたところで。
帝国にとって都合の良い結末へしか進まない。
少なくとも。
帝国は、そう考えている。
エミリアは。
静かに笑った。
「随分と」
「分かりやすい正義ね」
数日後。
クロエ。
リン。
セリア。
そしてルミへ科せられていた罰が、ようやく終わった頃。
ローゼンバーグ王城の廊下を。
一人の男が、慌ただしく走っていた。
商人として各地を歩き続けてきた、頑丈な身体。
手入れはされているものの。
何年も使い込まれたことが分かる外套。
片手には。
行商人達から集めた報告書の束が握られている。
オルガ。
元行商人。
現在は、王国の生産と流通を取りまとめる生産ギルド長。
ドールズが集められるよりも前から。
滅びかけたローゼンバーグ王国を支えてきた、最古参の一人だった。
「嬢ちゃん!」
勢いよく。
執務室の扉が開かれた。
中では。
エミリアが書類へ目を通していた。
その少し後ろには。
罰を終え、再び側仕えへ戻ったセリアが静かに立っている。
クロエは研究室。
リンは診療所。
二人とも。
ようやく戻ることを許された自分の役目へ、既に向かっていた。
エミリアは書類から顔を上げる。
「騒がしいわね」
「何をそんなに慌てているの?」
オルガの額に。
青筋が浮かんだ。
「何を、じゃねぇよ!」
「嬢ちゃん!」
オルガは手にしていた報告書を、執務机へ叩きつける。
「行商人の間じゃ」
「噂どころの話じゃなくなってるぞ!」
エミリアは。
机に散らばった紙へ、ゆっくりと視線を落とす。
王国北部。
帝国領。
国境沿いの町。
複数の商人から寄せられた情報が、そこへ記されていた。
兵糧の大量買い付け。
軍馬の徴発。
武具の輸送。
街道を移動する帝国兵。
「帝国が」
オルガは声を落とした。
「ローゼンバーグへ侵攻する」
「もう噂じゃねぇ」
「完全に情報として広まってる」
「耳の早い商人は」
「王国から離れようとしてるぞ」
「商人だけじゃない」
「荷をまとめた職人や」
「家族を連れて南へ逃げようとしてる奴まで出始めてる」
エミリアは。
そこで初めて思い出したように。
「ああ」
と、小さく声を漏らした。
「そういえば」
「帝国から最後通牒が届いていたわね」
オルガの動きが止まった。
「……最後通牒?」
「ええ」
「帝国皇族へ詫びろ」
「ルミナへの信仰をやめろ」
「賠償金を払え」
「私は帝都へ出向いて、皇帝の裁きを受けろ」
「その後は、王国を帝国の監督下へ置く」
エミリアは指を折りながら。
さも、どうでもよいことのように並べていく。
「そんな内容だったかしら」
オルガの顔から。
血の気が引いた。
「だったかしら、じゃねぇ!」
「いつ来た!?」
「数日前ね」
「何で黙ってた!?」
「わざわざ騒ぐほどのものではないでしょう?」
オルガは。
両手で頭を抱えた。
「嬢ちゃん……!」
「なら早く」
「帝国へ詫びるなり」
「使者を送るなり」
「何かしろ!」
「このままじゃ、本当に手遅れになるぞ!」
エミリアは。
落ち着き払った様子で答えた。
「もう手遅れよ」
オルガが顔を上げる。
「……何?」
「どうせ」
「この最後通牒は、体裁を整えるためだけのものよ」
エミリアは椅子の背へ身体を預ける。
「帝国は」
「私達の返答を待つ気なんてないわ」
「最後通牒が届いた頃には」
「もう軍の編成を終えているか」
「侵攻の準備が整っているか」
「下手をすれば」
「既に軍が動き始めているはずよ」
「はずよ、じゃねぇ!」
オルガの怒鳴り声が。
執務室に響き渡る。
「どうするんだ!」
「やっとだぞ!」
「やっと王国が復興し始めて」
「畑も」
「工房も」
「商売も回り始めて!」
「ようやく国として機能するところまで戻ってきたんだ!」
オルガは。
机へ両手をついた。
「ここは意地を張るところじゃねぇ!」
「使えるものは全部使って」
「交渉して」
「時間を稼いで」
「何とか耐えるところだろうが!」
エミリアの表情から。
僅かに笑みが消えた。
「相手の要求通り」
「私が帝国へ出向き」
「娼婦どころか」
「奴隷のように扱われれば」
セリアの瞳から。
光が消えた。
執務室の空気が。
一瞬で冷え込む。
セリアは何も言わない。
だが。
その身体から漏れ出した殺気が。
部屋の中へ、静かに満ちていく。
「国だけは助かるのに」
エミリアは。
オルガを真っ直ぐに見つめた。
「そう言いたいのかしら?」
「違ぇよ!」
オルガは即座に否定した。
「誰がそんなことを言った!」
「嬢ちゃんを帝国へ差し出せって話じゃねぇ!」
「交渉で」
「他の落としどころを探せと言ってるんだ!」
「それも無理ね」
エミリアは。
あっさりと言った。
「何でだ」
「こちらから」
エミリアは、僅かに首を傾ける。
「戦争を仕掛けたようなものだから」
オルガの表情が固まった。
「……は?」
「帝国の第二皇子を」
「再起不能にしたのよ」
一拍。
「私達が」
執務室へ。
沈黙が落ちた。
オルガは。
エミリアの顔を見つめる。
冗談を言っているのか。
何かの例えなのか。
必死に読み取ろうとして。
やがて。
そのどちらでもないことを理解した。
「嘘だろ……?」
エミリアは答えない。
「よりによって」
オルガの声が震える。
「こっちから喧嘩を仕掛けたのか?」
そして。
堪えきれなくなったように。
再び声を荒らげた。
「アホか!」
「その行為が」
「どういう結果になるのか考えなかったのかよ!?」
「バルディア帝国に比べたら」
「ローゼンバーグ王国なんて」
「吹けば飛ぶような小国だぞ!」
エミリアは。
怒ることもなく。
素直に頷いた。
「それに関しては、もっともね」
オルガの怒りが。
一瞬だけ止まる。
「……認めるのか?」
「ええ」
「もっとスマートな解決方法は、あったと思うわ」
その時。
セリアが、一歩前へ出た。
「違います」
オルガが振り返る。
セリアは。
深く頭を下げた。
「エミリア様がお命じになったことではありません」
「私達が」
「勝手に行ったことです」
「エミリア様に責任はありません」
「私が」
セリアは胸元へ手を添える。
「エミリア様の代わりに――」
「黙りなさい」
エミリアの声が。
セリアの言葉を断ち切った。
強い声ではない。
だが。
逆らう余地のない命令だった。
セリアが顔を上げる。
「エミリア様……」
「私のドールズが取った行動は」
エミリアは静かに告げた。
「私の意思よ」
「異論は認めないわ」
セリアの瞳が揺れる。
「ですが」
「それに」
エミリアは続ける。
「貴方の、その自己犠牲」
「まったくもって」
「ドールズには似合わないから、やめなさい」
セリアは。
言葉を失った。
エミリアは。
セリアを処罰しようとしているのではない。
切り捨てようとしているのでもない。
ドールズが行ったことを。
自らの意思として引き受ける。
そして。
セリアが自分を犠牲にしようとすることすら、許さない。
セリアは。
ゆっくりと頭を下げた。
「……承知いたしました」
その声は平静だった。
だが。
伏せられた顔には。
隠しきれない陶酔が浮かんでいた。
やはり。
エミリア様は。
自分を大切に思ってくださっている。
自分一人へ責任を負わせまいと。
全てを背負ってくださっている。
実際には。
エミリアは単に。
自分の所有物が、勝手に壊れようとすることを認めていないだけだった。
だが。
セリアに、その違いが伝わることはない。
オルガは。
そんな二人を見比べながら。
重い息を吐いた。
「嬢ちゃん」
「でもなぁ……」
エミリアは。
椅子から立ち上がった。
「オルガ」
「帝国がどれほど強大だからといって」
「その威光に怯え」
「地を這って、許しを乞えというの?」
黒いドレスの裾が。
静かに床を滑る。
「そんな生き方」
エミリアは鼻で笑った。
「まったくもって」
「悪の女王らしくないわ」
オルガは、何も言えなかった。
エミリアとて。
帝国を恐れていないわけではない。
敗北する可能性も。
国を失う危険も。
その先に待つ最悪の結末も、理解している。
だが。
恐怖を理由に。
自分自身を明け渡すつもりはなかった。
「生き延びるために」
「私が私であることまで、捨てるつもりはないわ」
エミリアは。
真っ直ぐにオルガを見つめた。
「最後まで」
「私は、私らしく生きるのよ」
オルガの口から。
小さく息が漏れた。
「嬢ちゃん……」
それは。
呆れとも。
諦めとも。
心配ともつかない声だった。
エミリアは。
そんなオルガを見つめる。
「貴方に」
「以前、言ったでしょう?」
オルガが眉を寄せる。
「何をだよ」
「私に賭けなさいと」
エミリアの口元へ。
不敵な笑みが浮かんだ。
「投資したことを」
「後悔させる自信があると」
オルガは目を見開く。
昔。
まだ王国に何もなかった頃。
エミリアの掲げる改革へ。
オルガが全てを投じると決めた時。
交わした言葉。
『投資した分は戻ってくるんだろうな!』
『その言葉を後悔させる自信はあるわ』
あの頃は。
今よりも、何もなかった。
金も。
人も。
物資も。
国としての未来すら。
それでもオルガは。
エミリアという人間へ投資した。
エミリアは。
机に置かれた商人達の報告書を手に取る。
「貴方がやることは一つよ」
「王国の経済を止めないこと」
オルガの眉が動く。
「商人が逃げようとしているなら」
「逃げるよりも、儲かる話を与えなさい」
「物が不足するなら」
「不足する前に流れを作る」
「値段が上がるなら」
「誰が、どこで、何を必要とするかを先に読めばいい」
「戦争が始まれば」
エミリアは。
報告書をオルガへ返した。
「すぐに、もっと儲かるわよ」
オルガは。
受け取った紙と。
エミリアの顔とを交互に見る。
「いや」
「そういう話をしてるんじゃ――」
「このまま」
エミリアは。
オルガの言葉を遮った。
「私へオールインなさい」
悪の女王は。
恐れも。
迷いも。
一切感じさせない顔で笑う。
「悲鳴を上げるくらい」
「後悔させてあげるわ」
オルガは。
しばらく、何も言えなかった。
帝国が攻めてくる。
ローゼンバーグ王国の兵力では。
正面から戦えば、到底勝ち目はない。
商人達は逃げようとしている。
物流が止まれば。
戦争が始まるよりも先に、王国の経済は崩れ始める。
常識で考えれば。
帝国へ頭を下げる以外にない。
だというのに。
目の前の女王は。
まるで新しい商売の話でもするように、不敵に笑っている。
そして。
オルガは考えてしまった。
逃げ出そうとする商人を引き留める。
止まりかけた物流を繋ぎ直す。
不足する物資を先回りして集める。
値上がりや買い占めを抑える。
工房や商店を戦時下でも動かし続ける。
国境から流れてくる情報を整理する。
軍が必要とする物資を確保する。
その全てを。
自分が中心となって処理することになるのだと。
その瞬間。
胃の奥が。
きゅう、と強く縮んだ。
つい先ほどまで。
何ともなかったはずだった。
帝国軍。
最後通牒。
逃げ始めた商人。
不足する物資。
止まりかけた流通。
そして。
エミリアの言う、もっと儲かる話。
一つ思い浮かべるたびに。
胃の内側を掴まれるような痛みが、少しずつ強くなっていく。
オルガは無意識に腹へ手を当てた。
「……何で」
低い声が漏れる。
「今の話を聞いただけで」
「急に胃が痛くなるんだよ……」
「気のせいではないかしら?」
「絶対に嬢ちゃんのせいだ!」
エミリアは。
知らないふりをして、優雅に微笑んだ。
オルガはその顔を見た瞬間。
これから自分へ降りかかる仕事の量を、さらに具体的に想像してしまった。
胃が。
もう一段、強く痛んだ。
「……待て」
オルガは腹を押さえたまま、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「そういや、嬢ちゃん」
「何かしら?」
「少し前に、北街道を通る商隊へ妙な頼みをしてただろ」
エミリアは、きょとんとした顔をした。
「妙な頼み?」
「とぼけるな」
オルガの目が細くなる。
「帝国側の街道を通る時に」
「道の隅へ、石や鉄くず、壊れた荷車の部品なんかを少しずつ置いてこいってやつだ」
「道の真ん中へ置けとは言っていないわ」
エミリアは涼しい顔で言った。
「商隊が通る分には、何の問題もないはずよ」
「そういう問題じゃねぇ」
オルガは低く唸る。
「商人達は、嬢ちゃんからの頼みだから深く考えずにやってたみたいだがな」
「ただの嫌がらせよ」
「認めるのかよ」
「ええ」
エミリアは悪びれもせず頷いた。
「帝国には、少しばかり不愉快な思いをしてもらおうと思って」
「少しばかり、ねぇ……」
オルガは、机の上に広げられた報告書へ視線を落とした。
帝国領。
国境沿いの町。
兵糧の大量買い付け。
軍馬の徴発。
武具の輸送。
街道を移動する帝国兵。
そして。
少し前から、商隊に頼まれていた奇妙な仕事。
道の隅へ。
石や鉄くずを少しずつ置いていくこと。
「嬢ちゃん」
「何かしら?」
「その嫌がらせ」
オルガは、眉間に皺を寄せた。
「本当に、ただの嫌がらせだったのか?」
エミリアは微笑んだ。
「もちろんよ」
「商隊の通行には支障がない程度に、道の端へ不要な物を置いただけ」
「街道を壊したわけでもない」
「橋を落としたわけでもない」
「誰かを襲わせたわけでもない」
「ただ少し、道の端が歩きにくくなっただけよ」
「……帝国軍が通る道で、か」
オルガが呻くように言った。
エミリアは答えない。
ただ、優雅に微笑んでいる。
「元々、帝国側の旧王国領は道が悪い」
オルガは自分で口にしながら、顔をしかめた。
「あそこは帝国に奪われてから、まともに整備もされてねぇ」
「村も痩せてる」
「商隊だって、通る時は道の悪さを嫌がってた」
「詳しいのね」
「商人だからな!」
オルガは思わず怒鳴った。
「道が悪いってのは、商売じゃ死活問題なんだよ!」
「ええ」
エミリアは楽しそうに頷く。
「だから、帝国にとっても不愉快でしょう?」
「……不愉快、で済むのか?」
オルガの声が低くなる。
エミリアは答えなかった。
「嬢ちゃん」
「何かしら?」
「まさかとは思うが」
オルガは、疲れ切った目でエミリアを見つめる。
「あの石ころと鉄くずまで、今回の戦のためだったのか?」
エミリアは、わずかに首を傾けた。
「嫌がらせだと言ったでしょう?」
「だから、その嫌がらせの意味を聞いてるんだよ!」
「帝国が少しでも不快になれば、それで十分ではなくて?」
「十分なわけあるか!」
オルガは天を仰いだ。
この女王は。
戦争が始まる前から。
帝国への嫌がらせを、商隊の通行のついでに仕込んでいた。
それがどれほどの意味を持つのか。
オルガには、まだ分からない。
だが。
ただの思いつきでないことだけは、嫌でも分かった。
胃が、さらに痛んだ。
「……嬢ちゃん」
「何かしら?」
「それ、俺に説明する気はなかったのか?」
「説明したら、貴方は止めたでしょう?」
「止めるに決まってるだろ!」
「だから言わなかったのよ」
「清々しいな、おい!」
エミリアは、悪びれもせず微笑む。
「商人達には、少し不用品を処分してもらっただけ」
「帝国には、少し道を不愉快に感じてもらうだけ」
「誰も困らないでしょう?」
「帝国は困るだろうが!」
「なら、成功ね」
オルガは、もう一度天を仰いだ。
この女王は。
本当に。
石ころと鉄くずで、帝国に喧嘩を売っていた。
しかも、おそらく。
それは冗談でも、その場の思いつきでもない。
最初から、計算に入っていた。
「……一つだけ聞かせろ」
「何かしら?」
オルガは。
腹を押さえたまま、疲れ切った目でエミリアを見つめる。
「嬢ちゃん」
「勝つつもりなんだよな?」
エミリアは。
一瞬だけ黙った。
それから。
何を当たり前のことを尋ねるのかとでも言うように。
鮮やかに笑った。
「ええ」
「戦争が始まる前から」
「そのつもりよ」
その笑顔を見て。
オルガは、安心するより先に。
これからさらに仕事が増える未来を確信した。
胃の痛みは。
しばらく治まりそうになかった。
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