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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
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第十八幕 「震え」

眼の前にいるどうしようもない脅威

何をしても勝てない相手

それに立ち向かう者を勇者だという


「……本当にそうなのだろうか?」


風読(かざよ)み』のルドは一人震えていた。


遥か彼方の空にそびえ立つ、雲をも貫く真紅の城壁。

その向こう側から放たれる圧力。


もはや威圧などという生易しいものではない。


明確な死を等しく届けるためにこの世に産まれた存在であると誰もが確信できる。そういった純粋で、無差別に向けられる、この上なく強い殺意と脅威が放たれていると感じた。


この世に存在しただけで世界が萎縮し、その発生したばかりの鼓動だけで、万象が震え上がる存在。


これがただの胎動?

じゃあ、これが成熟し世界に生まれ落ちた時は何が起きてしまうというのだ。これが明確な敵意を持って力を振るったら、世界はどうなってしまうのだろうか。


簡単だ。


あれが動き出せば世界は滅ぶのだろう。

心の底からそう思った。



まさかこれほどの現象をこの身に味わい、その事象がここまで自身を恐怖に陥れるとは夢にも思っていなかった。


そして風の精霊王の言うには、これが近い将来起きるというのだ。


信じたくなかった。

だが、信じざるを得ない。


だって精霊は嘘をつかないから。



体の震えがどうしても止まらない。

心が壊れてしまいそうだ。


誰か助けて。



そう思って周りを見回して、彼女はさらに驚くことになる。


自分の周りにいる者たち。

聖女と、魔族の王女、人族の軍人兄妹。

猫人族の3姉妹。


誰一人として怯えている様子がない。

じっと、赤くて巨大な壁を睨みつけている。


聖女や魔族の王女はわかる。

どちらにとっても魔王という存在は初めてではないだろうし、戦って勝った相手と自分に近しい存在だからだ。


人族の軍人もなんとか理解の範疇の反応だ。

彼らは諜報に関わる存在だと精霊達が教えてくれた。

訓練された覚悟のある軍人だ。


だけど、猫人族は『ナガレ』の一人を除いて普通の獣人だろうに。


シャルと呼ばれていた綺麗な猫人族は穏やかながらも厳しい視線でじっと壁を見つめている。年相応の落ち着き払った態度。


でも、あの若い獣人族はちがうだろ。

たぶんまだ7~8歳の若い猫人族。もしかしたらもっと若いかも。とても武闘派には見えないし歴戦の戦士だとは思えない。でも、他の人たち同様落ち着き払っている。


この場においてただ一人、自分だけが怯えている状況。

あれだけの存在を感じながら平気でいられる人が大多数なことに混乱する。


「みっ……皆さんは平気なんですか!?」

思わずそんな言葉が口をついて出る。


「平気なもんですか。気分が滅入るわ。」

聖女が吐き捨てるように言った。


滅入る程度で済むのか……。

なんというか……予想外の反応。


ルドはそう思った。


「これが……初代魔王ガルドリウス様の胎動……なんですね。」

感慨深い、というより何故か憂うような表情をしている魔族の王女リリス。彼女は二代目魔王ザルヴァドスの娘だから、初代のことは知らないのだろうし、ある程度感慨にふけるのも理解できる。

でも何故か悲しげな表情なのは……ここに聖女と一緒にいることや、風の精霊たちの噂話をきけば色々と想像はつく。


「初代魔王ガルドリウスという存在が各国の歴史書に名を記されるようになるのは、およそ5000年前からだそうです。つまり、およそ7000年間の間、その存在は伝説の存在として語り継がれた……いままさに彼はこの世界に産まれたのですね。」

諜報員の妹、エミリアが口を開く。


「世界各国の考古学者たちは、魔王という存在は古くから最も恐ろしい自然災害の一つに例えられるという説を聞いたことがあります。噴火や地震、嵐や洪水、寒波や酷暑。そういった古代の言葉で語られる自然現象の一つに共通して存在するのが『赤い城』『死の城主』と解釈できる表現に類する現象だとか。」

兄であるルーカスも呼応するように自身の知識を確かめるように口にした。


「なるほど……文明が未発達な時代において、こうも鮮やかで異質な赤と崖のように切り立った壁をみて、その向こうに確かな脅威的存在を感じたのであれば、そういう表現として代々伝承が語り継がれるのも納得です。」

白い猫人族、おそらく『高貴なる白』であろうシャルも腑に落ちたと言わんばかり。


「12000年前にこんなやべぇと感じる存在が産まれたとなりゃ、そりゃ皆必死こいて戦いの準備するわな。黙って殺されるだけなんざごめんだもん。」

勇ましい物言いの茶色い『王虎』のティガ。『ナガレ』ともなれば着眼点は戦いのことだ。流石といえる。


「でも、この振動の感じは……もう生まれたって感じじゃないがャ。まだかーちゃんのお腹ん中って雰囲気がするのャ。」

怯えるでもなく、意気込むでもなく。じっと一点を見つめ、そんなことを口にした『灰の一族』の少女、ミア。


「いい着眼点ね、ミア。この鼓動……と言えそうな心音みたいな波動が、初代魔王のものであるとすれば、この恐ろしくゆっくりな胎動はガルドリウス自身の巨大さを証明してるわ。」


聖女がなにやらよくわからない話をしている。

心臓の鼓動と体の大きさは関係があるということだろうか?


「セレャの言ってることは難しいのャ。ミァは単純にそう思っただけだがャー。」


「ま、そうなるわよね。私が言いたいのは魔王に相応しい胎動だってことよ。ミアの直感は正しいわ。」


「実際、古くから伝わる数少ない資料によると。初代の体格は巨人族とも呼べる非常に大きなものだったそうですよ。魔都の構造もそれを証明しているという話を聞いたことがあります。」

エミリアも視点が毎度論理的だ。そういえば現時点で魔族の首都は人族主導による軍によって占領・改造されてるんだっけ。


「初代魔王ガルドリウス様の身長はおよそ28mほどです。私が知る限りの記録では、ですが。」


「約30mの魔族。ですか……ぞっとしないね。」

ルーカスがうんざりとした顔をしている。


「兄さん、リリスさんの前でそういうのは止めてください。」

「あっ……これは、大変ご無礼を……。」


「いいんですよ。気にしないでください。特に崇拝とか尊敬とか、そういった感情の対象でもないですし、魔族が人族にとって脅威であることは私も承知してます。」


「そう言えば、リリスの父親は?やっぱ、でっかくて強かったのか?」


デリカシーのない諜報員の男と、脳筋の猫人族が不躾な話題を広げている。

こんな状況で何を呑気な。この人たちは凄いのか酷いのか疑問に思えてきた。


というか、なんで『告げ役』の私だけが一人おびえてるんだろう……なんかアホらしくなってきたかもしれない。


「リリスの父君は人族に比べれば高身長だったけど、それでも普通だったわね。大体2mちょいかしら。知的な表情と、上品な装いが印象的な魔王だったわ。魔族でなければ文武両道長身美男子といった部類ね。」


聖女が討伐対象を褒めちぎっている。

もうワケがわからない。


「えへへ……私も父様は他の魔族と違ってかっこいい系の知的な魔族って印象でした。」


聖女が自分の父親を褒めたのが嬉しいのか、照れくさそうにしているリリス。その彼女の反応を見て、諜報員の兄妹が少し驚いた顔をしている。


私はもうどんな顔をしたらいいのかわからない。

茫然自失だ。


「……リリス様、不躾を承知でお尋ねします。ずっと思っていたことなのですが、その……セレナ様とリリス様はいわゆる「仇相手」の関係ですよね……魔王討伐対の一員と、討伐対象の娘という関係性に遺恨はないんですか?」

兄の方がここぞと言わんばかりに訪ねている。

そりゃ誰だって疑問に思うだろう。


「私もそこは少し不思議でした。セレナとリリスの仲の良さは、もはやそういった恨みなど微塵も感じさせない安らかなものだと感じていたので。」

シャルも流れに乗る形なのだろう、自身の疑問を口にしている。


そういう微妙そうなことを聞いてしまうのは凄すぎる。

小心者の私には絶対に無理だ。


でも、憧れない。

こういうの凄く苦手です。


「まぁ、そこら辺は私もリリスと出会った最初の頃、苦慮したけど……。」

「父様が為政者として大戦の責任を取ったことを、討伐隊の皆様に対して恨んだり憎んだりなどはしてません。セレナからも何度も謝罪されてますけども、私はそのたびに許すと伝えてますし。実際、まったく気にしてません。

そのことに執着するよりも大事なことがありますので。」


聖女セレナの微妙なてれ顔。

と、嬉しそうに寄り添うリリスの笑顔。


なんだろう、もやもやしてきた。


「強いお方、ですね……リリス様は。」

すこし驚いて、やや悲しげな顔のルーカスに対し、隣りにいたエミリアも何かを察したのか背中に手を添えて仲良く並んでいる。



ええい、もういいや。

話が進まないから私も話そう!


「皆さんが平気というのは理解しました……なんというか、器の差を見せつけられた気分です……。」


「何へこんでるのよ。それで、ルド。二通目の便りはコレで全部?」


「はい、風の精霊王は『ただ見せよ。』と。」


「ふうん……これを我々に知っておいてほしい。といった所かしら?……ディダ、一応聞いておくけど貴女からは何か補足はあるかしら?」


「ボクの答えが判っていながら、あえて皆のために聞いてあげるセレナは優しいね。ご期待通りだよ。ボクの方からなにか言うことはないし、君たちは君たちが知ったことに基づき、己が思うように行動すると良い。」


「ディダ様は我々を導くような存在ではないのでしょうか?」

エミリアが不思議そうに遭遇したばかりの小さな神格に訪ねている。


この人もたいがい恐れ知らずだ。


「まぁ色々と助けてもらっているけど、コイツはそういう奴よ。勝手気ままに私たちに干渉しなかったり干渉してくる存在。」


「そういうことだね。」


「勝手気ままと言えば……あなた、この間の夢見でクルミに何かしたでしょ?」


クルミ?人名??

突然、聖女がなにか別の話題をしだす。

なにか重要なことだろうか……。


「「えっ」」

諜報員の兄妹が目に見えて驚いている。


「したと言えばしたけれども、正確には手助けをしただけだよ。彼が自分の役目を果たすうえで必要なことを、『夢見』の場においてのみ可能な手法によって果たさせてあげただけ。リリスの権能でも流石にネコの意思を完全に読み取ることは難しいだろうからね。」


ネコ?

クルミはネコ??

何の話なんだ、いったい。


「話せるように手助けしただけってことね。……それにしても、一体何なのよあのネコ。尋常じゃない存在感だったわ。」


「君は魔獣という存在をしりながら、彼に疑問を持つのかい?」


「少なくとも魔獣のような負の存在では……あぁそういうこと?」


「そういうこと。」


聖女とディダと名乗った神格が、この場にそぐわない謎の話を続けている。

せっかく流れを戻そうとしたのに……どうしてこうなった。


「あの……セレナ様、どういうことでしょうか……?俺達にもわかるように説明していただけませんか?」


国家の諜報員がネコのことに興味を示すのもどういうことなんでしょう。

もういい加減諦めて静観しようかな。


「あなた達の家族である3代目クルミが、あの夢見の場にて喋ったことについて。私はこのディダという神格があのネコに干渉して必要なことを語らせた、あるいは替わりに語ったと予想してたの。」


「正しくは、語れるようにしてあげた。だね。」


「……で、まぁクルミの存在はローム家でも謎の存在だったのは容易いのだけども……それもそのはずねよ。ディダが言うにはアレは『神獣』だそうよ。」


「まだ、『成神』してないけどね。あれはまだ『亜神』止まりだ。」


「えっ……と、あの?クルミがしんじゅう??……いったいどういうことですか?」

「セレナ様、神獣とは、あの……聖地シルヴァリスや『神域』エメラルドグローヴに住まうという伝説の?」


エミリアは理解が追いついてないし、ルーカスもピンとこないようだ。

両名狼狽えている。


私はもう理解を諦めた。


「そうよ。この世に蔓延る『負のマナ』によって変異した『魔獣』と対を成す存在。より希少で得難い『正のマナ』によって変異した『神獣』と呼ばれる存在。伝説って言うけども、私の仲間だったエルフのシルヴィアが言うには『結構頻繁に出会える存在』だそうよ。」


「彼はまだ神として正しい位にいない。だから本来であれば権能を越えて明確に意思を伝える権限を持たない。だけどボクの『雇い主』から許可が出たから力を貸した。彼の功績と献身の高さを評価されたんだろうね。結果、君たちは彼から神託のようなものを得た。これもまた『導かれし子』たちへの標だ。言えるのはこれくらいだね。


様々な因果が巡り、あの現象として結実した。


そういうものだと認識してくれればいいよ。」


『導かれし子』……神格ディダはそういった。

どういう意味だろう?言葉通り導かれていて、今の自分たちがあるとしたら……我々は神の手のひらで転がされているのかな?


風の精霊や精霊王たちもそうだが、彼らは発言に意味深な含みをもたせることが多い。捉えように幅を持たせることによって自身の伝えることに解釈の自由度をもたせる傾向があると言ってもいい。


正直、私としてははっきりと言ってくれたほうが助かる。


「相変わらずあんたは仄めかすのが好きね。もっとハッキリ言ってくれたほうが私としては助かるんだけど。」


あ、聖女と思考が一緒だ。

えへへ。


「いっただろ?我々は明確な指示を出さない。懲りたからね。それをすることによって勘違いした連中が大失敗するのを幾度となく見てきた。我々の言葉を曲解し、騙る連中が多すぎたのさ。

だから明確な干渉をさけるようになった。自分で考えることを第一にするように徹底したのさ。それにはハッキリとしたことを言わない方法が一番良い。」


「なるほど?色々苦労してるのね、アンタたちも。」


「そうだよ。だけど今は違う。考えさせ、自分で進ませている。だからボクも『雇い主』も、ちゃんと前に進んでいるセレナ達が可愛くてしかたないのさ。」


「ご期待に添えているようで恐縮よ。」


「これからも頑張ってね。応援してるよ。」


……終わったのかな?


やっと話が進められる気配に、私は安堵した。




相変わらず北の空には、禍々しい真紅の壁が遥か上空向けてそびえ立っている。死を告げる鼓動もずっと響き続けている。



そして気がついた。


いつの間にか私の体の震えは止まっていて。

胸中に安堵と信頼のような安心感があることに。



……尋常ならざる器を持つ彼らが見せた態度が、私を勇気づけてくれたのかもしれない……?



こういう心強さもあるんだなぁ……。



私は一人、妙に納得してしまって。

自分が自然と笑顔になっていることに気がつくのだった。


かふんちょー


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