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リリーエリカとハルジオン③

 そんなこんなでリリーエリカは、大勢の人に金色の髪の子どもの状態を知られたくないという気持ちが勝って、泣いて駄々をこねるという渾身の必殺技を繰り出したわけだが、前世の記憶を持つリリーエリカは当然ながら、本気で自分の子どもにしたいと思って、それを言ったわけではなかった。


 もしも……リリーエリカが前世の自分のままであったのなら、本気で自分の子どもにすることを検討していたかもしれない。何せ前世のリリーエリカは家族に縁が薄い人生を送っていたのもあって、家族というものに強い憧れを持っていたからだ。夫以外の男性との再婚は望んでいなかったが一人で生きていくのが寂しかったのは事実で、子ども好きなリリーエリカは、せめて夫との子がいたのならと何度思ったかしれなかった。


 無論、夫がリリーエリカに触れなかった理由をリリーエリカは知っている。けして口に出しては言わなかったが、夫は自国が戦争で負けると確信していた節があった。だから敗戦国となった国で身重の女性が一人で生きていく苦労を夫はリリーエリカにかけたくなかったのだろうとわかっていたし、実際に夫の懸念は現実のものとなり、夫の気遣いは正しくリリーエリカの助けとなった。


 戦後、半壊した店と息子を亡くして生きる気力を失った舅を抱えることとなったリリーエリカは身軽な体だったおかげで、がむしゃらに働いて数年後には店を再建させたし、舅が病で亡くなるときには家の布団で看取ることも出来たのだ。けれど……その後の人生を一人で生きるのは寂しすぎた。


 前世のリリーエリカは家族との縁は薄かったが、その代わりに家族が一人か二人増えても食う寝るに困ることが無いくらいの商才には恵まれていたから、前世の自分なら子どもの一人や二人を養っていけるだけの経済力は持ち合わせていたので、その自分だったら間違いなく虐待を受けているだろう金色の髪の子どもに手を差し出すことを躊躇わなかっただろうとリリーエリカは思っていた。


 とは言え、今の生まれ変わったリリーエリカには前世のような経済力は無い。この世界の自分は10歳の子どもに過ぎず、親に養われている身である。だから非力な自分が子を持つなどという無責任なことを言える立場ではないことくらい重々承知していた。それでもリリーエリカがそれを口にしたのは、金色の髪の子どもに自ら関わりに行った以上、子どもを脱水症から救う責任が自分にはあると思ったからだ。


 それにリリーエリカは自分がそう強請れば、両親がとりあえずは子どもを一緒に家に連れ帰ってくれると確信していた。まだ子どもであるリリーエリカが養子を取ることを両親は当然ながら反対するだろうが、それでも優しい両親ならば子どもが虐待されているとわかれば元の孤児院には戻さずに、子どもを愛情深く預かってくれる他の孤児院を探してくれるだろうと思ったからこそ両親を頼ることにしたのだ。


 前世の記憶がある身で小さな子どものように……実際、今のリリーエリカは小さな子どもであるが……泣いてゴネるのは恥ずかしかったが、そのおかげで子どもは脱水症の危機は免れたし、リトラも人混みから離れたことが良かったのか、馬車に乗ってからは顔色も良くなって、家に戻ったときにはすっかり元気を取り戻したようだったので、リリーエリカは恥ずかしい思いをした甲斐があったと密かに胸を撫で下ろした。


 主治医の診察でリリーエリカが助けた子どもは脱水症だけではなく栄養失調と皮膚炎も患っていると知ったメフィラスとリトラは、リリーエリカの予想通りに金色の髪の子どもを孤児院に戻すのは得策ではないと判断し、次の日の朝一番に主治医と一緒に騎士団本部に赴いた。


 そして騎士団と主治医を交えて話し合ったメフィラス達は家に帰ってからリリーエリカに、騎士団が事件を解決し、金色の髪の子どもの今後の処遇を決めるまで、子どもはオルフィ侯爵家が責任を持って預かることにしたと告げたのだが……。


「あのね、リリーエリカ。リリーエリカが子どもにしたいと言っていた子は名をハルジオンと言ってね。歳はジャミランと同じ歳らしいの。それでね、リリーエリカはまだ子どもでしょう?だからね、その……リリーエリカはハルジオンを養子にもらって自分の子どもにすることは出来ないのよ。折角のリリーエリカの初めてのお強請りなのに叶えてあげられなくてごめんなさいね」


「期待に添えなくてごめんよ、リリーエリカ」


 孤児院を捜査した騎士団から聞いた、金色の髪の子どもの名前と年齢をリリーエリカに伝えた後、申し訳無さそうにハルジオンを養子には出来ないのだと謝る両親にリリーエリカはとてもいたたまれない気持ちとなった。


「え?あの時の駄々をお母様は真に受けてたの?……ごめんなさい、お母様、お父様。そんな風に謝らないで。悪いのはあんな無責任なお強請りを言ってしまった私なんだから」


 両親に謝罪されてしまったリリーエリカは罪悪感に駆られてしまい、もう二度と両親に泣いてゴネるのは止めようと心に誓いながら両親に謝った。両親は必死になって謝るリリーエリカの姿を見て、目に涙を浮かべだした。


「まぁ!私達はリリーエリカの初めてのお強請りを叶えてあげられなかったのに、そんなふうに言ってくれるなんて、リリーエリカは何と優しい子なのでしょう。ううっ、こんな優しい子にさらに辛いことを言わなければならないなんて……。あのね、リリーエリカ。リリーエリカはハルジオンのために着替えのドレスやリボンを用意してほしいと頼んできたけれど実はハルジオンは……ハルジオンは、ね。……うっ!ごめんなさい、メフィラス!」


 そこまで言って言葉を止めたリトラはメフィラスに身を寄せた後、両手で顔を隠し、本格的に泣き出した。


「ごめんなさい、メフィラス!私、やっぱり言えない!だって昨日からひな鳥を守る親鳥のようにハルジオンのお世話を頑張っているリリーエリカに親になれないと知らせるだけでも酷なことなのに、さらにリリーエリカを気落ちさせるようなことを言わないといけないと思うと胸が詰まって……」


 メフィラスは涙するリトラの背を撫でながら慰めの言葉をかけた。


「その気持ちはよくわかるよ、リトラ。昨日の今日で直ぐにリリーエリカにそれを知らせるのは衝撃が強すぎると私も思っていたんだ。ただでさえハルジオンを子どもに出来ないと知ってリリーエリカは辛い思いをしているだろうし……。よし、リリーエリカの傷心が癒えてから、それを伝えることにしよう。何、今のリリーエリカはきちんと声が出せるし、護衛騎士もつけているのだから、万が一はないはずだ。それにハルジオンもあんな劣悪な環境にいた割には利口な子でリリーエリカに対して恩義を感じているから、リリーエリカに良からぬことはしないだろう」


「?どういう意味ですか、お父様?一体、ハルジオンに何が?……昨日会ったばかりですが、ハルジオンはとても大人しくて可愛らしいお姉さんだと私は思うのですが、何を心配しているのですか?」


 首を傾げつつ尋ねるリリーエリカを見た両親は、やはり今は言えないと頷きあった後、メフィラスはリリーエリカの頭を優しく撫でて言った。


「……ああ、リリーエリカは、やはり気がついていないのだね。そうだね、私達も初めはそう思っていたし、あの子の容姿では、そう思うのも無理はないものね。……とても辛いだろうけれど、気を強く持つのだよ。ハルジオンをリリーエリカの子どもに出来ない代わりにリリーエリカにはお詫びの贈り物をするからね。それとハルジオンの今後については、ハルジオンの意見を聞いて全面的に協力すると約束するから心配しなくてもいいから」


「?」


 リリーエリカは両親が言いあぐねていることが気になって、その後も何回か両親に尋ねたが、両親はリリーエリカに衝撃を与えずに上手く真実を伝える自信がないと言って教えてくれなかった。リリーエリカは両親が言えずにいるハルジオンの真実とは何だろうかと思いを巡らせ、リリーエリカだけが知っているだろうハルジオンの秘密……ハルジオンが”祈りの巫女と恋するオーブ”のヒロインであるとリリーエリカは思い込んでいる……以上に驚くような真実は早々ないだろうと結論づけた。


 両親はハルジオンの受け入れ先が決まるまでは、ここにハルジオンを置くと言ってくれた。それこそがリリーエリカが一番望んでいた最良な結果だったから、両親からのお詫びは謹んで辞退したい所だったが、これを断る行為こそが何だか親不孝なことのようにも思えたので、リリーエリカは甘んじて受け入れようと思い、口をつぐみ、その代わりに今の自分がハルジオンに出来ることはないだろうかと考えてみた。


 ”祈りの巫女と恋するオーブ”のゲームは肝心のオーブ……水晶玉……が割れてしまったからゲームは始まらないだろう。だからヒロインの人生を歩むはずだったハルジオンは違う人生を生きることになるはずだ。それならばハルジオンが出ていく日までに、少しでもハルジオンを健康体にしてやることこそが、今のリリーエリカに出来ることではないだろうか?


 両親が言いたがらない何かを強引に知ることに労力を割くよりも、戦時中の子どもみたいに痩せ細っているハルジオンに少しでも多くの栄養を取らせることに労力を使った方が何倍も有意義なことのはずだ。……そう思ったリリーエリカはそれ以上追求することは止めてしまった。


 ハルジオンは孤児院で虐待されていたからか、オルフィ侯爵家に来た当初は大人達には強い警戒心を見せていたが、自分よりも小さな子どもであるリリーエリカには寛容だった。とは言っても、ハルジオンはリリーエリカに下の世話や入浴や着替えの介助をされることは断固として拒否していたが……。


 何と驚くことに、歩けなくて人の言葉を話せないはずのハルジオンはオルフィ侯爵家に着いてから、介護なら慣れているから何も遠慮はいらないと胸を叩いてハルジオンのおしめ交換を申し出てきたリリーエリカに顔を引き攣らせて、歩行も話すことも自分は問題なく出来るのだと自己申告してきたのだ。


 ハルジオンの説明によると孤児院に入る前に母を亡くした悲しみが深過ぎて言葉が一時話せなくなっていたことがあり、それで孤児院の職員がハルジオンは神様の愛し子だと思い込んだのだろうということだった。そしてハルジオンが歩けなかったのは、言葉が話せない神様の愛し子ならば何も言い返さないだろうという職員の怠慢で食事が満足に与えられず、ずっと部屋に閉じ込められていたせいで、動くことが辛くなっていたかららしい。


 慈愛の女神を信仰する神殿が経営しているはずの孤児院でハルジオンが冷遇されていたと知ったリリーエリカは大層、心を痛め、この二週間というもの、ひたすら親鳥のようにハルジオンに尽くす日々を送った。ハルジオンは自分の異変に気がついて助けてくれたリリーエリカには心を開いたのか、常にリリーエリカの傍にいたがったので、オルフィ侯爵家の大人達は二人はまるで姉弟のように見えると言って目を細め、微笑みながら、それを暖かく見守った。

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