チョコレートはお好きですか?
どうしてこんなに私に関心を持つのだろう?
そう考えた瞬間、ビーシダールが帝国の出身者であると思い出し、もしや追っ手なのでは?と考えることになった。私の近況を探り、ヴァルドに報告する……。
もしそうであるならば、子供がいると話してしまった。
これは非常にまずい。
「!」
パンを買いに行った使用人が戻って来た。テーブルの上に、木製のトレイに載ったパンが次々と並べられる。
これは……全種類のパンを買って来たのでは!?
「食べきれない分は、使用人に食べさせますから。気になるものをぜひ、召し上がってください」
ビーシダールはニコニコとそう言い、使用人はティーカップに紅茶を注ぐ。
ここに来るまで野営をしたのだろう。その時に使ったティーセットを、わざわざここでも使用している。それはこの村では見かけることがない、繊細なデザインのティーカップだった。
「ビーシダール様。私は既に朝食を摂っているので、そこまで食べることはできません。よってビーシダール様がパンを召し上がっている間、この素敵な香りの紅茶をいただきます。そして今度は私から質問をしてもいいですか?」
「勿論ですよ! わたくしに興味を持っていただけるのは、とても嬉しいです!」
早速ビーシダールは、ブラックベリーのマフィンを食べ始めた。
そこで私はビーシダールが何者であるか探るため、質問を開始した。
質問の答えをそのまま鵜呑みにするつもりはなかった。嘘をついている可能性があるからだ。代わりに質問に答える時の表情を、しっかり観察した。
もしヴァルドが潜入させたスパイ<偵察>なら、こちらの質問によっては、不自然な反応を示すはず。
「ビーシダール様は、チョコレートはお好きですか?」
「ええ、大好きですよ! ボンボンショコラが大好きです。ソフィア嬢もチョコレートがお好きですか?」
素直な反応。
目の動きに怪しさはない。本心で語っている。さらにチョコレートを好み、自由に食べられる立場ということは、やはり貴族。
パンを全種類買うなどの行動から、男爵でもなく、伯爵か侯爵か……。まさか公爵ではないだろう。
「ビーシダール様は、皇帝と話したことは、ありますか?」
「! ありますよ、ソフィア嬢! 皇帝陛下からは、舞踏会で声をかけていただきました。わたくしはシルクの輸入業をしています。皇后殿下と皇女殿下に、上質なシルクを献上したことがあるんです。その御礼を伝えられましたよ!」
意表をついた質問を敢えてしている。
だがこれも取り繕った返事ではなく、事実を述べている表情だ。そして皇族に献上できるだけの、上質なシルクを手配できるとなると……。
彼は侯爵か公爵ね。
「皇太子殿下には、献上しなかったのですか?」
ロールパンを持つ手を止め、ビーシダールは不思議そうな表情をする。
「わたくし共の国では、シルクは女性への贈り物として定番なんです。この上質な生地で、美しいドレスを仕立て、ドレスを着た姿を見せてください――という暗黙のメッセージを込めることができるので……」
そこでビーシダールの瞳は、私の髪と瞳をチラッと見て「……ソフィア嬢はマリアーレ王国の方なのですね。そうなるとこの習慣を、ご存知ではなかったかもしれませんね」とニコッと笑う。
「なるほど。そうなのですね。では皇太子殿下には、何も贈り物をされないのですか?」
これにはビーシダールは、困った顔になっている。
ロールパンを噛みながら、ゴクリと飲み込むと、ゆっくり話し出す。
「それは……そうですね。シルクを献上した時、皇帝陛下と皇太子殿下には、特に贈り物はしていません。ただお二人がお誕生日の時には、ヴィンテージワインや、角が秀麗な鹿の剥製を贈ったりしましたよ!」
……怪しい反応はない。自然な反応だった。もしヴァルドの指示でここに来ている場合。皇太子の話題は避けたいはず。よって自身から別の話題を振るのが常道。そうもせず、自身の知る事実を元に話している。
ビーシダールは、ヴァルドの追っ手でここへ来たわけではない。ヴァルドの部下ではないのだろう。
その後の会話でも、ビーシダールに怪しいところはなかった。そうなると単純な話だ。私に興味を持ち、矢継ぎ早に質問をしただけ……なのかもしれない。
そのことに少し安堵しつつ、騎士団長の経験が役立ってよかったと思う。
捕らえた帝国軍の兵士や騎士相手に、情報収集のため、尋問を重ねてきた。その結果、この観察眼を養うことになった。特に目の動き。訓練された騎士でも、目の動きのコントロールには失敗する。
そして多くの人間と接することで、言動の傾向を自分なりに導き出した。前世でいうところにプロファイリングに近いことをやったのだと思う。
そうこうしていると、蜂蜜やワインのお店が開く時間になった。
私はビーシダールをそれらのお店へ案内し、そして彼らはケース単位で蜂蜜とワインを購入。お昼前に村を出て行った。
お読みいただき、ありがとうございます~
【新春特別更新】
『断罪の場で悪役令嬢は自ら婚約破棄を宣告してみた 』
https://ncode.syosetu.com/n8930ig/
可愛い小話「SS:モフモフ達とニューイヤーを」を更新!
ページ下部にイラストバナーもございます。
よろしかったらお楽しみくださいませ~






















































