第十二幕 「空の民」
時々忘れそうになる
自分という存在が異物であるという事実
時々忘れたくなる
自分という存在が世界にとって何であるかという事実
「それでも私は動き続けないとだめなんだ。」
第一印象。
目が怖い。
いや、とても綺麗な瞳だし、くりっと丸い可愛らしい目だと思う。
だけど、その目はらんらんと開かれ、熾火に炙られる鹿肉に視線が釘付けだ。体勢も前のめりで獲物に飛びかからんとする猛禽類そのもの。今にも火に飛び込んで食いつきそうな勢いがある。
どうやら件の鳥人族の少女は相当空腹だったらしい。
「いっぱいあるし、最初に食べていいから……もうちょっと落ち着いたら?」
思わず呆れた声が口から飛び出してしまった。
周りの心配そうな雰囲気など気にならないのか、その余りにも必死な有り様に私のほうが気を使う始末。
「あばっ!?い、いえ!大事な食料を分けていただく上に最初に食べるなど!!我など一番最後に余り物を頂ければ十分でございまして!!」
鳥人族の彼女は慌てて取り繕う。が、視線はいっさい肉から離れない。
こいつは本気で飛びかかりかねん。
「ていうか、私たち。まだ自己紹介も済んでないんだけど?」
人同士のコミュニケーションにおける基礎が終わってないことに不満を示したつもりで小言をいう。
が。
「…………。」
グキュウゥゥゥ。
無言で真剣に肉を見つめている。
そして代わりに腹の虫で返事をしよった。
これは何も聞こえてないわ。
ていうか腹ペコキャラは私と被るからやめてほしいのだけど。
「はぁ……。」
私はため息一つ吐き出し、肩をすくめながら周りのみんなを見回した。
リリスは苦笑いしつつ、ティガと一緒に肉の下ごしらえ。
ルーカスはやや冷ややかな表情で肉を焼く。
エミリアも呆れたような顔でスープを煮込んでいる。
シャルは余裕のある微笑みを浮かべるだけ。
ティガはどちらでも良さそうに肉の塊を切り分けている。
ミアは彼女の振る舞いが面白いのか珍しいのか、興味津々だ。
そして、肉に釘付けの鳥人族。
推定『ハクトウ』の民。女の子。
白い髪とふさふさのポニーテール。
金色の虹彩と漆黒の瞳孔をもつ猛禽類っぽい丸くてくりくりした瞳。頭髪には飾り羽のように黄銅の髪留めが輝き立派な風切羽があしらわれている。
手足は細く肉付きは乏しいものの、間違いなく鳥人族らしい力強さを持った手足だと確信できるぐらいには、立派な鉤爪と敷き詰められた黄色い鱗が特徴的だ。
でも太ももはムッチムチ。
そして何と言っても背中には大きな翼。
首周りや胸周り、腰回りには羽飾りがふんだんに用いられた装飾品をまとっている。
髪留めの飾り羽、首や腰回りの装飾品。そして胸部や体を覆う衣類のような羽毛。背中の翼。これらすべては濃いこげ茶色をベースに白いアクセントの入った羽でしつらえられている。
おそらく彼女自身の羽根や羽毛を使った衣類や装飾品なのだろう。
たしか「子供の頃からの抜け落ちた羽根を使って身の回りの品を作る文化」みたいなのが鳥人族にはあった気がする。
「ま、そろそろ肉も焼けますし、スープもできたみたいです。皆で頂きましょう。」
そういって脂の乗った肉塊を木皿に取り分けるルーカス。
兄と一緒に木製の深皿に、モツ入り具沢山スープを取り分けるエミリア。
兄弟揃って立派に奉仕係を務めている。
行商人に扮した国家の超エリート諜報員なはずなんだけどね。
おかしいね。
取り分けた皿に乗った一番大きな肉塊とスープ。それを持ちながらルーカスが困ったような顔で私やシャルたちを見ている。
シャルはうんうんとやさしい笑顔で頷き。ティガは肩をすくめつつも首肯する。ミアはデカすぎる肉には特に執着もないようで小首を傾げる。
そして私は呆れ顔でクイっと顎で彼女を指し示す。
そんなやり取りを苦笑いしながら見守るリリス。
なお当の本人は大きな肉塊に釘付けだ。
「では。こちらをどうぞ。」
ルーカスはため息を一つつくと、手に持っていた木皿を鳥人族の彼女の目の前においた。
「……?」
コトリと音を立てて、眼の前に置かれたデカい肉塊入りの木皿。だが、彼女はコテリと首を傾げて、眼の前に置かれたことの意味を理解できていない様子。
先程から物欲しさ全開の熱い視線を肉に注いでいたというのに。いざその肉塊が自分の目の前に置かれたら、とたんに状況が理解できなくなるとはどういうことだ。
「あの。我の分は皆様に行き渡ったあとの余り物で……」
「私たちの目的地はトレードウィンドなのよ。明後日には着く予定だから、この人数とはいえどもこんなに立派な雄鹿は文字通り持て余すわ。遠慮なく食べなさいな。」
「たくさん食べてくださいね。」
「おう、いいから腹いっぱい喰えよ。」
「ミァは肉はそこそこで良いのャー。」
狩猟班である三姉妹それぞれからの快諾も出たことでローム兄妹も諦めがついたようだ。焼き上がった肉を次々取り分け、次の肉を焼き始めている。
「きょ、恐縮です。」
彼女はそういって安堵したかのような笑顔になると、早速目の前の肉塊をつまみ上げ豪快に噛みついた。
「まだまだ焼きますので。焼き方に希望などあれば言ってくださいね。」
そういって自分の分を最後に取り、ナイフで切り取り口に運ぶルーカス。
さっきからナイフだけで肉をひっくり返したり並べ直したりと器用なものだ。
「あ、でしたら我のは軽く火を通すくらいでお願いします。」
そう言って再び肉塊にかぶりつく。
彼女は噛みちぎった肉をほんの数回噛んだだけですぐさま飲み込んでしまい、すぐさまルーカスの言葉に反応してみせた。随分と粗野な食べ方だが……まぁ鳥っぽくはある。
立派な鉤爪の付いた指、そして手の甲から肘にかけて一部側面が黄色い鱗で覆われている。それ以外は概ね人と同じ構造の手。ちなみにリリスよりやや薄い褐色肌だ。
どうやら多少の熱さも平気なようで、まだ脂がじゅうじゅうと音を立てている肉を手づかみで噛みついている。
あなた、遠慮する割には注文つけるのね……。そしてレアが好みなようです。
っていうか知りたいのは、んなことじゃないんだわ。
「で、名前を聞かせてもらっても良いかしら?」
いい加減しびれを切らした私は、ややぶっきらぼうに彼女に問いかける。
はたと手を止め、目をパチクリさせるものの口はもぐもぐ動いている。
そして数瞬の間を開けて何かに気づいたかのように目を見開く。
やってしまった!
みたいな顔をしたあと、彼女は手に持っていた最後のひとくちを口の中に放り込み急いで飲み込む。
「たっ、大変失礼しました!一飯の恩義を受けた身でありながら無礼千万な振る舞い!我が身の未熟を恥じるばかりでございまして!」
そこまで食に執着できるのはある意味才能だよ……。
「名はルド。氏はイグ。『ハクトウ』の一族の端くれにございます!此度の温情溢れる施しと、我の無知蒙昧な振る舞いに対する寛大なお心遣いに真に感謝申しあげます!」
流れるように独特な口上を述べ連ねる、ルドと名乗った鳥人族の少女。
というか何処でそんなに古風なエリシア語を学んだのだろう。言語の壁が無いのは助かるが、時代の壁が立ちはだかりそうだ。
「ルドさん……と御呼びしたらよかったでしょうか?」
彼女の難解な語り調に目を白黒させながらリリスがコミュニケーションを試みる。相変わらずの努力家だ。
「左様に!ルミナの人々は我を『イグ・ルド』や『ルド』と呼びます。ご自由にお呼びくださいませ!魔王の姫君よ!」
そこにいた一同全員の時が止まった気がした。
少なくともリリスは硬直して顔面蒼白だ。
私はかろうじて冷静を保ちつつ、自然な動きを維持したままで次はどう動くべきか思考する。リリスの為にも私が動くべきだろう。あの子はこういう突然のことにめっぽう弱い。
だから迷わず思考を巡らせつつ口を動かす。
「最初からずいぶんなご挨拶ね。ルド。貴女は何を知っていて、それを発することの意味を理解しているかを教えていただきたいものだわ。」
自然と自分の口調が冷え込むのをはっきりと感じる。
ルドが発した言葉は「魔王の姫君」。
それが意味するところはルドが初対面であるリリスの正体を知っていることになる。そしてリリスの反応を見るに、彼女はルドのことを知らないはずだ。
それはつまり、リリスの知らないところでリリスの正体の情報が誰ぞ彼ぞに共有されている可能性を意味する。
結果、彼女が魔族であるという最大の秘匿すべき情報が、この人族の土地で第三者に流出しているという致命的なリスクが我々の知らないところで拡散していることになる。
この突然の異常事態にも関わらず、シャル達は静観して大仰に驚いたりはしていない。シャルやティガは落ち着いた様子だし、ミアですら状況を見守るように黙っている。ルーカスやエミリアも状況を理解できていない風を装ってくれている。
リリスが一人、小さく震え怯えながら固まっている。
きっと頭もろくに働いていないだろう。
私は『理力』をフル稼働して全力でルドを観察する。と、同時に思考を超高速回転で過去の記憶と情報がどこから流出したのか可能性の検証を行う。
ちらりとローム兄妹に視線を送るが、ルーカスは私の視線に素早く反応し首を振る。
タイミングとしてあり得ないが、可能性として今一番疑われるのは自分たちであることを理解しているのだろう。
その上で、ルドの発言を理解してないように装い、私の視線の意味するところを承知の上で否定してきた。
彼らじゃない。
「あ、あの。我は何かまずいことを言ったのでしょうか?」
妙な緊張感と私の剣呑な雰囲気を察したルドが恐る恐る口を開く。
「ええ。極上のまずいことを言ってくれたわ。貴女はそれを何処で知ったの?」
ギラリと視線を突き刺しながら立ち上がり、凄みのある声を彼女に投げかける。
「ひっ?!そ、それとは一体全体何のことでございましょうか……?」
私の雰囲気に怯えるルド。
だが私はさらに圧を強める。
「彼女に対し『魔王の姫君』と言ったこと。貴女は誰からそれを聞いたのかしら?返答次第では私は貴女に対して色々と行動を起こす必要性が出るわ。」
ルドがリリスの正体を誰から聞いたか、その情報源がどこからなのか知っておかなくては……いずれにせよ今後の旅の予定を大幅に修正しなくてはならない。
もし、人族や『例の連中』からであれば、即座に対策を考えなくては。
「え……っと。あの……その……あ!」
なぜこんなに高圧的な詰問を受けているのか理解できていない様子のルド。戸惑いながらも、しばし思案していたようだが急に素っ頓狂な声をあげた。
そしてすぐさまその顔色が青ざめる。
「かっ。」
直後、あわあわと半開きの口から間の抜けた声を洩らす。
「か?」
人名……鳥人族の名か氏?
聞きなれない言葉に戸惑う。
「それはいったいどこの――」
誰なんだ。
と、聞こうとした次の瞬間。
「重ね重ねお詫び申し上げます!あまりにご無礼と思慮にかけた振る舞いをいたしましたぁ!!」
ルドは叫びながら後ろに飛びのき、そのまま頭を地面に「ゴスッ」と打ち付けて両手の平を頭の傍に添える。
土下座だ。
なんか最近よく見るわね……。
……じゃなくて!
「ルド。一人で理解して謝罪しないでくれるかしら。私が聞きたいのは貴女がどこでその情報を手に入れて誰に喋ったかよ。」
更に威圧的な態度で問いただす。
もはや殺意すら込めて。
「ひっ!平にご容赦を!!我の命と職責に誓って、誰にも喋ったりなどいたしておりませぬ!事の内容も濫りに喋ること、我ら『風読み』の誇りにかけて誰一人として他者に漏らしてなどいないことを約束いたします!加えて、その内容が他人の耳に触れること、心底憚られることと重々承知の上にございます!姫君の立場を脅かすつもりなど毛頭ございません!」
言い回しがややこしいうえに、話が進まない。
「ルド。」
「ひぃぃ!お許しくださいませぇぇぇ!!」
私の威圧に心底怯えている鳥人族の少女。
「だったら、素直に誰から――」
「セレナ。それくらいにしてあげて。そんなに虐めたら可哀そうでしょう?」
静観していたシャルが突然口を挟んできた。
「シャル、止めないで。これは知っておかないと駄目なことなの。」
「わかっているわ。その上でセレナが知らないこともあるってことにも気付いて驚いているのよ、私。」
「どういう意味かしら?」
「ほら、そんなに怖い顔しないで。」
リリスの立場を考えたら怖い顔にもならざるを得ない。
でも、このままじゃ話が進まないのも理解できる。
「……わかったわ。教えてくれるかしら、いったい私が何を勘違いしているっていうのかしら?」
私は全身に滾らせていた殺意と『理力』の圧を解く。
「ひぐぅ……」
突き刺さる圧から解放されたルドが泣き出してしまう。
「ん。やっぱりセレナは頭の良い子ね。そして優しい子だわ。……でもまあ、リリスを大事に思うあまりにちょっとだけ間違っちゃったわね。」
「ねぇ、私は全知全能などではないの。でも落ち度があるのならば謝罪でも何でもするわ。でも不安や問題があるなら確実に取り除きたいの。」
「せっかちねぇ……。まぁ無理もないかしら。」
「シャル。お願い、早く教えて。」
いい加減にしてほしい。
私が不安に思う以上に、自身の立場が困窮していることに怯えるリリスが可哀そうだ。
「ま、これはルドも悪いと思うぜ。『風の便り』なんて獣人族しか知らねーだろ。あたしだって使ったことないし。」
「ミァもないがャー。」
「『風の便り』?慣用句じゃなくて?何が言いたいの?」
言いたいことが理解できずに苛立った口調になってしまう。
「興味ありますね。俺たちも獣人族の文化については見識が甘い部分があります。是非とも教えていただきたい。」
「リリスさんの安全の為にも、知っておきたいです。」
装うのを辞めたルーカスとエミリアも私同様に、少し剣呑な雰囲気になっている。まぁ疑われたことも踏まえ、ハッキリさせておきたいのだろう。
「……まぁ文化の違いといえばそれまでだけども。セレナもルーカスも、エミリアまで。そんなに怖い顔しないでちょうだい。」
「まずはセレナ、座りなさい。ルーカスも背中に隠している手に持った刃物をしまいなさい。エミリアもなんでお鍋のフタと木の杓子を握り締めてるのかしら……。」
まるで子どもの癇癪をしかる母親のような、呆れた口調と叱責するような態度のシャル。
「は。申し訳ありません、シャルさん。恩人の窮地に思わずといったところでして。」
「……手に持っていたもので……とりあえず。」
やばい。
ルーカス達がそんな状況だったことを完全に見落としていた。
私も思いのほか慌てていて視野狭窄に陥っていたようだ。
「はぁ……。わかったわ、大人しく聞くから話して。」
私は大きくため息をつき、一人青ざめたまま俯くリリスのところへと移動して彼女のすぐそばに座った。
そして彼女の震える肩を黙って抱き寄せた。
恐怖に怯え冷たくなっているリリス。
そんな彼女を支えてあげたくて、私は肩を抱える手に力を込めた。
少しだけ、リリスの震えが収まった気がした。
文化の違いって怖いですね
自分にとって当たり前のなんでもない行動が
別の国では社会的死を招く行為
海外こわ




