表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れ鑑定士は異世界の賭けを全部読んでいた  作者: じょな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/20

第20話「手放した数字」

扉の向こうは、光だった。


 目が慣れるまで少しかかった。

 8層クリアの証明台——白い石でできた台座が、通路の先に置かれていた。

 手を置くと、計算蟲が感知する仕組みだ。


 手を置いた。


 台座が光った。

 それだけだった。


 派手なことは何もなかった。

 でも、光ったのを見た瞬間、息を吐いた。

 吐くまで、止めていたことに気づかなかった。


 ガルドが隣に立った。

 腕の傷が増えていた。岩喰いにやられたものと、崩落の縁で擦ったものが混じっていた。


 俺の手も、小さく切れていた。

 いつ切れたか、わからなかった。


「終わったな」


 ガルドが言った。


「ああ」


 しばらく、それだけだった。


---


 出口に向かって歩きながら、ガルドが口を開いた。


「さっきのやつ、どう思った」


「さっきというのは」


「四方向崩落。俺に従ったやつ」


 俺は少し間を置いた。


「計算が出なかった」


「出なかったから俺に任せた」


「そうだ」


「怖かったか」


 石畳を踏む音が続いた。

 出口の光が少しずつ近づいていた。


「計算が出なかったことが——怖いというより、気持ち悪かった」


「気持ち悪い」


「自分の判断を使えなかった。お前の判断を借りた。それが」


「それが?」


 俺は歩きながら考えた。


「嫌じゃなかった、というのが、気持ち悪い」


 ガルドが少し笑った。


「なんだそれ」


「自分でもわからん」


「お前がわからんって言うの、最近増えたよな」


「そうか」


「前は絶対言わなかった。数字で全部説明しようとしてた」


 俺は返事をしなかった。

 否定できなかった。


「俺に任せて、うまくいったのが気持ち悪いんじゃないと思うぞ」


「じゃあなんだ」


「うまくいったことが、嬉しかったんじゃないか」


 一歩、間が空いた。


「——それとこれとは話が違う」


「どう違う」


「嬉しいという感情と、計算を手放したことへの違和感は別の問題だ」


「でも同時に起きてたんだろ」


 返事をしなかった。


 ガルドはそれ以上追いかけなかった。

 こういうとき、こいつは待てる。


 出口の光が目の前まで来た。


---


 地上に出た。


 昼の光が眩しかった。

 空に雲はなかった。

 石畳が乾いていて、足音が朝より高く響いた。


 ガルドが空を見上げた。


「生きてる感じがする」


「毎回言うな」


「今日は三倍くらいそう思う。四方向崩落、まじでやばかった」


「お前が動いたから抜けた」


「俺が動いたけど、お前がついてきたから抜けた。俺一人だったら多分、お前のことが頭に浮かんで迷ってた」


 俺は少し止まった。


「俺のことが浮かんだから動けたのか」


「そう。いつも重なるのはお前の顔だから」


 見ていないのに重なる。

 7層から続いていることだ。


「なぜ俺の顔が重なる」


「わからん。でも——お前が困ってるとき、首の後ろがぞわっとして、お前の顔が来る。それだけだ」


「俺が困っていないときは」


「来ない」


 俺は《命運読み》をガルドに向けた。


 [ガルド・ロア 生存率:89% 脅威度:A 直感値:——ERROR——]


 エラーのまま。

 でも今日、このエラーが俺の命を繋いだ。


「一つだけ聞く」


「なんだ」


「直感が外れたことが一度だけある、と言っていた。友人が死んだとき」


 ガルドの歩調が変わった。

 止まらなかったが、一瞬だけ変わった。


「ああ」


「そのとき——首の後ろは反応しなかったのか」


 ガルドはしばらく黙っていた。

 俺も黙っていた。

 石畳の足音だけが続いた。


「反応した」


 低い声だった。


「反応したのに——俺は動かなかった。あいつじゃなくて、別の方向に行った。計算したわけじゃない。ただ、その方向に行きたかっただけだ。そしたら——」


 ガルドが口を閉じた。


 俺は何も言わなかった。


 言う必要がなかった。というより——言えることがなかった。


 少しの間、二人で歩いた。


「だから」


 ガルドが続けた。


「お前の顔が重なったとき、外したくない。それだけだ。計算とか直感とか関係ない。外したくない」


 俺はガルドの横顔を見た。


「——わかった」


 それだけ言った。

 ガルドは頷かなかった。でも、肩の力が少し抜けた気がした。


---


 広場を通りかかったとき、水晶球の前に人だかりができていた。


 昼間に人だかりができるのは、珍しい。


 何かが映っているらしく、観客席から声が上がっていた。


「8層クリア! 命運鑑定士、片瀬司!」


 計算蟲の声が広場まで聞こえた。


 どよめきが起きた。


「あの命運鑑定士、また番狂わせか!」


「8層だぞ、8層! 生還率どんだけだよ!」


「オッズ見ろ、オッズ! いくらついてる!」


 ガルドが俺の肩を叩いた。


「沸いてるな」


「ああ」


「オッズ、いくらだろな」


「帰りに確認する」


 人だかりを横目に歩いた。

 自分のクリアが実況されているのを、通りすがりに聞く。

 妙な感覚だった。


 水晶球の前で、一人だけ立ったまま動いていない人間がいた。


 荷運びの中年の男だった。

 11話で、配当窓口の前で震えていた男だ。


 今日も、震えていた。

 でも今日のは、違う震えだった。


 男は水晶球を見ながら、隣にいた別の男の腕を掴んでいた。

 何かを言っていたが、聞こえなかった。


 ガルドが小声で言った。


「また賭けてたのかな、あの人」


「たぶん」


「毎回賭けてるのか」


「知らない」


「でも毎回勝ってたら、そりゃ震えるよな」


 俺は男を見た。


 男が振り返った。

 俺と目が合った。


 一瞬だった。

 男は俺が誰かわかっていないかもしれない。


 でも、会釈した。

 深く、ゆっくり。


 俺は少し止まった。


 返した。

 会釈を、返した。


 それだけだった。


 ガルドが何も言わなかったのが、少しありがたかった。


---


 神殿の配当窓口の前を通ると、リーセが立っていた。


 今日は外套を着ていなかった。

 神殿の制服のままだった。

 フードもない。


 昼の光の中に、そのまま立っていた。


「クリアしましたね」


「ああ」


「連続崩落、来ましたか」


「二度。四方向も来た」


 リーセの目が少し動いた。


「四方向……データにない」


「なかった。計算が出なかった」


「どうしたんですか」


 俺はガルドを見た。

 ガルドは頭の後ろに手を組んで、空を見ていた。知らないふりだ。


「ガルドに任せた」


 リーセがガルドを見た。ガルドはまだ空を見ていた。


「……直感で」


「そうだ」


「抜けた」


「抜けた」


 リーセはしばらく何も言わなかった。

 石畳の継ぎ目を見ているような、遠い目をしていた。


「よかった」


 小さかった。

 本当に小さかったので、聞こえなかったふりをしようとした。


 でも聞こえた。


「お前が非公式で入ったのは、俺のためだと言った」


「……はい」


「なぜそこまでする」


 リーセが顔を上げた。


「神殿の仕事です」


「非公式で入るのは仕事じゃない」


「……」


「上層部に知られたくなかったと言った。それは仕事の範囲を超えている」


 リーセは少し間を置いた。

 石畳を見た。また俺を見た。


「片瀬さんが、計算蟲の盲点を体系的に突いているのを最初に見たとき——」


「7話だ」


「そうです。そのとき思ったのは、この人が死ぬのは惜しい、ということでした」


「管理主任として」


「……最初は、そうでした」


 最初は。


 俺はその二文字を頭に入れた。


「今は」


 リーセが少し止まった。

 口が開いて、閉じた。

 また開いた。


「今は——惜しい、という言葉では足りない気がしています」


 風が路地を抜けた。

 リーセの髪が少し揺れた。

 外套を着ていないから、いつもより表情が見えやすかった。


 《命運読み》を流した。


 [リーセ・ヴァルト 生存率:99% 脅威度:E 観察:強 賭け:強 ——揺れ:大]


 「微細な揺れ」が「揺れ:大」になっていた。


 何に賭けているのか。

 今日は、少しわかった気がした。


 でも確認しなかった。


「9層のデータを頼む」


 リーセが少し息を吐いた。

 安堵か、別の何かか、判断できなかった。


「準備します」


「ありがとう」


「……どういたしまして」


 今日も、二人とも言うつもりじゃなかった言葉だった。


---


 夕方、ギルドに寄った。


 掲示板に今日のクリア報告が貼り出されていた。

 命運鑑定士・片瀬司。8層クリア。生存率最終値——


 隣に、ドランがいた。


 今日は掲示板の前に立っていなかった。

 俺が入ってきたのを見て、立ち上がった。席から。


「待ってたのか」


「ああ」


 ドランは依頼票を一枚、俺に差し出した。


 受け取った。

 開いた。


 手書きだった。

 ドランの字で、8層の情報が書いてあった。


 蘇生から戻った冒険者から集めたものらしく、三人分の証言が順番に書かれていた。

 岩喰いの出現パターン。崩落の多い区間。通路の構造。


 俺はそれを読んだ。

 読み終えた。


「使えるか」


「使える。特に通路の構造——データには出ていなかった」


「そうか」


 ドランは短く言った。

 それだけで終わらせようとした。


「なぜ集めた」


 ドランが少し止まった。


「8層に入るつもりだ」


 俺は顔を上げた。


「生存率を確認するか」


「……頼む」


 ドランが俺の目を見た。

 初めてだった。頼む、と言って、目を見たのは。


 《命運読み》を流した。


 [ドラン 生存率:61% 脅威度:D 感情値:――(覚悟、と呼べる何か)]


 61%。

 6層のとき、俺の最終値が68%だった。

 それより低い。


「61%だ」


「低いな」


「低い。でも——」


 俺は少し考えた。


「34%のときより、お前は変わっている。その6層のとき俺が出した最終値より低いが、俺とお前では条件が違う」


「何が違う」


「俺にはガルドがいる。お前は一人で入るつもりか」


 ドランが黙った。


「一人で入るつもりだったなら——やめろ。61%は一人で乗り越えられる数字じゃない」


「じゃあどうする」


「情報を集め続けろ。数字が上がるまで」


「いつ上がる」


「わからない。でも上がる条件は作れる」


 ドランは俺を見た。

 《命運読み》の「覚悟、と呼べる何か」が、少し変わった気がした。

 数値じゃない。端の滲みの、質が変わった。


「……お前、なんで俺にそこまで言う」


「お前の情報が役に立ったからだ」


「それだけか」


 俺は少し考えた。


「34%を無視して、三度蘇生されて、それでも諦めなかった。そういう人間が死ぬのは——計算上、惜しい」


 ドランが少し笑った。

 初めて見た笑い方だった。

 ざまぁでも侮蔑でもない、ただの笑いだった。


「計算上、か」


「そうだ」


「……わかった。もう少し集める」


 ドランは席に戻った。

 また依頼票を読み始めた。


 でも今日は、背中が違った。

 昨日までと、何かが変わっていた。


---


 宿への道を歩きながら、今日を整理した。


 8層クリア。

 計算を手放した瞬間があった。

 ガルドが俺の命を繋いだ。

 リーセが「惜しいという言葉では足りない」と言った。

 ドランが情報を持ってきた。


 全部、数字の外から来た。


 でも全部、今日の計算に組み込まれていた。


 計算の外にあるものを、計算に入れる。

 それが——俺の戦い方になっていた。


 いつからそうなったのか、わからない。

 でもなっていた。


 上着の内ポケットに手を当てた。

 リーセの図が入っていた。

 ドランの依頼票も、一緒に入れた。


 9層のデータは、まだ来ない。


 でも来る。


 ——数字は嘘をつかない。


 夜の石畳が、足の下で続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ