薬師ののんびり旅紀行 五十四話
ぜーはーと息を切らすくらい笑いまくった私。
やっと落ち着いてきたわ。
「大丈夫、ユーリィ?」
「うん。平気」
うん。大丈夫。
だって、アグニがここに居るんだもの。もう、なにもかも吹っ飛んじゃったわ。
はあ。笑い疲れた。
「剥ぎ取り、しよっか?」
「うん。私、逆鱗取ってくる」
「じゃあ俺はこいつの血を止血剤で止めてくる。それが終わったら帰ろうか」
「わかったわ。でも、こんなに大きいの、どうやって持ち帰るの?」
「とりあえず、逆鱗だけ取ってきて。そしたら見せるよ」
「うん」
急いで逆鱗を剥がして持ってくると、私アグニの元へと戻る。
「じゃあ、見てて」
そういうと、一瞬であの巨体がなくなってしまった。
え、どこに消えたの?
私がきょとんとしていると、アグニが種明かしとばかりに耳のピアスを指でとんとんと指し示す。そのピアスがどうかしたのかしら?
「実はね、これ。アーティファクトの中でも特に珍しい異空間収納のアイテムなんだ」
「え、それが? じゃあ、消えたのって……」
「そ。この中にしまったの。実はこれ、一つの大陸丸々入るくらいの大きさらしいよ。だから、アースドラゴン一匹くらい簡単に入れられるんだ」
「すごい。そんなのあったんだ」
「普段はユーリィと同じ位の大きさの容量の指輪を使ってたからね。でも、これは内緒だよ。でないと、盗賊や闇の組織なんかに狙われちゃうからね、俺」
「だ、駄目そんなの! わかった、言わない。秘密ね」
「そ、秘密」
人差し指一本で唇を押さえるアグニ。
「じゃあ、とりあえず帰ろうか」
「あ、そうだね。私帰ってお風呂に入りたい」
「俺も。その前に前に休んだ池の所まで戻ろう。さすがに血だらけだとちょっと気持ち悪いからね」
私達が広間から出てくると、冒険者達はぎょっとした表情になった。アグニの全身真っ赤なのにひどく驚いたみたい。
すまし顔でその場で通り過ぎて、私とアグニは二十九階に上がった。
「ふふっ。そりゃ驚くわよね。それだけ真っ赤なら」
「もう血が固まっててこの装備はもう駄目だな。竜鱗で新しく作ってもらうか」
「そうね。そのほうがいいかも」
二人してアグニの真っ赤に染まった皮鎧を見て、ぷっと吹き出す。笑えるのっていいわね。こうして二人で戻れるのがすごく嬉しい。
途中、池で体を洗ったアグニは、着替えをしてすっきりとした表情に戻った。血で臭かったから、しかめっ面してたもんね。
二日かけてたところを半日で地上へと帰ってきた。帰りは魔物とは極力戦わなかったし、マップを見ながら最短距離で早歩きしてたから。
「まぶしっ」
「少し目を閉じておいたほうがいいよ」
アグニの言うとおりにして、しばらくしてから目を開けると、少し陽光に慣れてきたみたい。
モルストの迷宮を出て、半日かけてモルストの街へと戻る。
宿屋へ着いた時にはもうくたくたで、私はお風呂に入りたかったけど、それすら行くのも億劫で、着替えずにベッドに横になると、そのまま寝入ってしまった。
「……ん」
気がつけば、陽光が窓から差し込んできている。帰ってきたのが夜中だったし、疲れきってたからそのまま眠ってしまったんだった。
うう、お風呂入りたい。
すっかり熟睡して疲れもなくなったからか、自分が汚れているのがすごく気になってきた。
アグニは……まだ寝てるみたい。起こしちゃ悪いから、そっと出よう。私は書置きをしてから静かに部屋を出る。
そうしてお風呂場へ行くと、体の汚れを落とした後、温泉に浸かってふはーっと声を洩らす。気持ちいい。暖かい。目を瞑っていると、あまりの気持ちよさにまた寝入ってしまいそう。
のぼせちゃうといけないから、一〇分程度であがって、綺麗な服装に着替えた。紺の少し地味目な柄無しロングワンピース。でも、これ、上に柄物のカーディガンを羽織ればそこそこい感じになるのよね。
下ろした髪の毛をハーフアップすれば、ほら、清楚な感じがするでしょう。
着替えた私はいい気分になって、鼻歌を歌いながら部屋へと戻っていった。
「アグニ。おはよう」
「おはよ。俺もお風呂行ってくるよ」
「うん。いってらっしゃい」
部屋に戻ると起きていたアグニ。今度はアグニがお風呂ね。じゃあ、その間に私は薬の調合や、錬金でもしてよう。
アグニを見送って、私はさっそく持ち帰った素材達を、時魔法の指輪を使って異空間からどんどん取り出していく。
まずはシグルモ草。先にこれの調合をしちゃおう。アグニもいないことだし。
これ、実は精力剤なのよね。前にメンテルの街のバニさんから一つだけ貰ったあれよ。まさか自分も作るとは思わなかったけど。でもまあ,商品のラインナップが増えるのはいいわよね。
シグルモ草は乾燥させずにそのまますりこ木でごりごりする。そうして固まりになってきたら、ハイポーションを少しずつ加えていくの。で、飲む時にこのままだとザラザラしててよくないから、別の器に裏ごしして移しかえる。これを数回繰り返して綺麗に混ざればおしまい。
小さな小瓶で一回分だから、この量だと二〇〇個ね。うん。分量も間違わずにできた。私、必ず二〇〇個ずつ作るようにしてるのよね。一〇〇個は売り物用で、もう一〇〇個は何かあった時用。そうしておくと、ちょっと安心するの。
さて。
毒腺は……。まだ在庫があるからとっておいて、天蚕糸はそうね、糸巻き機がないから、これも後回しかしら。あとで生地屋さんで糸にしてもらおっと。水中花は、これ、麻薬だからなあ。これも何かあった時用にとっておこう。
ということは、後はアースドラゴンの逆鱗かな。肉はアグニが持ってるから出せないしね。
私は逆鱗を出すと、パワーストーンと製品化された天蚕糸を取り出す。首飾りにしたいんだけど、どうしよう。チェーンを使って、逆鱗の両隣に置く感じにしようかな。
試にパワーストーンを逆鱗の隣に並べてみる。まず一番近い両隣に置いたのは、アメトリン。これはやけどに効果があるから。他にも効能は色々ついてるけど、まずはこれが一番ね。そしてそのまた両隣クリスタル。アメトリンの効果を高めてくれるし皮膚にもいいので。三番目はルビーよ。これは灼熱感に効果があるの。最後にまたクリスタルを両隣に並べれば、逆鱗を中央にパワーストーンを左右四つずつ並んだことになる。これらを細いチェーンで連結させれば、首飾りの完成ね。
うん。中々良い出来だわ。これで火属性への耐性がついたから、火を操る魔物と戦うときは装備できるわ。
アグニの竜鱗の防具は火と土属性に強いから、そのままでも大丈夫だけど、私はこの首飾り以外は普通の服だしね。装飾品で対応しないとやってられねいのよね。
さっそく身に着けてみたけれど、うん、可愛い。今日の格好に似合う。
魔力を籠めながら作ると、パワーストーンの効果が覚醒状態になるの。ただ作ればいいってわけじゃないのよ。しかも籠める魔力の加減も見つつやらないと行けないし。案外難しいのよね。調整するのって。




