第一部 東京 一九九二〜一九九八
一
一九九二年、四月一日。
神谷町の改札を出ると、坂の上にガラスの塔が見えた。
朝の光が、塔の上半分にだけ当たっていた。
坂を上る人の流れは、途中で二つに分かれた。紺の背広は右のビルへ、少し色の明るい背広は左の塔へ。
沢渡修は、左に曲がった。
受付で名前を言うと、人事の女性が降りてきた。
「沢渡さん。お待ちしてました」
名札の写真を撮られた。フラッシュが強くて、目を閉じた顔になった。
「撮り直しますか」
「いえ、これで」
一生この写真を首から下げるわけでもない、と思った。
オリエンテーションは英語だった。スライドが十二枚。コンプライアンス、情報管理、社内の電話の取り方。
最後の一枚に、大きな字で書いてあった。
We are one firm.
隣に座っていた同期の男が、小さく鼻で笑った。
昼前、トレーディングフロアに案内された。
扉が開くと、音が来た。
電話の呼び出し音、誰かの怒鳴り声、紙をめくる音。それらが全部、天井の低い空間に押し込められていた。
机の上には、黒い画面に琥珀色の文字が並ぶ端末がいくつも置かれていた。数字が点滅するたびに、誰かが受話器に向かって短く何かを言った。
「ここは、あなたの席ではありません」
人事の女性が言った。
「システム部は、奥です」
フロアの端の、窓のない扉の向こうだった。
中に入ると、音が消えた。
空調の低い唸りだけがあった。
「沢渡くん?」
四十代半ばの男が、椅子を回してこちらを見た。
「野々村です。ここの、まあ、古株」
野々村は、国内の証券会社のシステム子会社から移ってきたのだと言った。
「最初の一年は、とにかく壊さないこと。それだけ覚えといて」
午後、上司に挨拶に行った。
ダグ・ハーパー。ニューヨークから来て二年目。机の上に、家族の写真とヤンキースのマグカップ。
「Welcome」
握手が強かった。
「東京には、あと一年いる。その間に、きみが僕の代わりに夜中に起きられるようになってくれると嬉しい」
冗談なのか本気なのか、わからなかった。
「Don't break anything」
野々村と同じことを言った。
夕方、野々村が一台の端末の前に呼んだ。
緑色の文字が、上から下へゆっくり流れていた。
同じ形の行が、三十秒ごとに一行ずつ増えていく。
「ニューヨークとの専用線。向こうのホストから、三十秒おきにこれが来る」
「何が送られてるんですか」
「何も」
野々村は画面を指で叩いた。
「中身は空っぽ。生きてる、って言ってるだけの電文」
「それが止まったら」
「呼び出される。夜中でも」
ハーパーが後ろを通りかかって、画面を覗いた。
「Heartbeat」
それだけ言って、行ってしまった。
心拍、と頭の中で訳した。
帰りの電車で、その言葉のことを少し考えた。
中身のない電文を、三十秒ごとに、太平洋の向こうへ送り続ける。
誰かがそれを受け取って、また送り返す。
悪くない仕事だと思った。
その夜、荻窪のアパートに電話がかかってきた。
富山の母だった。
「どうやったけ、会社」
「普通だよ」
「外資って、大丈夫なんけ。すぐ首切られるって、テレビで言うとったよ」
「切られたら、他を探すよ」
受話器の向こうで、母が黙った。
後ろで、テレビの音と、兄の笑い声が聞こえた。
実家は置き薬の商売をしている。祖父の代からだ。
兄は大学を出てすぐ家に戻り、父と一緒に車で得意先を回っていた。
店も、家も、墓も、兄が継ぐ。
誰かがそう決めたわけではない。最初から、そういうことになっていた。
「兄ちゃんがおるから、あんたは好きにせられ」
母はよくそう言った。
慰めのようにも、突き放すようにも聞こえた。
どちらでもいい、と思っていた。
線の外側にいる、ということは、身軽だということでもある。
「体、気をつけられ」
「うん」
電話を切った。
窓の外を、中央線が通っていった。
二
夏になった。
最初の夜間当番は、七月の終わりだった。
システム部の奥に、仮眠用の長椅子があった。誰かが持ち込んだ毛布が、畳まずに置いてあった。
夜十時。フロアの灯りは半分落ちていた。
ニューヨークは朝の九時。向こうの取引が始まる。
画面の緑の行は、三十秒ごとに一行ずつ増えていった。
一時。
二時。
コーヒーを二杯飲んだ。
三時十二分。
行が、来なかった。
最初の三十秒は、気のせいだと思った。
一分。
来ない。
二分目に入ったところで、手が勝手にノートを開いていた。
03:12:xx 最後の受信。
03:13:xx 受信なし。
03:14:xx 受信なし。回線ランプ点灯。物理は生きている。
電話に手を伸ばしかけて、やめた。
まず、何が起きたかを書く。
なぜかは、後で考える。
誰に教わったわけでもなかった。学生のころ、研究室の古いワークステーションが何度も落ちた。そのたびに、落ちる直前の様子を思い出せなくて、原因にたどり着けなかった。
だから、書く。
回線は生きている。こちらの送信は出ている。向こうからの電文だけが止まっている。
三時十八分、ハーパーの自宅に電話した。
四回目の呼び出しで出た。
「Heartbeat stopped. Since three-twelve. Line is up. Our side is sending」
一息で言った。
受話器の向こうで、ハーパーが少し黙った。
「OK. 向こうに電話する。そのまま見てて」
三時四十一分。
緑の行が、一行、流れた。
三十秒後、もう一行。
何事もなかったように、また三十秒ごとに増え始めた。
朝、ハーパーが出社して、コーヒーを片手に言った。
「ニューヨークの連中が、予告なしにホストを入れ替えた。向こうの誰も、東京のことを覚えてなかった」
「そうですか」
「きみの電話は、よかった。何が起きたか、先に言った」
ハーパーは、ノートを覗き込んだ。
「これ、全部書いたの?」
「はい」
「Good」
それだけだった。
その日の夕方、野々村が言った。
「エラーを吐いてるうちは、まだいいんだよ」
「はい」
「一番怖いのは、黙るやつ。何も言わなくなったやつが、一番危ない」
野々村は、自分の机に戻っていった。
その言葉を、特に書き留めはしなかった。
ただ、帰りの電車で、三時十二分からの三十分のことを、もう一度頭の中で再生した。
何も来ない画面。
何も来ないということだけが、確かに起きていた。
三
一九九三年、六月。梅雨の少し前だった。
入社して一年と少し。夜中の電話に、もう驚かなくなっていた。
ハーパーは予定どおり、春にニューヨークに帰った。送別会では、誰も泣かなかった。本人も泣かなかった。
後任は、ロンドンから来たイギリス人だった。まだ、よく知らない。
昼休みのアークヒルズの地下は、背広の背中で埋まっていた。
蕎麦屋のカウンターで、隣に座ったのはジュリアンだった。
ジュリアンは、パリの学校を出て、ニューヨークを経て東京に来たクオンツだった。債券の価格モデルを書いている。システム部とは、データの受け渡しで時々話す程度の仲だった。
その日は、たまたま店の前で一緒になった。
ジュリアンは割り箸を割るのに、二回失敗した。
「日本人は、どうして金利がゼロに近づいても貯金をやめないんだ」
「さあ」
「僕の仮説では、老後が怖いからだ」
「たぶん合ってる」
「つまらない答えだな」
ジュリアンは天ぷらを蕎麦つゆに沈めた。
沈めすぎだ、と思ったが言わなかった。
「僕の母親は、定年したら南に家を買って、一人で住むと言ってる」
「一人で」
「父とは別れた。僕と姉は、もう家にいない。だから一人」
「寂しくないのかな」
「寂しいかどうかは、あまり問題じゃないんだ。フランスでは」
ジュリアンは、それ以上説明しなかった。
債券の話が少し続いた。
日銀の話、生保の話、誰かがどこの銀行に移ったという話。
ジュリアンの日本語は、ときどき助詞が落ちた。それでも、意味は全部通じた。
店の奥のテレビが、どこかの国の選挙の話をしていた。
ジュリアンは、ちらりとそれを見上げた。
それから、急に思い出したように言った。
「学生のとき、変な本を読んだ」
「変な本」
「人口学者だ。七〇年代に、ソ連はもうすぐ潰れると書いた」
「当たったじゃないか」
「当たった。でも当時は、誰も信じなかった。本人も若かったし」
「根拠は」
「赤ん坊」
箸が止まった。
「乳児死亡率。ソ連では、七〇年代に上がり始めていた。先進国で、そんな国はない。そのうち、数字を出さなくなった」
「出さなくなったのが、根拠?」
「隠すのは、悪くなってるからだ」
ジュリアンはそれだけ言って、また十年物の利回りの話に戻った。
蕎麦が伸びていた。
ログが出なくなった画面のことを考えていた。
三時十二分。
エラーを吐いているうちは、まだいい。
黙ったものが、いちばん危ない。
「その学者、名前は」
「忘れた」
ジュリアンは肩をすくめた。
「眼鏡をかけてたと思う。フランス人の学者は、大抵眼鏡をかけてる」
そう言って、自分の眼鏡を中指で押し上げた。
会計を済ませて外に出ると、空が白く曇っていた。
ジュリアンは、たばこを買うと言ってコンビニに入っていった。
一人で坂を上った。
その夜、丸ノ内線の中で、手帳の隅に一行だけ書いた。
数字を出さなくなった国。
理由はわからない。
書いておかないと、気持ちが悪かった。
電車が新宿を過ぎると、急に空いた。
向かいの席で、若い母親が眠った赤ん坊を抱いていた。
赤ん坊の胸が、小さく上下していた。
目をそらした。
四
土曜日、神保町に出た。
特に目的があったわけではない。
学生のころから、何となく休みの日に歩く街だった。古本屋の店先の百円均一の棚を、端から端まで見ていく。
その日は、いつもは素通りする棚の前で足が止まった。
統計学の入門書が、薄いのと厚いのと並んでいた。
薄いほうを手に取った。
大学で一応、確率と統計の講義は取った。単位は取れた。中身は、ほとんど覚えていない。
裏表紙の値段を見て、薄いほうを買った。
もう一軒、別の店に入った。
奥の、官公庁の刊行物が積まれている一角に、分厚い本が並んでいた。
日本統計年鑑。
国際統計要覧。
国際統計要覧を手に取って、ページをめくった。
国名が縦に並び、人口、出生率、死亡率、乳児死亡率と、横に数字が続いていた。
ソビエト連邦の行を探した。
もう存在しない国だった。
年ごとの欄に、ところどころ数字が入っていなかった。
点が三つ打ってあるだけの欄。
しばらく、その三つの点を見ていた。
気がつくと、レジに持っていっていた。
重かった。
帰りの電車で、膝の上に載せたまま、開かなかった。
自分でも、なぜ買ったのかわからなかった。
荻窪のアパートに帰って、机の上に置いた。
入門書を開いた。
平均、分散、標準偏差。
最初の二十ページは、大学の講義と同じだった。
二十ページ目を過ぎたあたりで、夜が明けかけていた。
それから、休みの日には年鑑を開くようになった。
最初は、日本の数字だった。
乳児死亡率は、千人あたり四人と少し。
世界で、いちばん低い部類だった。
戦後すぐの数字は、その十倍以上あった。
四十年で、十分の一。
グラフを方眼紙に手で描いた。
線は、ほとんどまっすぐに落ちて、最後のほうで床に張りつくように平らになっていた。
これ以上は下がらない、という形だった。
次に、ソ連の行を見た。
日本の五倍ほどの数字が並び、途中で点が三つになり、また数字が戻ってくる。
その、途切れたところを、方眼紙の上に空白のまま描いた。
線が一度切れて、また続いている。
何を調べたいのか、自分でもわかっていなかった。
ただ、数字を並べて線を描いていると、夜中の緑色の画面を見ているときと同じ気分になった。
三十秒ごとに一行。
来るか、来ないか。
月曜日、野々村が机の上の入門書に気づいた。
会社に持ってきたつもりはなかった。鞄に入れたまま忘れていた。
「統計? 何か始めるの」
「いえ。趣味です」
「趣味で統計」
野々村は少し笑った。
「変わってるね」
「そうですか」
「いや、いいと思うよ。うちの仕事、最後はだいたい数を数えることだから」
野々村は、それ以上何も訊かなかった。
五
一九九四年、三月。
ジュリアンがパリに帰ることになった。
本社の債券部門に、より大きなポストが用意されたのだという。
送別会は、六本木の、天井の高いイタリア料理店だった。
システム部から呼ばれたのは、野々村と自分の二人だけだった。
ジュリアンは、フロアの人間に囲まれていた。
英語とフランス語と日本語が、同じテーブルの上で行き来していた。
一度だけ、ジュリアンと目が合った。
グラスを軽く上げてきた。
こちらも上げた。
それで終わった。
蕎麦屋の話を、覚えているか訊こうかと思った。
訊かなかった。
たぶん、覚えていない。
覚えていないほうが、いいような気もした。
帰り道、六本木の交差点で、野々村が言った。
「外資の送別会って、あっさりしてるよね」
「そうですね」
「国内の会社だと、泣くやつが必ず一人はいた」
「泣きたかったですか」
「いや」
野々村は笑った。
「泣かなくていいのは、楽だよ」
交差点の信号が変わった。
翌週、ジュリアンの机は空になった。
一か月後には、別の誰かが座っていた。
何年かすると、ジュリアンの顔は思い出せなくなった。
声も、話し方も、よく覚えていない。
眼鏡をかけていたことだけは、覚えている。
蕎麦屋の、あの一行だけが残った。
手帳は、年ごとに新しいものに替わった。
そのたびに、最初のページに書き写した。
数字を出さなくなった国。
なぜ書き写すのかは、やはりわからなかった。
わからないまま、書き写した。
方眼紙のグラフは、少しずつ増えていった。
六
一九九五年、一月十七日。
朝、テレビをつけたら、画面の中で街が燃えていた。
アナウンサーの声が、いつもより少しだけ速かった。
神戸。
死者の数が、画面の下に出ていた。
会社に着くころには、その数は倍になっていた。
昼には、また増えていた。
フロアのテレビは、一日中つけっぱなしだった。誰も音を消さなかった。
システム部に被害はなかった。大阪との回線が一時落ちて、午後に戻った。
障害票を書いた。
原因:地震による回線事業者側の設備障害。
書きながら、手が少し止まった。
原因の欄には、それ以上書くことがなかった。
二月の終わり、ロンドンから来た上司のサイモンが、昼過ぎにシステム部に顔を出した。
「ベアリングスが潰れた」
「ベアリングス」
「イギリスで一番古い銀行のひとつ。シンガポールの若いトレーダーが、日経の先物を山ほど買っていた。そこに神戸の地震が来た」
サイモンは、立ったまま紙コップのコーヒーを飲んだ。
「二百年以上続いた銀行が、一人の二十八歳と、一つの地震で終わった」
「一人で、そんなに買えるんですか」
「誰も見てなかったんだ」
サイモンはそう言って、コップを握りつぶした。
「帳簿をつける人間と、売り買いする人間が、同じだった」
その夜、自分のノートに書いた。
実行する人間と確認する人間が同じだと、誰も気がつかない。
少し考えて、もう一行足した。
黙っていたのは、帳簿のほう。
七
三月二十日。月曜日。
前の晩から夜間当番だった。
朝七時、ニューヨークの取引が引けた。画面の緑の行は、いつもどおり三十秒ごとに増えていた。
八時。
引き継ぎ相手の野々村が、まだ来ていなかった。
八時二十分。
電話が鳴った。フロアの誰かだった。
「日比谷線、止まってるらしい。何かあったって」
「何か」
「わからない。煙とか、ガスとか」
八時半を過ぎても、フロアの席は半分しか埋まっていなかった。
遠くで、サイレンが重なって鳴っていた。
システム部には窓がない。音だけが、壁の向こうから来た。
一台、二台。
途中で、数えるのをやめた。
フロアのテレビの前に人が集まっていた。
画面には、地下鉄の駅の出入口が映っていた。
見覚えのある階段だった。
毎朝、上っている階段だった。
アナウンサーの声が、一月よりもさらに速かった。
霞ヶ関。築地。小伝馬町。
神谷町。
丸ノ内線も、と誰かが言った。
荻窪から乗る線だった。
システム部に戻って、ノートを開いた。
手が勝手に、いつもの形で書いていた。
08:20 日比谷線運転見合わせの情報。
08:40 フロア出社、約半数。
08:45 野々村さん、連絡なし。自宅、応答なし。
書いてから、ペンを置いた。
三十秒ごとに一行、と頭のどこかが言っていた。
来るか、来ないか。
人にも、それを当てはめている自分に気づいた。
九時十分。
総務の女性が、名簿を持って各部を回り始めた。
一人ずつ、名前を読み上げて、来ているか、連絡があったかを確かめていく。
「野々村さん」
「まだです」
女性は、名簿の横に小さく印をつけた。
九時四十分。
システム部の扉が開いた。
野々村だった。
背広の肩が、少し濡れていた。
「悪い。遅れた」
「大丈夫ですか」
「うん」
野々村は、自分の椅子に座った。
座ってから、しばらく何も言わなかった。
「ひとつ前の電車だったらしい」
「何がですか」
「俺のじゃない。ひとつ前の電車。途中で止められて、降ろされて、歩いてきた」
野々村は、机の上の自分の手を見ていた。
「駅の前にさ。人が、座ってた」
それ以上、言わなかった。
こちらも訊かなかった。
引き継ぎのノートを渡した。
野々村は、いつもどおり一行ずつ指で追って読んだ。
「三時台、静かだったんだ」
「はい」
「そう」
それが、その日の引き継ぎのすべてだった。
昼、会社を出た。
坂の下の駅の出入口には、黄色いテープが張られていた。
警察官が立っていた。
人は、もういなかった。
歩道の端に、誰かの片方の靴が落ちていた。
見なかったことにして、歩いた。
その日は、虎ノ門まで歩いて、銀座線で帰った。
家に着くと、電話が鳴った。
母だった。
「あんた、大丈夫やったけ」
「大丈夫。夜勤だったから、乗ってない」
「ほんなら、よかった」
母は、しばらく黙っていた。
テレビの音が、受話器の向こうとこちらで、同じことを言っていた。
八
事件のことは、それから何か月も、毎日テレビに出ていた。
教団の建物に、防護服の警察官が入っていく映像。
逮捕された幹部の顔写真。
その経歴。
国立大学の理学部。工学部。医学部。
大学院で物理を研究していた者。化学の研究をしていた者。
自分と、ほとんど同じ年の者もいた。
新聞の顔写真を、しばらく見ていた。
同じ時代に、同じような講義を受けて、同じような教科書を読んでいたはずの人間だった。
四月のある土曜日、机の上に方眼紙を広げたまま、何も描けずにいた。
描くべき数字がなかった。
代わりに、ノートの新しいページを開いた。
考えていることを、順番に書いてみることにした。
障害票と同じだ、と思った。
何が起きたかは、もうわかっている。
なぜかは、後で考える。
今が、その後だった。
ひとつ目。
出家。
教団は、若い信者に家を出ることを求めた。親との縁を切り、財産を差し出し、施設で共同生活をする。
家を、出る。
その言葉を書いてから、しばらく手が止まった。
自分も、家を出ている。
富山の家は兄が継ぐ。店も、墓も。
次男には、最初から席がない。
席がないことを、自分は身軽さだと思ってきた。線の外側にいることは、自由なことだと。
でも、席のない人間のすべてが、それを身軽さだと思えるわけではないのかもしれない。
居場所のない人間に、別の家が差し出されたら。
父のような人間がいて、兄弟のような人間がいて、自分の席が決まっている家が。
出家とは、家を出ることではなく、別の家に入ることだったのではないか。
そう書いてから、首を振った。
教団の信者が、みんな次男や三男だったわけではない。
長男もいた。娘もいた。親ごと入った者もいた。
モデルは、最初の一行から当てはまらない。
それでも、消さずに残した。
ふたつ目。
省庁。
教団は、内部を国の役所と同じ形に分けていた。何とか省、何とか庁。それぞれに大臣がいた。
新聞でそれを読んだとき、笑った人も多かったと思う。
自分は、笑えなかった。
国を壊そうとした人たちが、自分たちの組織を、国と同じ形に作っていた。
上に一人がいて、その下に序列があって、それぞれの席と役割が決まっている。
逃げ出した先に、逃げ出してきたものと同じ形の家を建てる。
人は、自分の育った家の形しか、作れないのかもしれない。
これも、確かめようがなかった。
ただ、外資の会社のことを思った。
ハーパーは三年で帰った。ジュリアンも帰った。サイモンもいずれ帰る。
席は決まっていない。上下はあっても、明日には入れ替わる。
誰も泣かない送別会。
あれは、あれで、どこかの国の家の形なのだろうか。
みっつ目。
知っていることと、信じること。
逮捕された人たちの多くは、理系の教育を受けていた。
物理も化学も、ある程度以上わかっていたはずの人たちが、なぜ、と新聞は書いていた。
それは、自分でも考えた。
大学で学ぶ物理は、世界がどう動いているかは教えてくれる。
でも、なぜ自分がここにいるのかは、教えてくれない。
教えてくれないことを、誰も教えてくれない。
親の世代には、たぶん、それを教えてくれる何かがあった。家とか、村とか、寺とか、会社とか。
それが薄くなったところに、知識だけを持った若い人間が、大量に出てきた。
大学に行く人間の割合は、親の世代の何倍にもなっていた。
これは、数字で確かめられるかもしれない、と思った。
年鑑を開いて、進学率の欄を探した。
数字は、確かに上がっていた。
上がっていたが、それが何を意味するのかは、数字の中には書いていなかった。
大学に行った何十万人のうちの、ほんの数人のことを、この線で説明できるはずがなかった。
ノートを閉じた。
三つとも、間違っているかもしれない、と思った。
むしろ、三つとも、少しずつ当たっていて、少しずつ外れているのだろう。
気になったのは、別のことだった。
説明を書いているあいだ、自分は少し楽になっていた。
説明がつくと、安心する。
安心したくて、説明しているのではないか。
そう書き足して、ペンを置いた。
窓の外で、中央線が通った。
駅の階段の、黄色いテープのことを思い出した。
歩道の、片方だけの靴。
あれは、説明の中には入らない。
入れてはいけない、と思った。
五月に、母から電話があった。
教団の子どもを取り戻そうとしている親たちが、テレビに出ていた、という話だった。
「親御さん、かわいそうに」
母は、それを何度も言った。
「子どもが家出ていくがなんて、親にとったら、たまらんわ」
「うん」
「あんたは、ちゃんと帰ってこられよ。盆と正月くらい」
「うん」
自分も家を出ている、とは言わなかった。
母にとって、自分は家を出た人間ではない。
最初から、そこに席のなかった人間だった。
それは、同じことではなかった。
九
一九九七年、十一月。
連休の月曜日の朝、テレビで、証券会社の社長が泣いていた。
山一證券が、自主廃業を決めた。
記者会見の席で、社長は深く頭を下げ、社員は悪くない、と繰り返していた。
顔が、ぐしゃぐしゃになっていた。
画面の前で、しばらく動けなかった。
泣いている理由は、わかる気がした。
会社を潰したことではない。
家を、潰したのだ。
百年続いた家を。
翌日のフロアは、妙に静かだった。
誰も、山一の話をしなかった。
外資の人間にとって、会社が潰れることは、珍しい話ではない。
昼過ぎ、サイモンがシステム部に来て、言った。
「来年、山一から何人か来る。セールストレーダー。システムのことを教えてやってくれ」
「はい」
「優秀な連中だ。ただ、たぶん、こっちのやり方には戸惑う」
サイモンは、少しだけ言いよどんだ。
「彼らは、会社に人生を預けてきた人たちだから」
一九九八年の春、桐生さんが来た。
五十代の前半。山一に三十年いた。
背広は、フロアの誰よりもきちんとしていた。
初日、システム部に挨拶に来た。
名刺を両手で差し出して、深く頭を下げた。
こちらは片手で受け取りそうになって、慌てて両手を出した。
端末の使い方を教えた。
桐生さんは、メモを取りながら、一つずつ確かめた。
呑み込みが早かった。
三日目の昼、社員食堂で一緒になった。
「沢渡さんは、ずっとここですか」
「新卒からです」
「そう。若いのに、外資一本」
「はい」
桐生さんは、味噌汁をひと口飲んだ。
「うちではね」
言いかけて、少し笑った。
「うち、って言っちゃうね。もう、ないのに」
「いいと思います」
「うちでは、会社のことを、みんな家って呼んでたんだ。山一の家。新人が入ると、家族が増えたって言ってね」
「こちらでは、プラットフォームって言います」
「プラットフォーム」
桐生さんは、その言葉を口の中で転がすように繰り返した。
「駅の、ホームのこと?」
「似たようなものです。乗って、降りる場所」
桐生さんは、少し黙った。
それから、笑った。
「うまいこと言うね」
笑っていたが、目は笑っていなかった。
その夜、ノートに書いた。
家と、ホーム。
同じ仕事をしていても、会社を呼ぶ言葉が違う。
言葉が違うと、潰れたときの泣き方が違う。
三年前の春に書いたページを、めくり返した。
出家とは、家を出ることではなく、別の家に入ることだったのではないか。
桐生さんは、家を失って、ホームに来た。
ホームには、席はない。
乗って、降りるだけだ。
それを、あの人は、どう思っているのだろう。
訊けなかった。
十
一九九八年、八月十七日。
ロシアが、対外債務の支払いを止めた。
その夜も、夜間当番だった。
東京の深夜は、ロンドンの夕方、ニューヨークの昼だった。
画面の数字が、見たことのない速さで動いていた。
システム部には関係ない、と頭ではわかっていた。自分の仕事は、画面の向こうの数字が正しく届いているかを見ることで、数字の意味を考えることではない。
それでも、目が離れなかった。
ロシアの国債の値段が、画面の上で、一晩で紙くずに近づいていった。
フロアの奥で、夜勤のトレーダーが電話に怒鳴っていた。
英語だった。
モスクワ、という言葉が、何度も聞こえた。
二時過ぎ、少し落ち着いた。
鞄の中から、ノートを出した。
最初のページに、毎年書き写している一行があった。
数字を出さなくなった国。
その国は、もうない。
代わりにできた国は、今、数字を出している。
年鑑を広げたときに見た、ロシアの行を思い出していた。
乳児死亡率は、ソ連が消えたあと、少しだけ上がって、また下がり始めていた。
男の平均寿命は、数年前、一度六十を切った。
先進国で、そんな国はない。
ジュリアンの声が、どこかでした気がした。
今度は、隠していない。
数字は出ている。
出ているのに、悪い。
黙っている国より、悪いと言っている国のほうが、まだいいのか。
書いてから、自分でもよくわからなくなった。
画面の上では、同じ国の、別の数字が落ち続けていた。
誰かの損失。
誰かの借金。
それと、ノートの上の、誰かの赤ん坊と、誰かの寿命。
同じ国の話のはずなのに、二つの数字は、どこにもつながっていなかった。
少なくとも、この部屋の中では。
九月の終わり、アメリカの大きなヘッジファンドが、救済されることになった。
ノーベル賞を取った学者が二人、中にいたという。
新聞は、天才たちの失敗、と書いていた。
モデルは正しかった。ただ、ロシアが想定外だった、と。
その記事を切り抜いて、ノートに挟んだ。
赤いペンで、横に一行書いた。
モデルは、いつも正しい。現実のほうが、いつもずれる。
少し考えて、線を引いて消した。
その下に、書き直した。
ずれたときに、どちらを疑うか。
十月。
サイモンが、システム部の奥の自分の席まで来た。
珍しいことだった。
「来年、ロンドンに来ないか」
「ロンドン」
「欧州の取引所の接続を、全部作り直す。人が要る」
サイモンは、机の上の方眼紙に目を止めた。
鉛筆の線が、何本も引いてあった。
「これは?」
「趣味です」
「統計?」
「はい」
サイモンは、しばらくその線を見ていた。
「ロンドンには、統計局もあるし、古本屋もたくさんある」
冗談なのか本気なのか、わからなかった。
ハーパーのときと同じだった。
「考えさせてください」
「もちろん」
サイモンは戻っていった。
その夜、富山に電話した。
母が出た。
「ロンドン? 外国け」
「うん。何年か」
「あんた、どんどん遠くなるね」
「うん」
後ろで、兄の声がした。母が何か言って、兄が笑った。
「兄ちゃんが、行ってこいって」
「そう」
「家のことは、心配せんでいいって」
「うん」
電話を切った。
窓の外を、中央線が通っていった。
ノートを開いた。
最初のページの一行の下に、もう一行、書いた。
遠くなる。
それから、画面の緑の行のことを考えた。
三十秒ごとに一行。
太平洋の向こうへ。
今度は、別の方角へ。
第一部 了




