神の縛り
聞こえた扉のノック音に、ソファから飛び上がってしまう。
熟睡していたはずのフロストがぐずり始め、慌てて「はい、どうぞ!」と返事をすると、ベビーベッドに駆け寄る。すぐにフロストを抱きかかえ、あやすようにしていると、「どうした?」とヴァルドの声がした。
さっきまでどんな顔でヴァルドに会えばいいのか――そう思っていたのに。
フロストをあやしていると、そんなこと吹き飛んでいる。
「つい、さっきまでグッスリ寝ていたのです。食事でもない、オムツでもない、体調が悪いわけでもない……」
「ならばわたしが急にノックをして、驚いたのだろう。しばらくあやしていれば落ち着くと思うが……乳母を連れてきている。少し宮殿内を散歩させてもいいかもしれない。君ともじっくり話したいから」
ヴァルドに呼ばれ入室した乳母は、実に優しい顔つきをしている。思わず私が「お母さん!」と言いたくなるような女性だった。落ち着いたグリーンのワンピースに、アイボリーのエプロンという銀髪のその乳母は、年齢四十代後半ぐらいだろうか。名はマーニーという。
「フロスト坊ちゃんのことは、私に任せてください。三人の子供を育てた経験がありますから」
それならば安心だ。フロストは任せることにした。
マーニーがフロストを連れて出て行くと、ヴァルドの護衛騎士たちも、一旦部屋の外に出て行く。このまま廊下で待機して護衛なのだろう。
「ミア。つがい婚姻のことで話していないことがいくつかある。それは世間一般では知られていないことだ。つがい婚姻は初代皇帝であり、歴代最強魔術師と言われたレナードによる、特殊な魔術により成立しているもの。もはや魔術の域を超えており、“神の縛り”とも言われている」
説明しながらヴァルドは、私をソファへとエスコートする。
「その“神の縛り”は三つある。一つ目。つがい婚姻で結ばれた二人は、そのパートナー以外との間に子を成せない。二つ目。つがい婚姻でも結ばれた二人、そして生まれた子は強い絆で結ばれ、それは共鳴する。三つ目。つがい婚姻で結ばれた二人は、以後同じ時代、同じ国に転生する」
ソファに横並びで座りながら、ヴァルドは話を続けた。
「一つ目は帝国の人間ではなくても、この国の皇族の特殊な慣習として知られていると思う。だが残り二つは公にはされていない。その二つ目の共鳴。これは強い感情を意識した時、それはつがい婚姻で結ばれた相手、子に伝わる」
「ということは……もしやこの部屋にノックの音がした時、私がものすごくドキッとしたのが、フロストに伝わったのでしょうか?」
「正解だ。わたしにも伝わった。フロストにも当然、伝わったと思う」
「なるほど」と答えながら、いろいろ腑に落ちることになる。屋敷に何者かが現れ、私が魔術をかけられた時。フロストが泣き声をあげたのは、私の身を心配したからだろう。でもそのことで襲撃者にその存在がバレてしまった。
「クマの穴に落ちた時。フロストが急に泣き出したとニージェが言っていたと思うが、それも君の危機を察知したからだろう。わたしも無論、感じていたが」
「……もしかしてイノシシに襲われた時、あれも……」
「そうだ。たまたまわたしもサンレモニアの森にいたからな。ビーシダールに襲われた時も、ミアは強く助けを求めた。それは私に伝わったし、フロストにも伝わっている。フロストからのミアを求める声。ミアの私を求める声。すぐに転移魔術を使い、村へ向かった」
つまりあの時、ソルレンが私を助けてくれたと思ったが、どうやらヴァルドも動いてくれたようなのだ。その件は詳しく聞きたいと思ったが……。
「今回、君がイザークのしょうもない息子と娘に襲われた時。フロストの助けを求める気持ちも伝わって来ていた。わたしはすぐにでも駆け付けたかった。だがイザークとまさに対峙し、戦闘に突入していた。転移魔術の発動もできない。もしもミアとフロストの身に取り返しのつかないことが起きていたら……イザークの一族郎党まで八つ裂きにするところだった」
冷静沈着なヴァルドとは思えない発言にドキドキしながら、今の言葉で理解する。
サンレモニアの村に突然現れた令嬢と令息。
彼らの正体は、イザークの子供だったようだ。
しかしなぜ、筆頭公爵家の嫡男の息子と娘が私を襲ったのか。
それを尋ねることになった。






















































