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『ステージ1』(1話)

「死ねッ、世界の禍」


毒が塗られた矢じりを長い黒髪を靡かせる青年に放ったのは、年配の戦闘に慣れているだろう男だった。

ビュンという風を切る音が鳴り、矢は真っすぐに黒髪の青年の元へと飛んだが、刺さったのは木の幹。年配の男は狙いが外れたことに小さな舌打ちを鳴らす。


「出てこいッ、貴様に逃げ場などない」


木の上に逃げただろう青年にそう声をかけつつ、再度弓を構える。今度こそ仕留めると。

その頃、身を隠した青年は声を殺して苦笑していた。


「僕を殺しても、世界は救えないのになぁ……」


どこで間違ったのか、天界にでたらめな情報が広まっていると、青年はため息さえ出た。




この世界は【天界・間界・地界】の3世界が存在し、その中心にあるのが【ハクコクジュ】と呼ばれる世界の核。そして、黒髪の青年はそのハクコクジュより生まれた子供。

つまり世界が生んだ子供。

その名は、ゼノ=クロノム。




――――――――――

「逃げ場がないのはあなたですよ」


弓を構える年配の男の首筋に冷たい感触がした。ゼノに気を取られ、背後から近づく者に気がつかなかった。いや、ここへは誰も来ないと決めつけていたから、完全に油断していた。


「他の者は、どうした」

「還っていただきました」

「バカなッ、あの人数をたった二人で片付けたのか?!」


年配の男は首筋に汗を浮かべ、背後にいるだろう優男に声を荒げた。ゼノ=クロノムには、二人の保護者または護衛がいる。その情報を元に、此度の討伐には13名で挑んだ。12名が囮、残る1名でゼノ=クロノムを仕留める。

ゼノは戦闘をしない、その情報が正しければ、この作戦は間違ってはいなかった。誤算だったのは、ゼノの逃げ足。想像よりも素早く、早かった。年配の男は奥歯を噛み締め、思ったより強い護衛の二人にもっと注視すべきだったと、目を細めた。


「そこのお子様を消したところで、世界は変わらねえって、上司に伝えとけ」

「遅かったですね、ライラ」


静止したままの優男が、聞こえた声に反応する。ライラと呼ばれた男は大柄の茶髪で、肩に担いでいた大剣を大地に突き刺すと、あからさまに不機嫌な顔つきになった。


「誰かさんのせいで、足止めを喰らったんでな」

「あの程度の人数では足りないかと思いまして」

「半分ずつだろう、普通」


ライラは敵の大半を任され、優男に文句を放つ。『後は任せましたよ』そんな捨て台詞を吐き捨て、3名ほど片付けたかと思ったら、ゼノの後を追いかけて行ってしまったのだ。

つまり、大半を相手にさせられたため、ここまで来るのに時間がかかってしまったということ。


「無駄話はそこまでにしてもらおう」


弓を構えていた年配の男が、隠し持っていたナイフを優男の胸に突き立て、形勢逆転だとでも言いたそうに勝ち誇った顔をしたかと思った次の瞬間、


「う゛、ッ……、き、貴様……」

「ライラが言ったこと、ちゃんと伝えてくださいね」


冷気を伴う笑みを浮かべ、優男は容赦なく年配の男の首を槍で切りつけていた。血飛沫が飛び散り、地面に膝をついた男は絶命する寸前で姿を消した。いや、還るべき場所に戻された。

天界人および地界人には、世界の理が存在する。

別世界で命を落とすと、瀕死状態ではあるが自分の世界へ戻され、二度と別の世界へ渡ることができなくなるシステムが存在する。つまり、年配の男は瀕死の状態で天界へと転送されたのだ。

そして、なぜか間界にはそのシステムが存在せず、なおかつ天界や地界という世界が存在することすら知られていない。間界の人間は特殊な能力などを持たず、ごくごく普通の生活を送っている。良く言えば、平和な世界で間違いない。

3世界が秩序を守っているのは、はるか昔に結ばれたハクコクジュとの契約が存在するからであり、契約違反は世界より制裁が下ると伝えられている。事実、他世界に深く干渉した王と国がいくつも滅んでいる。それは世界が下した制裁だと、今なお天界と地界に伝えられている史実である。


「さて、ひとまず片付いたので、そろそろ出てきませんか、ゼノ」


木の茂みに身を潜めているだろうゼノに、優男がそっと声をかければ、黒く長い尻尾のような髪が見えた。


「イズたん、ありがとう」

「どういたしまして」


身軽に木から地面に降りたゼノは、笑顔でイズと呼ばれた金髪の幼い顔の優男に礼をする。それを見たライラは、「言っておくが、大半を片付けたのはオレだ」と、声をあげた。


「ライたんもお疲れ様」


ゼノは二人に礼をし、顔をあげると困った表情を浮かべた。


「天界も地界も、間違ってるよ~」


頬を膨らませて、ゼノは自分が狙われる原因が全部間違っていると、ご立腹。


「仕方ねえだろう。実際、お前はハクコクジュより生まれた。いろんな憶測が飛び交ってるんだよ」

「ぶぅ~、僕には何にも力なんてないし、何もしてないのにぃ」

「そこがおかしいって言ってんだよ」

「おかしくないもんっ」


世界の核から生み出されたはずのゼノだが、自分には何の力もないと、出会った頃から言い続けている。そのうえ、争いが嫌いで、血が嫌い、おまけに逃げ足だけはぴかいち。とても世界から生まれたとは思えないお子様だった。

そもそも目的がおかしい。


「理解できないのは確かですよ、ゼノ」


冷静に声を出したイズは、顎の下に手を添えると、ハクコクジュは何のためにゼノを生み出したのかが、さっぱり分からないと首を傾げた。


「世界を見て来ていいって、言ってくれたんだもん」


ゼノは、世界観光の為に産み落とされたと言い張るが、そんな理由で世界が自らの意志で人を生み出すなどありえるのか? そもそもゼノは本当に世界の子供なのか? 理解できない、解明できないことが多すぎるが、唯一確かなことがある。

世界に異変が起こり始めたその後に、ゼノが生まれた。何か理由があるとすれば、おそらく異変と関係があるはずだが、今のところ、因果関係は何も分からないのが現状。

しかも、あり得ないことにゼノはハクコクジュ(母親)の元へ帰りたいと、現在進行形で迷子状態なのだ。


「世界旅行してこいって言われて、なんで旅行もせず帰りたいんだ、お前は?!」

「ホームシックなのっ」


ライラが言った通り、ゼノは出会ってすぐに、ハクコクジュのところに帰りたいと泣き出していた。

まるで母親に捨てられた子供のように。


「ったく、なんで世界はこんなお子様を生んだんだ」


額を押さえたライラは、どうしようもない子供を世界に生んだ理由が全く分からないと、軽い頭痛までしてくる。


「ゼノ、本当はボクたちに何か隠していることありませんか?」


にっこりと微笑んだイズが、ゼノの顔を覗き込むように問いかけるが、ゼノはしゅんと顔を下に向けて「生まれてきちゃ、ダメだったのかな……」と、小さく声を出した。


「お前をハクコクジュに届けたら、世界にきっちり説明してもらう」

「……ライたん」

「しょうがねえだろう、ただの逃げ足の速いお子様を世界に放っただけなんだから」


強大な力を持っているわけでも、目的があるわけでもないと、ゼノが言うんだから、それが真実だろうと、ライラはゼノの頭をクシャクシャにしながら笑っていた。

それを見たイズもまた、軽い息を吐き出し「そうですね」と、ゼノを生み出した理由は世界の核であるハクコクジュに聞くと同意した。

それと同時に、世界に起きている異変についても何か知っているのではないかと、ライラとイズは、とにかくどこにいるかも分からないハクコクジュを探す旅を続けるしかなさそうだと、同時に空を見上げる。

そう、ゼノがハクコクジュの居場所が分からないなどと、ふざけたことを言いだしたからだ。


「とりあえず、天界の方にきちんと伝わるといいですけどね」


先ほど天界へ還っていただいた方々が、ゼノが世界に異変を起こしているなどという、根も葉もない情報はデマだと流してくれることを祈りたいと、イズは苦笑してみせた。

それをみたライラもまた、後頭部を掻きながら、


「地界の奴らも、そろそろお子様には何の能力もないって、気づかねえかな」


と、声を出す。

ゼノ=クロノムには未知の強大な力があると、勝手な妄想を抱いた地界は、世界の力を手に入れようと執拗にゼノを捕獲しようと襲ってくる。

つまり、天界からは命を狙われ、地界はゼノを利用としようと捕まえに来る。ライラとイズは、双方からゼノを守る役目を自らの意志で買って出ている。

ゼノを守らせるためなのかは不明だが、ライラとイズにはハクコクジュの加護が与えられている可能性が高い。世界に踊らされているのかもしれないが、ライラもイズもゼノを守りたい、そう思ったことに嘘はない。


「あっちがいい~」


ライラとイズが頭を悩ませていたら、突然ゼノが東方面を指さして叫んだ。


「何かいい香りでもしましたか、ゼノ?」

「煙が見えたの」

「煙……、ですか?」


ゼノに言われて、イズもライラも目を凝らすが、煙などどこにも見えない。救助を求めた狼煙かもしれないと、見回したがさっぱり。


「煙なんか――ッ、な、なんだ」


煙なんか見えないとライラが口にした瞬間、大地が激しく揺れた。


「ゼノ、ライラ、周りに気を付けてください」


立っていられないほどの揺れに、倒木や隆起などが起こるかもしれないと、イズが注意を促し、ライラとゼノは体勢を低くする。

地面に伏せたゼノは、二人から顔を背けると苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


(間界にも影響が出始めている……。早く世界を壊さないと)


目を細めたゼノは、地震で揺れる大地にそっと手を添えて、音もたてず揺れを鎮めた。



ステージ1 クリア







―――――✂―――――✂―――――


【ステージ2『毒』】


トスッ

それは音になるには小さすぎたが、受けた者はわずかな痛みを確かに感じた。


「――ッ」


足に虫に刺されたような痛みを感じ、ライラは声にならない声を出した。

痛みの元は小さな針。

倒された男が咄嗟に放った吹き矢から放たれたものだ。殺傷能力などないも等しい一本の細い針だったが、男は笑っていた。



お読みいただきまして、誠にありがとうございます。

ちょっと長いお話になりますが、しばらく毎日更新を予定しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

※AIなどは一切利用していないため、誤字脱字、誤変換など、見つけた方はぜひご報告くださいませ。

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