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8 迎えですネ

 この世界に来て、六日目。


 初めての依頼も難なくこなし、報酬とポイントを受け取った後は、湯屋の二階でひたすらだらだらと過ごす、素晴らしい日々。基本的に引きこもりの彼は、一日中家で寝ていても苦にならないタイプなのだ。


 そもそも今は、表に出るのは危険である。城に忍び込んだ賊(秋良のこと)がまだ捕まっていないため街中がピリピリしている。いつの間にか、人を何人も殺した極悪人にされているし。うっかり捕まろうものなら死亡フラグが立つ(もちろん簡単に死にはしないが)こと請け合いだ。冗談ではない。


 とは言え、何もしていないわけではない。いちおう。


 朝起きたらごはんを食べて、湯殿の掃除を手伝ったり、番台(湯屋の受付)に座ってお客の対応をしたり。


 今日も今日とて湯屋のエプロンをつけて番台に座っている。ここに来るのはたいてい近所のおばちゃんおじちゃんで、気さくないい人たちばかりだ。詮索好きなのがたまに傷だが。そして決して裕福ではない人々で日々の生活に追われているため、手配書なんて見てもいない。風呂に入るのが唯一の楽しみだ、というような人たちばかりなのだ。だからこそ、噂は知っているけれど、何となく程度で尾ひれがつきまくって、大量殺人犯にされてしまったいまでは、番台に座っている秋良と結び付けて考えるものなどいやしない。


 「アキラちゃん、今日もせいが出るねえ」


 なれなれしく話しかけてきて、お駄賃だよ、と飴玉をくれたのは近所に住むナナおばさん〈推定年齢六十歳〉。リャーナと同じ猫人族だ。六年前に旦那に旅立たれてからは、仕立て物の仕事をして子供四人を一人で養っているつわものだ。初回から秋良に気さくに話しかけてきて、いろいろ話をしていく。どうやら騎士団に入った一番上の息子と同い年らしく、寂しさを紛らわせているのだろう。……よく考えたら随分な高齢出産である。


 「昨日はねえ、息子が久しぶりに帰ってきたんだよ」


 にこにこと顔のしわを深くして優しく笑う。一年ぶりだと、今日の夜までは家にいるのだと、とてもうれしそうだ。


 「よかったですね。だったら今日は一緒にいなくていいんですか?」


 せっかく帰ってきたのに湯屋に来ている場合ではないのでは?と聞くと、おばさんは嬉しそうにさらに顔のしわを深くした。


 「それがねえ」

 

 ちょっと聞いておくれよ、と目の前の番台を壊れるんじゃないかという勢いでバンバン叩いて、秋良の目前に顔をずいっと近づける。いやいやいや、もう少し離れてほしい。切実に。


 「うちの息子は本当にいい子でねえ」


 ナナおばさんの息子はとても親孝行で、剣術も強く、勉強もでき、気もやさしく、とにかく素晴らしいヒトなのだそうだ。延々と息子の素晴らしさを語るナナおばさんにうんざりする。そんなできた奴なんざいるか。やさぐれた気分でけっ!と思う。そういうやつは九十九パーセントは腹グロに違いない。とにかくお近づきにはなりたくないタイプである。


 それはともかく、ようやくナナおばさんのおしゃべりが終わったころ、噂の息子が湯屋に来た。半分以上聞き流していたおばさんの話をもっとしっかり聞いておくのだったと後悔するのはもう少し後になる。


 



 「アキラ・シヅキさん?」


 秋良の前に立って、話しかけてきたのはナナおばさんによく似た優しげな面立ちの猫人族だった。名前はルインというらしい。彼は言葉巧みにナナおばさんを風呂場へ追いやった後、外にいた三人の騎士を招き入れた。


 「‥…そうですけど。お風呂は四人様でご利用ですか?」


 銅貨四十枚です、というと、目の前に騎士がにっこりと笑った。


 「我々の用件はご存じではないですか?」


 にこにこと笑いながら問いかけてくる。彼らはどうやら秋良が件の手配書の人物だと確信を持っているように見える。やっぱり腹グロだ、と心の中で舌打ちをする。


 「ここは風呂屋ですよ。風呂に入るのがご用件かと思いますけど」


 「とぼけても無駄ですよ。私はあなたが捕まっていたあのとき、王の後ろにいた騎士の一人です。ちらりとしか見えませんでしたがあなたの顔はよく覚えていますよ」


 ヒトの顔を覚えるのは得意なんです、と相変わらず笑いながら言う。


 「‥…それで、俺はどうすればいいのかな。また牢屋へ逆戻り?」


 あの時後ろにいた騎士の顔など覚えてもいないが、ルインはかなりの確信を持っているようだ。こうなればとぼけても無駄だろう。秋良は肩をすくめて、あきらめることにした。どの道、捕まったとしてもすぐに逃げられるし、大したことはないだろう、というのもある。


 「いいえ、今回は国王陛下と竜神殿が直接に尋問したいとのことですので。牢ではありませんよ。ただし、魔法を使って逃げられないように魔法封じの【封冠】をつけていただきますが」


 「…【封冠】」


 聞いたことのないアイテムである。訝しげな顔をした秋良に、ルインが後ろの騎士から受け取ったサークレットを示す。それをつけて城まで同行しろということらしい。面倒臭いが、後ろの騎士がさりげなく二階に目を向けるしぐさをしたので仕方なく同行することにした。二階で休んでいるリャーナに危害でも加えられたら後味が悪いことこの上ない。


 『リャーナ、俺ちょっと出かけてくるから。番台変わって』


 何かあった時に、と連絡用通信アイテム【携帯君】(離れていても互いに持っていると声を届けることができる。携帯電話のようなもの)を渡してあったので、騎士に断りスイッチを入れるとそれだけ告げて通話を切る。


 「ほう、変わった魔法具をお持ちですね」

 

 ルインが感心したように通話を終えた秋良をみる。


 これは初期ダンジョンをクリアすると手に入る物品で、イベントクエストに必要なものなので、ほとんどのプレイヤーが持っている。ちなみにそのクエストをクリアすると後は無用の長物と化す無駄なアイテムである。意外なところで役に立った。


 「そんなことよりさっさと行こう。なるべく夜までには戻りたいしな」


 軽く行って、騎士たちを促す。秋良が主導権を握るようなその仕草に後ろの騎士たちが殺気立った。それをルインが制して、サークレットを秋良の頭につける。魔法が使えなくなったら困るな、とウインドウを開いてみたがつけられてもステータスに防御力がわずかに2、プラスされている以外特に変化がない。首をかしげつつ騎士たちにばれないように魔法【解析】を使って調べてみる。どうやらこれはアイテム【束縛の首輪】の改良版のようだ。【束縛の首輪】は自分よりレベルの低いものにつけると、つけられたもののMPを0にするという首輪なのだが、自分よりレベルの高いものにつけても(一応つけることはできる)全く意味がない。この場合ルインにレベル表示がないので定かではないが、少なくとも秋良よりレベルが高いということはない(当然といえば当然だが)のだろう。そのため、効果は発揮されなかったのだ。改良版のためか、元祖【束縛の首輪】にはなかった防御力があるようだが。それでも2というあるかなしかのものである。


 何の意味もないことも知らず、騎士たちは安心したようにうなずき合っているので、あえて自分からばらすのも馬鹿らしい、と秋良は沈黙を守ることにしたのだった。




 

※ ※ ※




 「おい、リャーナ」


 「何かしら~」


 夕刻に帰ってきたハウザーは番台に座っているリャーナに首をかしげる。


 「今日は一日秋良が座るはずじゃなかったか?」


 「そうなんですけど~。どこかに行っちゃったんです~」


 にこにこと、全く気にしてませんよ?と言いたげにリャーナが言う。


 「どこかって」


 街中の様子を思い出して、ハウザーが小さく舌打ちをした。


 そういえば昼前ごろから街中を殺気だった様子でうろついていた警備隊も騎士も姿を消していた、と遅まきながら気づいたからだ。おそらく騎士か警備隊に見つかって連れて行かれたに違いない。


 「リャーナ、秋良からもらった【携帯君】とやらで連絡はとれないのか」


 「そこなんですよ~。もうすぐ夕御飯の時間じゃないですか~。ご飯がいるのかいらないのか聞こうと思って~連絡してみたんですけど~つながらないんです~。困りますよね~」


 連絡が取れないということは確実に捕まったと見ていいだろう。ハウザーは相変わらずまったく危機感のないリャーナに聞いてみた。


 「‥…何もしないのか?」


 「何をですか~?何かをする必要なんてありませんよ~」


 ああでも夕食は作り置きしておきましょう、とにっこり笑うリャーナを穴があくほど見て、ハウザーは肩の力を抜いた。


 「そうだな。まあそのうちひょっこり帰ってくるかもな」


 「そうですよ~。十五にもなったらもう成人ですよ~大人です~。ハウザーさんは過保護ですね~」


 「悪かったな」


 ふつうは心配するだろうが、と苦笑して、二階へあがる。


 今は動く時ではないとリャーナが判断するのならば、たいして問題はないのだろうと一人納得しながら、それでもつい心配で秋良のことをあれこれ考えるハウザーだった。



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