第二十三幕 「スイートルーム」
何もまとわず、何も隠さず、全てをさらけ出そう
そうすれば怖いものなど何もなくなる
眼の前の人も隠しようもないのだから
「つまり裸の付き合いっていうのは、元来互いを信用するための儀式です!」
私たちはトレードウィンドに到着し、そのまま宿泊施設『潮騒のゆりかご』へと向かった。零番隊特務官としてのローム兄妹の紹介であり、シルバーハートでの宿泊施設『白銀のやすらぎ』同様、政府関係者との特別契約を結んでいる宿屋だそうだ。
世界一人と物が多く行き交う物流の中心地らしい立派な造りの建物。商業の中心地であるシルバーハートの宿泊施設とは、別方向の機能性と華やかさを感じる作りだ。
そして私たちは到着早々、聖女一行のために用意したという最上階の部屋へと通された。
「私、こういう部屋泊まるのは初めてね。」
「おー……これはかなり広いですね。調度品も凄い。」
私は案内された部屋に入るなりため息を漏らす。隣に居るリリスは感心したかのように内装をチェックしている。
「……ちょっとだけ落ち着かないですね。」
「ひえー……あたしらまでここに泊まれるのかよ。」
「あははは!ソファがでっかくてふっかふかだがャ!」
慣れない環境に、どこか居心地の悪そうなシャル。意外にも期待に満ちた表情で嬉しそうなティガ。そして無心で豪華なソファに飛び込んだミア。
これまたずいぶんと賑やか。
「あ、あの。わ、我は路銀の手持ちが乏しく……この様な所は足を踏み入るのも憚られるような身分でして……というか、我の住処はここから然程遠くないのでわざわざこのような――」
玄関口で足を止め、申し訳なさそうな顔をしたルドが、一人後方で足踏みをしている。
相変わらず卑屈な奴ね。
ま、仕方ない。
「いいからいいから。どうせルーカス達の計らいで、ここの宿泊料タダよ。一人増えたところで文句は言われないわ。」
そういって私は投げやりな態度で彼女を手招きする。
「わー、さすがルーカスさん。やりたい放題ですね。」
「……いいのかしら、私たちまで。」
「おほー!さっすがルー!後で頬ずりしたろ!」
「ルドー!こっちきてャ!海が見えるのャー!!」
「わぁ!ミア!ひっぱらないで!!」
ミアがこちらにすっとんできて、尻込みするルドの手を引っ掴んで奥へと連れて行く。
ナイスだ、ミア。
しかしルドが遠慮するのは無理もない。
通された部屋に入るため両開きの豪華な扉を開けた先はメインエントランスと廊下、両サイドのいくつかの扉はパントリーやゲストトイレにつながっている。さらにはウォークインクローゼットと荷物置き場まで備えられているではないか。
廊下の先にはやたら広いメインリビング、そこから主寝室やゲストルーム、各バスルームに繋がっている間取り。
いわゆるスイートルームって奴だ。
扉を開けたらすぐベッド、みたいな安宿とは天地の差。
「宿部屋っていうか、豪邸ね。」
「ちょっと実家に戻った気分です。」
「さすが王女様。感覚が庶民とは乖離してるわ。」
「えへへ。」
「王族のリリスと違ってセレナはルミナス教徒だから清貧な暮らしでしょうし……我々獣人族側でしたね。なんか安心しました。」
「へー、リリスん家もこんな感じなんだ?」
「インテリアのデザインと色合いは……まぁ魔族風ですが、間取りはこういう感じですよ。」
「おー…そりゃすげー。」
「絨毯がふっわふわー!!」
「み、ミア!あんまり汚したらだめだよ!!」
はしゃぐミアと慌てるルドをよそに、私は改めて部屋の間取りをチェックする。一番広いメインリビングは3~4mの天井の高さに天窓まで備え付けられている。広すぎて声が響く。
大きなガラスドアの向こうにはバルコニーが見え、港風景が一望できるようだ。
その物理的にも視覚的にも開放的な作りにふさわしく、広々とした空間。
こりゃ多分、ルミナス王家とか公爵御用達の部屋だな。
豪華過ぎる。
「リビングは……こりゃダメね。ちょっと密談するには主寝室も広すぎるかしら?」
「うーん、かもしれません。」
「まぁ寝る時は無関係だろうし、副寝室で皆で寝ましょ。」
「こっちのベッドも……我々含めて6人なら大丈夫でしょう、厚手の天幕もありますし。」
「ミアのやつ、はしゃいでんなぁ……。」
私とリリスが懸念してるのは、もちろん『対の指環』の個室結界化能力の範囲についてだ。メインリビングは天井も高く、各種調度品が上品に並んでいるし、豪華なソファにテーブル。さらには暖炉前に大きな絨毯とローチェア、テーブル……しまいにはミニバーまで備え付けられている。
一目で無理とわかる広さ。
次に大きな部屋の主寝室は、比較的落ち着いた作りで無駄に広くはないのだが、リビング同様に天井が高めだ。
しかも、なんて言ったっけ?この一室が階段で繋がった二階構造になっている奴。でゅ……デュフ、デュフれます?違うな。
もういいや、忘れた。
さらには二階のベッドルームは天井が大きなガラス窓になっている……ここで夜空の星を眺めながら寝るの……?
どんだけロマンチストなんだか。
「わぁ!ミアミアみて!お風呂が凄い大きい。我はこれ楽しみかも。」
「ミァはソレどうでも良いがャ。」
メインバスルームはもはや風呂場ではなく浴場。
ゆうに10人は一度に入れる広さだ。
「ダメよ、1週間も旅したんだから。まずはみんなでお風呂入りましょ。」
「「「ええーー!?」」」
「皆で?!わ、我も一緒にですか?!」
猫人族三姉妹が途端に不満顔になる。
対称的に、珍しく頬をほころばせて喜色を浮かべるルド。
さすが鳥人族。
風呂は好きなようだ。
「そうよ。仲良く裸の付き合いと参りましょ。」
そういって私はリビングへと戻り、唯一の手荷物であるショルダーバッグを適当なところへ置いた。
ちなみにシャル達の荷物も意外と少なかった。
大きなリュックを背負ったティガ以外、シャルもミアも私同様トラベルバッグ1つだけ。
ルドに至っては荷物すらない。
私たちが会った所とトレードウィンドは地味に離れているが……これはさすが鳥人族、といったところか。機動力と行動範囲が段違いだ。
「そういえばルーカスさん達は『お仕事』中ですか?」
旅装を解いて、いそいそと入浴の準備をしていたリリスはふと手を止めて、思い出したかのようにローム兄妹の所在を訪ねてきた。
「支配人と諸々の話をしてくるって言ってたわ。夕食前に部屋を尋ねるって言ってたから、入浴する時間くらいはあるわ。」
「働き者ですね……零番隊さんは。」
そう言いながら、彼女はため息を漏らす。
「正直、ルーカスもエミリアも本当に凄いと思う。移動中はずっと御者やってるし、エミリアは周辺の警戒を怠らないし。野営中は二人揃ってずっとシャルたちの世話してたでしょ。他者のために気を張り続けて、よくもまぁあれだけ元気で居られるものね。」
「我々としても、流石にちょっと申し訳なくなります。」
「でもあいつ、私が添い寝してる時は心底リラックスしてんぞ。寝顔がすげぇ可愛い。」
「エミィアも。気がついたらミァのこと抱っこしてるのャ。」
「み、ミアはあの男性と添い寝してるんですか……?」
「そーだがャー?ミァが真ん中でー、ルーカシュとエミィアに挟まれてなー。シャル姉たんはエミィア抱っこしてな、ティガ姉ちゃんがルーカシュの後ろだがャ。」
「『ネコ挟みで死ぬほど安らぎます。』って喜んでるぜ。」
「まぁ確かに、寝てる時は凄い安らかですね、ルーカスもエミリアも。」
そりゃあの二人にとっては極上の癒やしだろう。
とは言え、肉体的な休息が十分とは言えないはずだ。
鍛え上げられた肉体を気力と精神力で支えてるだけに過ぎない。
「むー……。せっかくエミリアさんとも一緒にお風呂入れるかなーと思ったのに。残念です。」
ルーカスは自動的に除外。
当然だが。
一緒の入浴なぞありえん。
「ま、今度あたしがルーの背中でも流してやっか。」
ティガがため息混じりで、そんなことを独りごちる。
……ありえるのか……。
ていうか、ティガは絶対にルーカスのこと好きだよね?
隠そうともしてないけど。
「あら。じゃ、ルーカスの世話はティガに任せますね。」
シャルはにっこり笑顔でティガを見守ってる。
絶対に彼女もティガの好意に気づいてるよね??
ティガとシャル的にはルーカスみたいなのはアリなのか。
……アリなのか??
「まー、なら仕方ありませんね。」
既に全裸になっているリリスは小脇に入浴道具を抱えながら、もう一度ため息をついた。
ていうかここ、脱衣所じゃなくてリビングなんですけど。
どんだけ羞恥心ないんだ、この子は。
……まぁ、バルコニーや天窓から視線が通る場所には人が居ないからいっか。
「ほら、アンタ達も脱衣所はよ行って、風呂はいる支度するわ――」
お?
支度するわよ。と言おうとしたところで、エントランス向こうの廊下から人の足音が近づいてるのに気づく。
ルーカスとエミリアの足音だ。
ふかふかの高級絨毯が敷かれた廊下を歩く足音。理力強化された聴覚じゃなきゃ気付けないだろう。
続けて、コンコン。と。
ノックの音がエントランスに響いている。
そのままカチャリと入口が開く音。
「セレナ様ー、エルディアですー。ちょっとだけよろしいですかー?」
彼女のよく通る声がリビングに届く。
どうやら今は軍属モードらしい。
「はーい!今そちらに伺います!!」
私も聖女モードで返答する。
私は手にしていた入浴道具を置くと、エミリアを出迎えにエントランスに小走りで向かう。
「お疲れ様です、用事はお済みでしたか?」
「はい。あ、いえ。まだ零番隊としての仕事があるので、この後ここの支部に向かう予定です。」
「支配人とは諸々話をつけ、最大限便宜を図るように手配しました。我々はこの後支部にて現地選別の特派員との打ち合わせと、ここまでの報告書作成の予定です。」
荷物置き場になっている小部屋からルーカスの声。
既にふたりとも旅商人の衣装から、軍属とわかる制服に着替えている。
おそらく荷物の中身は旅装やらちょっとした道具類だろう。
「ルークリウス様。報告書は例の件、確実にお願い致しますね?」
「心得ております、聖女セレナ様。内容については先日の貴方様の草案通りで問題ないかと。」
同じく軍属モードのルーカスは丁寧な言葉遣いと真摯な態度。
うーん、ギャップが凄い。
私も人のこと言えないけど。
昨晩野営中に打ち合わせた『リリィの正体』に関する報告の方向性についてだ。魔族としての正体は隠しつつ、最大限現状を開示する形で行くことに皆で同意した。
南方諸国出身の聖女セレナの信奉者で、過去に諜報関係の仕事をしていたので闇魔法を習得している。そんな生き方に嫌気がさしてルミナス教に入信し清く穏やかに生きるために殉教の旅をしている。
そんなバックストーリーだ。
まぁこの程度で問題ないだろう。
「いずれにせよ。今夜は遅くなりそうですので、夕食はルームサービスにてお済ませください。専属のバトラーと女給2名を配属してます。ご自由にご用命ください。
それと、外には哨戒を6名配置してます。なにぶん周辺が開けておりますので、間者を近寄らせないため致し方なく。内部に視線の通ることは厳禁としお気を煩わせることのないように徹底しております。」
荷物のチェックをしながらつらつらと要点を述べるルーカス。
はー……気遣い完璧か。
「それと――」
そう言って彼は立ち上がりながら荷物部屋から出ようとこちらに向かってきた。その時。
「エミリアさーん!一緒にお風呂入りませんかー!!」
素っ裸のリリスがエントランスに飛び込んでくる。
……おバカ。
「リリスさん!?……ッ!兄さん来ちゃダメ!!」
あられもない姿を晒すリリスに目を剥き、エミリアが悲鳴のような声をあげながら、部屋から出る直前の兄のみぞおちを遠慮なく蹴り飛ばす。
「おぼぶ。」
妙なうめき声をあげながら、ルーカスが後ろ向きに飛んでいき、荷物部屋の壁に強かに打ち付けられる音がした。
「あっ。ルーカスさんも居たんですね……。」
流石に気まずそうに体を隠しながら、さりとて恥ずかしそうにするでもなく、慌てん坊のサキュバスがそそくさと身を引いてゆく。
『今の彼はルーカスじゃなくてルークリウスよ。あと、エルディアね、気をつけて。』
呼び方も思念会話でダメ出ししとこ。
『あ、はい。ご、ごめんなさい。』
申し訳なさそうな思念会話が返ってきた。
謝るのは多分理不尽に腹を蹴りぬかれたお兄ちゃんにだけどな。
うっかりわくわく淫魔め。
セレナ、リリス、シャル、ティガ、ミア、ルド6名
更には……!
こんなに大変な入浴シーンを描写できるだろうか……?
不安だ。
続きを心してお待ち下さい。
服は着てて。




