ステージ9『闇』(100話)
「逃げたら、きっとみんなが虐められちゃうよね……」
逃げることは簡単だけど、ここで自分が逃げてしまえば、他の子供たちが酷い目に合わされると考えたゼノは、逃走を諦めて大人しく吊るされたままでいることを決めた。
「ライたんもイズたんも、心配してるかなぁ~」
ゼノは会いたい二人を思い浮かべてながら「痛いなぁ」と、歯を食いしばった。
結局ゼノは吊るされたまま眠ってしまったので、腕がめちゃめちゃ痛くなり、身体も軋んで動けば激痛が走った。
「いたっ、たた……、あんまり眠れなかったし、身体は痛いし、もう最悪だよぉ」
朝日が差し込む部屋でゼノは、独り言をぼやいてただじっとしていた。
ガチャリ
二度と聞きたくないドアの開く音がし、ゼノは瞬時に身構える。ママがやってくる。
「目覚めはどうだい」
ゆっくりと部屋に入ってきたママは、昨日に懲りて随分反省しただろうと、鼻につく甘い声でやってきた。
がしかし、反省などする気もないゼノは、全身が痛むのも昨日の仕打ちも全部知っててママを睨みつける。
「最悪だよ」
挑発的な言葉を投げかけ、火に油を注ぐ。
ゼノに夢中になっているうちは、他の子供たちに被害が及ばないだろうと考えての行動。
よって、朝からママのご機嫌は急降下。
「あれほど痛めつけたのに、反省してないようだね」
「こんなのただの虐待だよ」
「虐待だって、躾だよ。行儀の悪い子には躾が必要なんだよっ」
「痛ッ……」
再び怒り出したママは、鞭を手にしゼノを滅多打ちにする。
その減らず口を黙らせてやるのだと、繰り出される鞭は加減を知らず、昨日の傷に塩を塗るように何度も打つ。
当然、痛みを我慢できずゼノが苦痛の表情を浮かべる。その歪む顔が嬉しいのか、ママの表情はとても楽しそうに変わる。
「痛いだろう、もっと、もっと、与えてやるよ」
それはまるで狂気。
ゼノの顔が歪めば歪むほど、痛いと騒ぐほどママの気分は高鳴る。
「……ッ、ばばあの癖にぃぃぃ──っ!」
あまりの痛みに、ゼノがとんでもないことを叫ぶ。
高鳴った胸が一気に怒気に変わる。
「この私に向かって、なんてこと言うんだいッ」
「う、わァッ……、いっ、痛い、ッ……クゥ」
「口が聞けなくなるようにしてやろうか」
そう言うなり、ママはゼノの顔目掛けて鞭を飛ばす。
口腔と唇が激しく切れ、血が飛び散り、ゼノがその血にむせた。
「ゴホ……ッ、ゴホゴホ……」
咳き込むと同時に血を吐き捨てたゼノは、鋭く瞳を細めてママを睨みつけた。その瞳はゼノらしからぬ冷たさを放ち、鞭を持つ手が思わず止まるほどだった。
「な、なんだい。……その目は」
「嫌いなんだよ」
「何言ってんだい」
「……血が嫌いなんだよ」
床にできた血だまりに、ゼノが冷たく声を落として不機嫌さを前面に出した。乱れた黒髪から覗く瞳が綺麗に妖艶な輝きと冷気を纏う。
それはもうお子様なゼノではなく、大人のゼノであった。
戦闘も血も好まない平和主義者のゼノにとって、この状況は最大の嫌悪感を抱くに等価していた。
一瞬ゾクリと背中に悪寒を感じたママだったが、その悪寒を振り払うように再び鞭を振るう。
「反抗的な目で見んじゃないよ!」
「……」
だが、それからどれだけ鞭を打ってもゼノは声ひとつ上げず、ただ冷たい視線だけをママに向けた。
そのうち、鞭を打つママの方が疲労感を露わにして、その手を止めた。鞭で打った場所がないほど打ちのめされたゼノは、力なくただ吊るされるだけとなっていたが、その瞳の色は変わることはなかった。
「はぁ、はぁ……。強情だね」
「……」
「いいかい、次の生贄はお前にしてやる。後で後悔してももう遅いんだよ」
言い捨てるように叫んだママは、不適な笑みを浮かべながら、ぐったりとするゼノの顔を持ち上げた。
「反省しなかったことを後悔するんだね」
持ち上げたゼノの頬を思いっきり叩いたママは、赤く腫れた頬を見ながら「覚えておいで」そう付け加えてドスドスと足音を立てながら部屋を出ていった。
「……生贄?」
生贄にされた子供たちはみな消えた。そんな話をイルアに聞いたことがあったとゼノは不信な表情でその言葉を繰り返した。
もしかしたら、行方不明の子供たちの行き先が分かるかもしれないと、ゼノは内心、不安と喜びを同時に思った。
とはいえ、昨日からの打撃で身体は足の指一本動かすのも痛い。
「血だらけ……だ。虫唾が走るってこういうのをいうんだね」
ゼノは部屋の扉にもう届かない声を漏らした。
事はその日の夜に起こった。
日も暮れ、辺りがすっかり闇に包まれたころ、ゼノのいる部屋にやってきたママは数人の兵士を引き連れ、ゼノを天井から降ろし、兵士に持ち上げさせた。
「ほんと、あんたは馬鹿だよ。素直に謝っておけば死なずに済んだものを」
どこか嬉しそうに声を出したママは、兵士に抱えられて運ばれるゼノに視線を向けて笑った。
(死ぬ?)




