いきなり
「Ad locum patris metastasis」。
「!」
フロストの呪文と共に、いきなり大広間に到着した。
一面が窓ガラスで、明るい陽射しが届いている。
白い大理石の床に広がるこの血は……。
その血の先にいる人物を目で追い、驚愕する。
プラチナの飾りがついた白の軍服に、髪色と同じアイスブルーのマント。
「ヴァルド!」
「ミア……」
驚いた表情のヴァルドの視線は、フロストに向けられた。フロストを見たヴァルドは、仰天した顔つきに変わる。私の方は、ヴァルドの脇腹辺りが赤いことに、血の気が引きそうになっていた。
「なんなんだ、この女と赤ん坊は!?」
「捕らえよ!」
ハッとして声の方を見る。
長い銀髪に、薄い紫色の瞳。
ロイヤルパープルのセットアップ、そして白のマント姿の30代前半ぐらいの若い男が見えた。その背後には騎士がいる。その騎士が、一斉にこちらへ向かってきた。一方のこの場の指揮官らしき若い男はヴァルドに向き合い、呪文を詠唱する。
ヴァルドが怪我をしているなら、彼を援護をしたいのに!
仕方ない。
この騎士達を制圧し、そしてヴァルドをサポートだ。
フロストを左腕で抱え、右手で剣を構える。
騎士の数は十五人。
一人目の騎士の振り下ろした剣を受け止めた次の瞬間。
「congelo」
十五人の騎士が一気に凍り付いた。
そこで改めて思う。
フロストは……天才だわ!と。
「パァパ、まもる!」
その後のフロストはもう、ヴァルドと交互にあの銀髪の若者に、魔術で攻撃を繰り返す。若い男は赤ん坊であるフロストが魔術を行使していることに、激震している。それでもヴァルドだけではなく、私達の方へも攻撃を加えていた。
若い男は水を自在に操り、攻撃してくる。
水なんて武器になるのかと思ったら、魔術でその性質をコントロールできるようだ。
鉄球のような硬度で降って来て、床に落ちると、破裂して蒸気で白い煙が広がる。
水が矢のように飛んできて、それは壁に突き刺さった瞬間に水へ戻るといった具合に。
どれも直撃すれば、怪我は免れない。
「ミア、フロスト!」
ヴァルドの叫びに頭上を見ると、水の鞭のようなものが振り下ろされた。
だがすぐにフロストの魔術で凍り付き、パリンと砕ける。
「お前の敵はわたしだろう!」
ヴァルドは剣を手に若い男に向かう。
もう魔術と武器が乱れての戦闘。
しかも若い男も相当強く、決着がなかなかつかない。
それでも最終的に。
若い男は、半身がフロストの魔術で凍り付き、ヴァルドに剣を突きつけられた状態になる。
「どうだ、イザーク。これでも認めないというのか?」
「くっ……。これ程とは……」
まだ魔術を詠唱しようと思えば、できるだろうに。
イザークという若い男は諦めたようだ。
「これでわたしの理論が正しいと証明できたはずだ。魔力は、強い魔力を持つ者同士の婚姻で、必ずしも維持できるわけではない。強い魔力は、時に反発しあう。うまく融合するとは限らない。ここ何世代かに渡り、魔力の強さが停滞していたことは、賢い君であれば分かっていたはずだ」
「……どうやらそれは真実のようだ。まさか赤ん坊で魔術を行使できるとは……。これまでの魔術行使の最速記録、それはヴァルド、君の六歳だった。でも赤ん坊が……。しかも筆頭公爵家の嫡男である僕を拘束するほどの魔術を操ることができるなんて。……末恐ろしい。いや、我が帝国にとっては、栄誉なことだ」
「では認めるか? ここにいるマリアーレ王国のミア・ソフィア・マリアーレ王女を、帝国の皇太子妃として。申し訳ないが、君の妹であるデボラとの婚約は、承諾できかねる」
ヴァルドのこの言葉に私は「えっ……」と声を漏らした。もう心臓がドクンとあまりにも大きく反応し、失神しそうだった。そんな私の胸の中で、フロストは嬉しそうにキャッキャッキャッと笑っている。イザークは口元に皮肉な笑みを浮かべ、こう応じた。
「既につがい婚姻を結び、子供まで作っておきながら、承諾しかねるも何もないだろう。それにいくら反対しようと、君の心は決まっていた。例えつがい婚姻を結ぶ前であったとしても。かつての敵国の王女を皇太子妃にする決意は変わらなかったはずだ。まったくその頑固さは、初代皇帝と同じだな」
完全に私の頭はショートしてしまい、イザークの言葉を、ただただ聞くことしかできない。
「頑固と言われるのは心外だ。一途、と言って欲しい」
「うるさい」と言ったイザークは「この氷、僕の魔術ではどうにもできない。解除しろ」と少し不貞腐れたように告げる。ヴァルドはクスッと笑うと呪文を詠唱した。氷はキラキラと輝き、光となって消え、「パァパ、すごい!」とフロストが喜んでいる。
「親子だな。他人の魔術の解除なんて、できやしない。親子だからこそ、こうもあっさり解除できるんだ。恋など興味なし、戦場で生きるのが自分の使命なんて言っていた奴が。本当につがい婚姻をしているなんて」
イザークはそう言いながら、立ち上がり、「僕の騎士達の魔術も解除してくれ」と頼む。するとフロストが「abreact」と呪文を詠唱する。先程と同じように氷が輝き、騎士達は一斉に床にへたりこむ。
その様子を確認すると、イザークが私の前へとつかつかと歩いて来た。
頭はショートしているが、本能的にフロストを守るため、剣を構える。
だがイザークはその剣先に指をちょんと載せ、真面目な顔になった。
「マリアーレ王国のミア・ソフィア・マリアーレ王女。ノースクリスタル帝国の筆頭公爵家、イザーク・ラインは、あなたをノースクリスタル帝国皇太子ヴァルド・アルク・ノースクリスタルの皇太子妃として、認めます」
イザークが剣先から指を離し、右手を左胸に添え、恭しく頭を下げた。






















































