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第2話:仮面の覚醒者

町はずれにある、数十年前に政府によって封鎖された「旧市街国立劇場」の廃墟。感情が毒物となった今では、そこで何かが演じられることは無くなっていた。


普段は人気の無いその場所で、セラフの隊員たちが忙しそうに動き回っている。何かを探しているようだ。


「はぁ!?ここでWRATHの反応が消えた?――ふざけないで」


陣頭指揮を取っているのはライナ・クローデル。重めの茶髪を後頭部で力強く編み込み、一本の杭のようにタイトに束ね、セラフの真っ白な制服に身を包んだ女性。

JOYの覚醒者で、セラフJOY部隊の隊長だ。隊長の中では最年少の19歳、若き天才である。シャープな銀縁のメガネが、より彼女の優秀さを引き立てているようだ。


「そんなわけないでしょ。WRATHは一度覚醒すれば、死ぬまで暴れ続けるのよ。他の覚醒者みたいに能力のスリープができるわけじゃないんだから。

反応が消えたっていうなら、その場所に死体が転がってなきゃおかしいじゃない。死体も見つかってないの?」


「そうですね、死体は見つかっていません。劇場の中も、ホームレスの少年が一人いただけで……」


「その少年からWRATHの反応が出たわけじゃないんでしょ?だったら関係ないじゃない。いいから、もっとよく現場を洗って!WRATHは絶対に野放しにできないんだから!」


忙しく周囲を捜索するセラフ隊員たち。


一方、劇場内ではホームレスの少年……カイが身をひそめていた。


昨日WRATHの覚醒者となり、破壊衝動に飲まれそうになったカイは、死んだはずのミナの声で理性を取り戻した。その後、監視ドローンに追われながら廃劇場に逃げ込み、本来WRATHの覚醒者には不可能な「能力のスリープ」を行い、監視ドローンの追跡を振り切ったのだ。


なぜスリープができたのか、カイには分からない。他の覚醒者であれば能力のスリープは当たり前に可能だが、WRATHは本来、覚醒したら死ぬまで暴れ続けるだけの、人型の破壊衝動と化すからだ。


「あの、頭の中に響いたミナの声が、何か関係あるのか…?」

ミナの声と同時に、ミナの最期を思い出すカイ。


「……あ、あぁ……!」

カイは自らの顔を片手で覆ったまま、手近な衣装箱を払ってひっくり返した。


「守れなかった…!ミナを……!!」

激しい後悔と同時に、左目に傷の男への激しい憎悪があふれてくる。

「あの、左目に傷の男…!絶対に見つけ出して殺してやる……!」


とはいえ、左目に傷がある軍服の男であるということ以外に何の手がかりも無い状態だ。


「あの時は能力を発動させていなかったようだが、ヤツも恐らくレッカーだろう。後始末用のチンピラが来たことを考えても、どこかのレッカー組織に属している可能性は高い。街中で次々にレッカーを狩っていけば、いずれヤツにぶち当たるかも知れない」


かなり大雑把な理論ではあるが、現状それくらいしかできることがないのも事実である。

だが、そこで問題が1つ。レッカー狩りの際にWRATHの能力を使うとすると、素顔をさらしたままなのはマズイ。

能力をスリープすればスキャン装置には見つからなくなるにしても、素顔がバレたら四六時中殺処分の危険にさらされることになる。


悩んでいるカイの目に飛び込んできたのは、さっき感情に任せてひっくり返した衣装箱。中からいつの時代のものかも分からない、舞台用の小道具が転がり出ていた。

それは、真っ黒な、何の装飾もないシンプルな仮面。お世辞にも格好いいとは言えない代物だ。


だが、今のカイにはそれが必要だった。仮面を付けて、鏡の前に立つ。

黒いパーカーのフードを目深に被り、顔を仮面で隠すと、まるで影そのものだ。復讐のために生き、レッカー共を飲み込むだけの影。

「いける。これなら正体がバレずに闘える。」


その日から仮面を被り、カイのレッカー狩りの日々が始まった。

次から次にレッカーを狩っていく。監視ドローンには毎回アラートを鳴らされていたが、仮面で顔を隠しているので、追跡を振り切って能力をスリープし、仮面を外せばカイがそれ以上追われることは無かった。


返り血で仮面が汚れ、それを拭い、また夜の街へ飛び出していく……そんな夜を何度繰り返しただろうか。

しかしやはりというか当然というか街中で当たるレッカーは小悪党ばかりで、左目に傷の男の情報は全く得られなかった。


イラ立つカイとは裏腹に、街のチンピラの中では仮面のレッカー狩りの男の噂が広まっていた。


その日も、カイはレッカーを探して街中をうろついていた。

とある路地裏から、少女の悲鳴が響く。


路地裏に駆け込んだカイの目の前で、大柄なチンピラが、6~7歳くらいの、白いワンピースを着た少女をさらおうとしていた。


「やめて、嫌…!」

「お嬢ちゃん、すぐ済むから大人しくしててくれよ」

男の目から禍々しい青のオーラが発現する。《SORROW(悲しみ)》の能力者…レッカーだ。


カイは仮面を付け、男に声をかける。

「…やめろ。」


「なんだ?テメェ。そんな変な仮面付けやがって……」


カイが能力を発動する。仮面に空いた無機質な穴から緋色のオーラが溢れ出し、監視ドローンが一斉にアラートを鳴らす。


「ひ、WRATH…まさかお前、最近噂の仮面のレッカー狩り!?ホントにいたのか…」

一瞬チンピラはうろたえたが、すぐに少女にナイフを突きつけ、盾にして叫んだ。


「動くんじゃぁねぇ!このガキがどうなってもいいのか!?」


涙を流す少女とカイの目が合う。

ミナよりも幼い少女だが、死に際のミナの泣き顔と少女が、カイの中でフラッシュバックする。


「キ…サ…マ……」


唐突に緋色のオーラが巨大化する。ミナが死んだ時の怒りを思い出し、能力が暴走しかかっているのだ。理性を失い、オーラに飲まれていくカイ。


「ひ…!やべぇ、何だコイツ……!!」


このままでは少女も巻き込み、レッカーごと殺してしまう。緋色のオーラに包まれたカイが体勢を低くし、レッカーに飛び掛かる…寸前。


またしても、カイの頭の中でミナの声が響いた。

「お兄ちゃん…やめて、お兄ちゃん…」

「そのままじゃあの子も一緒に巻き込んでしまう。お兄ちゃん、やめて…」


またしても暴走寸前で理性を取り戻すカイ。

「まただ…またミナの声が、俺を止めた…?」


「てめぇ、何ボケっとしてやがるんだ!」

カイの暴走にビビっていたチンピラが大声を上げる。

「なめやがって、このガキぶっ殺したら、次はお前だ!!」


少女に突きつけていたナイフに力を込めるチンピラ。が、ナイフはピクリとも動かない。


「やめろと言ってるだろう」

数メートルは離れていたカイが、一瞬で距離を詰め、チンピラのナイフを掴んでいたのだ。


「な…なんだテメェ!」

「お前、左目に傷のある男を知っているか?」

「はぁ?知らねぇよ、いいからナイフを…」

チンピラの言葉を聞き終わる前に、ナイフを持った腕を捻りあげる。

「あいててて!何しやがるんだ!」

激痛でチンピラは少女を離す。その瞬間、裏拳でチンピラをぶっ飛ばすカイ。

怯える少女を、優しく抱きかかえる。


「あ、ありがとう」

少女が仮面の奥の瞳をじっと見つめる。WRATHの緋色のオーラに包まれつつも……深く、底知れない悲しみを湛えた目。


「ここでしばらく大人しくしてろ、そのうちアラートを聞いたセラフが来て保護してくれるだろう。」


少女をおろし、凄まじいジャンプ力でその場を離れるカイ。監視ドローンがその後を追っていく。


カイの瞳を見た少女がつぶやく。

「……きれい」


数分後、少女のもとに、ライナが駆けつけた。

「な、なにこれ、何が起こったの?」

現場の破壊跡と、伸びているチンピラに驚きつつも、少女を保護するライナ。


「大丈夫?ここで何があったの?WRATH発生のアラートを聞いて急行したんだけど…」

「あのおじちゃんが私をゆーかいしようとしたんだけど、仮面のお兄ちゃんが来て助けてくれたの」

「仮面の?最近噂になってる仮面のレッカー狩り?そいつがWRATHなのかしら、だとしたらはやく処分しないと。監視ドローンを追わなきゃ」

「あのお兄ちゃんは悪者じゃないよ!私を助けてくれたんだから!」

「そ、そうなの?でもWRATHはね……」

「WRATHじゃない、あのお兄ちゃんはスカーレット!」

「……スカーレット?」

「あのお兄ちゃんの目は緋色ですごくきれいだったんだよ。だからあのお兄ちゃんはスカーレットだ!」

「………スカーレット……」


仮面のWRATHを追う必要があると知りつつも、少女の勢いに押されるライナ。

この日を境に、レッカーを狩る仮面の男はスカーレットと呼ばれるようになることを、カイ本人はまだ知らない。

【第1部 毎日更新中】

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