ビーシダール
ビーシダールと名乗るその男性は、朝一番で村にやって来た。
沢山の使用人を連れて。
しかも森を抜けて来たとは思えない、黒のスーツとフォーマルな装いをしている。さらにシルクハットを被り、黒のステッキを持ち、あたかも街にいるような姿。
年齢は二十歳前後か。髪はダークシルバーで黒い瞳。
その肌艶からもノースクリスタル帝国から来たのだとすぐに分かった。
夜間勤務を終えた戦士と持ち場を交代したばかりだった私達に、ビーシダールは気さくに声をかけてきた。
「おはようございます! わたくし、ビーシダールと申します。こちらの村で、上質で美味な蜂蜜、ワインが手に入ると聞き、足を運びました。さらに焼き立てのパンも絶品と聞いています」
快活で笑うとえくぼが浮かび、善良そうな人に見える。
「おはようございます。ええ、蜂蜜もワインもパンも、どれもとても美味しいですよ。パン屋は既にオープンしています。蜂蜜とワインのお店は、まだしばらく開きません。ですがパン屋にはテラス席がございます。そこでパンを楽しみながらお待ちいただけますよ」
私がそう応じると、ビーシダールは瞳をキラキラと輝かせた。
「なんて親切な! 美しい女神、この世の至宝、絶世の美女であるレディ、お名前をお聞きしても?」
親切にはしたと思う。でも「美しい女神、この世の至宝、絶世の美女であるレディ」は言い過ぎだろう。
戦士の役割に就く私は、白シャツに黒のスリムパンツにブーツと、男装しているのだ。しかも腰に剣を帯びている。風変りな女だと、嫌厭されてもおかしくない。
「帝都では、男装の麗人を主人公にした舞台が大人気なんですよ。犬猿の仲の国が、熾烈な戦を繰り広げる中、救済の戦士が現れる。その正体は男装の麗人。帝国の若き皇子は、宿敵である彼女と恋に落ち、二人の結婚により、平和な世が訪れるというハッピーエンドのお芝居です。あなたはまさにその劇に登場する、男装の麗人のよう!」
ビーシダールのこの言葉には、血の気が引く思いだ。その登場人物は、私とヴァルドでは!?と思えてしまったからだ。だが「恋に落ち……」はない、ない、だ。「二人の結婚」、こちらも、ない、ない、だ。
平和な世が訪れる……。今、表面的には平和かもしれない。だがヴァルドが置かれている状況を思うと……。
少なくとも彼にとって、後継ぎを諦める絶望的な状況なのではないか。ヴァルドの心中は、平和とは程遠い。
というかそんな演劇が、帝国の中心部である帝都で上演されているなんて!
もしかして私への、遠回しのメッセージなのかしら?
素直に姿を現せば、結婚してやろう。
殺しはしないから、出て来いと。
夢の中のヴァルドは、限りなく甘い。だが現実では冴え冴えとした瞳で、私を軽蔑するように見据えるヴァルドを想像してしまい、身震いがする。
「レディ、お名前を……」
ハッとして私は、ミドルネームである「ソフィア」を名乗る。ビーシダールは「名は体を表すと言いますが、まさにその通りですね」と微笑む。その上で、こんなことを言い出す。
「ソフィア嬢。わたくしと一緒にパンを食べましょう。そしてわたくしの買い物にお付き合いください」
お読みいただき、ありがとうございました~!
新春特別編を以下の作品で公開しました☆彡
異世界転生恋愛ランキング 1位(2024/7/6&7/7)
なろう表紙[TOP]異世界転生恋愛ランキング 2位(7/6_7/8)
『悪役令嬢に転生したらお父様が過保護だった件
~辺境伯のお父様は娘が心配です~』
https://ncode.syosetu.com/n2700jf/
ページ下部にもバナーがございますので、良かったらご覧くださいませ~




















