部屋に戻るが得策
城を出た後は、宿に手配しておいた馬に乗り、移動を開始した。
サンレモニアの森までのルートは、慣れたもの。
戦場へ向かうために。
避難民の救出のために。
何度も通った道だからだ。
こうして日中、移動を続けた。
やがてY字路に到着する。
右へ進めば、そのままサンレモニアの森に着く。左へ進めば、ノースクリスタル帝国へ入国することになる。
間もなく日没が近い。
検問所を通り、入国してしばらくしたら宿場町があるので、そこで一泊。翌朝、サンレモニアの森を目指すことになるだろう。
検問所は、問題なく通過できた。
既に私が城にいないことは発覚していると思う。だがメデタリアン海を目指しているという痕跡を、さりげなく残している。間違いなく、そちらに捜索の手が伸びているはずだ。
茜色に染まる空を左手に見ながら、既に夜の帳が落ち始めた右手の道を進む。
宿場町の入口が見えてきた。
町に入ると、山小屋のような建物がズラリと並んでいる。林業が盛んなだけあり、帝国の建物は木造が多い。帝都はさすがに防災の観点から、石造りの建物ばかりと聞いていた。だが帝都から離れたこの辺りは、石造りより安価な木造の建物が主流だ。
ひとまず泊まれそうな宿を見つけ、馬を馬丁に預ける。階段を上り、二階の部屋に向かった。一階は食堂になっている。
鍵を開け、部屋に入ると……。
シングルベッドにクローゼット、丸テーブルと向かい合わせの椅子。シンプルな部屋だ。それでも野営に比べれば十分だった。一日強行軍だったので、ベッドで大の字になると、十五分程、居眠りしていた。
慌てて起き上がり、一階の食堂へ向かった。
扉を開ける前から、喧騒が聞こえてくる。どうやら食堂と言うが、居酒屋でもあるようだ。ビールを飲んだ男性達が、盛り上がっていた。
目立たないよう、L字型のカウンター席の一番端に腰を下ろす。マッシュポテト、豆のサラダ、ソーセージを頼み、周りから浮かないよう、ビールも頼む。
チラッ、チラッと盛り上がっている男性達を観察する。
あの体格は……兵士だ。
国境に近い宿場町。
兵の屯所もあるだろう。
それでも人数が多い。
しかも……あれは……。
腰に帯びている剣の鞘に描かれているのは、雪の結晶に剣の紋章。
そこでギクリとすることになる。
あれは……皇太子の紋章だ。つまりこの兵は、皇太子直下の兵士ということ。
そうか。明後日はもう平和条約締結記念舞踏会だ。皇太子は明日、マリアーレ王国に入国するつもりなんだ……!
考えればすぐ分かることだった。まさかヴァルドが滞在している宿場町の宿に泊まってしまうなんて。
変装がバレることはないと思う。
それでもここはすぐに食事をしてしまい、部屋に戻るのが得策だ。
戦場では早食いが基本だった。よってあっという間に出された食事を平らげ、ビールを飲むと。
「君、とても豪快な食べっぷりと飲みっぷりだ。見ていてこちらがスカッとしたよ。どうだ。俺のおごりだ、このビール、飲むといい!」
気づけばカウンターの角の席に、一人のおじさん……騎士が座っている。
髪は銀髪だが、白髪が多い。左眼にはアイパッチをつけ、顔の傷からも歴戦の猛者という感じがする。淡いブルーのシャツに、革製のベストにズボンと、狩人のような装いだが、眼光の鋭さといい、全身の筋肉といい、やはり騎士だと思う。
「はい、お待たせ!」
私とおじさん騎士の前に、ビールの入った木製マグが置かれた。こういう時は、乾杯で飲み干すがルールだった。
「ありがとうございます……」
「では乾杯と行こうか」
「はい」
乾杯をして、ひとまずビールを飲み干すと……当然の流れだが、お代わりが登場する。このままでは、ビール腹になるまで飲まされてしまう。そこで明日が早いからこれで勘弁と願い出ると、名を尋ねられた。