※リリーエリカと死に戻りの巫女姫①
リリーエリカが前世の記憶を思い出してから初めて迎えた冬の季節。リリーエリカは両親やハルジオン達とともにゴメテウスのいる領地の本屋敷にいた。
それというのもリリーエリカへの連日の贈り物攻撃だけでは飽き足らなくなったゴメテウスが息子夫婦とリリーエリカとの同居を切望したため、オルフィ侯爵夫妻は冬が来る前に王都を離れて領地に戻ることにしたからだ。……と、オルフィ侯爵夫妻は王侯貴族やリリーエリカには説明していたが、真相はそうではなかった。
秋に城で行われたスダール大神官が水晶玉を割った事件についての審査の際に、スダールが告白をしたことでマウントラル国の恥部……国が民に関する事業を神殿に丸投げしていることや、神殿が国の援助なしでそれらを行うため、水晶玉や巫女修行、巫女姫等々の嘘の話をでっち上げて寄進を集めていたこと……が発覚したのだが、王の不手際により、それらがマウントラル国を囲む5つの国にも露見してしまった。
それらの国々に今後も自分達と対等に付き合いたければ、民のために国として正しい姿に生まれ変わるようにと迫られたゼアス王は、今後は神殿に丸投げしていた事業を国が行うことや税金を正しく民のために使い、貴族を優遇しないこと等などの国を治める者としての当然の正道を行うことを5つの国に誓ったのだが、贅沢や怠惰に慣れきった一部の貴族はこれを不服に思った。
そして自ら汗水垂らし働くことを厭った彼らは、今までの贅沢な暮らしをこれからも続けるために、スダールの審査の際に暴露された神官達の諸々の話は全て嘘……つまり水晶玉の話も巫女の話も嘘ではなくて本当の話だったことにしてしまえばよいと無謀にも企んだらしい。
とはいっても、ゼアス王や5つの国にそれらの話を本当だったと信じさせるには、それ相当の人物を本物の巫女姫として充てがわないと信じてもらえない。そう考えた彼らが思いついた人物がオルフィ侯爵の娘……つまりリリーエリカだったのだ。
オルフィ侯爵家はマウントラル国が出来る前から、この地に住まう古き一族であり、女神ハハの神使の蛇神が住む土地を代々守護してきた由緒正しき貴族家であるからか、大昔から国内外の者達に特別な貴族として神聖視されている。そして当代のオルフィ侯爵であるメフィラスは、やり手の外交官として他国からも一目置かれていた。
今回のスダールの一件は平民達には伏せられ、動物神達が水晶玉と巫女姫を連れて天に戻ったため、今後は巫女は生まれないことにされたが、由緒正しきオルフィ侯爵家の血を引くメフィラスの娘が、神様に愛された特別な巫女姫だったと発表すれば、5つの国もマウントラル国の国民も信じてしまうに違いない。そうすれば5つの国は自分達の国に変われとは言えなくなり、神殿も今まで通りに寄進だけで事業を賄い、国は民の事業で使われるべき税金を今まで通りに我々貴族に分け与えてくれるに違いない。
……などという、自分さえ幸せなら回りはどうなっても良いという自己中心的な動機によって噂を流し、巫女姫としてリリーエリカを祭り上げようと企む不届き者がいることを知ったメフィラス達が、このまま王都の屋敷にリリーエリカを住まわせるのは危険だと判断したのが、王都を離れた本当の理由だった。
幸いなことに、あの秋の日にリリーエリカがハルジオンを連れて帰ると強請って泣いた姿を多くの平民と騎士達が目撃したことで、リリーエリカは”普通の我儘な子ども”だと平民達は認知していたため誰も噂を信じなかったし、騎士達が書いた調書もあったから、平民だけではなく大多数の貴族も王も噂を信じず、彼らの企みには乗らなかった。
それどころか、未成年の子どもの噂を立てねばならないほどに後ろ暗い何かを隠し持っているのかと考えた王は彼らを騎士達に調べさせ、自分の推察通りだったと知ると、他国の意に添って正道を歩んでいると示すのに都合が良いと真っ先に彼らを厳しく処罰したのだった。
領地に着いてから王都の屋敷の執事にその一件を聞かされたオルフィ侯爵夫妻とゴメテウスはひとまずは安堵したが、暫くは王都にはリリーエリカを絶対に連れてはいかないことを既に決めていた。何故ならば彼らの愛するリリーエリカは、一部の貴族が立てた噂を本当であると信じてしまうような無双を繰り広げ始めたからだった。
リリーエリカの無双の起因は、自分の身近にいる親しい人の身をただただ心配するリリーエリカの小さな親切によるものだった。それは主に自分の遊び相手兼侍従見習いとなったハルジオンの痩せ細った身を心配して発揮されることが一番多かったが、初めて会う祖父の体を労る優しさからだったり、領地経営に励む両親の身を気遣って発揮されるものも当然多く、屋敷にいる使用人にも、それらは発揮された。
リリーエリカは10年間もの間、神様の愛し子として生きてきたからか、とても突飛な発想をする子どもだった。だけれどリリーエリカは優秀な乳母と子守役によって、平民として一人でも生きられるようにと逞しく育てられたおかげで、その突飛な発想を実現できるだけの基礎知識を身につけていて、それを応用出来る地頭の良さも持っていた。
しかもリリーエリカは外交官をしていたメフィラスに似て、子どもとは思えないほどの審美眼を兼ね備えていて、初めて見る宝石や布地の良し悪しや価値をわかっているようだったし、先見の明があると名高かった元巫女姫のリリーエリカの祖母にも似たのか、他領や他国の食べ物や日常生活で使う道具等々の商品を初見だけで、自分達の生活にそれらがどう影響していくものなのかを大体ではあるが予想している節が数多く見受けられた。
だからなのかリリーエリカの突飛な試みは、リリーエリカが親切にした者だけではなくて、多くの人々の為に役に立つものばかりだったのだ。女神の呪いを軽減する草履や、医学の知識がなくとも脱水症状を判別できる方法などは序の口だったのだとメフィラスとリトラとゴメテウスは思い知ることとなったが、それらが発揮されるのは全て、誰かのためを思うリリーエリカの優しさによるものだったので、三人は毎回驚きつつも、リリーエリカの心根を尊び、慈しんだ。
そして草鞋の発案者がリリーエリカであることをメフィラスが隠したように、リリーエリカが次々発案した物事の全てを自分達が発案したように見せかけて、無垢なリリーエリカを欲望にまみれた大人達の悪意から守ることを三人は誓ったのだ。
アントラーが祖母の危篤の知らせを受け取ったのは9月に入って直ぐのことだった。郷里に向かったアントラーは祖母の臨終に間に合い、妹と二人で看取ることが出来たのだが、祖母の葬式が終わった途端、妹が熱を出し、熱が引いたと思ったら、火が着いたように大泣きし出した。
「お兄ちゃんが死んでない!?生きてる生きてる!嬉しいけれど、どうして?どうしてお兄ちゃんは死んでないの?暴漢に襲われたと聞いたのに?でも嬉しい!良かった。あれは夢だったんだ。そうよね?夢だったんだ。ああ、良かった。どうせならお婆ちゃんが死んだのも夢だったら良かったのに。ああ、でも良かった。お兄ちゃんは死んでない。これで私は神殿の孤児院に行かなくて済む。これで崖崩れで亡くなった侯爵夫妻の鎮魂の祈りの手伝いを神殿の下女として、行かなくともよくなる。これであの忌々しい傲慢黒髪野郎に見初められずに済む。これで大好きな恋人をあいつに殺されなくて済む。これで私はなりたくもない巫女姫見習いにならなくて済む。これで私は高慢ちきばかりいる貴族の学院に入らなくて済んで……あの子を虐め殺さなくて済む。これで私は恋人の仇の妻にならなくて済む。これでこれで私は……国を腐敗させた貴族の一員として民に殺されなくて済むのよ!」
妹のわけのわからない言葉を吐きながらの慟哭は三日三晩続き、その後は無気力と慟哭を繰り返すようになった妹を抱えて王都まで帰るのは至難の業だと困っていたアントラーは、王都から領地に戻ったというオルフィ侯爵の知らせを受けたとき、郷里に近い領地までなら何とか出来るだろうと思いながら妹を連れ、旅立った。




