第十七幕 「古き胎動」
体が竦む 心が震える 魂が怯える
何が起きているのかわからないのに
何が産まれたのかは理解できる
絶大なる力、悪意の結晶、絶望と終焉
「誰か、助けて。」
「さて、まずはルドの言っていることの説明からだね。」
ミアや私よりちっちゃい少女が、きれいな金髪を高原の風にたなびかせ、青い瞳をくりくりさせながら教鞭を執る。
「まずは君たちが『テリゥス』と呼ぶこの星についてだ。太陽星『アルテア』の周りを他の星たち同様に一定周期で廻るテリゥスは4番目の星。
そしてテリゥス自身も回転し、これがアルテアからの光をうける時間に影響し朝と夜がある。そしてアルテア周期によって季節の移り変わりがある。
ここまでは初等科の基本知識だ。
シャルたちには『星読み』の学術体系がないけど、コレくらいはしってるよね?」
「はい、存じております。」
「聞いたことが……ある、か?」
「しらんがャ。」
うーん。
三者三様。
「さて、テリゥスには自軸、自らが回転する時に中心となる軸を持っている。この軸はアルテア周期の軌道に対してやや傾いた角度を取っており、それによって四季と気候の変異性を得ている。」
「なるほど。傾きがあることによって地表のある地点においてアルテア周期に準じた太陽星との距離に差異が発生する……これが四季の温暖に作用する。ということでしょうか?」
「シャル姉すげえな……言ってることわかるのかよ。あたしもう訳わかんねぇ。」
「ミァ寝て良いかャ?」
「一応きいときなさい。」
「うャ……」
シャルママは学問には厳しいようだ。
微笑ましいね。
「ふふふ、ちゃんと興味が出たら勉強してみると良い。で、ルドの言ってることはここからだ。君たちが感じている太陽星アルテアから降り注いでいる力は『光と熱』。アルテアが太陽星として存在し、テリゥスに明るさと暖かさをずーっと届け続けている。これもわかるね?」
「はい。曇りの日の肌寒さ、日の短い冬の凍てつく寒さ。我々にとっては『骨身にしみる』ものとしてアルテアの偉大さを感じます。」
「まー、あたしもコレはわかるぜ。洞窟とか森に入って陽の光がないといやーな気分になるぜ。」
「ミァもおひさま大好きだャー。」
猫感覚。
隣でルーカスとエミリアがホッコリ顔で相好を崩している。
ちなみにリリスは真剣に聞き入ってて、ルドはうんうんと頷くばかり。
リリスなら星読みくらい知ってそうなもんだが、意外。
「でも、実はアルテアが太陽星として存在しつづけ、テリゥスに光と熱を届けるためには『とてつもない力』がアルテア全体で発生し続けてる必要があるんだ。」
ティダは続ける。
「……ふむ。それはつまり、熱と光以外の力場が太陽星から放たれる。……例えば爆発魔術系統のような衝撃や轟音といった?」
シャルが真剣に考え発想を述べる。
間違っているようで少し違うけども。
「爆発ぅ?太陽星にそんな様子があったこと見た記憶ねーぜ。」
「眩しくて見れんがャ。」
例えばって言ってるじゃろがい。
おバカさんたち。
「ある意味正解だが不正解だよ。爆発系の魔術に類する反応とは別物だ。あれはもっと根源的な現象。そうだね……原初の精霊同士が融合する時に発生する超魔術的作用。と言ってみても良い。地球上で似たような現象をあげるとすれば『天雷・火山噴火・極寒の死地における”死の光幕”』などが身近かな。」
なるほど、そう表現するのか。
この世界には『極小の世界』たる原子同士の反応とやらの知識体系が存在しない。それを精霊という要素に置き換え融合反応と言い換える。
ちなみに『死の光幕』とは極北と極南地域で見られる、空に巨大な光のカーテンが揺らめく怪奇現象に付けられた呼称だ。極寒の死地を監視する船団によって発見され、その後極南地域でも観測された。
『知らない知識』ではオーロラと呼んでいた、発生の原理も頭にはある。
ていうか私もコレ意味わからん、何よ『磁界』『電子』『原子』『核融合』って。
星か何かが集まってる融合するとアルテアのような光る星になるってこと?
わからん。
ともあれ、さすがディダ。お上手。
「その程度の自然現象が太陽星アルテアで起きていることなのですか?」
「どの程度だよ。もうわかんねーよ。」
「……スヤァ。」
「ううん。実際には違うよ。もっともっと強力で凶悪だ。そうだな……君たちの髪の毛を一本抜いて、それを手のひらに落としてみて。
僅かに肌に感触があるよね?それを何千億、何千兆倍にして。さらに強めた……そうだな、ティガ。『王虎』の『ナガレ』の頂点『五色』が生み出す連携魔術式に戦術級爆裂魔術があったね?」
「そうなんですか?ティガ。」
「意外な方向の話になったぜ。確かに五色連携に戦域を一層する爆裂魔術が存在する。見たことはないが『ナガレ』の一端だからな、知識としては知ってる。」
「……Zzz……」
へぇ……どんな威力なのかしら。
ソフィアの戦術級魔術とどっちが上か比べてみて欲しいわ。
「ソレの威力と髪の毛1本が肌に触れた威力。の、差かな。太陽星アルテアとテリゥスで放たれる自然現象の力場の差は。」
「……ちょっと想像ができねーですわ。髪の毛が轟雷や火山噴火などの総合値であり、アルテアの持続的精霊反応は猫人族最高峰連携奥義相当。ってのをさらっと言われても。ピンとこねーぜ。」
「さすがに私も想像が及びませんね。」
そらそうだ。
物差しが文字通り星級だもの。
「そういったとんでもない力場が発生し続けている太陽星アルテアの『光と熱』以外の波動を防いでくれているのが、テリゥス自軸を中心とした南北循環力場。そしてルドたち鳥人族が第六感で感じている者の正体だ。
ここまでわかったかな?」
「……正直実感はないですが、凄い力場がテリゥス周辺にあることは理解しました。」
「ダメだ。あたしはさっぱりわかんねぇ。んなにすげぇ力がこの星に降り注いでるのに、なんで何も見えない障壁が守ってるって言えるんだよ。道理があわねーぜ?」
「そ、そのことについては我からも知りたいです。女神が仰られたこと、知識として我々が持つ第六感部分に相応する箇所がいくつかありましたが……猫人族五色連携奥義などと比肩するような瞬間的な驚異ではありません!」
「見えない力については別に不思議ではないでしょ?」
私はそう言って大きく息を吸い込む。
「ってぇと?」
何が起きるんだろうくらいの気持ちでシャルとティガがこちらを見る。
リリスとルドも不思議そうな顔で私の方を向いた。
ルーカスとエミリアは何かを察したのか耳を塞ぐ。
『理力』を行使して喉頭筋強化を施し最大張弦。声帯を極収縮させて小型化し振幅域を狭める。その状態で細く安定した息を吐き出す。と……
私の口から小鳥のさえずりのような超高音が発声される。
『キュィィーー』
もうこれは声じゃなくて音だな。
「ひぇ!?」
「ちょっ、セレナ…!」
「なんの音だがャ!?」
猫人族の敏感な聴力には少々煩わしすぎるだろう音域。
寝ていたミアまでガバっと上体を上げて耳を抑える。
と、およそ人体から発せられる音とは思えない高周波を出しつつ更に出力と振幅域を絞り振動数を上げる。
「ィィィィー!!」
「わ、わかった音の圧だな!確かに見えない驚異的な圧力だよな!!」
「せ、セレナ!耳が痛いです!!もういいですから!」
「耳がャー!なんなんだがャー!?」
私はピタリと発声を止めて息を吐く。
「ふぅ。……ちなみに轟音もいけるわよ?」
「やめてくれ。わかったから。」
「頭がガンガンします……。」
「なんなんだがャ?!」
「そうだね、セレナの高周波。つまり音も見えない力場の一つだ。これももっと特殊な条件で星規模で巡らせているのが『南北循環力場』であり、太陽星アルテアからの見えない力場を防いでる障壁の一つさ。」
「そ、そして我ら鳥人族がその『循環力場』を第六感で捉え、飛行に活用している。というわけでありますな……聖女がこんな奇っ怪な声を出せるとは知りませんでした。」
ルドが耳を抑えて顔をしかめている。
なんなら超音波もイケるが?
君等には聞こえんから意味ないが。
「セレナの新しいいたずらは中々の破壊力ですね……」
リリスも目が点だ。
いたずらではないのだがね?
「さて、だいぶ寄り道したわね。で、ルド?この循環力場が貴女の悩みにどう影響して。過去の何を知るべき流れにつながるのかしら?」
私は軽く咳払いをしたあと彼女へと向き直り問いかけた。
ようやくここまで漕ぎ着けた。
鳥人族ルドの懸念、古い『風の便り』の意味。私とリリスだけでなく、獣人族や人族の諜報員に知らせたいほどのこと。
一体何だというのだ。
「我ら鳥人族が感じる第六感、『星の流れ』が変化しつつあります。ゆっくりと徐々にではありますが……そしてソレは流路を変えてとある一点を指して集中おります。それは極北の大地、魔族の本拠地『極寒の死地』、魔都ダーク・ノヴァより北東部に存在する特異点。」
「……『王の墓所』。」
「……『絶表の棺桶』。」
リリスと私が同時に呟く。
シャルが苦虫を潰したような顔になる。
「新魔王の誕生……か。」
ティガが呟いた。
「……新…?なんですって?」
「新魔王、そう言いましたか?」
ルーカスとエミリアが狼狽える。
どうやら王国諜報部も兆候を掴んでない話のようだ。
あるいはまだ上層部で止められている……か。
こんな重大事件『星読みの大賢者』ルキウス・ステラーノ氏くらいなら気づいてそうなものだし。
「零番隊特務官として問います。この話はいったい何だというのですか!?」
ルーカスが立ち上がり声を荒らげた。
「兄さん。落ち着いて。」
エミリアが慌てて兄を宥めている。
「ルーカス。座りなさい。まだ情報が出揃ってないわ。」
私は彼を冷たく諌めた。
「……ッ!」
ルーカスは息を呑み、苦い顔をしたあとスッと座り直す。
「ルド。最後の情報を教えて。なぜリリスの『夢見』で過去に来てまで……このことを知らせる意味があるのかしら?」
少し前からいやに心がざわつく。
「なぜ、12012年前なの……?」
なぜだろう……?
さっきから、とても寒いのだ。
リリスの夢見操作によって温感は切られているはずなのに。
背筋に耐え難い悪寒が走り続けている。
白峰山脈から南東を見下ろす高原の景色、眼前に広がる手つかずの自然。
雄大で勇壮で、心がすくような心地よい視界。
なのに我々の背後に、山脈の峰を越えた先にある極北の地。
一万二千年前の『極寒の死地』から……。
何かを感じているのだ。
「『風読み』イグ・ルドが……『古の風の精霊』より告げられた『便り』をお伝えします。」
私の問に対し、『風読み』は少し申し訳なさそうな顔をしながら口上を述べる。
「送り主はフウィン・リフィンの『古き民』マ・プゥ様。……内容をお伝えします。」
『夢見』前に聞いたのと同じ文言を、その時よりも暗く冷たい口調で。
そしてまた、あの懐かしい声が聞こえた。
『愛しき闇と懐かしき光よ。もう一通、古き友に便りを持たせた。
愛しき闇よ、お前が持つ定めの力であれば、友の便りを読めるだろう。
そして知ってほしい。遥か昔に何が起きたのか。そして考えてみてほしい。2000年前なぜそれが起きなかったのか。そして知ってほしい……近い未来。何が起きるのか。
そして、懐かしき光よ……どうか皆に知らせてほしい。人と獣と鳥たちに、森の民と大地の民に。あまねく全てに知らせてほしい。
時が訪れることを。
待ち焦がれ求め続けた変化の時。
悠久の時が終わる時。
罪の精算と裁定が行われる時。
それには全てが集う必要がある。
火も水も土も風も木も、闇も光も全てが集まる時だ。
……彼の地の最奥にて。
焦がれ待ち続けております。』
便りを言い終えた『風読み』は小さく息を吐く。
その後、ルドは大きく息を吸い込み、キッと北の空を睨みつけた。
「古の風が……風の精霊王が仰っております。」
なぜか皆立ち上がり、自然と北の空を見つめた。
『心して見よ。』
知らない声だった。
直後。
『ドグン』
と、何かが鳴った。
音じゃない。見えない圧だ。
大気が震え、私たちの体を突き抜けた。
違う、どうしようもなく巨大な力が放たれたのだ。
極北の地から発せられた圧力が凍土を削り、海面を走り、大地と木々を押し付けながら、空の雲を蹴散らしながら、風を切り裂いて土埃を巻き上げつつ、南へ南へと進み続けている。
体が動かない。
突き抜けた力が、私たちを威圧し続けているかのように。
指先一つ動かせない。
固まったまま北の空を瞬きもせず見つめた。
やがて。
『ドグン…………ドグン…………』
ゆっくりと長い間隔を開けながら、聞こえない音が、見えない圧が鼓動のような何かに合わせて大気が震える。
その鼓動に共振するかのように大気が振動して、そのたびに少しずつ北の空が赤く染まってゆくのが見えた。
そして白峰山脈の切れ間から地平線と水平線が見える。
そこから血のように赤い、しかし透けて輝くような何かが地面から立ち上ってゆくのが見える。やがて赤い光の膜は幾重にも重なるように立ち上り続け、極寒の死地を囲む城壁のように連なってそびえ立つ。
雲より、遥か上空まで星の外気に触れそうなくらい、高く高くそびえ立つ。幾重にも重ねられた赤く輝く障壁。
繰り返される大気の鼓動に合わせて、脈動する心臓のように光を明滅させている。
ふと思い出す。
ああ、これがそうなのか。
と。
魔王『ガルドリウス』
1万年以上前に誕生し、1万年間魔族の王として君臨し続けた『初代魔王』。別名『万年魔王』と呼ばれる存在が産まれた。
ろくに文明も発生していない時代、歴史書など残っていないほど、古い古い時代にその魔王は産まれた。
だが、口伝が残っている。
魔王誕生の伝説として何千年も語り継がれ、それが記録に留められる日まで連綿と言い伝えられてきた。
曰く
『北の空より響き渡る。音ならざる力。
巨大な鼓動と共に、大気と大地は震えた。
やがて北の空は血に染まり。
上も下も越えられぬ城壁を築く。
昼夜を問わず、世界にその鼓動は響き。
長き時の果てについぞ止む。
最後に一度。
巨大な鼓動が響き渡る。
真紅の城壁が消えるとともに。
新たなる死が産まれたことを。
全ての命が理解した。
これすなわち、”魔王の胎動”である。』
私たちは、知った。
『古の風の便り』により、リリスの『夢見』を通して。本来知ることなど出来ないはずの魔王が如何様にして生まれるか。その現象を知った。
知ってしまった。
つまり、我々の時代において近い将来。
『これが起きる。』……と。
懐かしい声は、そう告げたのだ。
ほんわか時々絶望
世界にその意を示す存在が産まれる時
どんなことが起きるんでしょうね
想像が膨らむ




