第十九幕 「相談」
あの温かい気持ち
最期に感じたのはいつだろう?
その温もりがこのてから失われたことを嘆く
それは自分のせい?それとも……
「失くしたらもう一度手に入れたらいいんよ。簡単っしょ。」
私たちは12000年前のあの場所から離れていた。
いまはディダが構築した例の天空庭園、『月影の間』に佇んでいる。
少なからず心身への負担がある環境で悠長に話をすることもないだろう?
そんな彼女の提案によって我々は河岸を変えることとなった。
あの神秘的なフォリーに備え付けられた、前より大きな白いテーブルと人数分の白いイス。
そこに一同揃って座り、音もなく現れた紅茶を楽しんでいる。
そういえばこれ、この間の『夢見』の時にも疑問に思ったんだけど。ディダが出してくる紅茶やら茶菓子、しっかりと味があるんだよね。
舌を絡めずとも『夢見』の場において味覚を共有できているのは神格であるディダの魔術最適化なんだろうけど……。
ディダは誰の記憶を再現してんだろ?
まぁ美味しければ誰のでも良いけど。
一同しばし無言でお茶を啜り、先程の異質な体験で泡立った気持ちを落ち着かせている。
そんな時間をしばらく過ごした後、私は口を開いた。
「さて、ルド。2通の『風の便り』については承知したわ。これを受けて我々がどう動くかも個々の判断に委ねられているというのも、この子の言い分から理解したわ。」
神格を抱きかかえグリグリと頭を撫でながら私は話を切り出す。
「ねぇ、セレナ。せめて雑に撫でるの止めてくれないかな?」
不満たっぷりの金髪の少女が私にされるがままに不機嫌を顕にしてる。ディダに会ったばかりのローム兄妹とルドが珍奇なる光景に目を剥いている。
まぁ……神格と思しき存在を粗雑に扱う聖女を見たら、大抵の人は驚くだろうね。ティダが私に接触すると自由が効かなくなるのは知らんだろうし。
隣りに座っているリリスが苦笑している。
ま、それはいい。
「その上で貴女に訪ねたいことがあるのだけど。いいかしら?」
私は周囲の反応とディダの訴えを無視して話を進める。
「は、はい。なんなりと。」
そのままでいくんだ、みたいな反応でルドは答える。
「『空の民』として『風の便り』を届ける役目を果たした時点であなたは自身の目的が達成されると言っていたけれども。私はこの子が言っていた『告げ役』というのがまた別の意味を持つのではないかと考えているの。」
「……流石は聖女。もはや一切の隠しことも叶わず、といった所ですね。」
何度目かわからないが感心した表情を見せながら彼女は私の発言を首肯する。
「つまり、あるのね。別の意味が。」
「はい。『告げ役』とは我々『風の民』が風の精霊と親和性が高いことと、それを他の獣人族に『風の便り』を届ける役目を担うようになってしばらくして定められた、一族から与えられる栄誉のようなものです。」
内容とは裏腹に少し影のある表情に変わったルド。
「……察するに、ある種の重要な『風の便り』を伝えることを任された者に与えられる栄誉かしら。」
「はい、仰るとおりです。我々に限らずですが、時代の転換期には常に高位の精霊がその人物に関わることはご存知かと思います。
生まれながらにして精霊との高い親和性を有している者は、その人生において世界にとって何かしらの功績を成す。……これは風の精霊と親和性の高い我々『空の民』に限った話ではなく、人族や亜人族も同様でしたね。」
有名な話だ。
代表的な話は光の精霊に見出された勇者という存在、レオンもそうだ。
あるいは生まれながらにして五大属性のいずれかに高い適性を示す者。私の仲間だった『炎嵐の指揮者』の二つ名を持つソフィアもそれだ。
彼女は魔術師の名門一族『炎のアルカナ』であるブレイズ家に生まれ、出生直後から炎のマナの適性を持っていたこと、マナの適性を調べる『選定の儀』を待たずして風のマナとも親和性を持つことを知られ、満足に喋れるようになる前からダブルキャスターの資質を持っていた生粋の魔術的天才として名高い。
他にも何かしらの形で自然やマナとの高い適性を持つ者たちは、精霊に愛されている者として多くの逸話と功績を残している。
これは歴史が証明していることだ。
「なるほど。総じて生まれながらに風のマナの適性が高い『空の民』は、一般のマナ適正とは一段を画する精霊との親和性や、特別な功績を必要とした。その評価機構であるのが、風の精霊王から『風の便り』を任された者に与えられる栄誉。それが『告げ役』というわけね。」
「全てを語らずとも御理解いただけて恐縮です。我は数多の太空を飛び交う『空の民』の中から選び出され、今回の『風の便り』を任されたことにより、同族からの……羨望と期待を一心に受け、いま此処にいます。」
やはり彼女は少し寂しさを含んだ自棄気味な雰囲気で話を続ける。
「であるならば、なぜ役目を十全に終えたはずの貴女はそんなに気落ちしているのですか?」
シャルが私の疑問を代弁してくれた。
私がルドに対して最初から感じていた違和感の一つ。重要かつ名誉ある役目を負ってきたものにしては……なんというか彼女は最初から卑屈だった。
遠慮がちだったのもそうだが、失態を挽回するために命を賭すような言動をしていたり、どこか他人事のような態度。一族に認められる栄誉を求めている者にしては、諦観のようなどこか投げやりな雰囲気を常に纏っていた。
言葉こそ古めかしく丁寧だったが、彼女が纏うマナと態度が鼻につくように感じていたのはそういうことだ。
「……そのことについては皆様が関知する必要のないことです。」
目を伏せ吐き捨てるように、明らかに不満げな反応が返ってきた。
ルドの態度が突如硬化する。明らかにこの先の事情に触れてほしくないといった雰囲気だ。
場の空気が冷え込む。
「……ルドさん?どうなされたんですか?」
そんな周囲の空気を意に介せず、一番最初に心配そうに彼女に語りかけたのはリリス。顔を伏せた彼女の目を覗き込むように声を掛けている。
まったくこの子は……ルドのせいで一番つらい思いをしたのは自分だってのに、その相手を一番最初に心配して見せる。
リリスのこういう純朴さには本当に驚かされる。
「いえ……どうもしておりません。姫君よ、無礼を働いた我などお気になされぬようにお願い申し上げます。」
そんなリリスの態度が煩わしいのか、あるいは居た堪れないのかリリスの目を避けるようにルドは顔を背けた。
「おい、ルド。そういうのはナシにしようぜ。あたしら同じ釜の飯を食った仲だ。腹の内さらけ出して大事なことを共有し合うために精霊たちが巡り合わせた立場の奴らだろ。器のちっちぇことすんなよ。」
間髪入れずに苦言を呈したのはティガ。
こういった曲がったことが嫌いな彼女らしい簡潔かつ豪快な切込み。
正直有り難い。
「ティガに賛成ね。貴女は役目を完遂できて全てが終わったと勝手に満足できたのでしょうけども。私たちが気になって後味悪い思いしたら、この後の展開に支障が出かねないわ。」
ティガに乗っかる形で私も続く。
これは直感的なもので根拠は無いけども、彼女の卑屈さの理由は……一族での彼女の立ち位置に関係することじゃないかしら。
引っ込み思案で卑屈な彼女が一族の栄誉を蔑ろにする理由。
安易に考えるとすれば、そんな予想がたつ。
「そうは仰られましても……本当に我の目的は達成され、今後の皆様の進むべき先については我のことは無関係です。役目を終えた我にこれ以上皆様に対して望むことなど一欠片も……」
のらりくらり追求を躱そうとくだを巻くルド。
「そう。貴女は……一族の仲間、いえ、家族から疎まれているのね……。」
ルドの発言を遮るように、突如シャルが言い放った。
なるほど、そういった事情の家庭がある立場なのか。
「……!?」
シャルの言葉に彼女の目が驚愕に見開かれる。
「ごめんなさい、勝手に貴女の『過去』を見たわ。ちょっと私には貴女の態度が解せなくて。」
シャルは自分の金銀のヘテロクロミアを指さしながら、悪びれる様子もなくそういった。冷静な顔をして淡々と話す彼女の態度もまた固く冷たい。
シャル……ちょっと怒ってる?
「姉たん、何が見えたんだがャ?」
「それは言えないわ。ミア、こういうのは私が他人に言って良いことじゃないのよ。」
「むー。でも姉たん怒ってるがャ。怒ってるのは嫌だャー。」
「ごめんね、ミア。別に私はルドや皆に怒ってるわけじゃないの。どちらかというと彼女の周りの理不尽に怒ってるのよ。」
「よくわからんがャ……。」
「あの……あまり個人的なことに触れぬようお願いしたく……。」
ルドは相変わらずでシャルの差し出した助け舟に乗ることはなく、やはり硬い態度を崩さない。
「だからよー、あたしら既に個人という線引をするような間柄じゃねーんだよ。同じ釜の飯どころか世界の大変革を共有する間柄だろ?もうちょっと頼ってくれてもいいんじゃねーの?水くせーなー。」
ティガもちょっとイライラしている。
不満げな態度と表情を隠そうともしていない。
でもルドは俯いたまま何も答えようとしない。
妙な沈黙が再び訪れる。
でも、それが続いたのもほんの数秒。
沈黙を破ったのは意外な人物だった。
「なー、ルド?姉たんも姉ちゃんも怒るとおっかないけど、すごい優しいのャ。セレャも恐ろしいけど、凄いのャ。リリシュもアホっぽいけど、とっても温かいのャー。」
「アホって言いました?ミアちゃん?」
「恐ろしいって言ったかオイ。」
てめー、言いたい放題かこのやろー。
「でなー、ルーカシュはキモいんだけど、料理が上手いし。エミィヤは……アレだャ。真っ直ぐ?」
「ミアさん??」
「恐縮です、ミアさん。」
下僕の従僕さが腹立つ。
ていうかミアはエミリアに対しての評価はそんなでもないのだろうか……。
「……何が言いたいんですか。」
ミアの純真な物言いにも頑なな態度のままのルド。
これは相当触れてほしくないことなのだろうな……そう思わせるに十分なほど、今の彼女の態度は冷たく排他的だ。
「ミァはなー、しょーじきびみょーな奴だったと思うんだがャ。ビビリだったしなー。ティガ姉ちゃんみたいにつよくねーし。シャル姉たんみたいに色々しらないしなー。」
少し照れくさそうに。でも誇らしげにミアが自分のことを語っている。
そんなミアを見つめるシャルとティガはいつの間にか驚いた顔で末の妹を見守っている。どことなく嬉しそうな気配をまといながら。
「……。」
彼女はそんなミアをじっと見つめて、黙ったまま話の続きを待つ。
「でもな、ミァも色々考えたんだがャ。いまはなんも出来なくても、少しずつでも色々やってれば……色々できるようになるんかなーって。」
なにか期待に満ちたような表情、わくわくしている子供のような目の輝きをさせながら。ミアは月影の間の上空を見上げている。
「だからな。知らないことや分からないことに驚いたり嫌になったりするより、どんななんかをミァなりに考えるようにしたんだがャ。」
無限の星空が続く常夜の天空。
数多の星たちが思い思いに輝いて空を飾っている。
フォリーから見える景色に思いを馳せるミア。
どこか遠い目をしてる彼女の振る舞いは大人びていて、かつての泣き虫で臆病な彼女はもう居なかった。
「知らんこととか、出来ないこととか。その程度のことなんだがャ。怖かったり、自信がないことなんて、誰かが助けてくれるだけで何でも無かったことになったりするんだがャー。」
これには私も素直に驚いた。
ミアは物の考え方が随分と大人になったものだ。
……というより、姉や自分の命に関わるような理不尽の真っ只中に居て、そのために多角的に動く者たち。つまり私やローム兄妹たち、そしてローザやボロスの様な人物。彼らの思惑と働きに触れて、考え方の多様性を知ったのだろう。
そういえばルドの年齢は幾つくらいなんだろう?
相変わらず獣人族の容姿から年齢は推測しづらい。鳥人族は輪をかけて判断に悩む。なんせ総じて小柄な獣人族だから。
ルドの一族の『ハクトウ』は、たしか鳥人族としては大型の部類だったはず。実際翼は大きいし立派だ。
でも、もしかしてルドは相当若いのではないのだろうか?
下手したらミアよりも年下なのかも。
つまり微妙なお年頃、って可能性もある。
そんなことを考えていた私をよそに、ミアは話を続けた。
「ちなみにミァが殺されかけたり、よわっちい自分が嫌で嫌でしょーがない時に助けてくれたり励ましてくれたのは、そこのセレャとリリシュだがャ。困っているミァを信じて色々と手を回して姉たんと姉ちゃんを助けてくれたのは、ルーカシュとエミィアなー。
見ててわかっとーだろーがャ?シャル姉たんもティガ姉ちゃんも本当の姉妹じゃないけど、ミァの大事な家族だがャ。セレャもリリシュも恩人だけど大事な友達だがャー!ルーカシュとエミィヤもおんなじな!」
純粋な笑顔と飾らない態度で、珍しく色々と喋るミア。私を含めリリスも姉妹も兄妹も驚くやら嬉しいやらで、拙いミアの説得を見守った。
そのかいあってかルドがチラリとだけ、こちらやローム兄妹に目線を向ける。その一瞬の目線には、確実に不安と期待が宿っていた。
そんなルドの仕草を見て、ミアはニッコリと微笑み一言。
「だから言ってみるといいがャ!」
屈託のない笑顔でそう言い切ったミアをみて、ルドは押し黙ったまま考え込む。しばしの時、俯いたまま考え込んでいた彼女はやがて顔をあげると、意を決した表情で顔をあげた。
いまだ卑屈で怯えた表情のまま、鳥人族の少女ルドは口をひらく。
「救済の聖女セレナよ。我の個人的な悩みで恐縮の限りでございますが……一つ相談をさせていただきたいのです。」
その目には藁にも縋る思いのような、弱々良い期待の光が宿っていた。
その言葉を待っていたのよ。
こんな子、ほっとけるわけないもの。
最近遅筆ですね
食欲なくすレベルで目と鼻水がぐっしょぐしょ
全てはスギが粉巻き散らかしてるせい
誰か魔王スギカフンを討伐してくれんか




