5.美少女二人にはさまれて
転入手続きをするというケイ(あとヴァンパイヤの子とも)と別れ、僕は自分の教室に入った。
教室の人数は三十人。
僕の通う中学は新興住宅地にある。
少子化の今時珍しく、マンションや戸建がばんばん建って、子どもの数が増えている地域だ。
それを見越して建てられた僕の中学は教室の数が多く、空き教室もいっぱいある。
クラスの人数も三十人。
今、義務教育の学級人数は四十人ということになっているから、まだ十人分の空きがあるわけだ。
転入生は毎日のようにどっかのクラスに入学してくる。
それを見越して、僕のクラスにも転入生用に予備の空き机が十こ用意してあった。
担任の先生――中年の男性だ――が入ってきた。
二人の転入生を連れて。
クラスの男子がざわついた。
無理も無い。
転入生は二人とも飛び切りの美少女だったからだ。
「げ……っ」
僕は別の意味で驚いた。
二人が美少女だったからではない。
いや、美少女なのは事実なのだけど……。
その美少女が、ケイと、ヴァンパイヤの子だったからだ。
ケイはともかく、あのヴァンパイヤの子まで一緒のクラスだなんて……。
僕は戦慄を覚えた。
「あーー、こら、静かに。
では、転入生の二人に自己紹介をしてもらうとしよう。
どちらからしてもらおうかな」
担任の中年男性教師がケイとヴァンパイヤの子を見て言った。
「はい、私からやります」
ケイが手を挙げた。
「そうか、じゃあ、陸守からやりなさい」
「はい!
みなさん始めまして。
私は陸守ケイといいます。
好きなことは走ることです。
新しい学校に来て、とっても緊張しています。
仲良くしてください!
よろしくお願いします」
ケイは明るい笑顔ではきはきとあいさつし、ぺこりと頭を下げた。
「おおーー」
という歓声が(主に男子から)上がり、拍手が起こった。
活発な人間の中学生の女の子らしさがよく出ているあいさつぶりだ。
人間の世界に来るに当たって、こういうのもケイはちゃんと練習してきたのかな?
「うん、よし。
じゃあ、次」
担任がヴァンパイヤの子を見て、自己紹介を促した。
「私は……、血祭冴。
よろしく……」
ヴァンパイヤの子の人間名は、血祭冴というのか。
なんだか、寡黙で神秘的なイメージを醸し出す自己紹介だな。
今朝、ケイとにらみ合っていた時の熱いイメージとは正反対。
どうやら、学校では静かな女の子のイメージでいくつもりらしい。
自己紹介も、この短い言葉だけで終わりだった。
「あーー、席は……」
担任が言おうとすると、ケイがさっそく手を挙げた。
「先生、私、掛橋君の席の隣にしてください」
「む?
陸守は掛橋のことを知っているのか?」
「ええ、実は今朝、学校への道が分からなくて困っている時に助けてくれたのが掛橋君なんです。
せっかく知り合いになったので……、なので、学校のことをいろいろ教えてほしくて」
ケ、ケイ、なんてこと言うの?
そんなことを言ったら……。
ザワ!!
クラス中の男子がざわついた。
クラス中の男子のねたみの視線が一斉に僕に注がれる。
ひいいいい……、こりゃあ、休み時間が心配だあ。
「そうかね。
そういうことなら……。
では、血祭の席は……」
「先生」
そこで、ヴァンパイヤの子――血祭冴も手を挙げた。
「私も、掛橋君の隣の席がいいです」
な、なんだって?
確かに僕の席は今、両隣が空いているけど……。
そ、そんなことを言ったら……
ザワザワ!!
クラス中の男子がさらにざわついた。
クラス獣の男子のうらみの視線が一斉に僕に注がれる。
そりゃあ、転校してきた美少女二人が、いきなり自分から僕の両隣に座りたいなんて言い出したんだから、ねたまれたりうらまれたりするのは当然だろう。
こ、これは、休み時間が心配どころか、恐怖になってきた。
「血祭まで……。
まさか、おまえまで、掛橋に道案内をしてもらったからと言い出すんじゃないだろうな」
「いえ、先生その通りです。
私……、学校に来る道を間違えてしまって……、それを陸守さんと登校中だった掛橋君が、親切にも道を間違えている私に気付いて学校まで連れてきてくれたんです」
「なんだ、そうだったのか」
先生、そこで納得しないでよ。
血祭冴の言っていることは、まあ、合っていることはあっているけど……、別に親切に道を教えてやったりしてないよ~~。
「じゃあ、掛橋、おまえが二人の面倒を見てやれ」
「は、はい!」
僕は先生に呼ばれてびくっとしながら返事をした。
「よし、二人とも、掛橋の両隣に座りなさい」
「はい!」
「はい……」
ケイと冴は、机の間を歩いて、僕の両隣にやってきた。
クラス中の男子生徒の視線が二人の動きを追う。
ケイと冴は、僕の両隣にかけた。
二人の動きを追っていた男子生徒たちの視線は、そのまま憎悪をともなった目つきとなって僕に集中的に注がれた。
「よろしくね、絆君」
ケイが笑顔を僕に向ける。
かわいい~~な~~、やっぱ。
「夜露死苦……、掛橋君」
あまり表情を変えずに冴も僕に顔を向けた。
――ていうか、「よろしく」の台詞が暴走族の漢字みたいになってるんですけど……。
でもまあ、一応あいさつはしてくれるんだ……。
冴も美人だよな~~。
などと、ぼや~んと冴の顔を見ていたら小声でそっと言われてしまった。
「近々、命もらうから……」
こ、こえ~~~~。
ケイがその言葉を聞き逃さなかった。
「絆君、こっちきて」
ケイは、僕の机の端っこを持つと、自分の机にぐいと引き寄せくっ付けた。
つ、机と机が密着う~~。
恥ずかしい~~。
小学生みたい。
い、痛い。
な、なんだ、この痛さは。
あ、分かった。
クラス中の男子からの視線が僕の全身に突き刺さっているからだ。
「だめ、イカせない」
冴が僕の机を逆方向に引っ張り、自分の机にくっ付けた。
わ、何考えてるんだよ。
僕の命をねらっているのは分かるけど、まさかクラス中の視線がある中では何もしかけられないだろう。
机くっ付ける必要あるのか。
い、いててて……。
ますます、クラス中男子の視線が刺さる。
「ちょっと、やめてよね!」
ケイが、少しきつい表情になって机を引っ張り返した。
「ふん!」
またも、冴が机を引っ張る。
ついに二人が机を引っ張り合って、僕の机は僕の目の前で若干浮きながらぷるぷる震える状態となってしまった。
「こらこら、何をしてるんだ。
授業に集中せんか」
先生が見かねて注意した。
そ、そうだよ、先生の言うとおりだよ。
「はい」
「はい……」
二人とも机を引っ張るのはやめてくれた。
――と思ったら。
ケイが、今度は自分の机を僕の机にぴったりくっ付けてきた。
それを見た冴が、負けじと自分の机をぴったりとくっ付けてきた。
再び二人の視線がぶつかり合い、僕の眼前で火花が飛ぶ。
さらにクラス中の男子の視線がグサグサ刺さる。
ケイ……、これじゃあ、休み時間に早くも僕の命が危ない感じなんだが……。
君はモンスターからの攻撃の他、人間の男子中学二年生からの妬み攻撃からも僕を守ってくれるのかい?
先生は、やれやれという様子で僕ら三人を見ると授業を再開させた。
クラスの机は、みな一つ一つ離して並べてあるのに、僕とケイと冴の三つの机だけがくっ付いているのだ。
違和感~~~~。
――そして。
授業が終わり、恐怖の休み時間がやってきた。
授業に終わってほしくないなんて思ったのは初めてだ。
「か~け~は~し~~」
「どういうことなのかな、これは~~?」
「納得のいく説明をしてもらおうか」
男子生徒がたちまち僕の席の周りに集まってきた。
中にはボキボキと指を鳴らしているものも入る。
「い、いや、納得のいく説明も何も……、僕はただ、ホントに今朝、道案内をしてあげただけで……」
僕はしどろもどりになりながら弁明する。
「ただ道案内してあげるだけで、なんでこんなかわいい女の子が二人もおまえなんかのことを慕うんだよ」
「道案内とかはウソで、本当はおまえ何かこの子たちの弱みでも握ってるんじゃないのか」
「そうなのか掛橋?
なんて外道な奴なんだ!」
ひ、ひえ~~。
話がどんどん変な方向に進んでいく~~。
「ち、違うって、ほんとに道案内だけなんだよ~~。
ね、ねえ、陸守さん?」
僕は助け舟を隣のケイに求めた。
「え~~。
私たちって、道案内だけの関係だったのーー?
そんな、絆君、ひどい」
どわあああーーー!
ケイ、いったい何を言い出すんだ。
「ほら見ろ、掛橋!」
「陸守さんだって、そう言ってるじゃないか」
「おまえ一体、どんな外道な行いをしているんだ」
僕は両手のひらをばたばた振り回しながら言い訳する。
「してない、してない。
ほんとに何もしてないよ」
一人の男子生徒が僕の肩をつかんだ。
「掛橋。
ちょっと、向こうで納得のいく説明をしてもらおうか」
ひい~~~~、物陰に連れ込まれてボコられるぅ~~~~。
絶対絶命のピンチ!
ところが、そこでケイが言ってくれた。
「だめーー。
私これから掛橋君に学校のこといろいろ教えてもらうんだからーー。
どこにも連れていかないでーー。
お願い、みんな」
ケイが男子生徒一人ひとりの顔を見ながら懇願した。
それだけで、男子生徒どもの態度が豹変した。
「い、いやあーー、そうですか」
「確かに、それはお困りですよね」
「分かりました。
では、陸守さんに免じて、この外道野郎をボコるのは執行猶予ということにさせていただきます」
男どもは去っていった。
ほ……、良かった。
安心したら、何だかトイレに行きたくなっちゃった。
「あ、あのケイ、僕ちょっとトイレに行くよ」
「分かった。
一緒に行くね」
「あ……、そうなの?」
「うん」
僕が席を立つと、ケイが直ぐ横に並んで付いてきた。
ガタン。
椅子を引く音がした。
振り向くと、なんと血祭冴も後ろからついてくるではないか。
「なんでおまえがついてくんのよ」
ケイが冴をにらみつけて言った。
「ふん。
私の行動について貴様の指図は受けん。
どのように行動しようと私の自由だ」
「絆君には指一本触れさせないわよ」
「どうかな」
「あ、絆君、待ってよーー」
言い合いをしているケイと冴をおいて、僕はすたすたとトイレに急いでいた。
もよおし度が増してきたので急がなければならない。
トイレの前に来た。
扉を押して中に入る。
「わ! ダメだよ、ケイ」
「え?」
ケイが僕の後をついて、一緒に男子トイレに入ろうとしたのだ。
僕はケイの両肩に手のひらを置き、彼女を廊下へと押し戻した。
「だって、目を離したら、絆君が、あの血祭冴に……、ヴァンパイヤにやられちゃうかもしれないのよ」
「いや、だけど、女子が男子トイレに入るのはまずいよ」
「でも……」
「じゃ、こうしよう。
あの血祭冴が男子トイレに入ってこないように見張っていてよ。
それならいいでしょ」
「あ、うん……」
少し遅れて向こうから血祭冴が歩いてくるのが見えた。
「じゃ、頼むね。
ちょっと僕もう限界なんで」
僕は足早にトイレ内に戻った。
用を足しながら思った。
「ふう……。
なんだかおかしなことになっちゃったな。
この調子でこれから中学校生活を送るのか……。
疲れちゃいそう」
手を洗っていると、何やら、廊下が騒がしい。
キャーとかヒーとか言った、女の子の悲鳴と、
「いいぞ、やれやれー」
「やめなよ」
「誰か先生を」
「ちょっと男子、見てないで止めなよ」
などといった、男女入り混じっての声が聞こえる。
嫌な予感がした僕は急いで廊下に出た。
見ると、ケイと冴が取っ組み合っていた。
周りを男女の生徒が取り囲んでわいわい言っている。
二人の戦いは、だけど、昨日の夕方僕の前で見せた常人離れした能力を発揮してのものではなかった。
あくまでも人間の女の子同士の戦いとして行われている。
二人とも、そのあたりは人間に正体を明かさないようにするという分別があるようだった。
おっといけない。
そんなことを感心している場合じゃない。
け、けんかをとめなきゃ。
「や、やめなよ、二人とも」
僕はケイと冴の間に割って入った。
「ど、どうしたのさ、二人とも」
「絆君。
こいつが男子トイレに入ろうとするから、私が止めたのよ」
「ふん。
貴様に指図される覚えはないと言ったろう。
掛橋絆が入ったから、私も入ろうとしただけだ」
「女の子は男子トイレ入っちゃいけないよの?
おまえ、そんなことも知らないの?」
ケイが上から目線で冴を挑発する。
そういうケイだって、今さっき男子トイレに入ろうとしたじゃん――とは思ったけど、みんなの前でもちろんそれは言わなかった。
そんなことしたら、せっかくいつも僕のことを思ってくれているケイのメンツを潰すことになる。
「く……、ちょ、ちょっと間違えただけだ!」
悔しそうに歯を食いしばって冴が言い返した。
そこでチャイムが鳴った。
「なんだよ、いいところだったのに」
「美少女同士の取っ組み合いもっと見たかったよな」
野次馬たちが勝手なことを言いながら、それぞれの教室に戻り始めた。
「ケ、ケイ。
僕らも戻ろう」
「そうだね、絆君」
僕とケイも、教室に向かって歩き出した。
もちろん、直ぐ後ろから冴がぴったり付いてきた。