お仕置きの時間
◇三人と一柱が王城へ戻った時。
そこには、エミリアが待っていた。
黒いドレスを纏い。
優雅に椅子へ腰かけ。
いつも通り、美しい笑みを浮かべている。
ただし。
目は、まったく笑っていなかった。
「お帰りなさい」
エミリアは、にっこりと微笑む。
「どこへ行っていたのかしら?」
クロエが、わずかに目を逸らした。
「研究の合間に、少し外の空気を吸いに行っていただけだねぇ」
リンが、ぎこちなく頷く。
「そ、そうそう」
「サンポダヨ」
セリアは、静かに胸の前で手を組んだ。
「月に、お祈りを……」
エミリアは、笑みを深めた。
「へぇ」
「三人揃って」
「仲がいいわねぇ」
三人の肩が、ぴくりと揺れる。
「私も誘ってくれればよかったのに」
クロエは、咳払いをした。
「エミリア様は忙しそうだったからねぇ」
リンが、妙に強い口調で続く。
「ジャマ、絶対ダメ」
セリアは目を伏せる。
「神に祈りを捧げるには、静かな心が必要ですので……」
「そう」
エミリアは、ゆっくりと頷いた。
「確かに、忙しかったわね」
そして、机の上に置かれた書類を指先で軽く叩く。
「帝国第2皇子が、どこかの神様の神罰を受けるみたいだから」
「その帳尻合わせに、大変だったわ」
「……」
「……」
「……」
三人が、揃って黙り込む。
ルミだけが、少し楽しそうに微笑んだ。
「しっかりバレているみたいですね」
「私は別に、やりたいことをやっただけなので」
「何も後ろめたい気持ちはありませんよ」
その言葉に、三人が一斉に顔を上げた。
クロエが胸を張る。
「そ、そうだねぇ」
「私も、鼻持ちならない愚者で研究結果を試すべく――」
リンが食い気味に続いた。
「許せなかったんだよ!」
「エミリア様が悲しんで……」
セリアの目が、静かに鋭くなる。
「エミリア様を汚す存在は、消えて然るべきです」
エミリアは、三人を順に見た。
クロエ。
リン。
セリア。
そして、ルミ。
しばらく沈黙する。
やがて、エミリアは小さく息を吐いた。
「ある程度の経緯は分かっているわ」
三人が息を呑む。
「そこは、帝国に対する悪の組織的に――」
エミリアは、楽しげに微笑んだ。
「ありよ」
「よくやったわ」
クロエの肩から、目に見えて力が抜けた。
リンは、ぱっと顔を明るくする。
セリアも、胸の前で手を握りしめた。
「エミリア様……!」
「やっぱり、間違ってなかったんだ……!」
「光栄です……!」
三人が、それぞれに安堵と喜びを浮かべる。
だが。
エミリアは、そこでさらに笑みを深めた。
「けど」
三人の動きが止まる。
「命令違反には、罰が必要ね」
「ぇ゙……?」
三人の声が、綺麗に重なった。
エミリアは、当然のように言う。
「当たり前でしょう」
「私の命令に逆らったのよ?」
「罰は必要に決まっているじゃない」
リンが、恐る恐る手を上げる。
「で、でも……」
「よくやったって……」
「ええ」
エミリアは頷く。
「よくやったわ」
「それはそれ」
「これはこれ」
そして、悪の女王は楽しそうに微笑む。
「悪の組織ですもの」
「楽しいお仕置きは、お約束よね」
その瞬間。
三人は、三者三様に震えた。
クロエは研究者らしく顔を引きつらせ。
リンは小動物のように身を縮め。
セリアは祈りを捧げる直前のように目を閉じた。
エミリアは、まずクロエを見た。
「クロエ」
「……なんだい?」
「あなたは一週間、研究と創作を禁じるわ」
クロエの顔から、血の気が引いた。
「なっ……」
「研究も?」
「創作も?」
「ええ」
エミリアは、甘く微笑む。
「その間、私の側仕えのメイドとして働きなさい」
クロエは絶望したように一歩後ずさった。
「そんな」
「一週間も!?」
「それは横暴すぎないかい?」
リンが、思わず声を上げる。
「それ、ご褒美だよ!」
「クロエずるい!」
「ご褒美なわけがないだろう!」
クロエは珍しく声を荒げた。
「一週間だよ!?」
「研究も創作も禁止だ!」
「脳が腐る!」
「なら、腐らないように私の世話に集中しなさい」
エミリアは涼しい顔で言った。
クロエは、何か言い返そうとして。
結局、言葉を失った。
次に、エミリアはリンを見た。
「リン」
「は、はい」
「あなたは一週間、ハルトの部下として働きなさい」
リンは、少しだけほっとした顔をした。
「そ、それくらいなら……」
「ハルトの命令は絶対よ」
「うん」
「ちゃんと働くよ」
「その間」
エミリアは、にっこりと微笑んだ。
「私に会いに来ることを禁じるわ」
リンの表情が、消えた。
次の瞬間。
この世の終わりを見たような顔になった。
「……え?」
「エミリア様?」
「ボク、聞き間違えたかな?」
「一週間よ」
「一週間……」
リンの膝が震える。
「会えない……?」
「ええ」
「声も……?」
「用件がなければ禁止」
「顔も……?」
「当然禁止」
リンは、ふらりとよろめいた。
「そんな……」
「ボク、何のために生きれば……」
「ハルトの下で働くためでしょう」
エミリアは即答した。
リンは胸を押さえ、その場に崩れそうになる。
セリアが、小さく息を呑んだ。
「まさか」
「私も……?」
エミリアは、ゆっくりとセリアを見る。
「セリア」
「はい……」
「あなたは一週間、何かをすることを禁じるわ」
セリアは瞬きをした。
「……え?」
「ゆっくり休みなさい」
「え?」
同じ声が、もう一度漏れる。
エミリアは、にっこりと微笑んだ。
「休暇よ」
「休暇……ですか?」
「ええ」
「何もしない休暇」
セリアの顔が、少しずつ青ざめていく。
「お、お手伝いとかは自由ですよね?」
「だ、め」
「神殿の掃除だけでも……」
「ダメよ」
「炊き出しの準備を少しだけ……」
「ダメ」
「グレゴール様のお手伝いを……」
「禁止」
「では、祈りを……」
「それも禁止」
セリアの身体が、ぴたりと止まった。
「祈りも……?」
「ええ」
エミリアは、楽しげに告げる。
「祈りを捧げるのも禁止」
「救済活動も禁止」
「奇跡の教授も禁止」
「相談対応も禁止」
「一週間、ゆーっくり休暇を過ごしなさい」
セリアは、その場に崩れ落ちた。
まるで、自分の存在意義そのものを奪われたかのように。
「そんな……」
「私は……」
「一週間も、何もせず……?」
エミリアは、満足げに頷いた。
「ええ」
「何もしないという罰よ」
「貴方には、よく効くでしょう?」
セリアは床に手をつき、震えた。
「神よ……」
「祈りも禁止」
「……はい」
最後に、エミリアはルミへ視線を向けた。
「最後は、ルミね」
ルミは、きょとんとした顔をした。
「へ?」
「私ですか?」
「ええ」
「貴方がそそのかしたようなものでしょう?」
「失礼ですね」
ルミは、ほんの少し頬を膨らませる。
「私は、神託を与えただけです」
「それを、そそのかしたと言うのよ」
エミリアは、楽しそうに言った。
「大丈夫」
「簡単なお仕事よ」
ルミが、嫌な予感を覚えたように目を細める。
「……簡単なお仕事?」
「ええ」
エミリアは、机の上から分厚い帳簿の束を取り出した。
どさり。
鈍い音が、部屋に響いた。
「愚王がいた頃の収支決算をして頂戴」
ルミの笑顔が固まった。
「え?」
「エミリア様、やってませんでした?」
「ええ」
「結果は出ているわよ」
「では、なぜ?」
エミリアは、黒薔薇のように美しく微笑む。
「もう一度、確かめたいからお願いするのよ」
ルミの口元が引きつった。
「エミリア様が、間違うわけが……?」
「そうね」
「間違っていないでしょうね」
「では、なぜ私が?」
「無駄なお仕事かもしれないけれど」
エミリアは、心底楽しそうに言った。
「頑張ってね」
ルミは、しばらく帳簿の山を見つめていた。
そして。
ぽつりと呟く。
「神に、ピンポイントにダメージを与えるなんて……」
そこで、ルミの瞳から光が消えた。
死と転生を司る禍津神。
人の死にも。
魂の巡りにも。
世界の終わりにさえ、退屈そうに微笑む女神。
その女神が。
ただの再確認作業という、果てしなく無意味で退屈な罰を前にして。
完全に、目からハイライトを失っていた。
「あなたは、悪魔です」
エミリアは、楽しげに笑った。
「褒め言葉だわ」
クロエは研究を奪われ。
リンはエミリアとの接触を奪われ。
セリアは奉仕と祈りを奪われ。
ルミは、ひたすら無駄な帳簿確認を押しつけられた。
帝国では、惨事が起きていた。
だが。
ローゼンバーグ王国は、今日も平常運転である。
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