1-3
先ほどの森の主の意味深な発言を無視して話は進んでいきました。
「何しに来たの?」
「お前を助けに来た」
助けが来たことで少しだけ気が楽になったフォールは、強がった様子で話題を変えると、リッタは格好つけて返事をしました。すると、そんなリッタに対して、森の主が威圧するかのように尋ねました。
「それは里の総意か?」
「俺の勝手でやったことだ。里のみんなは関係ない」
その圧力に屈することもなく、恨みを抱いている里の民達を巻き込まないようにするなんてなんとも殊勝なことでした。
「そうか。それでこの場から逃げる策はあるのか?」
「助けられる保証があるから来たんじゃない。今日来なかったら一生後悔するから来たんだよ。どれだけ幸せに過ごしていても、それは今日見殺しにしたフォールの犠牲の上で成り立っている幸せに過ぎないから。そんなの耐えられない」
拗らせた英雄願望で助けに来ても、無策で来たのではただの無謀でした。
「だから一緒に逃げよう。帰り道ならわかるから大丈夫」
無策ではありましたがリッタが来たために状況は少しだけよくなり、フォールも気が付くと平常心に戻っていました。しかし、肝心の問題はまだ二人の目の前に残っていました。
「見逃す理由はない。だが特別に良いことを教えてやろう」
そんな彼らの心配をよそに、森の主は逃げる二人を追いかけようとする素振りを見せませんでした。そんな森の主から逃げるために、リッタがフォールの手を引いて去って行こうとしました。
「こいつの話に耳を貸す必要なんてない。早く行こう」
「う、うん」
「あれは四百、いや五百…とにかく昔のことだが、お前たちと同じように逃げ出そうとした巫女がいた」
しかし二人は思わず足を止めました。自分たちと同じような行動を取った者の顛末が気になってしまったのです。
「その女は枝を折り目印をつけ、帰り道がわかるように細工をしていたのだ。そしてお目付け役は今回と同じように去っていった。お互いの姿が見えなくなったところでそいつは目印に従って里まで帰って行ったのだ。その後どうなったと思う?」
「あなた様が里まで向かわれたのですか?」
「わざわざそんなことしない。簡単な話だ。当時の里の民達が、巫女の遺体とともに再び我がもとに訪れたのだ」
その展開に理解できなかった二人は、言葉を失いました。
「それと里長を名乗る者が責任や謝罪などと言って我が目の前で首を切られたが、それはどうでもよい。それから巫女は食ろうたが、里長の方には森の糧となってもらった」
その話を聞いて、二人は呆然としました。この場さえ切り抜ければよいと考えていたのに、彼らが里に帰ったところで待っているのが平和とは限らなかったのです。そのせいで、二人は今まで暮らしてきた里をどこか遠い世界のように感じてしまい、足が止まってしまいました。
「わかるだろう。お前達に残されている選択肢は、里に帰って殺されるかここで食べられるかの二択だ。それならばこの場で食べられたほうが賢明であろう」
可哀想に、愚かなリッタはその言葉に絶望していました。
一方でフォールは何かに気がついたようでした。
「それはおかしいです」
「ほう、今更生き足掻くか」
「たまにですが商人が訪れることがありましたから」
そうですね、皆様ご存じのように人里離れた里も、商人との交流は持っていました。そしてその商人の存在こそが、里以外にも人が住む場所があることの何よりの証拠だったのです。