最悪と最良が同居する
その目覚めは……最悪と最良が同居する、実に複雑なもの。
まず、魅了魔術の効果は完全に切れている。そして昨晩の出来事は、全て覚えていた。
私は……完全に魔術に支配され、ヴァルドの純潔を奪ってしまった。
嫌という程、頭に詰め込んだ『夜の儀』のあれこやこれやを駆使することで、そして魅了魔術が発動していたからなのか。とにかく初めては痛いもの……というよく聞く話とは無縁で、とにかく快感しかなかった。
しかもヴァルドは想像通りの体力の持ち主だったので……。
二人ともこれが初めてのはずなのに。
一度目は確かにぎこちなかった気がする。
主導権を握ったのが、私だったからかもしれないが。
でも二度目以降は、もう何度も肌を重ねた二人のように、どんどん気持ちが高まり、体の興奮も昂り……。
ヴァルドから「呼ぶまで部屋には来るな」と命じられていたのだろうか?
その最中に、彼の家臣が部屋に来ることはなかった。
つまり一切の邪魔が入らないまま、私はヴァルドと何度も……。
この何度もは、恐ろしい程、素晴らしいものだった。だが、もう無理だと果て、眠り、起きた時は……。
魅了魔術に完全に操られた自分に対する怒り。好敵手であり、友になりたいと願ったヴァルドに対し、とんでもないことをしてしまったという後悔。これで何もかもが終わったという悟り。
これで父親の思うツボ……にはならないだろう。
チラリと横で熟睡中のヴァルドを見る。
まるで大天使が横たわり、眠りに就いているようだ。
あれだけ散々私に弄ばれたのに。その寝顔は実に清らかで、純潔を奪われた後とは思えない。
睫毛……こんなに長かったのか。
拝みたくなる程、ヴァルドは美しかった。
もしも戦場での出会いではなく、外交の場で、晩餐会や舞踏会で出会っていたら……。皇太子、王女として出会い、恋に落ちる。やがて婚約し、結ばれたのなら良かったのに。
でもいくらそんなことを夢想しても、もう遅い。
私がするべきこと。
それは……逃走!
だってここは、ヴァルドの懐の中とも言える場所。魔術が解け、私が隣でいびきをかき、寝ていようものなら……。
つがい婚姻が成立してしまっているのだ。殺されはしない……と思うが、さすがのヴァルドでも、怒り心頭になるはず。
残虐非道なことはしないと思う。それでも何らかのペナルティーは与えられるだろう。でもそれは仕方ないと思った。いくら魅了魔術で操られたとはいえ、彼の純潔を奪ったのだから。
逃走したいのは……ヴァルドから軽蔑の目で見られるのが、耐えられないことが大きい。
戦場で戦う時、ヴァルドは魔術を容赦なく行使したが、それは私がそれでも応戦できると分かっていたからだと思う。つまりヴァルドもまた、私を好敵手と認めてくれていたと思うのだ。
そのヴァルドから、嫌悪の眼差しで見られるのは……盟友を失ったようで、辛いはず。
辛い……なんて生易しいレベルではないだろう。
だから私は逃走を続けることにした。
ヴァルドの様子を気にしながら、身支度を整えた後。これは……私のお詫びの気持ちとして。
伝わるだろうか。
王女として生まれた私は、赤ん坊の時に“護身剣”を与えられている。その短剣の鞘や柄には、豪華な宝石が飾られているだけでなく、王女を示す白薔薇の紋章も刻まれていた。
これは自身の身分を示すものであり、失えば私が王女であると証明する物は、一切なくなる。
どの道、ヴァルドの純潔を奪った私は、表舞台では生きられない。サンレモニアの森の中にある村でひっそり生き、天寿を全うする……と思っていた。
だからこれは置いていく。
ベッド横のサイドテーブルに、コトリと音を立てた護身剣を置き、私は部屋を出た。






















































