薬師ののんびり旅紀行 五十三話
しばらく待っていると、背後から足音が聞こえてくる。振り向くと、そこに現れたのは他の冒険者達。彼らは私達の後ろに並んで、思い思いのことをそれぞれし始める。
そうして数十分後に前方から戦っていた冒険者達が戻ってくるのが見えた。だけど、五人いたんだけど、一人減っていた。泣いてる女の人もいて。
私とアグニはそれを見て、身を引き締めた。あんなふうにならないように私達も気をつけていかないとね。
「行こう、アグニ」
「ああ。援護、よろしく」
「うん」
戻ってきた冒険者達とすれ違い、今度は私たちが広間へと向かう。
どのくらいの大きさなのかしら。
入った広間はとにかく広かった。その広間の中心には巨大な魔法陣が敷かれていて、それを見ていると、淡く赤い光と共に、大きな影が見える。
出た。あれがアースドラゴン。
土色をした大蜥蜴の一〇倍くらいの大きさの竜だ。この竜は空を飛ぶことができないのよね。翼がないから。
でも、そんなのは関係ないってくらい堂々としていて、重量感もどっしりとしていて、私達にプレッシャーをかけてくる。
だけど、負けてなんていられない。
「ユーリィ。最初の一撃、頼める?」
「準備はできてるわ。いつでもいける」
「じゃあ、俺が背後に回るから、その時に一撃して。あとは、好きなように援護よろしく」
「うん。アグニ、気をつけてね」
「もちろん」
にっと笑ってそう答えたアグニは、アースドラゴンが完全に出てくる前に、その背後へと駆けて行った。
さあ、始まるわよ。
完全に姿を現したアースドラゴンは、咆哮をあげるとその声が響いて振動になってパラパラと壁や天井から砂が零れ落ちてくる。
よし。
私は弓を構えてまずは一撃、目を狙うことにする。
ヒュンと放たれた矢は、ちょうど目の下に突き刺さった。だけど、皮が硬いのか、あまり効果が感じられない。でも、私に注意を向けさせることはできたみたい。
アースドラゴンがこちらに向かってくる。
それを見たアグニは、抜刀して駆けて背後から切りかかったのが見えた。すると、スパンと切れた尻尾の先が飛んでいくのが見える。切り飛ばしたのは少しだけど、それでも強化された剣は役に立ったみたい。
グアアと声を上げて残りの尻尾でブンブンさせたけど、それは血を飛び散らせているだけだった。切り飛ばされた尻尾を見たのか、アースドラゴンが怒りを露にしてアグニの方へと向かいだした。
今ね。
今度は私が弓を構えて矢を再び放つ。刺すのは切り飛ばされた尻尾の断面。鱗は硬いから、私は柔らかめの所を狙って矢を放っていくのよ。
見事突き刺さった矢。その部分から氷結していって、アースドラゴンの下半身が氷で固められていった。
「やった!」
だけど。
ブルブルと身を震わせたアースドラゴンは、固めていた氷をその振動で崩してしまう。駄目か。もっと何かできることはないかしら。
私は自分の異空間にしまっているリストを思い出す。
……そうだ。私、毒腺と麻痺薬を持ってるじゃない。これをあの尻尾からできれば。あ、でも駄目だ。毒腺は使えない。毒に侵されたら肉が素材として使えなくなるわ。
なら、麻痺薬か。あまり効くとは思えないけど、やるだけは何でもやってみよう。
私は麻痺薬を取り出すと、矢じりにたっぷりと塗って、まだアグニの方を見ているアースドラゴンの尻尾の断面目掛けて矢を放つ。
突き刺さったけど、どうだろう? 効くかな。
「アグニ! 麻痺薬を尻尾の断面にやってみたの! 効くかはわからないけどっ」
「わかった!」
あれだけの巨体だから、薬が全身を回るまで時間がかかるはず。それまでヘイトを向けさせあって時間を稼ぐしかないかな。
そう考えた私は、アースドラゴンの横に移動して、目を目掛けて矢を放つ。
今度は当たった。氷で片目が覆われていく。そこへもう一度矢を放つと、目がバラバラと崩れていった。
グアアと咆哮をあげるアースドラゴンは、今度は私の方を向く。それでいいのよ。
後ろに逃げながら矢を放ち、迫り来る大口を開けた顔を回避して。
私が逃げ回っている間に、アグニはアースドラゴンの上にいつの間にか乗っていた。そうして首に剣を突き刺していく。三本目を突き刺した所で急にアースドラゴンの動きが止まった。
麻痺薬が効いてきたのかしら?
そう思った時。
ぐるんと急に首を回したかと思ったら、空中に放り出されたアグニをアースドラゴンが食べた。
「アグニ!」
名前を呼ぶことしかできなかった。
アグニが食べられた。そう思った時、私の全身の血が粟立つ。そして、なぜかどこか遠くに自分が置いていかれるような感じがして、動けないま私の時が止まったようになった。
許さない。
「この!」
残りの私をターゲットにしたアースドラゴンは、こちらに向かってきた。だけど、私は逃げない。弓を構えて、静かに矢を放つ。
今度は残りの目に突き刺さる。そして追い討ちをかけて二撃。目が固まった所を崩していく。大口を開けて痛がる様子を見せるその口の中からは、血が零れてきた。
あれは、アグニの血!?
頭に血が上る。私はありったけの魔力を籠めて、いまだ大口を開けているアースドラゴンの口の中に矢を放った。
上顎に突き刺さった矢は巨大な氷の槍となって深く大きく貫いていた。
どしんと大きな音を出してアースドラゴンが横に倒れる。
私はアグニの遺体だけでもと思い、口元へと急ぐ。ようやく麻痺薬効いてきたみたいで、ピクピクと下半身が痙攣しているのが見えた。遅すぎるのよ!
大口を開けたまま絶命しているアースドラゴン。私は口の中に入ってアグニを探す。だけど、どこにもその姿は見えなかった。
死んじゃった。アグニ。
私はその場で座り込む。なんだか体に力が入らないの。何も考えられない。
アグニ。
「アグニ」
アグニが居ないのに、涙が出てこなかった。まるで、私の心も凍ってしまったかのよう。
しばらく座ったままでいたけど、私はようやく立ち上がる。
「剥ぎ取り、しなくちゃ」
素材。そうだ、私、素材を集めにきたんだった。竜の逆鱗、取らないと。
口の中から出ようとしたその時。背後で呻き声が聞こえた。ゆっくりと振り向くと、喉元から這い出してくるアグニの姿があった。
生きてた。生きてた!
「アグニ!」
私は急いで駆け寄って、アグニを引っ張り出す。出てきたアグニは全身真っ赤に染まっていた。どうしよう。怪我してる! 治さないと。
私はとにかく治さないとと、エリクサーを取り出すと、何か話そうとしていたアグニの口の中に流し込んだ。
「ごほっごほっ、ちょ、ま」
「これ、エリクサーだから! これ飲んだらすぐに治るからね!」
そうして今度はもう一本取り出して、頭からどばどばとエリクサーをかけた。これで大丈夫なはず。
よかった。生きててよかった。
ぽろぽろと涙が溢れてきてアグニがよく見えない。なによ、泣き止んでよ私。でないとアグニが見えないじゃないの。でも、涙はなかなか止まらなくて。
アグニが焦ってなにかを言うけど、私はなんにも聞こえなかった。アグニが生きてたってことだけで、頭の中がいっぱいになっちゃったのよ。
それから。
アグニが私の手を掴んで口の中から出ると、私の頭をぽかりと殴った。全然痛くなかったけど、なんで殴られたのかしら。
「ちょっと、ユーリィ。俺の声聞こえる?」
「え、あ、うん。聞こえる」
「はあ。まったく。さっきのユーリィはすごかったよ。あははっ」
「え? なんで?」
「なんでって、もう。ありがとう。心配してくれて。俺のために泣いてくれて。ごめん、俺もっとすぐに出て行こうとしたんだけど、ちょっと中で暴れることにしてさ」
「中で?」
「そ。飲み込まれただけだったから、喉元から胃のあたりまで、剣で切り裂いたりしてたんだ。あと、心臓のある辺りを何度も刺してね。噛まれたわけじゃないんだよ。だからこの血は全部アースドラゴンの血。おれ自身は傷一つ負ってないよ」
「な、なんだ。そうだったんだあ」
私はへなへなと座り込んだ。一気にきた安心感と、戦いが終わった脱力感で、力が入らないや。
でも。
「ふふふっ。あははっ。駄目、おかしい私。すごい一人で早とちりしてた! あははっ」
「ユーリィ?」
「あははっ」
アグニが私の目の前で座るけど、それすらなんだかおかしくて、一人私はしばらくの間ずっと笑い続けるのだった。




