※リリーエリカと死に戻りの巫女姫②
オルフィ侯爵夫妻は郷里から戻ってきた挨拶をしに来たアントラーの憔悴した様子に大いに驚き、それほどまでに身内を亡くした悲しみが深かったのかと同情し、旅の疲れが取れるまでゆっくり休むようにと労りの言葉をかけた。
するとアントラーは主人一家に礼を述べた後、祖母の死も悲しいことは悲しいが、それよりも心配なことがあるのですと言って、大切な家族の死をきっかけに人が変わってしまったかのように嘆き悲しむ妹をどうすればよいのか、わからないのだと打ち明けた。
親代わりの祖母を亡くし、心が病んでしまったのかと思い、何度も病院に行こうとしたり、神殿に行き、妹の回復を祈祷してもらおうとしたが、妹は神官や神殿という言葉に過剰な反応を示し、神殿が経営している病院すら行くのを断固として拒否する徹底ぶりで、どうすることも出来ないのだとアントラーは涙を滲ませた。
「妹には将来を誓いあった恋人がいるんです。ですから妹が4年後に成人するまでに何とかお金を貯めて、巫女修行と結婚資金の代金を作ってやりたいんです」
アントラーが亡くなった両親や祖母の代わりに自分が妹の巫女修行のお金を稼ぎたいのだと話すのを聞いたオルフィ侯爵夫妻は、お互い顔を見合わせた。
「あら?もしかしたらアントラーは御布令が出たことを知らないようね」
「どうやら、そのようだね、リトラ。きっとアントラーは妹の看病をしながら旅をしていたから知る間がなかったのだろう」
オルフィ侯爵夫妻の訳知り顔を見たアントラーは怪訝そうに尋ねた。
「御布令?どのような御布令が出たのでしょうか?」
「ああ、少し長い話になるんだが……。そう言えば今、君の妹はどこに?」
「妹はここに向かう途中に馬車の中で眠ってしまい、今は客室をお借りして、そこで寝かせてもらっています。リンドさんや他の侍女方の皆さんが時々部屋を覗いて妹の様子を見てくれるというのでお言葉に甘え、起きたら部屋で待つようにとの伝言も頼んでいます」
「そうか。それなら気にせずに話が出来るね。アントラー。君は大いに驚くと思うから心して聞いてくれ。実は……」
アントラーがオルフィ侯爵夫妻から驚愕の事実を聞かされている同時刻、目覚めたアントラーの妹は自分がよく見知っている部屋にいることに絶望し、重苦しいため息をついた。
「ハァ……。なんだ、夢だったのね。毎日があまりにも辛いものだから、あの時お兄ちゃんが死んでなければいいのにと何度も思っていたから、あんな変な夢を見たのかしら?それにしても変な夢だった。あいつと結婚した後に神殿の神官達の半分が自害して、半分が暴徒化して貴族達を襲い、神殿が民の暮らしの世話をしなくなったことで国が荒れだして、水晶玉も巫女も巫女姫も嘘だと知った民達が自分達の税金を使い込んだ王侯貴族達に激怒し、暴動を起こして、辺り一面火の海に包まれて、無理やりあいつの妻にされていた私も貴族だからとなぶり殺されちゃって。……そして死んだと思ったら何故か14歳に戻っていて、あいつを守るために暴漢に襲われて死んだはずのお兄ちゃんがお婆ちゃんの臨終に駆けつけてくれるなんてね。そんなの……あるわけないのにね。ハァ……」
もう一度ため息をついた彼女は、自分が客室に寝ていることに首を傾げ、あることに気がついて目を丸くさせて驚いた。
「あら?私はどうして客室で寝ているのかしら?……えっ?嘘!私の手が小さくなってる!?」
シーツの上に投げ出されている自分の手が子どもの手になっていることに気づいた彼女は慌ててベッドから跳ね起きると大きな鏡の前に駆け寄った。
「っ!?嘘!私、子どもに戻ってる?」
鏡に映る自分の姿が、兄と同じ色のストロベリーブロンドの髪と瞳が大好きだった頃の子どもの姿であることに彼女は呆然となり、自分の右頬を思いっきり抓ってみる。
「痛っ!痛い?もしかして……夢じゃない?どうして?まさか若返ったのかしら?……ん?よく見ると客室の壁紙が真新しいわ。カーテンにも家具にも埃がかかっていない。シーツも清潔で、どこもかしこも綺麗に掃除されている。ここの使用人は元平民の私を馬鹿にしていて、あいつの目に届かないところでは仕事を怠けていたのに。どういうことなの?……でも、これはもしかしたら千載一遇の好機なのではないかしら。あいつは命の恩人の妹である私に執着して結婚したものの直ぐに平民を妻にしたことを後悔し、今は妾宅に入り浸っているのだし、今の私の姿は子どもなんだもの。こっそり抜け出せばここから逃げられるのでは……」
マウントラル国では、巫女姫は女神ハハの娘として扱われており、神の娘と結婚した者は離婚することが許されてはいなかった。だから彼女の夫は結婚前はまるで魔法にかかったみたいに彼女と結婚することに執着していたのに、結婚するなり魔法が解けた人のように自分の結婚を後悔し、貴族院に食って掛かって離婚を了承させようとしたが出来ず、地団太踏んで悔しがった後、早々に妾を作ったのだった。
彼女は夫を愛するどころか憎んでいたから、夫の手のひら返しに対して嫉妬などはしなかったが、あまりの心変わりの速さに、この夫に振り回されるだけの自分の人生って、なんだったのだろうかと虚しさを感じ、兄があいつを庇って死んでいなければ、こんな人生を歩まずに済んだのにと考えても仕方がないことを毎日、悶々と考える日々を送っていた。
一体全体、どうして自分が幼い姿に若返ったのかはわからないが、このまま籠の鳥でいるよりかはいい。そう考えた彼女は物音を立てずに窓に近づくと、そっと窓を開けた。窓を開けると冬の冷たい空気が一気に部屋に入り込んできた。
「さ、寒い!……今は冬だったかしら?そういえば私は結婚してからずっと部屋に引きこもっていたから季節を感じたことがなかったわね。グズグズしてはいられない。早くここを出よう」
客室は一階にあるため、窓から飛び降りたら直ぐに中庭に出られる。子どもの身となった彼女は楽々と窓を乗り越え、中庭に出ると頭を低くさせて隠れながら歩き出した。
「長くカーテンを締め切った部屋にいたからわからなかったけれど、随分と中庭が趣味の良い様相に変わっていたのね。手入れもきちんとされているわ。こっちには冬に咲く花もある。椿、山茶花、柊……。確かあいつは高貴な自分に相応しいのは薔薇だとか言って、薔薇しか植えさせていなかったのに、一体どんな心境の変化があったのかしら?……ん?何かしら、この匂い?何かを燃やしている?」
匂いは彼女が目指す中庭の奥にある裏門の方から漂ってきていた。使用人に見つかったら不味いことになると思うも、今の自分の姿が子どもであることを思い出した彼女は、見つかっても自分とはバレないだろうと考え直し、そちらに近づいていった。
パチパチと火の爆ぜる音が聞こえる。音のする方に向かうと、そこには白髪頭の老人と赤い頭巾を被った幼女の後ろ姿と痩身の少女……いや男性用のズボンを履いているから少年なのかもしれない……が裏門の前で焚き火を囲んで談笑しているのが見えたが彼女は彼らに見覚えがなかった。
新しい庭師と庭師の孫娘か何かかもしれないと思ったが、老人と幼女の着ている者が仕立てが良いことから使用人ではないことに気がついた。一体、彼らは何者なのだろうと思いながら歩いていたからか、彼女は近くに椿の枝があることに気が付かなくて体が椿に触れてしまい、葉擦れの音を立ててしまった。その音に気づいた、ズボンを履いている少女らしき人物が声を上げた。
「そこに誰かいるのですか?」
凛々しい声を聞き、ズボンを履いている人物が少年だと気がついた彼女は、初対面であるはずの少年の声に聞き覚えがあるように思い、次の瞬間、声に該当する人物を思い出し、血の気が引いていった。
ありえないことに少年の声は、夢の中で暴動を起こした民が彼女を殺しに来た時に民を扇動していたマント姿の人物の声に何となく似ていた。夢に出てきた人物と似た声の人物がいるだなんて、そんな偶然があるのだろうか?もしや、あの夢は正夢かもしれない。そう思うと今にも少年が自分を殺そうとしてくるのではないかと思えてきて、彼女は咄嗟に逃げようとしたが、腰が抜けて上手く歩けなくなった。
「た、助け……」
助けを呼ぼうとした、その時だった。赤い頭巾を被った幼女がクルリと彼女の方に振り返った。
「あっ!あなたアントラーさんの妹さんだよね?髪だけでなく瞳の色もアントラーさんと同じだったんだね!まぁ、なんて可愛らしいお嬢さ……なんて可愛らしいお姉ちゃんなんだろう!私、リリーエリカと言います。どうぞ、よろしく」
ニッコリと親しげに微笑む小さな女の子が近づいてくる。女の子の髪は蛇神が眠ると言われているオルフィ侯爵領の山の色と同じ色で、瞳の色は秋の日の空色と異国の絵本に描かれた海の色を足したような綺麗な青緑色だった。それぞれの色を持つ者はそう多くはなかったが、けして珍しい色ではなかった。
だけれど、これらの色を一緒に持っている者を彼女はあの子以外に見かけたことはなかったし、目の前の幼女はあの子を幼くしたら、こんな顔だろうと思えるほどあの子に似過ぎていて……同一人物だと気がついた次の瞬間、彼女は自分があの子に犯した罪を思い出し、大声で泣きはじめた。
※一度目の人生ではアントラーは騎士団仲間だったピーターやキール達に口封じの為に殺されています。




